可視恋線。

優しい秋風でも冷たいので気を付けよう

<俺と先輩の仁義なき戦争>




ハム。
お茶。
時々エッチの練習。
図書館でついついお昼寝。
やっぱりハム。美味しい。食べても食べてもなくならない、超幸せ。

勉強したり、
委員会の会議に出たり。

所により、絡まれる。


「アンタが松原瑪瑙?」
「何だよコイツ、不細工じゃん!」

朱雀先輩が居なくなった頃、たまーに絡まれたり陰口叩かれたりした事はあるけど、それからはとんとなくなってたのに。
図書館で選定考査対策中の俺は、たまたまこの日は保健委員会の集まりがあって、先に図書館で待ってる筈のかわちゃんとうーちゃんと教師役の羽柴を待たせていた。

朱雀先輩は今日一日学校に来てなくて、寮の部屋でリー先輩とメイユエ先輩から多分ビシバシ授業を受けてる。
今回の一斉考査で朱雀先輩が始めて国語で満点を取った事で、パイエンおじさん(朱雀先輩のお父さん)が泣いて泣いて大変だったらしい。俺にわざわざ電話掛けてきて、メイユエ先輩と同じくシェイシェイシェイシェイ言ってた。大河家の跡取りとして恥ずかしくないまでに育ててくれ、とか、マーナオはやはり天使だ、とか、恥ずかしい事ばっか言ってたけど、朱雀先輩が国語で満点取れたのはおじさんが意地悪で漢字ドリルをやらせたからなんだ。

俺から別れを告げられた先輩は学園に戻ったものの、もし俺が誰かと付き合ったりしたら嫌だから学校辞めるって思ってて、でも踏ん切りがつかなくてもじもじしてる内に、やる事がないからおじさんから送られてきた漢字ドリルを極めた。
あとクロスワードのアプリにハマったらしい。俺の母ちゃんが何年もやってる奴。いつの間にメル友になったのか。いや、LINEだっけ?

朱雀先輩、今はもう本当は勉強なんかやりたくないみたいだけど、俺があんまり遠野先輩を誉めるから、負けず嫌いモードに突入してるって村瀬さん達が言ってた。

「ちょっと!アンタ聞いてんの?!」
「何様なんだよお前!」

…はぁ。
考え事してスルーしよう作戦は失敗だったか。だけど此処で何を言い返したってきっと俺が不利だろう。
キャンキャン喚いてる人達の学年章に二年生も居て、Sバッジこそないものの、多分Aクラスだと思われる。

Sクラスの方々と接点が出来てから思うのは、進学科の生徒よりもAクラスの生徒の方が人を見下してるって事かな。
実際、進学科からAクラスに落ちた生徒が俺達BクラスCクラスを見下して、苛めたりする事はままある。降格した生徒はあんまり続かなくて退学しちゃう場合が多いんだけど、ね。

「えっと…あの、朱雀先輩の親衛隊の方、ですか?」
「は!コイツ、Bクラスの癖に喋りやがった!」
「うっざ。何様なんだよ本当、臭い息撒き散らさないでくれる?!」

Cクラスは特殊で、体育科だったけど怪我で続けられなくなった生徒とか、カリキュラムが普通科の中でもかなり特殊だから、進級時に希望した生徒などしか入れない。
だから実際の所、進学科以下普通科はSクラス、Aクラス、Bクラスの順でピラミッド。学年順位なんか張り付けて歩く奴は居ないから、目の前の人達が50位に入ってなくても、AクラスだったらBクラスの俺より立場が上になるんだ。暗黙の了解で。

「本当キモい!死ねよ!」
「無駄に酸素吸うなよ図々しい!」
「…そこまで言わなくても…」

死ねとか失せろとかキャンキャン喚いてる人達の耳に入らない様に呟いて、好きなだけ言わせる事にした。Sクラス相手じゃないなら喧嘩になったって構わないんだけど、仕方ないもの。

朱雀先輩はカッコいいし。ただでさえモテるし。悲しい事に、朱雀先輩とエッチした人なんか山程居るだろうし。だから怒鳴られるくらい、甘んじて受けなきゃなんないんだ。

「アンタ、勘違いしてんじゃないよ!」
「どうせお前もすぐに捨てられるんだから!」

でもさぁ。
まだお付き合いして何日にもならないんだよ?それなのに何でこんなに悲しい気持ちにならなきゃなんないのかなぁ、とほほ。

まだエッチだってさ、最後まではしてないし。
そりゃあれこれ色々したけど、思ってた以上に大切にしてくれる朱雀先輩がまだ駄目だって言うから、まだ、結ばれてないんだから。
でもちゃんと結ばれてたら、こんな悪口に揺らいだりしないのかなぁ。単に俺が弱すぎるから泣いちゃうのかなぁ。ダサい。せめて彼らには見られたくない。

「調子に乗るな!」
「は、はい…すみません…」
「それで謝ってるつもり?!これ以上図に乗るな、高がBクラス如きが!」
「っ、はい、ごめ、ごめんなさ…」

俺が大河朱雀の恋人なんだって胸を張って、涙なんか、流したくない。


「図に乗るなよー、高がAクラス如きが。」

後ろから、ぽふって。
頭に誰かの手が乗った。
とても聞き慣れた、優しい声がする。

「誰が調子乗ってるって?飽きられるどころか名前も覚えられてないスライム共が忙しなく跳ね回りやがって、ほっんと目障り、潰すのも面倒臭い」

目の前の子達が目を吊り上げて、すぐに青冷めてくのがコマ送りで見える。

「大河が馬鹿なのはね、下半身が病気だったから。お前さんらはちょっと感染した、たったそれだけなんだよ?…可哀想に」

優しい声が、こんな風に。誰かを傷つける言葉を吐くなんてとても信じられなかった。

「Aクラス如きがSクラスの俺の前で今のもう一度言ってみなよ。例えSクラスだろうがこの俺の前で、ほざけるもんなら・ね?ほら、出来やしないだろ?

 だったら失せろ、スライム共。」


走ってく背中。
ポロっと一粒。耐えきれず落ちた涙を慌てて拭えば、がしがしと頭を撫でられる。


「…頑張ったね、松原君」
「う、ぇ」
「でも今のは言い返して良かったんだ。今のは俺が頭に来ちゃった、ごめんねー」
「山田せんぱぁい」
「よしよし。流石に手は出さないと思ったんだけど見掛けたら無視できなくてねー。付いてきて良かった」

にこっ、て。
優しい笑みに泣けてきた。間違いなく山田先輩の9割は優しさで出来てる。バファリンより優しさで溢れてる。

「あれはれっきとした言葉の暴力だ。我慢する必要なんかない」
「うっうっ、あんな可愛い子相手に言い返したり出来ませんよぉう!うっうっ」
「あらー、案外フェミニストなんだねー」

よしよしって頭を撫でられて、俺より背が高い先輩を見上げる。かわちゃんとそんなに変わらない身長かなぁ、と思ったら、益々泣けてきた。かわちゃんの9割は鬼で出来てるのに。この違い。
俺なんかの為に言いたくもない悪口言わせちゃって、申し訳なくてまた、泣けてきた。本当に泣いてばっかだな、俺。とほほ。

「す…朱雀先輩には内緒にして下さい、今の…」
「何で?心配掛けたくないとか言わないでよ、おじさん感動で泣いちゃうよ?」
「おじさん?」

単にカッコ悪いからなんですけど…。悪口だけで泣いちゃったし。山田先輩の冷たい台詞にチビったし。俺が言われた訳じゃないのに。

「俺も去年は散々嫌がらせされたもんだけど」
「あ…はい、知ってます」
「靴箱がゴミ箱になってたりカミソリレター届いたりスヌーピーが付き纏ってきたり殺されかけたり騙されたり記憶喪失になったり…でもまぁ、いい思い出かなー」
「せ、せんぱぁい、ちっとも良い思い出じゃないですよ!良いの使い方間違ってますよー!」
「ん?俺の感覚、麻痺してるかなー?」

可哀想に山田先輩、まともな判断が出来なくなるくらい苛められたのか。だからたまに怖くなるのかも…。
うう、でも何も言わず近くの自販機からお茶を買ってくれる男気、プルタブ開けてから溢さないように両手で渡してくれるこの包容力、惚れそう。

そっと肩を引かれて近くのベンチにエスコートされて、さりげなく風紀の人達がちょっと離れた位置で警護してる。
超VIP。
山田先輩、見た目は普通でも先輩と俺は違う人種なんですね。知ってました。

「大丈夫大丈夫、ちょっとその辺のFクラス見掛けて派手に絞めれば、誰も近寄ってこなくなるから」
「へ?!」
「ちょっとその辺の白百合とか絞めれば、誰も逆らわなくなるから。簡単簡単」

違う人種で良かったと思いました。真似したくても真似出来ない、もう次元が遥かに違った。山田先輩、簡単の使い方間違ってますよ。

「あ。あの、俺、今度の選定考査に選ばれたんです」
「へー、おめでと…かな?普通科は何教科だっけ?」
「11教科です。あっ、先輩方は皆様満点だったんでしょ?おめでとうございます!」
「ありがとー。まぁ、一斉考査の点数は直接成績には響かないんだけど」
「今、選定考査の勉強してるんです。友達に手伝って貰って、選択科目と過去問を重点的にやってるんですけど…」
「過去問は殆ど役に立たないよ。それより選択科目は何?」
「えっと、日本史Bと人文地理の予定です」

選定考査の選択科目は、当日の試験直前に選定する事になってる。マークシートは講堂のタッチパネルに一問ずつ入力して、科目ごとの解答用紙は配布される。
マークシートの入力を終えて送信すると試験監が解答用紙と鉛筆・消しゴムを配布してくれて、生徒は身一つ、筆記用具さえ持っていけない。ユートさん曰く、車の免許の試験みたい、らしい。

「そうだ、大河君はどうしたの?教えて貰えばいいんじゃない?」
「あ、朱雀先輩は自分の勉強があるので…」
「そっか。邪魔したくないんだね…うっ、泣かすねー、この子。よしよし」

講堂の並びもコンピューターのくじ引きで、三学年150人が散り散りバラバラだからカンニングも教え合う事も勿論出来ない。
記入が終われば退室しても良し。時間は試験ごとにバラバラ…羽柴から聞いた話では平均50分。うーちゃんは時間が全然足りなかった、って言ってた。

「選定考査受けるの初めてなんです、俺。もうどうしたら良いのか…うぅ」
「うーん、どっちも暗記系統だなー。日本史はともかく、地理は暗記のコツがないんだよねー。ほら、中国の歴代王朝とかは歌にして覚えたりしたろ?」
「歌なんかありましたっけ?元素記号なら何とか」
「弱ったなー、地理じゃ二葉先輩は一ミリも役に立たないよー、うーん…。あ、そうだ!」

ぽんっ、と手を叩いた先輩が、首に掛けてた紐をブレザーの中から引っ張った。びっくりするくらい大きな水色のガマグチが飛び出して、パカッてそれを開いた先輩はお洒落な指輪を指で摘まんだ。

「クロノスライン・オープン、地理と日本史が得意な奴居る?」
『コード:ビブラートパルス、今季一斉考査は古文で二問未回答。入学以降日本史の平均取得点は100点。地理平均取得点98.8点』
「藤倉かー知識が偏ってるなー、他には?」
『コード:ハウンドブレス、』
「ないない。パヤちゃんは後輩受けが悪すぎる」
『コード:クレイジーサウンド。前回の選定考査は欠席。今回の一斉考査は31位タイ、古文で二問未回答』

どこからか機械音声が聞こえてくる。風紀の皆さんは微動だにしないけど、俺だけキョロキョロしてみっともない。

「何で二人して古文で二問?」
『理由は不明です』
「ま、いっか。藤倉と高野を呼び出してくれる?あ、無視したら…判ってるよね」
『了解。サブクロノスよりお知らせです、テストで満点じゃなかったワンコは直ちに集合して下さい。尚、集合しなかった場合、命は保証されません。

 繰り返しお知らせします。

 今すぐ来ないと息の根を止めるぞとサブクロノスがお呼びです』


学園中に響き渡るアニメ声にビビる俺と、にこやかな山田先輩と、いつの間にか俺達の後ろに立ってる笑顔の白百合様。

白百合様も苦労してるんですね。とか思ってたら、白百合様は静かに頷いた。以心伝心。山田先輩は誰もが怖い。


「あー、来た来た。松原君、お待たせ」

猛ダッシュでやってきた二人の姿に気を失いそうになったけど、山田先輩は何処までも優しい笑顔だった。
白百合様から御愁傷様ってテレパシーを受信した気がするのは、勘違いじゃなさそうだ。


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