可視恋線。

鰯雲に溺れて霰か雹か雲母が直撃

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「…朱雀先輩、一斉考査31位おめでとうございます。俺と一緒に選定考査までに苦しくない死に方を考えましょう、では乾杯」
「死ぬな生きろまめこ」
「ゾンビより顔色悪いで姐さん」

テーブルに突っ伏してるユートさん以外が俺の号令で紙コップを持ち上げた。俺とリー先輩の努力で片付いた朱雀先輩の部屋に、集まったのはお馴染みリスキーダイスの3人と、かわちゃん、うーちゃん、羽柴の1年組の計8人。
広々としてる朱雀先輩のリビングに図体の大きい人が集まると凄い圧迫感です。

「必死に勉強して…320位とか…ないわー…」
「Fクラス最下位おめでとさん」
「ユート、お前はもう死んでもええ」
「アップルなんやもうダチやあらへん…離婚や!」
「いつ俺とお前の間に婚姻関係が始まった。ゆりりん、真に受けたらあかんで?ほらほら、長いこと馬鹿見てたら目ぇ腐ってまうよ」
「姐さぁん、毒アップルが苛めるよー!」

泣き真似して抱き付いてきたユートさんは、朱雀先輩から頭を掴まれてふっ飛んだ。御愁傷様です。
ユートさんとは違う意味でげっそりしてる俺は、泣き張らした目をそのままにグレープジュースをちびちび舐める。ブドウジュースはワイン気分を味わえる未成年の友だ。

「メェ、大丈夫か?顔色悪いよ」
「ん…寧ろまだ生きてる事に絶望してます…」
「そんな構えてないで、良い経験だって開き直ったら?まっつん選定考査受けるの初めてじゃん」

今回、二年生の1位〜30位までが満点の1位タイで、古文でたった2問間違えただけの朱雀先輩はそれでも31位。中国国籍の朱雀先輩は選択教科で中国語を選べないから、専門数学とフランス語、民族史なんかを選んでた。勿論、全部満点。

「俺もかわちーも出来るだけ手助けするし、皆で勉強会したら…一矢報いるくらい…」
「海陸、声が小さいぞ。腹を決めろ、メェは今回本当に頑張ったんだ。200位以下から二桁に入っただけでも十分凄いのに」
「何、大丈夫や姐さん。ユートなんや必死で勉強して320位やで?」
「何やと毒林檎、皮剥いてうさちゃん林檎にするでほんま」
「やめぇユート、お前はアップルに勝てん」

朱雀先輩はちょっと勉強すればすぐ全教科満点になるんだろうけど、俺には無理だ。選定考査は基本9教科の他に、普通科は選択教科から2教科選ばなきゃならない。
テストはマークシートと科目によって別の解答用紙があって、マークシート50点、解答用紙50点の面倒臭い採点方式らしい。これは外部入学のテストと同じだと言う。

「朱雀せんぱぁい。どうしよう!俺、俺、選択教科で点数が取れる気がしないよぉう…うっうっ」
「泣くなまめこ、良し、俺が影武者を探してやる」
「頭が良くて俺と同じ顔してる人?居るの?」
「顔はお前、韓国に行けば何とかなるだろ」
「朱雀せんぱぁい!大好きー!」

まっつんの顔に整形するとか(笑)
って鼻で笑ううーちゃんに、頭を抱えてるかわちゃんを宥めてる村瀬さんが痙き攣ってる。それらを無視して朱雀先輩に抱き着けば、すぐさま首筋に吸い付かれた。

慣れてきた俺です。この程度では動じません。
暫くチューチュー吸い付かせてたら、胸の辺りがピリッと痺れて、眉を寄せる。

「痛…。先輩、左胸が何か変?」
「何?心臓じゃねぇだろうな…見せろ」
「ここ、この辺、ピリッてするの」
「乳首か」

何か皆があっち向いてたのが見えたけど、別に見られても構わな…くもないかも。制服のシャツをガバッとはぐられて、先輩の指が俺の乳首をわさわさつまむ。手つきが何となくエロいから、デコピン一発。
額を押さえて声もなく悶えた先輩からちょっと離れて、乱れたシャツを掻き寄せた。

「もうっ。セクハラするならあっちいって!」
「すまん」
「痛…うぅ、またピリピリする…」

何だろうってシャツの隙間から中を見ると、乳首がいつもより尖ってる。充血して真っ赤だ。
デコピンしたのにダメージ無さそうな朱雀先輩も覗こうとするから、俺の長い足で蹴っておく。

すいません、本当は座高の方が長い。てへ。

「あれ?赤くなってる…」
「何だと見せろ」
「ちゃんと見てよ?ほら、こっち。あ、でもこっちもちょっと赤くなってるかも…痛いぃ」
「これはいかん、舐めとけば直るだろ。舐めてやるから手ぇ離せ」
「そっ、それは二人の時にしてっ!」

あらら、変態モードの朱雀先輩を真似して、村瀬さんがかわちゃんの胸を揉んでる。折角イケメンなのに村瀬さん…とんだ変態だね。

あれ?
そう言えば昨日の夜、勉強終わった先輩から胸をしつこく舐められた覚えがある、かも。何処を触られてもアンアン言っちゃうエロスな俺だけど、あんな何時間も胸ばっか舐めたり摘ままれたりしたら、こうなっても仕方ない?のか?

うーん。経験がないから判らない。
今度先輩の乳首をしつこくチューチューしよう。

「先輩がしつこく舐めたり噛んだりしたから腫れちゃったんだ、きっと」
「あ?そりゃ悪かった。だから舐めてやるっつってんだろ」
「ったく!人前でそう言うのは駄目なのっ。日本でやったら駄目なのっ。お外でエッチするのもダメ!」
「何だと」

じゃないとまた、俺が先輩の足に引っ掛かって転んじゃうから。今になって考えるとなんて出逢いなの、彼氏の上に可愛い男の子が半裸で乗ってました。南無南無。

「…先輩、思い出したらムカついて来たからほっぺたつねらせて」
「みゃめこ、じゃあ今夜も泊まりに来い。寧ろ俺の部屋に住め」

ほっぺにお肉が付いてない先輩は、つねってもあんまり声が変わらなかった。でも『みゃめこ』って言ったね、うん。最近まめこって良く呼ばれる。

「うーん。それより何で最近まめこに定着したの?まめっちゅとか他にもあったじゃん」
「あ?んなもん、嫁はまめこに決まってんだろ」
「はい?ん?女の人みたいな感じかな…キョーコとかユリコみたいな…何かユリコって白百合様っぽい」
「お前の部屋の荷物があるなら運び込ませるぞ」

どうしようかな、ってチラッとかわちゃんを見たら、村瀬さんの脇腹を真顔でつねってるかわちゃんが恐い笑顔でした。

「かわちゃんがテレパシーで駄目だって言ってるから、ごめんなさい」
「…川田、テメェの命も今日までだ。観念しろ」
「そ、総長…!ゆりりんのタマは渡さんで!」

カッコいい村瀬さんがあっさり殺されそうなので、俺は四川ラーメンセットに付いてた麺棒で朱雀先輩のお尻を叩いた。

「ま、まっつん」

うーちゃんが困った様に笑って、ずっと無言だった羽柴が瞬いた。全学部がテストを終えて、学年順位が決定した今日はお疲れ様会も兼ねて、俺が久し振りにラーメンを麺から打ったんだ。
今は今まで全然使われてなかった朱雀先輩の部屋のキッチンで、大鍋を2つ火に掛けてる。全員の好みがバラバラだったから、ベースの鶏ガラスープと豚骨スープの二種類。

「…おい、そろそろ煮上がった頃だ。ボサボサしてんじゃねぇ、人数分のどんぶり持ってこい!」
「ま…まめこ?」
「てめーら、麺の固さは?」

かわちゃんとうーちゃんが揃って「粉落とし」、キョロキョロしてる羽柴とユートさんが「普通」、漫画読んでたシゲさんは「固め」、村瀬さんは『ゆりりん、あれがこれか…』とか呟いてからの「バリカタ」。

注文を聞きながら、コールドテーブルの上に並べた器にスープのタレを各自注いで、醤油ラーメンには白髪葱の微塵切り、豚骨ラーメンにはマー油、中華風パイタンスープには中荒唐辛子を放り込む。
あ、コールドテーブルって言うのは、冷蔵庫になってる調理台の事。飲食店には大抵置いてある筈だ。朱雀先輩のキッチンには最初から置いてあった。中身は高そうなチーズとかお酒とか…朱雀先輩を睨んだら、お家が酒屋のシゲさんにあげてたよ。
シゲさんは村瀬さんと校内でたこ焼きバーをするらしい。お酒は留学生と職員にしか出さないって、かわちゃんが作った誓約書にサインしてた。頑張って儲けて下さい。

それにしても、ぱちぱち瞬いてる朱雀先輩は挙動不審に俺を見つめたまま、いつまで経っても麺の固さを言わなかった。

「ずちぇ、ボサボサしてっと離乳食みてぇな麺に茹で上がっちまわぁ!とっとと決めろ、ふにゃチン野郎!」

スープ用の寸胴鍋が2つ、ジエさん…メイユエ先輩に用意して貰った業務用の茹で鍋に麺を放り込んだ俺は、両手で3つずつのテボを掴んで、バシッと湯切りを決める。
父ちゃん仕込みの湯切りは一回こっきり、後から投げ込んだ村瀬さん用のバリカタ麺は体感時間でサッと玉あげを使い、ポイっとパイタンスープの器に投げ込んだ。

「退けコラ!お客さんがお待ちだ!豚骨は二番、醤油は一番、パイタンは三番テーブルに持ってけ!」
「ま、まめ、まめこ、テーブルって何だ?」
「おう!お待ちどうさん!」

どんどんどん。
皆の注文通りラーメンを運んで、ふぅと息を吐いた。俺はご祝儀で貰った四川ラーメンを食べるつもりだから、後は朱雀先輩のラーメンが足りない。

「姐さん…マジやんな、ラーメン作ってはる時は性格変わるて………うま!」
「巻き舌やったで…つーか丼六つも一気に運んでくるとか…うんめぇえええ!!!」
「何やこの豚骨ぅ!スープが!スープが麺に絡み合っとる!」
「まっつんはインスタントラーメンも神ラーメンにしちゃうんだよ〜。はー、豚骨は外れがないね〜。柴っち、豚骨にして良かったろ?」
「ん、美味しいよ宇野」
「メェ、今日の醤油も切れてるね。美味しいよ」
「やー、そんなに誉めて貰えると照れますー」

キッチンの境で固まってる朱雀先輩に首を傾げて、お盆を小脇に挟んだ。六人分のどんぶりはやっぱり重かったけど、出来立てのラーメンは一秒も無駄に出来ない。
手作りチャーシューは母ちゃんから教えて貰った手抜き料理の一つで、豚肉の固まりと電子レンジで簡単に作れるのに美味しい人気おかず。

料理があんまり得意じゃないのに懲りたがるかわちゃんと、合理的にインスタントばっか使ううーちゃん、ラーメンには定評がある俺の三人は、初等科の頃から節約生活を送ってきた。何せ初等科四年から俺ら三人は、ずっと同じ部屋。
今まで生きてこれたのは三人の力があってこそ、かわちゃんの料理に慣れたうーちゃん、何を食べても美味しい俺、この三人だからこそ生き抜いてこれたんだ。アーメン。ラーメン。

「朱雀先輩、どうしたの?ラーメンがいやならメイユエ先輩に何か頼む?」
「…」
「あれ?先輩?おーい?」
「………」

キッチンに増えた巨大な鍋と俺を交互に何度も見比べた先輩は、ぐーっとお腹を鳴らして、

「…まめこ、俺は改めてお前に惚れた。お前になら、釜茹でにされても良い」
「変な先輩。ラーメン食べるなら用意するけど、どうする?」
「まっつん、替え玉!」
「姐さん、替え玉!あとチャーシュー!」
「ユート&カイリ、おまんらは図々しい奴やな」
「はーい。シゲさんもお代わりありますよー」

麺を多めに作っておいて良かったな、と、一人笑いながらキッチンに戻ったら、腕を広げて待ってた朱雀先輩が俺の顎を掴んだ。



「マーナオ」


名前を呼ぶ声が瞼に掛かって、うぉーあいにー、は、唇に直接触れる。リビングの皆からは見えない所だから、俺は素直に先輩の首に腕を回した。

朱雀先輩のどんぶりのチャーシューが一枚多くても、どうか皆、怒らないでね。愛ゆえのヒイキだから。


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