可視恋線。

トラブルストーム警報

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「…はぁ、目がしばしばする」

何冊目かの教科書から目を離し顔を上げると、向かいのベッド脇に座っていたかわちゃんが、膝に教科書を落としたまま船を漕いでいるのが見えた。

二段ベッドの下。
うーちゃんのスペースを覗き込めば、腕枕をしたうーちゃんは片手におっぱいの大きい女の子が輝く笑顔を惜しまない表紙の漫画を開いたまま、健やかな寝息を発ててる。

堂々とそんなもの読んで…。
俺だったら大変な事になってるよ!

「もー、うーちゃんってば…。自分だけ漫画読んでたんだ。然もエッチぃの」

音を発てない様に降りて、座ったまま寝てるかわちゃんに布団を掛けてあげた。俺は一足先に選定考査があるけど、二人にも期末考査がある。
実は選定考査で31位以下なら期末考査も受けなきゃならなくなるから、俺も期末確定だろう。溜息が止まらないよ。ああ、俺は温暖化に貢献してる。エコ時代に喧嘩売ろうとしてる。

「わ、もう0時回ってるなんて」

遠野会長は笑わないとちょっと怖い気がする凛々しい顔で、みたらし団子にフォークを指しながら言った。
簡単な勉強方法は、教科書を読む事だ、って。

そらそうだ。どんな難しいテストだって、教科書から出題される。
目が鱗が落ちた表情のかわちゃんとうーちゃんはそれから教科書を開いて、置いてきぼりになりたくなかった俺も、すごすご部屋で教科書を開く羽目になった。羽柴だけは俺を同情の眼差しで見てたけど。

教科書読むだけで満点取れるなら誰も授業なんな受けないよ、べらんめぇ。


でも他に有効な手段はない。藤倉先輩のプリントは有難迷惑と言うか。隼人様は化学と数学の適格なヤマを押さえたメモくれたけど、殆どが数字とアルファベットなのにこれまた読むのに苦労した。筆記体と言えば聞こえの良い、まるで子供の書いた字。
遠野会長が書き直してくれたけど今度は上手すぎて読めなかった。書道の教科書で初等科の時に見た事ある様なレベルだった。自分の読書力が憎い。

そんなこんなで、やっぱり誰も宛てに出来なくて教科書と恋に落ちたわけ。
夕飯の用意も忘れて読み更けてると、村瀬さんがかわちゃんに会いに来たのが7時頃だったかな。
メールの返事がないから心配してた村瀬さんは、二年留年してるらしい工業科仲間の試作機『ご家庭DE甘栗焼いちゃいました17号』で作った甘栗と、工業科の友達からお裾分けで貰った柿を山程持ってきてくれてね。有り難く、俺らの夕飯になったんだけど。

あっと言う間に馴染んでる村瀬さんは、挨拶もそこそこにバイト行ってくると帰っていった。たこ焼きバーの屋台は不定休らしい。しっかりしてる。

って言うか、うちの学園、山の幸が凄いな。
聞く所によると、西瓜の自然栽培もやってるとか何とか。来年に期待してます。

「朱雀先輩、起きてるかな」

今日は朱雀先輩に会えてないから、図書館から戻ったら顔を見に行くつもりだったのに、藤倉先輩とかコーヤ先輩とか隼人様とか遠野会長とかでげっそり疲れて、部屋に真っ直ぐ三人で帰ってきてからは、ずーっと黙々と教科書タイム。村瀬さんがピンポン鳴らさなかったら、ご飯も忘れてたに違いない。

出しっぱなしの小さな折り畳みテーブルの上にまだ残ってる甘栗を一つつまんで、充電器に繋いでるスマホを手に取った。
朱雀先輩からのメールは朝とお昼に一回ずつ、放課後に今から図書館に行く、と俺が電話してからは何の着信もない。

「くたくたな声だったもんね。もう寝てるかも…」

まだまだメールに歯が立たない俺は専ら電話派、未だにハートのデコメは送れてなかった。テスト終わったら練習するつもりだったのに、まさか選定考査に選ばれるなんて思ってもなかったからさ。
ああ。明日から本番。恐ろしい選定考査、明日は7時間ぶっ通しでテストとか。考えたくない。

「…ぶるっ。怖くなったらおしっこ出そ…トイレトイレ」

ビビりな俺はもぞもぞとトイレに小走り、その時、着信音が聞こえたけど、俺のスマホではなかったから気に留めてなかったんだ。


「…ん?」

すっきりしてドアに手を掛けると、話し声が聞こえてきた。押さえた小さな声に何だろうって首を傾げながら何となく息を潜めてると、うーちゃんの声だと気付く。多分、電話かな。バルコニーのドアが少し開いてるのか風が吹き込んできて、そこから声が聞こえてくる。
一応、申し訳程度のキッチンが付いてるこの部屋は、寝室兼リビングの部屋と仕切りを挟んでいて、バルコニーへはどちらからも出られる造り。

リビングの窓側はテレビと机が並んでて、殆ど開けないから大抵ブラインドを下ろしてある。だから、洗濯物とかはキッチンから外に出て干すのが俺ら流だったり。

キッチンを覗き込めば、やっぱり。
バルコニーの手すりに凭れ掛かるうーちゃんの背中が見えた。かわちゃんが寝てるから気を使って外に出たのかな。

「だから、誰にもバレたくないって言ってんの。守れないなら、柴っちとは二度と口利かないから」

あれ?
もしかしなくとも、羽柴が電話の相手みたい。こんな遅くに電話する仲だなんて、全く知らなかった。
仲直りしたのは判ってたけど、今日だって図書館で二人が話した回数はそんな多くない筈だ。そもそも羽柴は帝君だし、村瀬さんと違ってそんなに喋るキャラじゃない。

「しつこいなぁ。…あのね、たった一回や二回寝たからって彼氏面しないでよ。大体、一回目は強姦だろ」

…はい?

「一回も二回も三回も一緒だからヤらしてあげただけ。俺の言う事ちゃんと聞くって言ったのはそっちだろ?だったら我儘言わないでくんない?」

オーマイガー、俺、きっと、とんでもない事を聞いてしまったのではございませんでしょうか…?!

「あのさぁ、かわちーとりんりんを時の君が興味本位でくっつけたって聞いた時は、流石の俺だってイラッとしたよ?」

何、どう言う事?待って、俺の知らない話しないで、聞いたらいけないって思いながら聞き耳立てちゃうよ。どうしよう、こんな、良くない事だとは思うけど…。

「まっつんだってそうだ。朱雀の君が謹慎明けから不登校で、Sクラスに戻りたがらないからって、たまたま生け贄に選ばれた」

待って。
生け贄って、何の事?

「偶然、天の君のお眼鏡に敵った『極普通』の『何の取り柄もない平凡』な生徒だったから、朱雀の君の相手役に選ばれただけ。つまり相手は別に、まっつんじゃなくても良かったって、」

ねぇ、うーちゃん。
俺、馬鹿だし短足チビだし足遅いし、朝起きるの苦手だし。極普通の、何の取り柄もない平凡、っての残念ながら言い返す言葉が見付かんない、超当たってるから。


そんなさ、振り向いた瞬間、如何にも『マズイ』って顔で慌てて携帯から手を離さなくても、良いのに。


「ま…、まっつん、いつから…そこに…っ?」
「あ、俺、ずっと起きてた、よ。トイレ入ってたら…声が聞こえて」
「い…今のは違うんだよ、あのね、」
「俺!」

駄目だ、下向いたら何か駄目な気がする。笑ってないと、上を向いてないと、駄目になっちゃう様な気がする。そんな訳ないのに。

「かっ、柿も甘栗もいっぱい余っちゃってるね!あのさ、これ、朱雀先輩のとこ持ってっても良い?秋の味覚だし!朱雀先輩にも食べさせてあげたいなぁ、って思って!」
「え…それは良いと思うけど、あ、朱雀の君から、連絡あった、の?」

テーブルの上のボールの中身をビニール袋にザバッと入れて、わざとらしくニヘニヘ笑いながら柿を一つ掴んでポケットに入れる。

「お昼にリー先輩が…ほら、あの黒忍者の人ね。あの人から、朱雀先輩のカード預かってたんだ。朱雀先輩が逃げない様に、って」

朝からの猛勉強で呆気なく我慢の限界を迎えた朱雀先輩は、メイユエ先輩とリー先輩を追い出して後は一人でやると怒鳴ったそうだ。
信用のない朱雀先輩の学籍カードを抜け目なく盗んできたリー先輩は、オートロックの部屋からは鍵でもあるカード無しには外へ出られない、と、満足げに呟きながら俺にカード渡してきたのだ。
絶対明日まで渡すな、って言ってたけど。もう0時回ったから、今日だよね。

明日、俺と朱雀先輩は7時間ずっと同じ大講堂で選定考査を受験するから、朝に先輩が迎えに来ると電話で約束したばかり。

「ちょっと顔見たいな、って、思って…。あの、かわちゃんには内緒にしててくれる?ちょっと話したら帰ってくるから、ねっ」
「まっつん、でもこんな時間だし、それに、」
「大丈夫、大丈夫、だって寮だよ?ちょっと遠いけど5分くらいなもんだし、外に出る訳じゃないし!朱雀先輩のカードあるから、渡り廊下のゲートも開くし!」

何か言いたげなうーちゃんを遮って宣えば、微かに息を吐いたうーちゃんは諦めた様に小さく笑った。

「判った。かわちーには言わないから、早く帰ってきなよ?間違ってもエロい事してきたら、」
「しません…!テスト前だしっ」
「…あー、もう、気を付けてね。何かあったらすぐ電話するんだよ?後は、」
「火事だ!…って、叫ぶんでしょ?」

びくっと震えたかわちゃんがキョロキョロ辺りを見回して、俺とうーちゃんはお互いの口を手で塞いだ。
もそりと起き上がったかわちゃんはそのままベッドに潜り込んで、もぞりもぞりと布団の中。そのまますやすや寝息を発てた。

愛用の枕で寝たかわちゃんは、目覚ましが鳴るまで起きない。一安心だ。

「…ふー。何なら俺、ついてこっか?」
「何でうーちゃんがついてくるのさ。寝てて良いよ」
「こんな時間にまっつんみたいなお子様が一人で狼の巣窟に飛び込むなんて…俺、心配で眠れないよ」
「だから寝てて良いよっ。羽柴とエロ漫画みたいな事してたらっ?」
「ちょ、」

ビニール袋を掴み、ブレザーのポッケに入れてた朱雀先輩のカードを柿とは反対側のハーフパンツのポッケに突っ込む。

「行ってきますっ」
「待ってまっつん、誤解っ、」

準備万端、まだ何か言い掛けたうーちゃんから逃げる様に、俺は廊下へ飛び出した。


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