可視恋線。

地獄も凍る絶対零度の大寒波

<俺と先輩の仁義なき戦争>




普通科寮、某所。

先程まで猛虎の如く暴れ回っていた男は、袖無しレザージャケットにレザーの際どいショートパンツ、おまけに西武警察ご愛用レイバンのサングラスと言うハードゲイじみた看守が腕を組む前に正座し、今や見事な土下座を演じている。

「コラ、浮気攻めコラ。やっとお前さんがやらかした罪ぃ、認めんだなぁ?あぁん?」
「…はい、認めます」
「声が小さいんだよぉう、コラ、お前さんコラ。あぁん?そりゃあよう、勉強ばっかでムシャクシャしたってのは…判らんでもないがなぁあん?」

この中で最も小さな、然し態度は底抜けにデカい地獄の看守の隣、今年卒業したばかりの無断侵入者…元同級生を華麗に縛り上げて踏みつけている看守その2は、同じくレザージャケットにピチピチのレザーパンツ、派手な作りの帽子を被り満面の笑みだ。

「アキ獄長、連日の徹夜であっさり8時に就寝していた猊下からメールが入りました。如何なる理由があれど浮気は許さず、と」
「あぁん?コラ、お前さんコラ、この俺と寝起きのオタク、どっちの命令に従うってのかい、コラ」
「失言をお許し下さいハニー、私は常にハニーの奴隷です」
「良し来た、そこのスヌーピーに魔王の実力を見せてやれぇい!」
「イェッサー、喜んで」
「ぎゃー!」

茶髪不審者があらゆる手段で痛め付けられている中、ガチャっと開いたドアから顔を覗かせた二人は真顔でUターンしたが、凶悪獄長に呼び止められて作り笑いのまま仕方なく振り返った。

「あははははは。お前さんら、何で逃げるのかなー?」
「…逃げるなんてとんでもないぜ、ジェイラー山田。オレはちょっとトイレに行こうとしただけで」
「そうなんだよタイヨウ獄長、ちょっと膀胱と精巣がパンパンで…抜いてこようかと!(ヾノ・ω・`)」
「へぇ?だったらここで抜きなよ。…何、恥ずかしがる事ぁない。…惚れた相手が居ながら、ムシャクシャして浮気に走った野郎が丁度そこに居る」

フ、と顔より大きいサングラスを押し上げ、レザーのハーフパンツから肉の薄い足を晒す看守…帝王院学園が誇る最強魔帝、山田太陽はニヒルに笑う。
先程まで怒濤の勢いで怒鳴り散らかしていた大河朱雀は最早今にも死にそうな表情であり、叶二葉から笑顔で苛められているスヌーピーは瀕死だ。いや、既に息絶えているかも知れない。

「この大罪人の面に、青臭いのぶっ掛けてやりな」
「「「…」」」

戸口に立つ藤倉裕也並びに高野健吾は言葉を失い、青冷めていた朱雀の額に青筋が浮き上がったが、怒鳴る前にビシッと飛んできた鞭が鼻先を掠め沈黙だ。

「…いや、オレにも好みがあるんス」
「俺…実はむっちり巨乳にしかおっきしない体質なので…(((´・ω・`)」
「そうかい。なら仕方ないね」

何とか難を逃れた戸口の二人と朱雀がこそっと息を吐き、死体と化したスヌーピーのデジカメをこそこそチェックしていた看守その2はそのまま懐にデジカメをパチり、死体を廊下へ放り出した。

「で、藤倉、高野。松原君は?」
「あー、寝たんじゃねーか?つーかオレらの部屋でSMゴッコやめろ」
「後輩にベッド貸してやってんだから、とっとと帰ってくんない?特に獄長と魔王( ノД`)」
「ばっきゃろー!大河が追っ掛けて行ったからあのまんまじゃお前さんら、すんなり松原君を引き渡しただろ!」





ここからは物凄い怒鳴り声に飛び上がった俺、松原瑪瑙がお伝えします…。

いや、本当はずっと丸聞こえなんだけど。
チャラ可愛い系イケメンなケンゴ先輩に軽々抱えられて、スタコラサッサと運ばれてきた俺は今、俺の部屋より一階上にあるAクラス二年生のフロアに居たりする。
二人部屋のちょっと広めな造りの部屋は8畳くらいのリビングに、テレビとエロいDVDとか雑誌とか散らばってて、超アダルトな雰囲気。

一息吐く間もなく朱雀先輩がピンポン連打するから、俺はケンゴ先輩の寝室に突っ込まれた。
巨乳アイドルのポスターとカルマのポスターが並べて貼ってあって、中でも銀髪サングラスの『シーザー』って書いてある不良バージョンの遠野会長の腰辺りに、大きな花丸が書いてあったんだけど。

「隼人様のお尻にも丸が付いてる…」

どう言う意味か判らずに首を傾げつつ、俺は大きな溜息を零す。

超キレてる朱雀先輩がドアを蹴破りそうな勢いで、面倒臭そうな藤倉先輩が朱雀先輩を招き入れたのは聞こえてたから判ってる。慌ててケンゴ先輩の布団に潜り込んだら真っ赤なトランクスが枕元に落ちてて、悲鳴を呑み込んだ。

藤倉先輩と朱雀先輩が殴り合う声と音がちょっと続いて、今更恐くなった俺はどうしようどうしようと泣きたくなったよ。
けど、すぐに『邪魔するぜい!』って山田先輩の山田先輩っぽくない声が聞こえてくると、騒ぎは簡単に収まった。

こそっとドアに耳を当てて盗み聞きすれば、テンション高めな山田先輩の誘導尋問が始まって、朱雀先輩は渋々口を開いた。

『お前さんよぉ、なぁんで浮気なんかしたんだい?あぁん?松原君のお尻はそんなに味気なかったのかい?』
『殺すぞテメェ!まだ喰ってねぇのに誰が余所で種撒き散らすか!』
『あぁん?まだヤってない、ね?おい、二葉看守。お前さん、この俺を見てどう思う』

どんな山田先輩か気になってそろっと覗いた俺は、激しく後悔して一秒でドアを閉めた。レイザーラモンな山田先輩は見たくなかったです。あんな山田先輩と白百合様…きっと見間違えだ。
白百合様はうーちゃんの秘蔵エロDVDに出てた軍人さんみたいだったけど。

『大変欲情します、今すぐ押し倒したい程に』
『ふ、この変態さんが。つまり大河朱雀この野郎、お前さんは何度もチャンスがありながら据え膳をキャンセルし続け、あまつさえその辺の雑魚スライムに社会の窓を全開にしたって事だ』
『だから言ってんだろうが、俺ぁ脱いでねぇ!』

朱雀先輩の言い分によると、一人で勉強してると気付いたら十時過ぎてて、気分転換に外の空気を吸いに出た。

その瞬間、カードがなかった事に気づいたらしいけど時既に遅し。
で、真っ直ぐメイユエ先輩とリー先輩の部屋に行ったけど二人は留守で、苛立ち紛れにその辺の不良さんに喧嘩売ってたらお腹が空いた。
その時、丁度ユートさんが学校から抜けて買い出しに行くのが見えたから、帰ってくるまで木の上に登って、仮眠を取るつもりだったんだって。
本当かどうか判んないけど。
これは後でセキュリティカメラで裏を取るって山田先輩が言ってた。

そもそも眠りが浅いらしい朱雀先輩はちっとも休めなくて、苛々しながら散歩する事にしたそう。そんで、俺の部屋の窓が見える所まで辿り着いて、寮の裏庭に繁ってる草むらに寝転がってたと言った。

俺らの寝室兼リビングは遮光ブラインド敷きっぱなしで、キッチンは灯りを付けてない。だから朱雀先輩は、俺達はもう寝てると思ったそう。

ボーッと俺の部屋の真っ暗な窓を見てる内にちょっと寝てしまって、人の気配に気付いて起きたら、さっきの『浮気相手』が居たらしい。
Aクラスの彼の部屋の窓からも朱雀先輩が見えたんだろうね。

彼は朱雀先輩に話し掛けてきた。
うざいと思ったけど、此処で騒いだら俺が起きてしまうんじゃないかって思ったらしい朱雀先輩は、適当に撒こうとした様だ。

スマホは置いてきたから誰とも連絡は取れない。
腕時計を見れば零時を回っていて、その時に、村瀬さんのバイトを思い出す。あそこまで行けば付いてくる奴も大声で追い払えるし、リー先輩達に連絡する事も可能だ。

『で?それが何で「抱いてやる」になったんだ?』
『知るか!笑いたけりゃ笑え、俺ぁこの夏からまめこにしか反応しねぇんだよ!』
『あ、なーる。つまりお前さん、抱きたくない、でも、愛がないから、でもなく。勃起しないから無理、とか何とかほざいたね?』
『…あ?ああ、確かンな事ぁ言った様な…』

山田先輩の賢い推理に、俺はぽんっと手を叩いた。朱雀先輩、先輩のボキャブラリーの貧困さに俺はほとほと呆れましたよ。

だってさ?
好きな人が「その気にならないから無理」って言ったって、引き下がれないよ。だって好きなんだもん。俺だったら「じゃあその気にさせるから!頑張るから!」って、超粘るもの。

『…はぁ。お馬鹿だねー、君』
『ああ?!テメェ、昔は俺よか下位だったろうが!糞チビが、』
『誰がチビだと?』

シュパン!
って、派手な音がして、朱雀先輩の悲鳴が聞こえる。思わず拝んでしまった俺は、何か怒りの矛先をなくしてしまった気になってて、この時はもう、仕方ないなぁ、って、感じだったんだけど。

『じゃあ、聞くけど。同じ事を松原君が言ったら、お前さん、どう思う?』

その言葉に俺は、目からボタリと。涙を滴らせた。
ああ、やっぱり、幾ら誤解とか色々あったって、やっぱり。朱雀先輩が面倒臭い相手を追い払う為に空返事をしてたからって、やっぱり、それでも俺は。

『お前さんが松原君にやったのは、そう言う事なんだ。…やっと判ったのかい、バカたれ』

好きな人が別の誰かに触るのも、触られるのも、嫌なんだ。

『お前さんにとっては所詮、挿入しなければセックスじゃないって程度の認識なんだろ?…馬鹿だね、ほんと。なのに同じ事を彼が君以外に許したら、君はそんな顔をするんだ?は、随分と都合がいいね』

ボタボタ。
悲しい。悲しい。だって俺が好きなのは朱雀先輩だけで、どんなにイケメンでも、どんなに朱雀先輩より素敵な人でも、今は、朱雀先輩にしか触りたくないのに。朱雀先輩以外に、触られたくないのに。

『極普通の育ちの極々平凡な子供が、恋をした。ふふ…そうですねぇ、君の押し付けがましい求愛に応えてくれただけでも、奇跡と言えるでしょうねぇ』

白百合様の、おっとりとした優しい声が聞こえてくる。うんうんと、山田先輩の相づち。
ガチャリ、と。隣の部屋のドアが開く音。
隣は藤倉先輩の部屋で、カルマの集会に出てた二人は俺をこの部屋に閉じ込めてから着替える為に隣の部屋に入ってたんだ。

泣いてるのがバレない様に素早く布団に潜り込んで、ティッシュと間違えて掴んでた真っ赤なトランクスを投げ捨てる。
それと同時に山田先輩の怒鳴る声。朱雀先輩は今や無言で、どうなってるのか判らない。気になるけど、ドア開けたら気付かれちゃいそうで出来なかった。…それより今は、顔見られたくないって言うか。

「中々いい事を言うね、二葉看守。精神的に大打撃だよー。大河君、真っ青を通り越して顔が灰色」
「おやおや、好いた恋人を裏切った罰が当たりましたねぇ、ジュチェ。うふふ、さぁ、地の果てまで平伏しなさい」
「所で二葉看守。あれは去年の4月末だったね」

鬼畜モードの白百合様は笑顔でおっとりした声でも超恐かった。そんな白百合様に優しいゆったりとした山田先輩の声も笑顔で、俺は鬼畜カップルの底知れなさをひしひしと感じていたりする。

…違う涙が出て来た。何この悪寒。


「とある高級旅館でねー、たった数分前まで俺とイチャイチャしてた筈のとある男がねー、どっかのババアと乱れて帰って来たんだよねー。あれってさー、浮気になるのかなー?」

何の話かは全く判らないけど、これだけは判った。リビングは今、氷点下。

「いいんだよー?去年の話だもんねー、そうだねー、あれは俊が主人公だった頃の、ほんの脇役でしかなかった平凡な俺が、とあるイケメンにヤり捨てされただけの、極々ありふれたつまんない話だもん。ね、ケンちゃん」
「そ…そんな事はないっしょ、タイヨウ君程の素敵無敵最強左席副会長閣下が、んな、つまんねぇなんて…(´Д`)」
「山田、白百合が土下座してんぜ。あー…何だ、コイツも若かったっつーか、赦してやれよ」

白百合様。白百合様ですら浮気をするんですね?…良く許して貰えましたね…としか…。何て怖いもの知らずなの、白百合様。想像出来ないけど浮気したんですね風紀委員長。土下座してるんですね、きっと死にそうな顔してるんだろうな…。

「ふーちゃん、俺はね、浮気を許せる男だからね?どんどんやんなさい」
「悪…悪かった」
「ネイちゃん、ちゃーんとアキちゃんのとこに帰って来るならいいからねー?あはは、浮気ならねー?ただ、その時はアキちゃん、永遠に根に持つけどー」

何か良く判らないけど、ゴツゴツ聞こえてくるのは白百合様が頭を床に打ち付けてるからだと思う。すまないとか悪かったとか死にたいとか白百合様のものとは思えない低い声が聞こえてくるけど、誰一人突っ込まない所を見ると、山田先輩が皆、恐いんだ。

「謝る前にさっき横領したデジカメ」
「………はい…データは全て消しました…」
「ま、別に俺は大河君が浮気攻めに目覚めようがスヌーピーが俺を盗撮してようが、全くこれっぽっちもどうでもいいんだけどー。単にこのコス着せてみたかっただけだし、二葉に」

山田先輩は晴れやかな声音で、ついでに二葉の泣き顔が見たかっただけだから、と悪びれず言った。

沈黙。

「…と、とにかく、総長が朱雀育成計画は打ち切るっつってるからよ、や…寝惚けてたっぽいけど(´・ω・`)」
「あー…とりあえず朱雀、オメーは部屋に戻れ。松原は落ち着いたら帰らせるか、何とかすっから」

ケンゴ先輩と藤倉先輩の声がして、ちょっと間を置いて遠くでドアが閉まる音がした。朱雀先輩が帰っていったのかも知れない。
ポッケの中に手を突っ込んで、スマホを取り出す。着信は勿論、ない。

ごろりと寝返りを打とうとして、反対側のポッケにハムが入ってるのに気付いた。
スライスタイプの手のひらサイズのパッケージが二つ、塊の奴は殆ど持って帰って食べちゃったから、後はこれだけ。


「…ずず。これ、しょっぱい…」

もそもそ布団の中で行儀悪くハムを食べてると、こそこそとリビングから声が聞こえてきた。多分、藤倉先輩とケンゴ先輩の声だ。
どうやら、山田先輩達も帰っていったらしい。

「…つーか、マジ面倒臭いぜ」
「そう言うなや。何処まで総長の思惑通りか知らねーけど、朱雀をカルマに引き入れる為には恩は売っとくに限んだろ?(´Д`)」
「は。朱雀が試験に受かりゃ、アレは用済みだろ?理事長が動くのは計算通りだったけどよ、…山田がまた仕掛けてねーか探れっつってたのはまだ判ってねーだろ」

こそこそ、まるで俺が起きてる事に気付いてるみたいに。凄く、小さな声。でも、薄いマットレスだけのケンゴ先輩の寝場所は床が近いから、耳を押し付けてるとそんな会話でも良く聞こえた。

「総長が言うには、理事長は朱雀の記憶を消すつもりだってよ。特にここ最近、最も強い印象の記憶だけ綺麗さっぱり消える薬があるらしいわ(・ε・`)」
「…下んねーな。朱雀が松原を忘れりゃ理事会は同性交遊の不祥事を揉み消せて、殿は朱雀の『真実の愛』を認めるってか。馬鹿らしいぜ、朱雀が松原を忘れなかったら『ただの思い込み』で完結か」

何だろう。
良く判んないけど、何か嫌な話。

「忘れる事が出来たら愛を失う代わりに愛を証明出来る。覚えてたらそれは愛じゃない」
「…シェークスピアが可愛いレベルのシュールな顛末っしょ。ま、あの一年生は可哀想だけどな(´ω` )」
「朱雀が手を出さない理由が本能的な嫌悪だって知ったら、憤死しそうだぜ」

俺は、いつもより冴えきってる頭の中で、冷えきった思考回路をただ、持て余していた。



『事実を知る権利は、この餓鬼にもある』


思い出せ。これを言ったのは、誰だった?



「タイヨウ君が喜びそうなオチっしょ。つーか、ハヤト辺りが裏切りそうじゃね?」
「朱雀が松原に向ける感情が、最初から仕組まれたただの催眠術だって知ったらな」
「おい、声がでけぇw総長から叱られんぞw」


そうか。
俺はとんでもない勘違いをしていた。
馬鹿だからとか、もうそんな次元じゃない。目を凝らして良く見ないといけなかったんだ。



『はっ、ただの餓鬼が舐めてんじゃねぇよ』


だって何処にも、最初から、ただの一人も。



『許さなきゃ何だって言いやがる、あ?』


だから何処にも、最初から、ただの一つも。



「ま、タイヨウ君は最初からあの一年生にゃ興味なかったからな。村瀬だっけ?アイツは阿呆トリオよか使えそうだしな!(´▽`) 」
「他の二人はてんで雑魚だろ。…好みがバラバラだから面倒臭いぜ、うちの会長共はよ」



俺には、味方なんか居なかった。
何処にも、真実なんか、存在しなかった。



『高々、大河如きに目ぇ掛けて貰っただけの一般人が、随分調子乗ってんじゃねぇか』
『やめろ、コイツは俺らとは違う』
『ふん、無駄な慰めは逆効果じゃねぇのか?事実を知る権利は、この餓鬼にもある』



つまり全てが、誰かの暇潰しの為だけの。
俺に優しくしてくれた全ての人達の、下らない、退屈凌ぎの為だけの。






『マーナオ』


全部、嘘っぱち。


*←まめこ | 可視恋線。ずちぇ→#



可視恋線。かしれんせん
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -