可視恋線。

暗雲渦巻く眼鏡サンバ

<俺と先輩の仁義なき戦争>




何と言う事でしょう。
何がどうなったのでしょう。


そう感慨深く心の中で呟いてしまう俺、松原瑪瑙。影薄い主人公です。


「まめ、捕まってろ」

良く良く見たら羨ましいくらい整ったイケメン変態不良が、ラーメン屋の息子を抱えています。
肩に。米俵抱えるかの如く、ひょいっと。

「やっ、何、何やってんだ、いや、何やってんですか!」
「あん?取り敢えず落ち着けそうな所が良いだろーが、ンな場所でヤってたら煩ぇ風紀が来る」
「何をヤるって?!」

変態の広い背中にしがみつきながら叫べば、奴の腹側にある股間をまた握られる。
声にならない悲鳴が全身を駆け巡った。ああ、チャイムの音。眼鏡を光らせて仲良く手を振るオタクさん達が見えた。

その手のデジカメは何でしょう。

「おまめ…元気ねぇなぁ」
「ぅわぁ!ももも揉むなぁ!」
「まめ子、心が折れそうなくらい色気がねぇぞ。おい、まめた。ゴム持ってっか?」
「輪ゴムなんか持ってないよ!ちょっと、授業始まったから離してっ」

年上だから敬語、なんて誰が決めた。尊敬してるから敬語、だったら今は必要ないだろう、うん。

「授業だぁ?ンなもん、放っといても困んねぇだろ」

足をバタバタさせたら尻も揉まれた。泣きたくなる。もしかしなくても、俺はこの変態からそう言う目で見られちゃってるんだろうか。

「困るに決まってんじゃんか!成績悪くなってFクラスに入れられちゃったらどうするのっ」
「来い来い、毎日教室で犯してやっからな。戻ってから教室なんざ行った事もねーけど」
「うわぁん」

不良を誑かす小悪魔なフェロモンが出てたりするのだろうか。
いや、ない。
有り得ない。
あのかわちゃんでさえ襲われそうになった事があるのに、初等部から俺は極々平穏な男子校ライフを送って来たんだ。俺って空気の一部みたいな存在感のなさらしいよ、悲しくない。是非今こそ風になれ、俺。

「やだよっ、離してーっ!誰かーっ、助けて下さーいっ」
「まめりーなは元気だなぁ、おまめは相変わらずしょんぼりよ」

もみもみ、ふにふに。
恥ずかしいやら泣きたいやら判らない股間を、怪しい手が弄ぶ。どうやら「まめりーな」とか「まめた」と言うのは俺の事らしい。
「おまめ」が、もしかしなくても、

「おまめ、舐めてやっから元気出せ」
「ヒィ」

スラックス越しにチュっと変態の唇が吸い付く音。縮み上がった俺の「おまめ」に罪はない。
駄目だ、この不良には日本語が通じてない。授業中の廊下に助けも期待出来ない。
背後にカサカサコソコソ付いてくるゴキブリみたいなオタクさん達が見えるけど、半泣きで助けを求めたら二人揃って首を振って親指を立てた。

GJ、何でも略せば良いと思うなよ!


「う、うっ、山田せんぱぁい!」

ああ、山田先輩、副会長。
やる気のない副会長とか、目立たない副会長とかちょっと思っててごめんなさい。先輩の教え通り逃げなきゃ行けなかったんです。

でも俺、足遅いし。
50メートル12秒だし。


「見付けたぞ大河ぁ!」
「ぅ」
「あン?」

凄まじい怒りの声に、俺の尻へ頬摺りしていた変態が止まる。変態の背中で鼻を打った俺は頭に血が上って来て、軽く気絶しそうだった。

「てめぇ、今日と言う今日は死ねや大河ぁっ!」
「まめ子、脇腹触んな。感じちまうから」

変態の思ったより細い腰をガシッと掴んで、脇腹伝いに肩まで登る。その間も誰かがガミガミ怒鳴ってたけど、変態はまるで相手にしてない。変態の変態発言にダメージを受けたのは、俺と黒縁眼鏡さんだけだろうきっと。
何とかにじにじ這い上がって、染め過ぎて痛みまくった金髪や痛々しいピアスだらけの耳に悲鳴を飲み込みながら、

「ふぅ、頭に血が上ってフラフラするっ」

ふるふる頭を振れば、じっと見つめてくる濃い青の目が瞬いた。

「まめ、─────噛ませろ」
「…は?」
「ベロ出せ、噛ませろ。イチイチ俺を欲情させやがって、まめっくす」
「ちょ、やっ、」

あーん、と口を開けたイケメンが近付いてきた。肩を掴んでいた手でペチっとその横っ面に平手打ち、

「あ」
「ひぃいいいっ、覚えとけよ大河!」

やってから青冷める俺の背後で、全く相手にして貰えなかった誰かが悲鳴を上げながら逃げていく。何だったんだろうと振り返ろうにも、無愛想な変態の目がギラギラ輝き出したから出来ない。

「…まめ」
「ご、ごめんな、さい」

怖過ぎる。
昨日見た、あの青い太陽みたいな眼差しだった。

「まめた」
「ひっ、」
「右も叩け」
「は?」
「だから右も叩けっつってんだろーが、あ?」

ヒィ、怖過ぎる。
睨まれて何か良く判らないまま変態の頬っぺたを今度は左手でペチっと一発、我ながらあんまり痛くなさそうな平手打ちにガタガタ震えながら、犯されるならまだしも、やっぱり殺されてしまうかも知れないと思った。


「決めた」
「へっ?」
「お前は俺のモンだ。決定」
「ジャイアンか!じゃなくて、何を言ってんですか!アンタ大体勝手過ぎ、」
「朱雀だっつってんだろーが、殴るぞ」
「すぐ暴力に出る!だから不良って嫌い!」

ギラギラ睨まれて、泣きそうだった俺の何処かがプツンと切れる。許容範囲を越えすぎてるんだ、本当。

「それは、俺の事が嫌いっつってんのか、まめ子」
「変な名前で呼ぶな!離してっ、下ろしてっ。昨日踏んだ事なら謝ったじゃんっ、ごめんなさいっ!」

だからいい加減にして、と叫んだら、信じられないものを見た様な目で変態が息を吐いた。

「俺に抱かれてぇ奴なんざ、邪馬台国ほど居るっつーのに…」
「邪馬台国?日本全体って事?…あ、山程の間違いじゃないの」

やだな、煙草の匂いがするよ。
父ちゃんも昔は吸ってたんだ。俺が喘息に掛かってから、すっごい努力してやめてくれたみたいだけど。今でもやっぱり、たまには吸ってるみたい。
やだな、俺煙草の煙も匂いも嫌いなのにな。

「煙草の匂い、いや。下ろしてっ」
「嫌いなのか?」
「喘息出る!」

本当はもう治ってるんだけどね、喘息。

「喘息って何だ」
「び、病気。持病、です」

不良相手に嘘吐いたって、許されるよ。嫌いなんて言った所で離してくれそうにないし、いつの間にかオタクさん達も居なくなってるし。
誰も居ない廊下に二人なんて、


「そうだ、さっき誰か居たよね、って、うわ!何、」
「美容院行くぞ」
「美容院?!」
「違う、病院だ。駐車場まで我慢しろよ、まめた」
「何で?!」
「元気な子供産むにゃ、健康第一だろうが」

撫で撫で。
さり気なく尻を撫でるデッカイ不良を見上げながら、こんな変態が元々Sクラスだったなんて絶対嘘だ、と息を吸い込み。

「あのね、子供産むって誰が」
「まめた」
「誰の子供」
「俺の」
「─────叩いても良い?」
「良いぞ」
「怒っちゃいや!」

変態の変態なブラックタワー目がけて右足を振り上げて、無表情で崩れ落ちた不良には目もくれず50メートル12秒の俊足?をフル稼働。
飛び込んだ実験室で今にも泣きそうなうーちゃんに抱き付かれつつ、先生よりもかわちゃんに怒られて先生を含めた皆から慰めて貰いました。


「今度授業妨害したらラーメンのスープにするからなっ、馬鹿メェ!」
「うわぁん、許してかわちゃぁん」

不良よりも先生よりも、かわちゃんが怖い俺、松原瑪瑙。



挫けそうです。








「ハァ、情けないヤンキーですねィ。カイカイ専務、そこでチンチン押さえてる不良攻めにこれを」
「御意。起きろ大河朱雀、命が惜しければ面を上げよ」
「ぐ、…あぁ?」

世にも情けないヤンキーが怒りの形相で見上げ、二人の長身に眉を寄せる。
いやに見覚えがある気がするのは、特大サイズの眼鏡野郎の方だ。

「テメェ、あの腐れ風紀委員と同じ匂いがする…」
「カイカイ専務はシャネルのエゴイストのカホリにょ。腐れたカホリは僕のフェロモンですっ」
「しゅんしゅん係長、それ以上近付くな。俺が嫉妬に狂うぞ」
「あらん?カイカイ専務、やきもち?」
「そうだ」

人の話を半分も聞いちゃいねぇ秋葉系二匹に全く挫けない朱雀が、瑪瑙のキックから復活し黒縁眼鏡の胸ぐらを掴めば。きらり、と煌めいた黒縁眼鏡を最後に投げ飛ばされる。
無意識に掴んだ右手に黒縁。緩やかに前髪を掻き上げたオタクさん(瑪瑙命名)に、無愛想な青い目を見開いた。

「テメェ、カルマじゃねぇか!」
「だったら何だ、情けねェヤンキーが。この俺の迸る萌えを妨げるつもりなら、」
「って事はソイツ、お前の旦那か?おい、デケェ奴。眼鏡取れ」
「断る」
「うちの嫁に気安く話掛けんなァ!カイの可愛さに眼鏡が狂ったかスゥちゃんめ!」
「面映ゆい」

授業中にも関わらずギャイギャイ叫ぶ三人の元に、バタバタと近付いてくる足音。風紀委員だろう。

「ちっ、嗅ぎ付けられたか…。まァイイ、聞けスゥちゃん。これをやるから勉強して、腐健全な萌え活動を応援しろ。ご利用は計画的に!」
「何だこの本。小説は無理だ、漢字見たら眠くなる」
「大河朱雀、そなたは元来中国の人間だろう?」
「漢文と日本漢字は別物だ。漢字なんざ読めなくても関西制覇は出来る」

大河朱雀、大阪最大規模のチーム、リスキーダイス総長。二匹のオタクの目と眼鏡が妖しく煌めいた。
総長×平凡。何という腐健全さでしょう。最早瑪瑙に人権などありません。帝王院学園に君臨する二人のオタクによって、近い将来必ず変態不良の餌食です。


「俊ーっ!バ会長ーっ!良くも俺を監禁して逃げ出したなーっ!」
「ヒィ!カイカイ陛下っ、タイヨー副会長が鬼も逃げ出すドSを引き連れています!」
「退くぞしゅんしゅん猊下、W鬼畜に計画を妨げられる前に」

ダダダッ、と逃げ出した二人を見ていた不良の背後に、ハァハァ肩で息をする平凡な生徒と黒いコートを翻す美形眼鏡。
一気に痙き攣った朱雀が素早く立ち上がり、拳を固めた。

「テメェ、叶二葉ぁ!!!」
「うわ!」
「おやおや、誰かと思えば大河朱雀君ではありませんか。私が叩き折った肋骨全て完治しましたか?」
「ちょ、お前さんそんなコトやったのか?!謝れ!」
「然しハニー、先に手を出したのはあちらですよ?正当防衛ではありませんか。手を抜けば私のお尻が大変な目に!」
「俺の尻を大変な目に遭わせてやがる奴が抜かすな!」

オタク二匹が恐れる帝王院学園左席委員会副会長、山田太陽。
帝王院全域のヤンキーが恐れる風紀委員長を軽やかに蹴り飛ばし、無表情でビビっている朱雀を見つめた。何処となく目が輝いている。

「久し振り、大河君。うちの馬鹿眼鏡が迷惑掛けたね。この鬼畜風紀は俺が責任持ってネチネチ苛めておくから、許してくれるかい」
「あ、ああ」
「その手に持ってんの、『そんな野獣に愛されて』だねー?うん、いいよ。君にぴったりだよ。突然平凡主人公を呼び出して屋上で不器用な告白、無理矢理交際開始。うん、いいよ。是非とも宜しく」
「は?」
「でも俺は松原君の苦労も判るからちょいちょい邪魔させて貰うよ。ああ、でも気にしないで!君に幸あれ!」

膝を抱えている風紀の首根っこを掴み、爽やかに去っていく元クラスメートを見送り、やる事が無くなった彼は手元の煌びやかな本に目を落とす。


「………」


さて、どうなる事やら。


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