可視恋線。

最後の一歩

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「冬が近いな」

囁く様な声が落ちる。

「俺は冬が嫌いではない。お前はどうだ?」
「…」
「そうか、面映ゆい」




大失敗。


大きくそう書き殴った脚本を叩き付けた男は、吊っていた包帯だらけの腕から乱雑に包帯を外し、添え木のギブスを放り投げた。





「こんな何の面白味もないエンドマークとは…!愚か者が、だから俺は頭が悪いんだ!」

絶望に暮れる男の傍ら、するすると林檎の皮を一繋ぎに剥いていく器用な男はゆったり笑みを浮かべ、沈黙している足元の脚本を見やる。

「何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故!!!」
「無論、この世は何一つお前の思い通りにはならぬと言う現実が証明されただけだ。幼子の様に癇癪を起こすとは、諦めの悪い事よ」
「…今度こそ!今度こそ俺様攻めが見れると思ったのに!これを見ろ神威!」

ビシッとモニタを指差し、リモコンをボチボチ叩きまくる凄まじい形相の男の口許へ、切り分けた林檎を刺したフォークを運んでやった銀髪の男は、既に無表情だ。
するすると剥いていた筈の林檎が何故かうさちゃん林檎になっていたが、そんな現実的に有り得ない事態を追求するだけ野暮だろう。


『え?でも、黒髪の朱雀先輩、カッコ良かったよ?』
『あれ?先輩、また黒にしたの?えへへ、似合う。カッコ良すぎてまた大好きになっちゃった』
『やぁん。…もうっ、いきなりトイレに連れ込むなんてエロエロなんだからっ!授業間に合わなくなるから、キスだけで我慢して?』

早送り。

『え?メールしてただけだよ?誰って、玄武のおじちゃん』
『何でって、メル友だから?』
『え?二時間目の時に話してた?俺が?』
『あ、中川ね。別に何も話してないよ?ってか何で先輩、そんな事知ってるの?』
『…もしかしてまた覗いてたり?もー、やめてよね、ストーカーは!こないだも保健室でミーティングしてた時、覗いてたでしょ!皆から俺が言われたんだからね!』
『反省!反省しないならもう先輩とはエッチしないから!』
『ん、謝れば良いよ。やきもちは嬉しいけど、ストーカーはやめてね?』
『そんな事より朱雀先輩、最近ちっとも勉強してないんだって?…何で知ってるって?メイユエ先輩が教えてくれたの!』
『俺とイチャイチャしてる所為だってネチネチ言われたんだからね!俺の所為なんて言われて、先輩の成績下がっちゃったりしたら困る!ちゃんと勉強しなさいっ』
『は?しなくて良いって俺が言った?言ってないし。つべこべ言わずに教科書開いて。留年したら朱雀先輩が先輩でなくなっちゃう!ただの馬鹿朱雀になっちゃうよ!』
『お夜食にラーメン作ってあげるから、頑張って?』



早送り。



『てんめー、ずちぇ!俺が目を離した隙にシナチク抜きやがったなタコ!好き嫌いしてんじゃねぇ!ああん?!ガタガタほざくなガキぁ!てんめーを干してシナチクにしてやろうかぁ!!!』



ピッ。一時停止。



「うっうっ、何なのこの有様は!敷かれてるじゃねェか大河この野郎!尻に!呆気なく!敷かれてるじゃありませんかァアアア!!!今や俺様攻めの片鱗もないんじゃボケェエエエ!!!」
「成程、下手に掻き回した挙げ句、大河朱雀を叩き上げるつもりが松原瑪瑙を叩き上げていたと言う事か。面映ゆい」
「俺はー!俺様の攻める姿が見たかったんだァアアア!!!どうしてこう、次から次にどれもこれもヘタレるかァアアア!!!どうしてこう、次から次に受けがレベルアップするかァアアア!!!」

とめどない魂の叫びに無表情で首を傾げた男は、さもあらんと当然の様に、呟いたのである。

「お前が容赦なく可愛がり過ぎるからだろう。何故嫌われると判っていて手を出したがるのか俺には理解出来んが、そのまま世界中の人間から嫌われろ。そして早々に諦め、俺だけを構え」
「ひ、酷すぎるなりん!」
「お前を幸せにするのは俺だけで良い。諦めろ俊、俺はお前の周りからあらゆるものを遠ざけるぞ」
「ぐす。カイちゃん…僕、カイちゃんで絶望的に失敗して、タイヨーで壊滅的に絶望して、漸く見つけたチャンスに懸けてたにょ。二葉先生は底抜けに犬攻め、ワンコ所じゃない。あんなんただの家畜。ピナタに至っては相手が悪すぎたにょ。だってイチってばワンコ攻め所じゃない、野獣受けなんだもの…!これは仕方ないなりん。だから!今回こそはって、期待するのも駄目なの?!ささやかな期待も駄目なのっ?!」
「その結果、今回の失態を招いた。気に病むな俊、お前さえ素直に俺だけを構うと誓えば、俺は全身全霊を以てお前を攻めてやる」

しゃりしゃり。
うさちゃん林檎を無言で貪ったオタクは素早く逃げようとして、ガシッと捕まる。全身の骨と言う骨を叩き折られ、ボコボコにされたのはつい先日だ。迸るオタクパワーで完治したとは言え、余りにも、相手が悪すぎた。

「…あにょ、もうお腹一杯ってゆーか、その、手加減してちょ」
「そなたは痛い目を見ねば大人しくならぬだろう。だから見逃してやった。もう、良いだろう?」
「ま、さか、カイちゃん…?」
「松原瑪瑙に教材を持たせ、あの道を通らねばならない状況へ追い込むのは至極容易だった」

青冷めたオタクの目の前で、優雅に優雅に、無表情を満面の笑みへ書き換えていく美貌は、囁く様に。

「大河朱雀を知らず、大河の名の意味も、あまつさえ、恐怖さえ思い付かぬ幼い子供。無防備に近寄り、無防備だからこそ、正面から大河朱雀を否定し得る、無垢な子供」
「…」
「気丈にして脆い、雄の本能を擽るだろうそれは、想像通り、容易に大河朱雀の懐へ収まった。…そう、そなたが目を付ける程には」

詰めが甘いな、と。
甘く囁く唇が近付いてくるのを呆然と受け入れながら、自称『悪役』は、世間の広さを痛感したのだ。

人を呪わば穴二つ。


「私の描いた脚本通り、お前の目論見は最後の最後で潰えた。そろそろ真の絶望を受け入れろ、俊」

無意識に握り締めた手の中で、リモコンが音を発てる。

『朱雀先輩、俺の事、本当に好き?』
『好きだ』
『本当の本当に?勘違いじゃない?遠野会長から催眠術掛けられてるんじゃなくて?』
『…馬鹿。俺に奴の戯れ言なんざ効きやしねぇよ』
『え?何か言った?』
『いや、何でもねぇ』

モニタから響く声、目の前にこの世のものとは思えない美貌、己の鼓動が酷く耳に付く。

『そう言えば朱雀先輩、大阪に行く前にもどっかのチームに入ってたの?』
『何だ、唐突に』
『あのね、ケンゴ先輩が言ってた。AB何とかってチームに入ってたけど、従兄弟を苛めてた人に喧嘩売って、自分から辞めたんだって』

音もなく笑う唇。
流石に想定外だと痙き攣ったが、容易に唇を塞がれて、恨み言は一つも音にならない。



『…さて、昔の事は覚えてねぇな。つーか、あの馬鹿には近付くなっつっただろ、まめこ』


台風は所詮雲の下。
全ては、神の手の上。


「ふ、素直なお前は大層愛らしいぞ。案ずる必要はない、俺はお前の為に存在し、お前は俺の為に存在している。ただそれだけの事だ、俊」
「ふぇ、くぇ、ほぇ」
「精神を病もうが思考が朽ちようが、お前はお前で在るだけで良い。愚かにして脆い俊、諦めろ。お前の望む幸福など、生涯実現はしない。俺はいつもお前を見守っているぞ」
「し、性悪会長めぇえええ!!!!!!ぷはーんにょーん」

幸せそうな二人が並んで歩く画面を横目に、げっそりやつれた恋人を抱き上げた男は、囁いた。






「青春の煌めきに季節の違いはない」

楽しげな笑い声に男は、柔らかな声音で謳歌せよと、まるで神様の様に。



「生徒の幸福こそ、会長たる私の願いだ。」







降水確率0%。
中央委員会会長の笑顔指数100%。



「だが俊、好きな子を苛めるのは雄の本能だろう?故に、俺はお前の幸せを願うつもりはない。だがお前が俺を幸せにする分には構わん、遠慮するな」
「や…優しくしてぇえええ!!!俺にも誰か、優しくしてぇえええ!!!!!!」
「任せておけ。松原瑪瑙に劣らぬ快楽の底へ沈めてやろう」
「ゲフ」



局地的に左席委員会会長の迸る涙が嵐を呼ぶ恐れがありますが、概ね晴天に恵まれるでしょう。



<本日も快晴>


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