可視恋線。

オータムビッグストリーム

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「お晩ですよ。アップルぅ、シゲ居てる?」
「お、ユート。買いもん行っとったんかい」

レジ袋を二つ抱えたユートさんが窓の外に見えた。ぽつぽつ明かりが見える内の一つ、先生つぽい人達で賑わってる手作りテラスに、作業着の上だけ脱いだTシャツ姿の村瀬さんが居る。

「明日…何やったか、選定テスト?ある言うのに盛況やね。ほれ、割引の弁当入ってるから食べてええで」
「おーきに。シゲはさっき空瓶片しに…お、帰ってきた」
「おー、シゲ、カレーパン買うて来たで!」

お客さんと楽しそうに話してた村瀬さんがレジ袋を受け取って指差した先、ビールケースみたいな箱を肩に担いでるシゲさんが俺に気付いた。

「ありゃ、やっぱ姐さん?!こんな時間に何してるんですか?」
「こんばんは」

カラカラと廊下の窓を開けて、植え込みをドスドス突っ込んできたシゲさんに手を振る。リスキーダイスの誰よりもムキムキなシゲさんは暑がりだって聞いたけど、夜はちょっと肌寒い中、上半身裸で平気らしい。

「あ?姐さんやて?ほんまや」
「こないな時間に姐さんが居る訳…ほんまや。姐さん、トイレ一人で行かれへんの?」
「行けますよ!違います、朱雀先輩のとこ行くんです」
「おー、逢い引きかい。姐さん、腰抜けんよう気ぃ付けて」

にまにましてる村瀬さんに「イーだ」って歯を剥いて、窓を閉めた。シゲさんが「大丈夫ですか?」って言ってたけど、頭を下げて朱雀先輩の部屋へ向かう。

廊下は人気がないと自動消灯するから、俺が歩く度にぽつぽつ光がついていった。お化けとか幽霊とか信じるお年頃じゃないし、部外者が簡単に入って来れる様なセキュリティでもない。

「うーちゃんもシゲさんも、俺を幾つだと思ってるんだろ」

朱雀先輩の部屋は俺の寮とは反対側の棟にある。立ち入り禁止の北棟を真ん中に、職員寮と最上学部男子寮が一緒になった四角い建物の南棟だけがちょっと離れた所にあって、渡り廊下はない。噂では地下で繋がってるらしいよ。

一番大きい俺らの寮から、修道院みたいな造りの朱雀先輩の寮棟に行くには、幾つかのゲートで塞がってる渡り廊下を使う。
俺は2階だけど朱雀先輩の部屋は4階だから、向こう側の寮に着いたら後はエレベーター。何処にも危険はない。

「ふー。ちょっと疲れた」

俺のカードでは開かない違う寮のゲートが開くと、緊張してたからかちょっと疲れた。人様のカードを使うなんて何かの犯罪になっちゃいそうじゃない?
エレベーターに乗り込んで、背中を預けて息を吐く。2階から4階だから、あっという間に着いた。

「朱雀せんぱぁい?」

やっと見えた朱雀先輩の部屋のピンポンを押して、マイクに向かって話し掛けてみる。反応がない。
寝てるのかな?と思って連打するのはやめた。ドキドキしながらカードリーダーにカードを通して、お邪魔しますと呟きながらドアを開ける。

今更ながら、緊張してきた。
朱雀先輩の寝顔をちょっと見たらさっと帰ろう。そう思ってリビングを突っ切ると、ノートとか漢字ドリルとか教科書とかが盛大に散らかった朱雀先輩のベッドには、肝心の朱雀先輩の姿はない。

「あれ?朱雀先輩、朱雀せんぱぁい?」

トイレ、バスルーム、うっかりクローゼット。
あちこち先輩を呼びながら一通り見回すけど、やっぱり先輩の姿はなかった。散らかった教科書やらをせっせと片付けて、枕元に割引シールの付いたパンの袋が落ちてるのを拾う。

「ユートさんが差し入れしたのかな?…ん?賞味期限、昨日切れてる?」

朱雀先輩、細かい事を気にしない性格なのか、単に表示が読めなかったのか。メロンパンって書いてあるからお腹壊す事はなさげだけど、これ一個しか食べてないのかも。お昼ご飯の時間に、リー先輩達を追い出したって言ってたから。

「こんな時間に…何か買いに行ったのかな」

持ってきた荷物をサイドチェストの上に置いて、スマホを取り出した。ポロッと反対側のポッケから転がり落ちた柿を拾って、ベッドにぽふんと座る。

「えっと…電話マークを押して、あ、掛かった」

るるる、って呼び出し音。
少しして、俺のお尻の下から演歌が流れてきた。

「ん?あ、先輩のスマホ…えー」

先輩のスマホは先輩の代わりにベッドに寝てました。呆れながら先輩のスマホを救助して、何となく柿と並べて布団の上に置く。
打つ手なし、大河朱雀逃亡にて行方不明。なんてね。有り得そうで恐い。

「…はぁ。もう良いや、帰ろ」

先輩のノートを開いて、一番最後のページにシャーペンで書き置きをしておく。じゃないと帰ってきた先輩が空き巣が入ったって誤解しちゃうと困るからね。

さっきの散らかった状態の方が空き巣入ったみたいだったけども。

「これで良し、と」

大きなハートマーク付きで、無理しないでねと書いておいた。ハートのデコメはまだハードル高いので、これで勘弁して下さい。

サイドチェストに置いたレジ袋を冷蔵庫の中に放り込んで、先輩からパストラミって教えて貰った胡椒のハムを見付ける。
何となくキョロキョロと辺りを見て、コソドロになった気持ちでハムを二つパチった。

「こそっと食べよ。へへへ」

朱雀先輩はハムよりウィンナー派で、ウィンナーよりおまめ派とか言って、俺を押し倒してきた。…それはまぁ、良い。
かわちゃんは加工品で賞味期限の長いものは非常時まで取っておく性格だし、ハム大好きなうーちゃんとかわちゃんの目を盗んでお夜食にハムつまんでたら、

『ん?何か変な味』
『えー?そうかなぁ、美味しいよ?うーちゃん、ブラックペッパー嫌いだった?』
『そんな事ないんだけど、俺には高級品は合わないのかも』

って言って、洋菓子の詰め合わせの方が気に入ってたみたいだから、俺しか食べる奴は居ないんだよ。かわちゃんに期待したら負けだよ、しっかりしてる様でちょいちょい冷蔵庫の中身を忘れて買い物行こうとするから。ちょいちょい腐らせるから。
だから俺の当番の時は、夕飯の残り物とか賞味期限ヤバそうな物の率が高い。かわちゃんが忘れてそうな奴ね。うーちゃんはインスタントしか使わない。チャーハンの素で炒めたご飯の残りと冷凍食品が定番だ。美味しいけど。

「あーあ。折角来たのに…」

朱雀先輩の部屋から出て、そのまま真っ直ぐ帰るのも何か嫌だな、と思いつつ、エレベーターで一階に降りた。
こそっと入口の外を見ると、たまたま風紀委員の方々の見廻りを見掛けて隠れ、通りすぎたのを確かめる。他に人気はない。

「…夜に外出るの久し振り」

Fクラスの皆様は夜になると殆ど部屋に居ないらしいってのは、村瀬さんから聞いてる。だから夜這いしたい放題ですよ、ってさ。

「ちくしょー、朱雀先輩の出べそ。不良。やりちんっ。こんな時間に浮気なんかしてたら、」

すり潰してやる、と気合いを入れた所で、ガサッと音を発てた植木。ガサガサ近付いてくるその音にサーと青冷めた俺はジリジリ逃げようとして、何かに足を取られてスッ転ぶ。


「…あ?何だお前、退け」
「へっ」

長い足。
何かデジャブ、と思いつつイケメンな低い声に顔を上げると、物凄い男前が睨んでた。茶髪でハリウッド系の映画に出てそうな人。村瀬さんのアメリカバージョンみたいな。

「あ、え?な、何、………何か聳えてる…」
「あ?」

何なの、凄いデジャブ。俺、何か前にもこんな事なかった?

「ち、黙ってろ」
「ほわ、」

イケメンさんから頭をガシッと掴まれて、ぐいっと胸元に押し込まれた。息が出来ないんですけど?!
あわあわしてると、ガサガサした音が直ぐ間近で止まって、きゃっ、て甲高い声がする。

「あ?誰かと思ったら、オメー…フォンナートか?」
「黙れ餓鬼、ご主人様の巡回日にセフレと遊んでんじゃねぇ。失せろ、消すぞ」
「…は、テメーと一緒にすんな。何がご主人だ」

朱雀先輩の声だ!
もがもが声を出そうとする度にイケメンさんからギチギチ頭を押し付けられて、朱雀先輩以外の別の人の笑い声が聞こえる。

「朱雀の君。お邪魔ですよ、行きましょう」
「うぜぇ、テメーも失せろ」
「そんな…、抱いて下さるって仰ったでしょう?!」
「勃起したらな。…無理だと思うが」
「何でもしますから!」
「あっそ」

もがもが。足掻いてた俺はピタリと動きを止めて、遠ざかる足音を聞いている。イケメンさんの溜息が旋毛に掛かって、恐ろしい手の力が抜けたのを確認して、むくり、起き上がった。

「…あ、悪かったなチビ。ご主人様かと思ったら違った。もう良いから、お前も早く帰って寝ろよ?しばかれんぞ?」
「………ずちぇ…」
「は?」
「っ、てんめー!大河朱雀ぅううううううっ!!!」

俺の怒鳴り声にイケメンさんがビタっと動きを止めて、寮とは違う方向に歩いていこうとしてる朱雀先輩の腕に、別の誰かが引っ付いてるのを睨んだ。
慌てて振り返った朱雀先輩の目が丸くなって、腕に抱き付いてる人から睨まれる。ああ、あの人、俺に文句を言いに来た人達の中に居た気がする。山田先輩から冷笑されて、泣きながら走ってった人だ。

「ま、まめこ?!お前、ンな所で何、」
「うっさい!ほらよ!」
「何、」
「アンタのカード返しに来ただけだから!後はそちらの素敵な彼としっぽり浮気でもしたら?!俺はこちらのイケメンと浮気するからっ」

朱雀先輩のカードを投げ付けて、まだ硬直してるイケメンさんのお腹の上にドスッと乗る。股間から何か聳えてると思ったけど、ただの黒いデジカメだったらしい。スヌーピーのストラップが付いてる。

「スヌーピーさん!俺と浮気しませんか!」
「何、お前、は?俺はヘテロなので男はちょっと…」
「何やってんだマーナオ!フォンナート!テメェ、誰の嫁に手ぇ出してやがる…!」
「何、お前、嫁?落ち着け大河、だから俺はご主人様フェチなだけでホモじゃねぇ」

ヨロヨロしてる朱雀先輩の浮気相手が座り込んで、オロオロしてるイケメンさんに殴り掛かりそうな朱雀先輩VSイケメンさんを背後に庇う俺の睨み合いが始まった。
朱雀先輩はもう初めて見るキレっぷりで、目なんか瞳孔開いてる。引き替えに俺も過去最高に頭に来てるから、コメカミがピキピキ痙き攣った。

「何が浮気だ馬鹿が!ンな戯言をこの俺が許すと思ってんのかマーナオ!」
「うっさい!やりちんっ。あっちこっちで精液巻き散らかしやがって不良が!お前なんかこっちから振ってやる!ざまーみろ!」
「テメ、俺を本気で怒らせたいみてぇだな…!」
「先に浮気したのそっちじゃん!」
「ああ?誰が浮気なんざした?!」
「じゃ、あの人は何?!」

泣きそうなイケメンさんをポイッと放り捨てて、ビシッと先輩の浮気相手を指差す。顔中に青筋を発てた朱雀先輩は物凄い目付きで俺が指差す先を睨み、

「あ?何だテメェは」
「そ、そんな…朱雀の君…」
「しらばっくれないでよ!抱いてやるって言ったんでしょ?!ね?!あのやりちん野郎がそう言ったんですよね?!」
「え…?あ、ああ、うん…朱雀の君は、その気にさせる事が出来れば抱いて下さると…」
「ほら!言ってんじゃんか!それを『何だテメェは』だと?!良くもまぁ、そんな酷い事が出来るね!」
「まめ、まめこ、」
「うっさい!言い訳は不要!」

いつの間にか俺、何か浮気相手を庇ってるみたいになってきてるけど、最近ちょっと日本語に馴れた程度の朱雀先輩…馬鹿朱雀が言い返してくる前に、ガンガン口を開いた。喧しい母ちゃんを怒らせた時の父ちゃんは何も言えないからね。負ける気がしない。

「つまりはアンタ、俺と言うものがありながら勃起したら抱くって?健全な青少年だもんね、そりゃうっかり勃ったら抱いちゃうよね?!はっ、モテるお方は良いご身分だ事!」
「ま、まめ、まめこ、違、」
「だったら俺だって優しいイケメンとディープな浮気させて貰いますから!馬鹿朱雀と違ってSクラスで足も長くてキリッと男前で、浮気なんかしない男前と!」

俺は一生懸命考えた。
恋人が居ないイケメンで、足も長くて、浮気なんかしそうにない人。

超頑張って考えて思い当たった瞬間、頭にポスッと何かが乗った。

「あはは、お熱い痴話喧嘩だねー、オジサン妬けちゃうなー」
「白百合が満面の笑顔でスタンバってんぜ、山田」

スヌーピーストラップのイケメンが物凄い顔色で逃げようとして、素早く巻き付いた鞭で転んだ。にこにこしてる山田先輩の背後ににこにこしてる白百合様、俺の頭の上に乗ってるのは多分、俺が考えてたのと同じ人だ。

「まめこから離れやがれ裕也!」
「藤倉先輩っ」
「見ろ松原、朱雀がオレを殺しそうだぜ。アイツがオレの名前をまともに呼ぶ時はろくな事がない」
「お願いします藤倉先輩!選定テストで一位になってSクラスに入って下さい!」
「は?面倒臭いぜ」
「そこを何とか!そして馬鹿朱雀をメタクソにやっつけて、俺と浮気して下さいませんか!」
「…は?」
「うひゃ(・∀・)」

一瞬で物凄い顔になった藤倉先輩の腰に、後ろから抱き付いた超笑顔のケンゴ先輩が、ニマニマ俺と朱雀先輩を見やって、藤倉先輩の耳にこそっと何か囁いた。

「………判った。そもそも朱雀よりオレのが強ぇし、選定考査でもプチっと潰してやるぜ」
「ンだとテメェ…!」
「本当ですか?!」
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!(*゚Д゚(*゚Д゚*)゚Д゚*)」

笑いすぎて転がってるケンゴ先輩は放っておいて、勝ち誇った表情の藤倉先輩と馬鹿朱雀が一触即発ムードな中、イケメンさんを椅子代わりにしてる山田先輩に甲斐甲斐しく緑茶のプルタブを開けてあげる白百合様が囁いた。





さぁ。
俺と朱雀先輩の恋の嵐は最終局面を迎えました。
始まりは穏やかな春風、季節は巡り秋の冷ややかな風にさらわらて、二人が本当の意味で幸せになる為の、これは試練だったのだと後になって思う。


俺はね、朱雀先輩。
初めから貴方しか、必要なかったんだよ。

だからね、朱雀先輩。
先輩のあらゆる過去はきっと全部、俺と出逢う為だったんだって、いつか信じられる日の為に、もう少し。頑張ってね。





「さて、皆さん深夜徘徊でらっしゃいますが、私を誰かご存じないと?」


白百合閣下が妖しく光る眼鏡を押し上げて、山田先輩以外の全員が逃げた。
因みに俺は足が遅いので、ケンゴ先輩の小脇に抱えられてました。




…ケンゴ先輩、足が早すぎて死ぬかと思った。
ゲフ。









「…成程、想像通り、これはまた大変面映ゆい事態だ。そうは思わんか、セカンド」
「そうですねぇ、陛下。私のハニーをご覧下さい、あの嬉しそうな顔を」



ミッション:大河朱雀育成計画(改)。
彼に与えられし最大最後の敵は、松原瑪瑙。


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