可視恋線。

近くからは見えない竜巻が過ぎた後は、

<俺と先輩の仁義なき戦争>




近況報告。
ターゲット、何ら変わりなく。
選定考査終了。席次、7位。

この度、高等部2年に於いて受講者の中に満点の生徒が2名確認された。続く次席に4名、その内の2名が昇級の辞退を申し出ており、6位までに26名、計30名に至る。
これにより後期進学科のクラス編成は決定された。7位以下の健闘した生徒は次回昇格へ向けて、努力して頂きたい。



試験満点合格者、遠野俊、神崎隼人、以上の両名。
然し神崎隼人の申し出により、前期と変動する事なく、遠野俊を今季帝君とするものである。



「タイヨー。弾ける笑顔が大変眩しいにょ。何があったなりん?」
「ん?んー、折角今回は満点ばっかだと思って喜んでたのに、見てよこれ。名前の欄。山田太陽の『太』の点を書き忘れちゃってさー」
「ほぇ。山田大陽になってるにょ。でも大丈夫ょ、一瞬大腸に見えたけど、問題ないなりん」
「こっちの英語のテストなんか、一人称と複数形が混ざっちゃってんの。何だよ、I goes toってさー」
「惜しいざます!よちよち、可哀想なタイヨーちゃん…。で、何位だったにょ?」
「5位タイに17人も居てさー。50音順で山田が最後になるから、何だかんだで21番だよ、また」
「ふーん。メニョたんに萌えて本気になってたみたいだったのに、残念ね、タイヨーちゃん」
「やー、残念だねー」
「その割りに何故かにこにこしてるタイヨーちゃん、可愛いざます。ハァハァ」






近況報告。

今季高等部1年、帝君は羽柴果凜。
然し本人が辞退しBクラスへの編入の希望した為、決議は上院会議にて問うものとする。



「…危ない危ない。変なとこで鋭いんだから困ったもんだねー。ぐふふ。俊め、相変わらず遠回りなだけで生温い。松原君を幸せにするのは、この俺なんだ。あはは、あははははは」
「ハニー、夜更けまで勉強なさっていたのに今回は余りにもケアレスミスが多すぎますねぇ。前回満点だった数学に至っては97点ですか?」
「ぎく!…ちょ、ちょいと、初日に松原君に萌えちゃって…つい。あはは、あははははは…」
「おや、私と言うものがありながら何と言う事でしょう。判りました、私以外に目を移りしないよう、体に言い聞かせる必要があると言う事ですか。ふふ」
「きゃー」



24位、松原瑪瑙。
昇級希望の書面は未だ提出されていない。







「と言う案配で、タイヨーがまた何か企んでるだろうが、万事順調だ」
「相変わらず、抜かりのない男だ。対外的には大河朱雀を矢面に立たせ、その実、そなたの目当ては端から大河朱雀ではなかった。ふむ、面映ゆい」
「健気受けはどんな目に遭っても健気に攻めを愛してこそ、真価が発揮される。カイちゃん、楽しくなって来たわねィ!俺様溺愛攻めと健気受け!ご飯が進んで止まらないにょ!お代わり!」
「俊、二升炊いたが足りんらしい。よもや俺の子を孕んだのではなかろうな」















「かわちゃん…本当にこの制服で間違いないの?」

不安げに何度も何度も同じ事を聞いてくるルームメイトに、唇を噛み締めながらまた、間違いないと宥める。
川田有利のやつれた表情と瑪瑙を交互に見詰めた男らは、半信半疑だった先程までとは違い、一気に顔を引き締めた。

「姐さん、ほんまに俺らの事覚えてへんのですか?村瀬ですよ、たこ焼き大明神の村瀬でおますえ?」
「何語やねんアップル、ただでさえワシら揃いも揃って真面目には見えん。見てみぃ、姐さんが怯えてはるど」
「姐さぁん、嘘やて言うてぇ?うちの事だけはほんまはちゃんと覚えてるんやろ?どっきりて言うてぇ?」

縋る様に川田の腕に抱き付いた瑪瑙は涙目だ。
目覚めて開口一番、自分のブレザーを見るなりこれ誰のと騒いだ数十分前から、全ての光景に怯えている。

「か、かわ、かわちゃぁん。何で俺っ、こんなに話し掛けられてんの?!罰ゲーム?!」
「大丈夫だから、少しは落ち着け。お前は忘れてるかも知れないけど、高等部なんだよ」
「そ、そんな事言われてもぉ…。うぇ。俺、まだ14歳だよ?だって冬休みはまだなんだもん!こないだの期末テストで赤点三つも取っちゃったから、かわちゃんまだ怒ってるんでしょっ?」
「松原」

宇野から一通りの説明を受けていた羽柴は静かに成り行きを見守っていたが、沈黙した作業着に代わって口を開いた。

「折角30位以内に入ったのに、忘れてしまったのか?俺が誰だか、判らない?」
「ど、どちら様?ですか?」
「…羽柴だ。宇野を苛めて、お前が手紙を書いたんだろ?」
「え…羽柴…?何で手紙の事、知ってるの?え?何で?」

話が進まないね、と乾いて笑みを零した宇野は、言葉が続かない羽柴から目を離し、ぼけっと、一人だけ一言も発せず、ただ瑪瑙を見つめているだけの男へ目を向ける。

「朱雀の君。昨日まではまだ、まっつんも此処まで酷くなかったんですよ。朱雀の君の事も辛うじて覚えてましたし、寝るまでブツブツ悪口言ってましたし」
「海陸っ、余計な事は、」
「でも、今日起きたらコレです」

川田に引っ付いたまま離れない瑪瑙は判り易く怯えたままだ。
俺は中学生だと喚く瑪瑙を教室へ連れていって授業は受けさせたが、全く付いていけず、高等部教師の名前すら判らない有様。

「まっつん。あの人、覚えてる?」
「…え?目が青色の人?」
「そう。その様子じゃ覚えてないよね?はは。大丈夫だよ、隠さなくて良いの」
「う、うん、俺、その人、全然知らない」

瑪瑙から真っ直ぐ見つめられた朱雀は口を開いたが、けれどやはり喋らなかった。川田が村瀬へメールを入れてから間もなく、真っ先に保健室へ飛び込んできた朱雀は、瑪瑙の肩を掴んで振り払われた時から、全く喋っていない。

「…シゲ、総長が舐めさせた所為で姐さんキレてるんやてうち言ったけど、そんな雰囲気とちゃうな、これ」
「せやから違う言ったやろ、おまんは一生黙っとけ」

三時間目の途中で頭がパンクした瑪瑙を保健室へ放り込み、事が事なので保険医に事情を説明した川田と宇野は、以降の授業を全て欠席する事になったのだ。然も三人共、公欠扱いらしい。
どうやら理事長らが関与している様だった。宇野の推測に過ぎないが、どちらにせよ、こうなってはどうしようもない。

「運が悪い事に神帝陛下も白百合様も出掛けてて、Sクラスは放課後まで課題実習だって話なので、天の君も時の君も捕まらないし。言いたい事が山程あるんですけど、これだけ先に言わせて貰って良いですか、朱雀の君」

眉間に皺を寄せていない朱雀は寝惚けた表情で、ぼんやりと頷く。恐らくこの中の誰よりも、事態を把握しきれていないに違いない。


「まっつんの事は、忘れて下さい」

先に反応した瀬田が立ち上がろうとしたが村瀬に止められ、神妙な顔で腕を組んだ松田は深い息を吐く。それが瑪瑙の為になると言う事だけは、皆、一致していた。

「このまままっつんが何処まで忘れるか判んないし、天の君に怒鳴り込んだ所で、記憶が戻る保証もないんで」
「…」
「聞いてますか、朱雀の君」
「…ああ、聞いてる」
「まっつん、言ってたんですよ。もし朱雀の君から忘れられたら、泣いて暴れるかも知れないけど、仕方ないって」

初日の選定考査を終えた後、だ。
その前日は夜中に出掛けたまま戻らなかった瑪瑙は、左席委員会の役員が預かっていたと後から聞いた。その際、彼らの話を盗み聞きした瑪瑙は、彼としては珍しく腹の底から憤っていたが、川田と宇野に全てを打ち明けた時には、目を真っ赤に染めて。

そんな事がある筈がない、と。
あのしつこい大河朱雀が簡単に忘れる筈がない、と。
一抹の不安を感じながら瑪瑙を宥めた二人は、何処かで懸念していたのだろうか。流石に川田は暫く受け入れられなかった様だが、心細い立場の瑪瑙が四六時中くっついてくるので、そうも言えなくなった。


「多分ずっと忘れられなくて好きでいるかも知れないけど、二度と近付かないって言ってました。それが、朱雀の君の幸せだからって」
「馬鹿か、」
「だって、見ず知らずの後輩が『思い出して』っつったって、貴方は相手にしないでしょ?それかあれだ、いつかみたいに暴力で黙らせるかヤり捨てにするんでしょ?」

朱雀の固めた拳が宇野の頬を打つ瞬間、庇う様に割り込んだ羽柴が吹き飛ぶ。慌てて瑪瑙を剥がした川田が羽柴を抱き起こし、実兄の村瀬は奇妙な笑みで、痛そうな弟の切れた唇へタオルを押し当てた。

「男振りが上がったんと違うか、弟よ?」
「そらどーも」
「は、は、羽柴、血が出てるっ。ほ、保健室行く?あっ、俺、保健委員だから!人工呼吸する?!」
「…ごめん松原、気持ちは嬉しいけど人工呼吸はしなくて良い」

瑪瑙と言えば、状況が把握出来ずにオロオロと目を動かしている。今の彼から見れば、白ブレザーも作業着も、憧れの高等部だった。全部の出来事が他人事だ。

「総長。今のアンタ、サイコーに格好悪いで。年下に図星突かれて逆切れて、何処のチンピラや」
「んだと…!」
「やめろ二人共!メェが怯えてるだろ!」

川田が鬼の形相で怒鳴り、それに飛び上がった瑪瑙は、大きな目にじわりと浮かんだ涙を零したのだ。

「う、うぇ、え、えーーーん…」
「あ、かわちーが泣かした」
「僕じゃないだろ?!おい、メェ!待て、トイレに逃げ込むのはやめろ!怒ってないから!」

川田に酷く叱られた時の瑪瑙は、言い返したくても言葉が見つからず泣きながらトイレに逃げ込む事がある。数ヵ月前まではかなり頻繁に逃げ込んでいる瑪瑙は、腹が減るまで帰ってこないのだ。
同級生の中では、昔から有名な話だった。川田の怖さは殆どの生徒が知っている為に、トイレの泣き虫に同情する声は多い。それが瑪瑙だと知る者はクラスメートだった者くらいだが。

「まっつん、あんなに頑張って勉強してたのに。こんな奴に釣り合う為だって、あんなに頑張ってたのに。天の君が貴方の為に仕掛けて下さった下らない悪戯が、結果的に良かったんだと俺は思います」
「テメェ…」
「だから、まっつんは俺達が守るから。貴方は二度と、近付かないって約束して下さい。怒鳴られようが殴られようが、もう、アンタらなんかに関わらせたりしない。…おいで、まっつん」
「なーに、うーちゃん…」
「この先輩に『バイバイ』してくれる?」

にこっと瑪瑙へ笑い掛ける宇野に、朱雀の怒りが勢いを増した。然し怒鳴れば怯えさせる為に為す術はない。

「え?えっと、バイバイ?」
「マーナオ、」
「うーちゃん、バイバイしたよ?もう帰って良いの?かわちゃん、帰って良いの?」
「まめこ」

朱雀の手が瑪瑙の手を掴み、平均より小さい体は簡単にくるりと反転した。ぱちぱち大きな瞳を瞬かせた瑪瑙は眉を寄せて首を傾げたが、不良と見れば騒ぐ様なビビりではないので、怖いのは怖いのだろうが、振り払う事はない。

「何ですか?」
「…一度」
「へ?」
「一度だけ、俺の名前を呼んでくれねぇか」
「え?呼ぶだけなら、良いですけど…。えっと、先輩?の、お名前は?」

不思議そうな瑪瑙は然し疑う事なく快諾した。
朱雀が瑪瑙に手を上げる事はないと信じてはいるが、つい身構える川田は立ち上がる羽柴に手を貸しながらも目は瑪瑙を気にしており、宇野はいつでも朱雀を止める事が出来る様に普段はにやけている顔を、強く引き締めている。

「朱雀」

日本語ではない、それは。


「ずちぇ?」


彼が居なくなってから布団の中で夜通し泣き続けた松原瑪瑙が、繰り返し唱えたものだ。
表情を歪めた川田と宇野の背後で、同じく唇を震わせた瀬田は目に涙を溜めて松田を見たが、悪友の二人は目を反らし、最早、朱雀と瑪瑙の二人を見てはいなかった。


「ああ。…悪かったな、もう行け」
「あ、はい、さよなら」

にこっとお愛想で笑った瑪瑙は固まる川田の腕を取り、宇野を手招いて、朱雀を見る事なく、真っ直ぐに。帰路へと急いだ。



残された男らは、誰一人口を開かぬままに。










「ね、ね、かわちゃん」

跳ねる様に廊下を歩く瑪瑙はどことなく上機嫌で、先程まで不安げに垂れ下がっていた眉は、いつもの形に戻っていた。固い表情の川田の代わりに返事をした宇野は、表情だけは既に、いつもと何ら代わり映えしない。

「どうしたの、まっつん。楽しそうだね?」
「えへへ。さっきの先輩、カッコ良かったね。羽柴が叩かれた時は怖かったけど、手がね、すっごいおっきかったよ!高等部の先輩って大人っぽいねっ」
「居たー!松原くーん!!!」

凄まじい声にビクッと肩を揺らした瑪瑙が背の高い宇野の背後に隠れ、何事だと目を白黒させた。

「記憶喪失になっちゃったんだって?!可哀想に!じゃあ俺の事も忘れちゃってるよね?!」
「えっ?えっ?あ、あの、どちら様ですかっ?!」
「山田です。怯えなくてもいいよ、はい!松原君が前に好きだって言ってたハム、あげる」

酷くにこやかな山田太陽に警戒する川田と宇野は、然し、他人の目がある為に口を閉ざす。おどおどと顔を覗かせた瑪瑙は恐る恐る贈答品の箱を見やり、ペコリと頭を下げた。

「あの、俺、ハムは苦手なので、要りません。ごめんなさい」
「…え?そんな筈、」
「メェ、行くよ」
「うん」

川田に呼ばれるまま去っていく瑪瑙を呆然と見送った太陽はパチパチ目を瞬かせて、青冷めていく。

「……………え?ハム、好きだから、食べたんじゃないの?つーかハムが嫌いな育ち盛りなんか居ないからって、理事長が手を回して、大河君に送ったんだよね?偽名で」
「その様ですねぇ。監視によると、此処数日、ハニーの企み通り、松原君は毎日の様に召し上がっていたそうですが」
「だから記憶喪失になったんだよねー?え?でも好きだったものが嫌いになったりはしないよね?え?」
「恐らく、他人からの贈り物に警戒していると考えるべきではないでしょうか、ハニー。そもそもじわじわと記憶を失っていくと言う効果は想定外です。何かが食い違ってますねぇ」
「俺もそれは思ったけど…。それじゃ、この中和剤入りハム、どうやって食べさすの?」
「さぁ?」

凍り付いた山田太陽はそれから暫く、微動だにしなかった。





「そ、総長?気を落としたらあかん、気張りや」

狼狽える瀬田の上擦った声に反応する者はない。
ぼーっとあらぬ所を見つめている朱雀は夢を見ている様な表情で、何を考えているのか判らなかった。

「…諦めるんですか?アンタらしない。殴られ損やわ、アホらし」
「お、おい、アップル、何でお前が不機嫌やねん」
「喧し。ユート、ワシは今度こそこん人を見損なった。一抜けや、ほな」
「ちょ、待ちぃ、アップル!」

すたすたと歩いていく村瀬は一度も振り返る事なく、狼狽える瀬田の呼び掛けは露と消える。

「な…何でアイツあんな怒ってんねんよ?リサ寝取られた時も、あっこまでキレへんかったやん」
「アップルはおまんと違うて賢い奴やさかい、そら色々あるんやろ」
「きー!ちっとも判らん!総長!うち社長に連絡する時間やの!まるっと報告したらあかんのは判るから、何て言ったらええか教えて!」
「言えば良い」

ぽつりと。
漸く口を開いた朱雀が瀬田へ目を向けた。珍しく眉間に皺を寄せていない男は蒼い眼差しを眇め、諦めた様に。

「何でも良い。このままじゃ俺は、また、同じ事をする。泣かれても嫌がられても…どうせ、諦めやしねぇ」
「へ?何、何の話?」
「ええから黙っとれ。…そんで、どないするおつもりですか?諦めんと、姐さんが思い出すまでじっと待ってるんですか?」
「俺がンな性分に見えんのか、茂雄。自分でも追い掛けてねぇのが不思議なくらいだ」

下手したら縛り付けて犯して殺してる、と。
呟いた朱雀に腰を抜かした瀬田は顔色を失い、果敢にも震える膝を叩いた松田は、痙き攣った笑みを零す。

「アンタの性格なら、有り得ますね。そないな事、ワシがさせへんけど」
「当たり前だ、俺を殺す気で止めろ。じゃなきゃ、川田も宇野も躊躇わず死なすぞ」

やりかねない。
それが判った二人が顔を引き締めたが、背を向けた朱雀が歩いていこうとするので慌てて追い掛けた。瑪瑙達が去っていった方向ではなく、逆方向である事が唯一の救いか。

「何処に行くんですか」
「元凶の面をボコボコにして、土下座させたい所だが」

背中から漂う恐ろしい程の殺気に怯んだ瀬田は、最早口を開く余裕もない。朱雀を見ない様に顔を伏せたまま、びくびくついてくるだけでも大したものだ。

「裕也と健吾がほざいた通り、試させてやる。あの糞野郎の魂胆に乗せられてやろうじゃねぇか。なぁ、茂雄」
「ま、さか」
「覚えてっから捕まえたくなんだろ。だったら、忘れたら良い。…違うか?」

二年、Sクラス。
決して辿り着く筈のない進学科の教室へ、辿り着いた。判っていたのだろう朱雀は躊躇いなくその教室の戸へ手を掛け、弾き飛ばさんばかりにドアを叩き開いた。

「…何もかんも思い通りで満足かよ、糞カルマが」
「いらっしゃい、スゥたん。最後のテストを受けますん?」
「ああ。その代わり、後ろの二人ともう一人。そっちで面倒見ろ。どう足掻こうが、俺はテメェの下には付かねぇ」
「はァ。左席は毎年人手不足なのょ。スゥたんが入ってくれたら、パトロールが楽になると思ったのにィ」
「ほざけカスが。テメェの目的は、俺じゃねぇんだろうが」
「ほぇ?いつから気付いたにょ?」
「はっ、最初から可笑しいだろうが。テメェ、俺を更正させるだの何だの、取って付けた理由並べ立てやがって…」

朱雀の台詞に首を傾げた男の表情は、逆光で見えない。

「巻き込まれた体の方が萌えるだろう?手の付けられない不良が平凡な後輩に惹かれる確率よりも、極々平凡に成長した少年が、流行らない不良に惹かれる確率の方がずっと低い。男女問わずストライクゾーンのお前より、松原瑪瑙の方が俺には読めなかった。だから吊り橋効果を狙ったんだ。盛り上がった瞬間に潰える愛、俺の脚本は、楽しめたろう?」
「死ね、カスが。どんな育ちしてんだテメェは」
「ああ、それは良く言われる。それでは大河朱雀、君の純粋にして貪欲な愛を俺は認めてあげよう。愛しい人の為に全てを得ようとして全てを手離した、憐れにして幸福な男の幕引きに相応しい、最後を」
「…とっとと済ませろ、殺すぞ」
「はい、じゃ、あっさりしっかり魔法を掛けちゃうので、目を閉じてこの世で一番大事なものを思い浮かべてるにょ。次に目を開けたら綺麗さっぱり忘れて、全部おしまい」

教室には黒髪の男が一人。
まるで魔法の様な声だと、誰もが思った。素直に目を閉じた朱雀の前で指揮者の様に腕を広げた男は夕陽の沈む窓辺を背後に、



「健やかなる朝を願い、己が欲を眠らせるがイイ」









慌ただしい足音と共に教室へ飛び込んで来た山田太陽が肩で息をしながら、乾いた笑みを浮かべる。

「…やってくれたねー、俊」
「だから言っただろう、今回の俺は本気だと。…お前は本当に、詰めが甘い」

太陽には見向きもせず、呆けた瀬田と松田にも目を向ける事なく教室を出ていった朱雀は、夕陽に染まる廊下の窓を胡乱げに見やり、吐き捨てる様に呟いたのだ。



「何で俺、髪染めてんだ?」

答えを知る者は、居ない。


*←まめこ | 可視恋線。ずちぇ→#



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