可視恋線。

可視恋線。

<俺と先輩の仁義なき戦争>




さてさて。
寝る度に沢山記憶するお薬と、大事な記憶だけすっぽり忘れてしまうお薬。二つが合わさると、ごちゃごちゃしてた馬鹿な俺の頭はパーン!て、パンクしちゃいました。

高等部に進んでからは毎日が激動のタイフーンみたいなものだったから、全部ひっくるめて、寝る度に忘れちゃったんだね。
あの辺は眠れない日々が続いてたから、特に。



登場人物はたった3人。俺と貴方と魔法使い。
悪戯好きな魔法使いは、悪いものしか入ってないパンドラの箱を開けろと囁いた。中には沢山の悪いものが詰まってて、俺はそれにぱっくり呑み込まれて、一番底に、希望があったのかなかったのか。確かめる事も、出来なくて。

愛、なんて信じてなかった朱雀先輩と。
愛、なんか、全く知らなかった俺は、本当、ここだけは本当の話、偶然出会ったんだ。


その偶然が周囲の人達のお陰でめっちゃくちゃにされて、綺麗さっぱり、なくなっちゃった。台風一過、みたいに。
そしてそして、物語はおしまい。



さてさて。
真実はいつも目に見えない。まるで人の感情みたいだね。

不可視な不可思議。
恋愛前線は本当に消えてなくなっちゃったのかな?
恋の気象予報士に聞きたい所だけど。



こんな事言っても仕方ない。
それじゃ、真実を確かめにいこうか。





ねぇ、朱雀先輩?











「おーい、松原ー」
「なぁに、せんせ」

何だか記憶退行って言う病気になったらしい松原瑪瑙です、こんにちは!
未だに納得してないんだけど、同級生の皆からお前は高一だ高一だと催眠術みたいに言い聞かせられて、仕方なくそう思い込む事にした俺は、記憶をなくす前に、選定考査で30位以内に入ってたらしい。

嘘でしょ?って、思ったよ。

記憶が戻らないと昇格は認められないって事で、引き換えに、特別補講を受ける事になった。このまんま記憶が戻らなかったら留年確定ってくらい授業が判らなくて、理事会がわざわざ俺の為に、通常授業じゃないカリキュラムを組んでくれたんだ。
二週間が過ぎて、何とか1学期の期末テストをクリア出来るまでに成長した俺は、毎晩8時くらいまで勉強してから帰宅してる。かわちゃんもうーちゃんも心配はしてくれてるんだけどね、優しかったのは最初の方だけで、今じゃ「メェメェ泣き言を言うなメェの癖に」とか「留年したらまっつんだけ後輩だね」とか、ネチネチ苛めてくるんだよ。


俺達の友情のなんと儚い事か。


「松原、次の英語の時間は洋画観賞だろ?悪いんだけど、先生が借りてた世界地図、視聴覚室の隣の社会科倉庫に運んでくれないか?」
「えー!だってそれ、重そうなんだけど?!」
「先生これからすぐにDクラスの授業があるんだ。此処に置きっぱなしにしてると、他の先生が地図を使いたいと思った時に困るだろう?頼むよ」
「ぶー。うー、やだなー、視聴覚室ってただでさえ遠いのにぃ」
「そこで松原、パンだらけのカツサンドはお駄賃にならないかな?」
「…ごきゅ。せんせ、困った時は、お互い様だよ」
「皆には内緒な?」

俺だけクラスの皆とは違う授業を受けてるから、教室には行っていない。登校してすぐに使用頻度が少ない小講堂に向かって、たまに、こうして移動教室になる。
洋画は字幕も吹き替えもなくて死ぬ気で見なきゃなんないんだよ。終わった後に、怖〜いテストがあるんだもん、死にたくなる。


「うっ、やっぱ重い…」

分厚いトンカツが挟まったボリューム満点の高級カツサンドの袋の端を咥えたまま、俺の身長と同じくらい長い地図の巻物を両手で抱えて。
えっちらほっちら、ひぃひぃ廊下を進んでいると、エレベーターの前で丁度エレベーターを待ってるらしい作業着の生徒が何人か見えた。

工業科だと足を止めて、くるっと方向転換。
あっちも沢山の機械とか荷物とか持ってたし、何より見た目が超怖いんだもん。髪の毛染めてたりカラコン付けてたりピアス凄かったり、完全に俺なんかカモだよ。かつあげされて、ボコボコにされるんだ。うう、怖い。
カツサンドが取られちゃう。


「はぁ、ちょっと遠いけど、あっちのエレベーターから行こ」

幾つもの塔が繋がった様な形の複雑な校舎は、特別教室だけ離宮にある。俺の教室はまた別の離宮にあるんだけど、特別補講を受ける為に俺は今、中央キャノンって呼ばれてる一番大きな校舎に居るんだ。離宮には渡り廊下がある階から渡ってく他に、外から行く方法もある。出来れば渡り廊下から行きたかったんだけどな。
会議室とか講堂とか、最上学部の幾つかの学科がある現在地の二階に、渡り廊下はなかった。仕方なく階段を降りて一階に出てから、裏庭を通って離宮に直接向かう事にする。あとはあっちのエレベーターに乗って、視聴覚室のある五階に上がるだけってわけ。

「はぁ、はぁ、結構きつい」

キーンコーン、って普通科の本令が聞こえてきたから何となく焦ったけど、本当は俺には関係ない。条件反射。
人気のない裏庭を突っ切って、離宮の入口の裏側から建物伝いに歩いていくと、並木道の植木の群れにぶち当たる。

「あーあ、判ってました…。もう良い、突っ切ろう」

判ってたけど中央キャノンの正面玄関からエントランスゲートを越えると、物凄く遠回りになるんだ。だから裏口から出たんだけど、そうするとこの植え込み&大量の木を越えていかないといけないんだよね。
渡り廊下から行けたら楽だったのに、なんて半泣きで地図を抱え直して。

「ふぉっ?!」
「…あ?」

植え込みを突っ切ろうと勇敢にも後先考えず足を踏み出した俺、松原瑪瑙15歳。

…なんか、デジャブ?

何かに足を引っ掛けて、舞い踊るカツサンドのパッケージを見つめながらすっ転んだ。
抱き締めた超重い世界地図ごと。

「おい、コラ。そこのテメー」
「ふわぁい、…あれ?」

顔が地面とキスしてる俺の首を掴んだ凄まじい握力が、ぐいっと俺を引っこ抜く。ぽろっと地図から手を離しながら顔を上げれば、目の前には痛々しいくらい脱色された金髪の、眉毛が超細い、どっからどー見てもヤンキーさん。
でも、俺はこの大きな手に、覚えがあったんだ。

「えっと、ずちぇ?先輩?」
「…チビスケ、何で俺の本名知ってんだ。誰に雇われてんのか吐け、殺すぞ」
「殺す?!だ、だって先輩がそう呼べって、言ったのに!」
「あ?俺が、だと?」

イケメンなのにそんなに眉間に皺を寄せたら勿体ない、って、何でか俺は、凄い所でサボってた先輩の眉と眉の間を指で揉んだ。いつもの俺なら考えらんない愚考だ、マジで。

「こないだは青だったのに、今日は赤なんですね。カラコンって、痛くないですか?」

目を見開いたヤンキー先輩が、ガシッと俺のほっぺを両手で掴んだ。なんか、凄く、懐かしい気がする。大きくて温かい手が、凄く、安心するのって、変かな。

「赤?赤に見えるのか、チビスケ」
「ん、綺麗な、赤ですよ?…って、あ!先輩っ、カツサンド踏んで、ん!」

哀れにも、俺の口に入る事なくイケメンヤンキーの膝で潰されちゃったカツサンド。けど俺は、カツサンドを助ける事も怒りをぶつける事も、出来なかった。


「ふぁ、んっ、ん、んんっ!」

口と口が、くっついてる。

あれ、これ、ファーストキス、じゃない?
何で俺、この人とチューしちゃってるんだろ。今の展開で何でこうなっちゃったんだろ。頭の中はぐるぐる、心臓は今にも飛び出しそうで、嫌と言うより多分、怖い。

なのに俺は抵抗らしい抵抗なんかしてなくて。
息が出来なくて意識を失いそうになる度に、一瞬、離れてくれてるのに、どうしてか。逃げようとなんて、しなかった。

「あ、っ、ふぁ、やぁん」
「…何なんだ、テメーは」

お尻を揉まれてる。
背中は地面の上、植え込みの隙間、雑草と木の根っこがブレザー越しに当たってて、凄く痛い。今気付いたけど、先輩のシャツは最初から乱れてて、何かしらやらしい事があった後なんじゃないかなって、思うんだけど。

ごりって、当たった。
お尻に固い、何か。ビクッと震えてチラリと見れば、ちゃんとベルトが絞まってるズボンがぐいっと押し当てられてて、ほっぺが一気に熱くなった。

「な、んで…!」

判ってるけど。
男なら、判らない訳ないんだけど。

どうしよう。
いつの間にか俺のシャツも乱れてて、おっぱいにチューチュー吸い付いてる金髪が、ざらざら鎖骨に当たってた。固そうな見た目の通り凄くしっかりしてる髪は、でも、さらさらしてそうに見える。

ああ、もう、俺。
逃げるどころか流されて、変な声が出そう。眉間に深い皺を刻んで苛々してそうなヤンキーさんは俺を見る度に何か言いたそうなのに、何にも言わない。だから収拾しそうな気配がなくて、こんな所で俺、転がる世界地図を見つめながら犯されちゃうのかな、って。他人事みたいに考えた。


「起きろ!」

パーン!
声と共に鋭い柏手が聞こえて、はっと我に返る。
同じくビタッと動きを止めた金髪が、真っ赤な双眸を見開いて、ばっちり、俺と目が合った。

「おーい、まっちゃんラーメン。大丈夫か?そいつ、退かしてやろっか?」
「…え?」

植え込みの向こうから、覗き込んでくる子が首を傾げてる。急に夢から覚めたみたいで、ぼやっと目を向けた俺に、見覚えのない子はもう一度、パーン!と手を叩いた。

「可笑しいな、解けてねェのか?俊兄ちゃんの催眠術だったら、俺に解けねェ訳ないんだけどなァ。起きろ!お前らは段々思い出ーす!どうだ!思い出せたかィ?」

ぱちぱち、瞬いた俺と先輩は、呆然とその子を見てるだけ。
良く良く見ると、その子が着てるブレザーは焦げ茶色で、帝王院学園のものではない。超難関進学校として有名な、西園寺学園のブレザーだ。

「だ、誰、ですか?」
「あ、俺?名乗る程の者じゃない、敢えて呼ぶならゴシックキャンベラーとでも呼んでくれたまえや!」
「ゴ、ゴシック…キャンベラ?オーストラリア?」
「あれだ、催眠術をあっさりさっぱり無かった事にすんのが俺の唯一の特技なんだ。ショボいとか言うなよ?泣くから!」

つーか出てこいよ、と、手首を掴まれて、すぽっと植え込みから抜け出た俺は、俺とあんまり身長が変わらないゴシック何ちゃらさんをマジマジ眺める。今この子、俺をひょいっと軽く持ち上げたんだけど?

「力、強い、ね?」
「そうか?普通だろ。ンな事より、今の…えっと、マジックキャンセラー?は、そこのヤンキーの礼。何か昔、伯父ちゃんが世話になったっつーからさァ」

がさっと後ろから音がして、振り返ると先輩が呆然と立ち上がってた。知り合いなのかなって考えると、やっと我に返ったらしい先輩は、目を細めて俺の隣を睨む。

「マジックキャンセラー、な。成程、テメェが『勇者』っつー事か」
「そーゆコト。で、兄ちゃんへの礼は済ませたから、今度はまっちゃんの番な。ワラショクのコラボラーメン一年分の借りは、全力で果たすょ!」

にこにこ。
目をキラキラさせた西園寺のブレザーを着てる子に見つめられて、俺はまだ把握しきれずにいた。
どうしようと狼狽えてると、後ろからぎゅっと抱き締められて。



「マーナオ」

ああ。
神様、今だけ、泣いても良いですか?

「お、おいっ、泣くなよ、まっちゃん!そんなに俊兄ちゃんから苛められたのか?!良し、俺が仕返ししてきてやるからっ、待ってろ!」

慌てて走っていった背中を訳が判らないまま見送って、そんな事より今は、迷わず振り返って抱き付く事しか、考えていない。

「せ、せんぱぁい!俺、俺、何でか先輩の事すっかり忘れちゃってたー!うわーん!嫌いになっちゃ、いやー!」
「馬鹿か!なる訳ないだろうが!」

最初の「パーン!」で、綺麗さっぱり思い出した俺は、朱雀先輩の怒鳴り声を聞いて、わんわん泣いちゃう。何か全く意味不明なんだけど、全部、ちゃんと全部、思い出した。
そして先輩も、俺の事を覚えてくれてる。忘れてない。

それは、俺の事が本当は好きじゃないからかも知れないけど、そんな事、もうどうでも良いの。最初から、どうでも良いの。ちゃんと好きになって貰えるまで何度でも、俺は先輩に好きだって言い続けるんだ。
記憶がなくなっても、また、先輩の長い足に躓いてスッ転んで、どうせまた、好きになっちゃうんだから。

「浮気した?!ぐすっ、シャツが全開だった!うぇ、誰かとエッチしたの?!」
「し、…してねぇ」
「今の間は何?!」
「少しだけだ!ピクリとも勃起しやがらねぇから、やってねぇ!信じろ!」
「うっうっ、嘘だぁ、カチカチじゃんかぁ。バカー、先輩のやりちんー!」

おろおろとやってないと繰り返す先輩に、俺は泣きながら嘘つきと叫ぶ。俺が頑なに信じないから、朱雀先輩は俺をガバッと持ち上げた。
お姫様だっこで。

「うぇ、」
「そこまで言うなら、証拠を見せてやる。覚悟しとけまめこ、今の俺は過去最高に溜まってっからな、…自分でも引く程、何すっか判んねぇぞ」

眉間に皺、緑から赤に変わっていく両目をマジマジ見つめて、俺は自分でも無意識に、こくりと頷いた。訳判んないまま訳判んない展開で頭はとっくに「パーン!」ってなっちゃってるけど、これだけは、はっきりしてる。


「ん、どうにでもして」

動きを止めた先輩の喉仏が、大きく動いた。
何処をどう通ったのか判らないまま先輩のベッドに投げられて、あっと言う間にぱっくり食べられちゃった俺は、授業の事も、さっきの男の子の事もすっかり忘れて、大人の階段を三段階飛ばしくらいで登ったんだ。







さてさて。
二人に降り掛かった呪いは豆台風に拐われて、どんより重い激動の雲間から、漸く、明るい日差しが見えてきた。

何だかしなくても良い苦労を死ぬほど味わっただけな気もするけど、だからこそ愛は深まったんだ、なんてね。前向きに考えよう、人生はまだまだこれからだもの。


ねぇ、大好きな人。








翌日。

村瀬さんがへなへなと座り込んで、ユートさんは涙をいっぱい溜めて、シゲさんは元々細い目をもっと細めてにっこり笑って、良かった、って喜んでくれました。
授業の途中で居なくなった俺の所為で学校では騒ぎになってたらしく、かわちゃんは鬼の形相でガミガミ俺達を怒鳴ったんだけど。最終的には、涙目で良かったねって、言ってくれた。

欠伸ばかりしてる朱雀先輩の膝に座った俺は、何度目かの「ご迷惑お掛けしました」と頭を下げて、元気のない羽柴を見る。

「そんなにBクラスに入りたかったんだね、羽柴…」
「帝君の癖に何でわざわざ降格したがるのか、本当に判んない」

うーちゃんは相変わらず。
羽柴は理事会にお願いしたけど会議の結果やっぱり駄目になったらしくて、今度のテストこそ手を抜くと死にそうな表情で呟いた。まだ例の王子様に口説かれてるらしい。うーちゃん曰く、羽柴はお尻を狙われてるんだって。あらら。

「ま、ま、ま、松原ー!!!」
「どうしたの、中川?」
「お、おま、お前っ、そそそ天の君をボコボコにしたんだって?!」
「………え?」

Bクラスで一番騒がしい様な気がする漫画家志望のクラスメートが飛び込んできて、俺は首を傾げた。食堂は人で賑わってるのに、中川の爆弾発言でシーンと静まり返る。

天の君をボコボコ。
遠野会長を…ボコボコ?!え?!誰が?!俺?!

「おま、おま、おま、そそそ天の君から、れれれレッドスクリプトが届いてるぞ!俺は包帯だらけの天の君から手紙を預かっただけだ!頼むよっ、俺は殴らないで…!」
「ま、待ってよ中川っ、レッドスクリプトって何なの?!って、逃げないでー!」
「んなもん破り捨てろまめこ、馬鹿が移る」

素早く逃げていったクラスメートを追い掛けようとしたけど、朱雀先輩にぎゅむって抱き締められて、腰がズキッと痛んだ俺は諦めた。
イラスト入りの封筒を暫し眺めて、仕方なく中の手紙を取り出せば、まるで呪いの手紙!

悲鳴を飲み込み、びっしり赤文字を目で追えば、


「『前略、この度は大変ご迷惑をお掛けしました。私、遠野俊は眼鏡の底より深く深く反省しています。つきましては次期左席委員会会長の座は松原瑪瑙様に譲渡致したく、お手紙を差し上げました。現在全治4日の複雑骨折中にて、後日改めてお詫びに参ります。敬具』」
「?!」

静まり返った食堂に、響いたのは俺の声じゃない。
俺の背後から手紙を覗いたらしい山田先輩が、スラスラと読み上げたんだ。

「やっ、山田先輩…?!いつの間に?!」
「あはは。ざまーみろ、だねー?いやー、一時はどうなるかと思ったけど、この俺を出し抜こうなんて百億万年早い。松原君、安心してね?もう俺も俊も君と大河君にはちょっかい掛けたりしないから」

にや。
怖い笑みを見た俺は魂が抜けて、朱雀先輩はボソリと、テメーの仕業かと呟いた。山田先輩は朱雀先輩に答えなかったけど、村瀬さんとかわちゃんをチラリと流し見て、いつもの笑顔を浮かべた。

「とにかく、二人の愛はこれで永遠だ。記憶を失っても惹かれ合うなんて、どんなシチュエーションより判り易い、真実の愛だよねー。天晴れ!」

ぶるっと震えた村瀬さんに、かわちゃんが首を傾げてる。
笑顔で去っていった山田先輩の背中を見つめながら朱雀先輩に抱き付いた俺は、チビりそうになりながら呟く。シゲさんとうーちゃんは他人の振りしてて、ユートさんはとっくに魂が抜けてた。

「す、朱雀先輩っ。俺、俺、やっぱり山田先輩が一番危険だと思うんだけど…!藤倉先輩よりっ!左席会長なんて俺、絶対無理だよ!どうしよう!」
「…アイツには近付くな。左席は断れ。もしもの時は、俺が守ってやる」
「朱雀先輩っ、大好き!ハートマーク300個!」
「まめこ!」

ガシッと先輩に抱き付いてぐりぐり頬擦りした俺は、やっと怖さが薄れて、昨日のあの子を思い浮かべた。かわちゃんもうーちゃんも半信半疑だったけど、あの子は本当に、勇者だったのかも知れない。
良く判らないけど、俺と朱雀先輩を助けてくれた、それは間違いなかった。


「…あの子の名前、聞いとけば良かったな。何かお礼しなきゃ」
「あの餓鬼が勝手にやった事だ。気にすんな、まめこ」
「ん…。あ、それより先輩、今夜もお泊まりしていい?」

大人になった俺は、先輩が上手すぎる所為でちっとも痛くなかったエッチにすっかりオープンになってる。
Sクラスへの昇格申請の期限が昨日までで、Sクラスに入り損ねた事なんか全く気にしてない俺は、朝からずっとその事で頭が一杯だ。腰が痛む度に顔がにやけて、誰にも彼にも自慢したいくらい。

俺の彼氏ですよ。
大河朱雀。名前も顔も格好良いけど、俺の彼氏だから取んないでね、ってね。今なら親衛隊だろうがSクラスだろうが、きっぱり言える自信がある。

「き、今日は、流石に、だな」
「いっぱいしたら、もっともっと、朱雀先輩、俺のこと好きになるでしょ?だから、いっぱいしてね」

かわちゃんが鬼になった気配。村瀬さんとシゲさんは乾いた笑みで、ユートさんとうーちゃんはニヤニヤしてて、羽柴はまだ落ち込んでる。朝からずっと眠たそうな朱雀先輩は切れ長の目をぱっちり開いて、ほんのりほっぺを赤く染めた。

「に…2回くらいなら、何とかなる、筈だ」

あれ?昨日は十回くらいやったのに、今日は少なめなのかな。って思ったけど、何でもいいや。

「総長があそこまでやつれはるなんて…うち姐さんには死んでも逆らわへん…!」
「見てくれに騙されたらあかんな…恐ろしい体力や…。つーか姐さんあれで60kg近くあるらしいで…隠れ筋肉質っちゅーこっちゃ。こっわ!」
「…余計なお世話や叱られるど、おまんら」

先輩、超エロエロで俺うっかり死にかけたけど、何度も何度も好きだとか愛してるとか言ってくれたから、沢山泣いて、赤ちゃんみたいだったと思う。だから今夜はリベンジするんだ。
ちゃんと、大人の魅力?で、メロメロにしてやるの。


「えへへ。朱雀先輩、浮気したら咬み千切るからね?」

食堂がまた、静まり返った。
うーちゃんもユートさんも笑顔のまま固まって、村瀬さんとかわちゃんはガシッと抱き合って、シゲさんは何故か俺を凝視してる。朱雀先輩も固まってるけど、俺は全く気付いていなかった。

「あ、そうだ。俺ね、パパから貰ったお小遣い貯金してるんだ。クリスマス何処に行こっか、朱雀先輩」

ちょっと慣れてきたスマホをまだまだ拙いながら操作した俺は、インターネットを開いてデートスポットを検索する。








まるで台風の様に現れて、
春風より早く奪っていったそれは灼熱。

灼熱の眼差しを持つ、朱色の鳥。俺だけの幸せの鳥。


どんなに厳しい冬だろうと二人で越えて、
二人が出会った春を、季節を、幾つも、重ねていこう。



「んとに、怖い奴だぜ」
「何か言った?」
「いや。マーナオ、旅行ならジジイが寄越した別荘にしとけ。試しに泊まって気に食わなかったら、売れば良い」
「うーん」

どんな台風もどんな嵐も、二人で居れば怖くはないね。
俺は強くもないし特別な力もないしだけど、大好きな人を傷つける奴が居たら、鬼にも悪魔にもなるよ。

「あ、俺、中国、行ってみたい」
「あ?クリスマスにか?」
「先輩のお母さんのお墓参り、行ったら駄目?」
「…お前っつー奴は」

ねぇ、大好きな貴方。
これ以上好きになれる人を、俺は一生、知らない。



だから、



「何処まで俺を誑し込めば気が済むんだ、小悪魔が…!」


その燃える様な情熱を、世界を呑み込む台風の様な愛を、見えない、けれど確かに存在する感情の全てを。


出来れば一生、俺だけに。








「あ!そうだ、忘れてた。朱雀先輩、二回も俺のカツサンドを潰すなんて酷い!今度カツサンド潰したら、ブラックタワーも握り潰すからねっ」
「何だと?!おま、俺のオメガウェポンをどんだけ粉砕するつもりなんだ…!」
「開き直る気?!謝って!」
「悪かった!」
「後でカツサンド奢ってくれたら許します」
「あんなもん、店ごと買ってやる」



本日の降水確率0%、恋愛密度100%。
恋愛前線は依然として二人の上空に停滞しており、恋の嵐は今尚、鎮まる気配はありません。


くれぐれも、周囲の皆様はお気をつけ下さいませ。

2016/03/06


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