可視恋線。

荒れます荒れます寒冷前線の乱!

<俺と先輩の仁義なき戦争>




おはようございます。
眠れない夜をまんじりと過ごした俺、爽やかな曇り空です。



「…松原、本当に良いのか?」

俺は何故か羽柴と二人きり。
選定考査の直前に最後の教科書読みをしていると、同じく試験を受ける為に通常授業には出ない羽柴は俺にとある取引を持ちかけたんだ。

「ん。もう、何かどうでも良くなっちゃって、俺」
「どうでも良い?」
「馬鹿は死んでも治らないんだ。だから、羽柴は俺みたいな馬鹿やったら駄目だよ」

羽柴はカードを取り替えようと言った。
大勢居る生徒は学籍カードで個人が特定されて、試験会場の入口で写真での本人確認はあるけど、会場内ではタッチパネルに備え付けられてるカードリーダーがあるだけらしい。

つまり、中に入ってしまえば、試験監督の最上学部教授だけ、いちいち高等部生徒の顔を知らない。何せ入口で認められて入室した生徒、疑わないだろう。例え、カードを摩り替えて別人に成り代わったとしても、だ。

羽柴は普通科に。出来ればBクラスに降格したいらしい。うーちゃんの傍に居たいから、だって。
俺と羽柴がカードを取り替えて、俺は羽柴として、羽柴は俺としてテストを受ける。そうすれば、俺は間違いなく上位、帝君も夢じゃない。羽柴は帝君だもの。



だけど、俺はその申し出を断った。

まだ何か言いたげな羽柴の気配を感じながら、目が滑って入ってこない教科書をパラパラ捲って。


「…羽柴は、さ。どうして、うーちゃんを好きになったの?」
「唐突、だな」
「最近じゃないよね?」
「…同じクラスになった頃だと思う。あの頃の俺は…その、川田に付きまとっていた」
「覚えてるよ。うーちゃんを皆で苛めてたでしょ。特に羽柴の苛め方は陰険だったから、羽柴の足踏んだり蹴ったりしたもの」
「それは覚えてる。いつも松原はボーッとしてたけど、宇野の事になると兄貴面したがって…あれは痛かったな」

入学した頃、生まれたばっかの弟、次男の黒曜の事ばかり考えてた俺は、兄ちゃんになったんだからとちょっと気合い入ってたんだよね。
寮に入ったばかりで他の子は皆ホームシックだったりして、その頃はうーちゃんと俺以外に4人居て6人部屋だったんだけど、うーちゃん以外の子は毎晩泣いてた。でもうーちゃんもきっとホームシックでストレスが溜まってて、お菓子をボリボリ食べてたんだ。あっという間に元々太ってたうーちゃんはデブになって、かわちゃんグループに苛められ始めた。

「気になり始めたのは手紙を、貰ってから。…まさかあれが、松原の仕業だなんてね」
「え?それじゃ、俺がキューピッドみたいなもんじゃない?」

曖昧に頷いた羽柴は、だから何日か悩んだって言った。でも、ずっと何年もうーちゃんの事を考えていたから、今更勘違いだったって言われても、なかった事には出来なかったんだって。
それを伝えて改めて告白したうーちゃんからは、「馬鹿なんじゃない?」って言われたらしいけど。

「いつから付き合ってたの?…俺、昨日二人が電話してるの聞いちゃったんだけどさ」
「…そう」
「うーちゃんを苛めないでって、言ったよね」

羽柴は不良グループの総長なんだって、村瀬さんから聞いてるから本当は怖いけど。ビビってるけど。これだけは言っとかないと、気が済まなくて。何か俺、いっぱいいっぱいを通り過ぎて、今はとても虚しい。
心が空っぽになったみたい。

「松原が何処まで聞いたのかは聞かないでおくが、…宇野が言う事は全て事実だ」
「じゃ、一学期に、うーちゃんを襲ったのも?隼人様が逃げられた不良達の中に居たの?」
「…あれは俺の親衛隊と舎弟が勝手に動いて俺が直接的に指示した訳じゃないが、いや、違う…俺だ。俺の責任だ。俺が、やった」
「そう。羽柴、殴らせて貰える?」

躊躇わず頷く羽柴を一瞥し、俺は息を吐いた。殴る訳ないじゃん、うーちゃんと羽柴の問題だ。俺の出る幕はない。

「ね、太閤の君。恋すると何で馬鹿になっちゃうんだろうね、人間って」
「…そう、だな。松原の言う通り、俺も知りたい」
「俺、絶対あんな奴、好きになんかなんないって思ってたのになぁ…」

初対面で殴られ、吊るされ、犯されそうになって、オタクさんな遠野会長と神帝陛下に助けて貰って。でも、助けて貰わなかった方が良かったのかも知れない。
ちょっと我慢して不良の好きにさせとけば、満足して飽きただろう。そして俺は泣き寝入りして、でも馬鹿だからすぐに忘れてしまうんだ。あんなの犬に噛まれた程度だ、俺は男だから貞操なんか大切に取っておくもんじゃないし。
良い経験?したなー、くらい。

「男らしいな、松原は」
「うーちゃんは根に持つよ、ずーっと」
「…そうだな。でも宇野も川田も、初等部の頃からは随分変わったよ。お前が居たからだと、俺は思う」
「ありがと。でも、俺本当は超女々しい奴だから。今の誉め言葉はなかった事にして」

朱雀の君にちょっと悪戯されました。
その程度なら親衛隊気取りの人から苛められる事もなく、遠野会長に憧れたまんま、キャーキャー言ってたかも知れない。
遠くからたまに白百合様を見て感動したり、山田先輩と擦れ違っても気付かないまま、ああ、でもそうしたら、村瀬さんもシゲさんもユートさんも、此処には居ないのかな。

「かわちゃんと村瀬さんは…山田先輩が仕組んだの?前に学食でそんな話してた気がしてたんだ。俺、人の話あんまり聞いてないから」
「…それは」
「良いよ。俺だけ何も知らないのは、もうやだ」

羽柴は、山田先輩が村瀬さんをけしかけたと言った。どんな仕掛けか判んないけど、山田先輩は春先に出会った俺の身辺を調べてから、かわちゃんを気に入ってたらしい。
村瀬さんから迫られて押し切られるかわちゃんの姿が目に浮かぶ様だよ。かわちゃんは、頼られたら断れないお人好しだから。

「人の気持ちを弄ぶなんて…!酷いっ」
「松原…」
「…ちくしょ、今更全部ウソでしたーなんて言われても、呑み込めないよ!俺は!」

一つが嘘だと、どれもこれも全部が嘘に思えてくる。不思議だね。あんなに尊敬してた山田先輩も遠野会長も、今は思い出すだけでお腹の底がムカムカしてくるんだ。

「一発殴ってやりたいけど!」
「まっ、松原、」
「どうせ勝てないのは判ってるから、正々堂々と、テストで勝負する事にした。…羽柴、そんな可哀想な子を見るような顔やめてよ」

ゴーンゴーンと予令が鳴った。
今のは普通科と体育科のチャイムだ。だからこの五分後に実習が多い工業科の全域に始業を伝える放送が入って、その五分後に進学科以外の授業が始まる。広い校舎の移動時間を考慮して、授業と授業の間の休み時間は十分あるから。

9時になったら進学科の始業ベルが鳴る。
選定考査の会場はその前に手続きを済ませて入室しないと受験出来ない。

「勝ち負けはともかく、それくらい本気って事。だから汚い手で上位に入れても、俺は嬉しくない。判ってくれる?」
「ごめん。俺はお前を何処かで見下していたのかも知れない。謝らせて欲しい、松原」
「謝んないで。羽柴のお兄さんを悪く言うつもりはないけどさ、かわちゃんと村瀬さんの事はちっとも認めてないし。うーちゃんが嫌がったら俺、羽柴を泣かせる為にSクラスの教室探し出すし」

Sクラスの教室は、どんな仕組みなのか毎年場所が変わる学園七不思議の一つ。あと理事長の年齢と神帝陛下の素顔と白百合様の睡眠時間も七不思議だけど、今の俺にとっては、遠野会長こそ真の謎だ。

俺と朱雀先輩をくっつけて、何がしたいのか。朱雀先輩が真面目に登校する為の画策だったなら、他にも方法はあったんじゃないか。
最終的に俺、捨てられるんじゃん。朱雀先輩から綺麗さっぱり忘れられて、それで、終わりなんて。

「カードを拝見します」
「はい。一年Bクラス、松原瑪瑙です」

羽柴と並んで、賑わう講堂の入口で名乗ると、周りがざわめいた。チクチク視線を感じるのは多分、俺がBクラスだからだ。特殊なCクラスとか工業科の生徒は度々選定考査の選抜になるらしいけど、中等部の時にうーちゃんが受験した時も、皆から奇妙な目で見られたって言ってた。

「確かにご本人ですね。では、中へは一切持ち込み出来ませんので、教科書等、学籍カード以外の物はアクセサリーに至るまで全てこちらでお預かりします」
「はい。えっと、これで全部です」

ポッケの小銭入れ、胸ポケットに刺してたボールペン、暗記用のメモとか預けて、渡されたハンガーにブレザーを掛けた。中には皆、黒いシャツとスラックスの真っ黒な姿で入っていってるから、本当に厳戒体制って感じ。

「やぁ、松原君。おはよう」
「おはようございます、時の君」
「…あらら?何か機嫌悪そう?」

羽柴と一緒に講堂へ入ると、大学の講堂と同じ、長い机がざざざっと並んでる。机上にはタブレットみたいな物が3つずつ並んでいて、一テーブル三人ずつ座る仕組みみたいだ。

壁際に居た山田先輩は隼人様と何やら雑談してて、俺に気づいて手を振ってくれた。でも何とも言えない葛藤中の俺はちょこっと頭を下げて、プイッと顔を逸らす。羽柴が大丈夫かって聞いてきたから、多分ムスっとしながら俺は、固い動きで頷いた。

起動してるタッチパネルには、それぞれ名前だけが表示されてる。羽柴曰く、150人分の席をとりあえず片っ端から確めて自分の席を見付けないといけないらしかった。とても面倒臭い。


あ、と。
入口から近い一列を確めて名前がない事を確認した俺は、振り返って口を押さえた。たった今、講堂の後ろの入口から入ってきた朱雀先輩に気付いてしまったからだ。

山田先輩とか隼人様とかから話し掛けられてる朱雀先輩は、ここからでも不機嫌なのが判った。慌てて背の高い羽柴の後ろに隠れて、講堂の真ん中の席を確かめていく。
俺に張り付かれた羽柴は歩きにくそうだったけど、その内に俺の席を見つけてくれて、俺はそこに座ってタッチパネルにキスせんばかりに顔を伏せた。


くすり。
誰かの笑い声が後ろから聞こえる。
チラッと見れば、裸眼の遠野会長が俺の真後ろに居て、大丈夫だ、と。口の動きだけで言った。

「おはよう。大河は三列目の一番前だから、こっちには来ない。…ほら、ごらん」

何度見ても慣れない会長に内心バクバクしてた俺は、遠野会長が指差す先へ目を向けて、自分の席を見つけたばかりの朱雀先輩と目があってしまった。
けど俺が逸らす前に朱雀先輩の方が見えてないみたいに目を逸らして、ドサッと音がしそうな勢いで座る。一つ椅子を空けて隣の席の人がビクッとするのが見えて、俺は絶望に近い気持ちを抱えながら目を逸らした。

「ふ。今、俺を睨んでいたろう?」
「…え?」
「君に話し掛けた瞬間からずっと、視線で殺されていたんだ」

笑っているらしいけど表情が変わってない遠野会長は頬杖を付いて、俺を指差した。

「ほら、また睨んでる。ああ、振り返ったら駄目だ。…イイな、このシチュエーションはまるで俺が間男みたいじゃないか?」
「…天の君。いえ、天皇猊下」
「ん?」
「俺、そうやって人の行動で喜んだり悪口言う奴、大っ嫌いなんです」

ざわっと。
俺の近くの席の人がざわめいた。遠野会長の低い声は耳に心地良いから、誰もが話を聞いていたんだろう。だから「何だアイツは」とか「何様だ」とか、こそこそ囁く声が聞こえてくる。

「絶対、思い通りにはさせませんから」

ぱちぱち、瞬いた会長がゆっくり首を傾げる。見た目は俺の父ちゃんみたいな強面だけど、俺は人を見た目で差別したりしないから。じゃないと悪人にしか見えない朱雀先輩を好きになったりしないし。
だから、遠野会長は怖いと言うより、ただ、世界が違う…芸能人みたいに思ってるだけ。

「…見てろよ、この野郎。帝君の座から引きずり下ろしてやる!」

シーン、と。
俺の怒鳴る声で静まり返った講堂。目を見開いた遠野会長からプイッと顔を逸らすと、斜め前に同じく目を見開いた山田先輩と、その隣に痙き攣る羽柴、俺の列のずっと前に変な顔で笑ってる隼人様が見えた。
そのずっと左側の端、再び俺と目が合った朱雀先輩に俺は、ベーっと舌を出した。肩を震わせた朱雀先輩が立つ前に講堂にチャイムが鳴って、試験監督らしい人が入ってくる。


「くっくっく…。もしかしたら案外、コイツのが面倒臭いんじゃねぇっスか?総長ヾ(・ω・ ) 」

後ろからケンゴ先輩の声がする。
俺はもう、聞こえてませんよ、って振りで、監督の説明を聞いていた。



「でもま、コイツが帝君になった所で俺ら学年違ぇから無意味っしょw受けるw」


ケンゴ先輩の小さな笑い声で真っ赤に染まった俺には、誰も気づいてないと思う。



やだもう!恥ずかしいっ!


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