イタ電から始まる百合ロマンス3
(突発短編)
―エピソード:ミス・ミセス―
――カラン。
傾けた硝子は、自身と善く似た、透明で冷徹なそれを哭かせる。
…ああ…違うな。
慟哭に身を委ねたいのは、私と言う人間だ。
冷えきった関係に終止符を打つため、夫は私をこんな場末のバーに呼び出した。
――もっとも、一昔前――私達が出会った頃――は流行りの店だった。
「……別れよう。このまま夫婦関係を続けていても、あの子を不安にさせるだけだ」
思った通りの台詞、夫は吐いた。
「…汚い理由ね。自分の性癖を子供のせいにするつもり?」
「…………そうかもしれない。だが、愛のない両親が、子供にとってどれだけ哀しい思いをさせるか」
愛のないのは、貴方、だけ。
「……貴方が、自分をゲイだと気付いたから?女の私は愛せないと知ったから?」
私は、まだ貴方、を。
「………すまない」
愛している、のに。
「………いや…よ。貴方に捨てられたら、私は、」
プルルルル。
私の最後の足掻きを切り捨てるように、携帯が鳴った。
ディスプレイに表示されたのは、覚えのない数字の羅列。
けれども私は何処か安堵を感じながらその着信に応えた。
「…はい、来宮で」
『ハアハア…お、奥さん…今何色のパンツはいてんのかなぁ…』
台詞は変質者以外の何者でもなかった。
だが、その声は明らかに若い女の子のものだった。
それに妙な違和感を覚えて切らずに話を聴くと、彼女はどうやら自殺志願者らしい。
たまに見え見えの笑いを挟みながら、彼女は努めて軽い調子で語った。
――この娘は、いつもこんな風に自分を馬鹿にしながら、人と話すのだろうか。
いや、籠った声を聴く限り、普段あまり会話すらしていないのだろう。
そんな彼女が、電話と言う、声だけが全ての道具に、最期の勇気を託した。
――私は、一体何を恐れていたの?
「…なぁ、さっきから誰と話して…」
「捨てるぐらいなら、私に寄越しなさい!アナタの人生!」
「…はああああ???」
電話越しの少女と同じくらいすっとんきょうな声を上げる夫――いや、男を無視して、私は彼の質問に対する答えを、電話口に向かって放った。
「あと私今は独身だから」
別れ、そして始まりになるかもしれない言葉を。
後書き
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