可視恋線。

西高東低に激しく渦巻くサイクロン

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「ふむ、『アルザーク』の効き目は良好良好。本人の努力があってこそとは言え、面映ゆい」

ばさりと書類から手を離した黒髪の男が座る学園長席の隣、理事長席に腰掛けた金髪の男は昆布茶を啜る。

「駿河、炬燵は人を駄目にする。こちらへ来い」
「騙されんぞキング、そう言って私の座椅子を奪うつもりだろう。炬燵は早い者勝ちだ」
「あらあら、喧嘩はいけませんよ、旦那様、帝都さん。それにしてもシエさん、耳掃除なんかさせちゃって悪いわねぇ」
「なァに、イイって事よ。それよりおっさん、さっきから足が当たってんぞ。気を付けろィ」
「恐れながらクイーン=メア、それは儂の足ではないぞ。席を譲る気のない意地悪な駿河の足だのぅ」

学園の森に聳える赤い塔、蠍座を司るスコーピオと呼ばれる時計台の中では残暑の秋にもう炬燵の席取りで忙しい大人達が騒いでいた。
ぴーひゃらぴーひゃらと軽快なメロディが流れ、学園長席の男と耳掻きを持った人が同時に携帯を見やる。

「む。流石は我らがワラショク社長め、もう此処を嗅ぎ付けたか。シエ、俺は仕事に行ってくる。夕飯までには帰るから」
「行ってらー」

しゅばっと居なくなった学園長席、本物の学園長は炬燵に齧り付いている白髪頭のおっさんだが、その息子は平凡なサラリーマンだ。単に暇潰しで学園に出没している。

「マミー、パピー、今日の夕飯は何にする?おやつはゴージャスに鶏ガラ茹でるかィ?」
「シエさん、嵯峨崎さんからお中元で頂いた名古屋コーチンがあったわよ。あ、大河さんからお中元で頂いた北京ダックも冷凍庫に」
「シエたん、パパはすき焼きを提案する」
「すき焼きだと?!…じゅるり。ちょっと待って、お財布と相談します」

美形な息子には目もくれず、あちこち跳ねた短い髪の一見少年にしか見えない女性に微笑み掛ける学園長夫婦は、炬燵で静かに昆布茶を啜るもう一人の男にも構わない。
無駄にでかいガマグチをパカッと開いた人はじゃらじゃら煩い中身を覗き、眉を寄せた。

「えっと、俊、神威、隼人、命威は今夜も仕事で帰ってこないっつってたから…イケメンのイチ君も誘って…むむ、破産の予感!こりゃ要ちゃんとこそこそ貯めてたワンコ貯金箱ぶっ壊すしかないかァ?」
「クイーン=メア、予算はキング陛下におねだりすれば良い。何、師君の頼みなら断らんだろう」
「みーちゃん、すき焼きのお肉いっぱい買ってもイイかしら?牛肉じゃなくてもイイのょ、豚肉とか何なら羊…やっぱり鶏肉の方が安いわねィ!」
「クイーン=シエ、牛肉のないすき焼きではカイルークとナイトが再び反抗期を迎えるだろう。シリウス、日本各地の和牛を取り寄せるが良い」
「ヒューヒュー、だからみーちゃん愛してるわょ!」

ピッとブラックカードを取り出した理事長に、濁流の涎を垂らすドケチ主婦の拍手が湧いた。小首を傾げた大層美しい理事長は『私も愛している』と呟き、ドケチ主婦のハートを射止めた様だ。
恐らく今夜のすき焼きの肉は彼に流れるだろう。

「今夜はすき焼きだ。良かったのぅ」
「…」
「大人しいと思ったらイヤフォンをしておるのか?おお、よもやEXILEを聞いておったとは…ナイトからのプレゼントかのぅ?」
「みーちゃん、それにしてもアルザークって何だィ?依存性のない睡眠薬じゃなかったんかね?」

オートマチック涎を延々垂れ流す主婦に、我慢出来なくなった金髪理事長は立ち上がり、意地悪な学園長ではなくEXILEを聴いている男の横に潜り込んだ。
一瞬冷めた目で睨まれたがめげず、ごろっと横になる。

「アルザーク、彼の秘薬を別名『睡眠学習DEパーリナイ』と言う」
「…パーリナイ?睡眠薬じゃなくて睡眠学習って事ァ、寝てる間に記憶が定着する人間の機能に関係してるざます?」
「流石は医療に携わる身、そなたは聡明な子だ。その通り、私は一年Bクラス松原瑪瑙に連日アルザークを投与した」
「って事ァ、今回のテスト期間で成績上がってたんだねィ?でも寝る前に勉強してなきゃ意味なくね?下積みがなきゃ無駄骨じゃね?」
「言うが道理。手を貸したとは言え、全ては彼の子の努力あってこそだ」
「偉いわねー、うちの馬鹿息子にも見習わせたいざます。俊が勉強してるトコ見た事ない。昔は良く本読んでたのに…今はBLばっか。中毒性高いから仕方ないとは言え…はァ」

炬燵の上、煎餅の器からそれぞれ伸びてきた手が煎餅を掴み、ボリンと齧る。
どうやら湿気ていたらしい。寧ろ噛み応え十分、ボリボリ齧っている二人には無問題だ。

「然し陛下、大河朱雀に投与した薬はどうなるかのぅ。あれこそ一か八か、結果はいつになるか」
「んん?大河朱雀って、どっから見てもヤンキーなイケメン?俊が皆で更正させてる最中っつってたろィ?」
「そうだ。然しそれによりナイトは月一のトランプ大会を三度サボった」
「ポーカー?ババ抜き?」
「神経衰弱だ」

ボリボリ。
湿気た煎餅と冷めた昆布茶、弾まない会話は暫し中断する。

「あら、旦那様ったらこんな時まで寝相が悪いのねぇ。危ない危ない」

にこにこと亭主の耳掻きをしてやる学園長夫人に、グーグー寝ている意地悪学園長は寝返りを打ち、炬燵が派手に震えた。昆布茶が派手に零れる。煎餅の器の中に。

然し今更ふやけても無問題、最初から湿気ている。

「で、その神経衰弱サボったからお仕置きするって?」
「そうだ。老い先短い年寄りの楽しみは週一のゲートボールか月一のトランプ大会程度、それを軽んじたナイト…シュンシュンは酷い」
「神威とか隼人とか呼んで7並べでもしたら?」
「クイーン=メア、陛下は事トランプゲームは神経衰弱しか出来んのだ。ルーク坊っちゃんは早々に飽きてしまい、隼人は端から相手にせん。一日中飽きもせず神経衰弱に付き合ってくれるお人好しはナイトだけでのぅ」

それなのに遠野俊、進級早々に虎豆マーケティングを始めた。大河朱雀×松原瑪瑙、故にタイガー×まめこ、虎豆。わぉ、単純。
帝王院学園では珍しい王道カップリング、不良×平凡にハァハァして眼鏡が曇り、月一のトランプ大会どころか三度の食事も睡眠も忘れる有様。腐男子には良くある生活。

これは深刻な事態だ、と。
焦ったのは親バカ偽学園長と、一人神経衰弱で神経を衰弱させた理事長だった。

「あらん?じゃ、一人で神経衰弱したの?もうそれ精神衰弱じゃない?」
「心が砕ける音がした」

ついでに湿気た煎餅が砕ける音がした。さりげなく昆布茶味。

「シューちゃんったら、男の子はちょっとくらい冒険させるもんだって言ってんのに…。徹夜なんか良くある事よ、一日は24時間しかないんだもの」
「ともあれ計画は順調に進んでおる。薬を取りに来ない松原瑪瑙への投与は終了しておるが、大河朱雀の元へ送ったアレが効果を発揮するだろう。のぅ、キング=ノヴァ」
「健全な男子はアレの誘惑から逃れる事は出来ん。シュンシュンでさえ虜にするアレに、『アルザーク改』を投与してある」
「あらん?今度はどんなお薬?若返り系だったら私にちょーだい。ボインになる系でもOK!…痛ったーーー!!!」

ガタン、と音がした。
シャカシャカとJ-POPの軽快なミュージックを聞きながら、拳骨を喰らった主婦は声なく悶え、

「「チューチュートレイン」」
「アルザーク改、だと?…貴様ら、人としての尊厳を失ったと見える。そこへ直れ、ハーヴィ、龍人」
「わ、儂もかのぅ?!」
「怒っているのか?然し話せば判る、」
「喧しい!己が過ちを悔いるがイイわ!」

凄まじい怒声と雷拳骨が響き渡った。



季節は秋、山間部は一足早く冷え込み始める、10月だ。


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