可視恋線。

テスト気流を上手に乗りこなしましょう

<俺と先輩の仁義なき戦争>




四時間のテストを終えて、回収されていく解答用紙を見送りながら立ち上がる。
がん、と机の天板に打ち付けた膝をさすりつつ、見ればかわちゃんとうーちゃんは顔を見合わせて話し込んでた。いつものあれ、お互いの回答チェックみたいな奴だと思う。真面目だね。

「海陸、今の問13は判った?どうしても思い出せなくて、結局書けなかったんだ」
「13は…確か坂本龍馬の問題だったよね?難しかったっけ?」
「将軍徳川家茂に関係したものを選べって言う選択問題。意地悪だよね、選択肢が多かった」
「適当に書いておけば良かったのに。えっと、俺が選択したのは、Cの亀山社中だったっけ」
「あっ、そうか聞いた事がある。亀山社中か、有名過ぎて判んなかった。くそ、悔しいなー」
「違うよ!13番はHの神戸海軍操練所だよっ」

筆箱しかない荷物を持って廊下の二人に近寄ると、眉を跳ねたかわちゃんの隣でうーちゃんがポンっと手を叩いた。

「あ、あー、そっか、うわー…だったら俺も間違えてる!あれか、上様の順動丸に乗って海軍塾作ったんだっけ」
「そうなのか?メェ、凄いじゃないか!」
「えへへ。あのね、何か今回凄いの!いつもは時間足りなくて全部書けないのに、今日は全部書けたんだよ!空白一個もなかったんだよっ」

うーちゃんから頭を撫でられながら教室に向かっていると、呆れた顔で「自慢にならない」と前置きしたかわちゃんは、ちょっと何かを考えたみたい。

「あれだメェ、最近部屋に閉じこもってばかりだっただろ?朱雀の君の件があってから」
「あー…昨日はあんな事になったけど、まっつん教科書ばっか読んでたもんね。新しい漫画ないし」

雑誌なんかすぐに溜まるから買わない俺は、実家に帰る度に弟達の読み終わった漫画を貰ってた。でも年に一回か二回しか帰らないからすぐ読み飽きちゃうし、大図書館は遠いし、普通科の棟から近くの小図書館は小難しい専門書しか置いてない。
三人部屋なのにテレビも一つしかないからDVDなんか勿論見ないし、電気料金折半だし、節約家のかわちゃんもニュースをちょっと見たら消しちゃうからそもそもテレビ自体あんま見ないの。夜のニュースが途中で挟まれるスポーツ番組を見て寝るのが俺の日課だったんだけど、秋の番組構成で番組が終わっちゃって、今はお笑い番組になっちゃってた。

最近のお笑いは難しい漫才か雰囲気受けの良く判んないリズム系しかないから、俺はあんま見ない。
最近漫才にハマってるらしいかわちゃんはぷるぷる肩を震わせながら見てるみたいだけど。何せ途中で夜のニュースが挟まれる。

「もし全部満点だったらどうするまっつん?選定考査受けられるかもよ?もしかしたら一番になったりして♪」
「えー?俺が帝君になっちゃうの?偉くなっちゃうの?!」
「わー、やりたい放題だね、それ。それ見ろ庶民共ー松原瑪瑙様のお通りだー、控えおろぉ。な〜んてね」
「そうなったら俺!まずかわちゃんに何か命令するっ。エビチリ作れ、とか!」
「…何にせよ、時間に余裕があるって感じたのは良い傾向だけど。悩みがなくなってポワポワ浮かれてると、あっという間に学年最下位も有り得るよ」

うーちゃんと笑いながら言い合っていると、冷静なかわちゃんの一撃。短い俺の夢は終わった。エビチリ、今度はいつだろ。
うーちゃんからまた撫で撫でして貰って、やっと教室が見えてきた。帰り支度してる皆がざわざわしてるのが聴こえてくるけど、何だろうね?何か隣のAクラスの子達も、俺達の教室を覗いてるっぽい。

「曲がりなりにも朱雀の君はあれで優秀な方なんだから、あんまり馬鹿だと捨てられるかもよ?」
「うう、かわちゃん、俺これからはもっと本気で勉強頑張るよっ。だから明日の数学のテストのヤマ教えてっ!」
「やだね。それこそ朱雀の君に聞きなよ。お前がおねだりしたら断らないんじゃないの?」
「ははっ、じゃあ朱雀の君の部屋で、まっつん?密室に二人きり、違うお勉強の時間になりそうだね〜ハレンチ〜」

にやにやしてる二人、嫌いだ。
そりゃ、いつかするんだろうけどさ。俺だってまだしてないのに、変な想像しないで欲しいな。何せ初対面で犯されそうになりましたからね俺、殴られた上に血みどろの初体験になりそうな所を命からがら逃げ出した男ですからね。
…うん、陛下と猊下、あの時しか感謝するとこありませんけど一生忘れません。

「まっままま松原…!松原さまぁああああああ!!!!!」
「えっ?」
「何さ煩いな、何があったんだ中川」
「ぎゃはは!今あれ、まっつんの事、様付けで呼んでなかったっ?やっぱりまっつんの時代が来たんじゃない?」

つるっ、すてん、べちゃっと俺より見事に転びながら走ってくるクラスメートにビビる俺と、Aクラスの子達を睨んでるかわちゃん、楽しんでるうーちゃんを置いて小走りで近寄ったら、ガシっと肩を掴まれた。なんか死にそうな凄い顔してるけど…大丈夫かな?テストが判んなかったのかな?だったら気にしなくても良いのに、俺だっていつもちっとも判んないもん。

「中川、最近漫画書いてるんでしょ?元気出してっ、留年したって高校中退だってマンガ家にはなれるんだよ!出版社は学歴なんか気にしないよっ!多分!」
「ああああぁもうっ、何それ励ましてるつもりなのかよ松原ぁ!俺の将来なんか今はどうでも良いからっ、早く来い!お前をずっとお待ちかねだぞ…!もっと早く戻ってこいよっ、足遅すぎっ」
「俺の足が遅くて中川に迷惑掛けた?もう、失礼しちゃう!中川がデビューしても漫画買ってあげないかんなっ。立ち読みして絶対買ってやんないかんな!」

うーちゃんが爆笑してる。ぐいぐい引っ張られながら騒ぎの元、最近エアコンの調子が悪い一年Bクラスの教室に入れば、俺の机の周りにだけ見事に人がいない。前から二番目の真ん中、クラスで三番目にチビな俺の机に長い足を投げ出して、椅子をキコキコさせながら座ってるあの後ろ姿は、

「あれ?朱雀先輩、どうしたの?」

スマホを耳に当ててた先輩を覗き込むと、先輩はスマホをシャツの胸ポケットに突っ込んで俺の腰に手を回す。ぐいっと引き寄せられて、先輩が俺の鳩尾の辺りから睨んできた。

「…遅ぇぞマーナオ、何処で拉致られてっかと思ったわ」
「最近は平和ですもんねー。かわちゃんが脅したって言ってたけど、カルマの先輩達も絡んでこなくなったし。遅かったのは多分ね!俺の足が遅いからだよっ。…ふーんだ。悪かったね、短足で」
「あ?誰がンな事言った」
「あそこの中川が言った」
「ひぃ!まっ、松原…ぁ!そりゃないよぉ!」

ギッと中川を睨んだ朱雀先輩が立ち上がる前に朱雀先輩の膝に乗って、机の隣に引っ掛けてある鞄から教科書を取り出す。昨日かわちゃんが全部持ってきてくれたのは良いんだけど、ここだけの話、俺って普段全部の教科書を置いて帰ってるから、ね。忘れ物したくないから放置してるからね!体操服も匂うまで持って帰らない器の持ち主だから!
今の内に朱雀先輩を隠れ蓑にして、ささっと全部の教科書を置いて帰ろう…。重くて鞄が持てない。

筆箱だけ入れた鞄のファスナーを後ろから伸びてきた朱雀先輩が閉めてくれて、お礼を言いながら首にショルダー紐を引っ掛けた瞬間、ぐいっと持ち上げられた。
ああこれ、お姫様抱っこ…じゃない!俵抱きだ!大きな抱き枕を小脇に抱えてる時みたいな!ちょ、これ前にシゲさんからもされたんですけど?!何なの、大阪じゃ人を小脇に抱えるのがお決まりなの?!
中身入ってないも同然の鞄がぶらぶら浮いてるのが見える。

「ちょ、すすす朱雀先輩っ」
「何だ喉渇いたのか?待ってろ」
「違うって。どうせならお姫様抱っこにしてっ」
「おしめさまだっこ?何だそりゃ」
「ほらっ、王子様が両手でお姫様を抱っこするでしょ!あれにしてっ」
「両手塞がってどうやってぶっ殺すんだ?ま、足がありゃ負けはしねぇが」
「ぶっ、ぶっ殺す…?何を?」
「あ?邪魔な奴に決まってんだろ」

つまり先輩は、何処に潜んでいるか判らない敵に備えてるんですね。スナイパーか。あの超恐いバイオハザードの主人公か。何処の世界に命を狙われた高校生がいるんですか。

…ああ、忘れかけてた。ここに居たんだった、黒い家柄の人が。


「…先輩、もし養子縁組する時は先輩がうちの養子に入ってくれる?じゃなかったら悪いけど…内縁の妻で我慢してね。…ん?どっちが妻?」
「何の話だまめこ」
「俺っ、ヤクザさんじゃ生きていける気がしないからっ!俺に極妻は無理だから!穀潰しにならなれそうだけど!うっうっ、俺ぇ、刺青なんか入れたくないよぉう!痛そーっ」
「オメーに墨なんざ入れるか、糞赤頭じゃあるめぇし」

やっと両手で抱っこしてくれた先輩には悪いんだけど、脇の下を掴んで高い高いすんのやめてくんないかな。赤ちゃんみたいだもん…。うう、皆が凄い目で見てくるよ。あ、あそこで赤い顔してる奴!朱雀先輩を狙ってるなっ?
くそぅ、変態でもイケメンだから敵は多いな。

「くっそー、足が長い大河朱雀君っ!さぁさぁ、比較的速やかに帰ろうじゃありませんかっ」
「可及的な」
「それ!はいはいカキューテキ速やかに、ほれゴーゴー、ハイドー!俺の鞄に入ってるご飯が納豆を求めてますよ!ゴーゴー!百円未満は現金払い可!今日の俺は一味違うよ、お財布に百円入ってるからね!」

ひょいっと朱雀先輩が俺を肩に引っ掛けて、落ちないようにしっかり掴まりながら言えば、スタスタと歩き出した先輩の後ろに何とも言えない顔をしてるかわちゃんと、笑いすぎて声が出なくなってるうーちゃんが付いてきた。朱雀先輩が退けって言っただけで誰もがズザザって道を開けてくれて、ゴニョゴニョなんか噂してるのを見た俺は、小さく溜息を吐く。
どうせ俺の悪口でしょ。去年、時の君こと山田先輩が高等部に進学してから暫く嫌がらせされてたって言うのは、結構誰もが知ってる。中等部にも親衛隊入ってる子は多くて、先輩から命令されたら夜中に寮を抜け出して下駄箱に手紙とかゴミとか入れてたんだって。

今じゃそんな事をする親衛隊なんか居ないだろうけど。一番過激だった光王子閣下の親衛隊は閣下の卒業と同時に解散したし、…何せ閣下のお相手があの人だもんね。去年たった数ヶ月だけ中央委員会会長代理だった、あの人。怖くて悪口すら言えないあの人。

怒ってる朱雀先輩の痛そうなパンチもキックもひょいひょい避けて、ダンボール箱をロッカーに突き刺すような恐ろしいキックの持ち主な光王子閣下を拳骨で黙らせる、あの超料理がうまい人。俺のケータイ壊した犯人。直して貰ったからいいけど…。


あの超カッコイイ不良中の不良、カルマの副総長が物凄い笑顔で「俺のもんに手ぇ出したら判ってんな?」って親衛隊全員に囁きかけて、光王子の親衛隊だった人達は「寧ろ貴方に手を出したい」って解散したらしいよ。
で、その紅蓮の君に告白すると、お断りのお詫びにドーナツをくれるらしい。全然授業に出ないのに帝君って言うとんでもないスキルの持ち主である彼に会うのは、曰く「つちのこ」や「メタルキング」に遭遇する確率らしくて、あんまり知られてない。
俺も今度告白してみようかと思った。


因みに白百合様に告白すると麗しい笑顔で「残念なお顔の君如きが図々しい、生まれ変わって出直しなさい」って罵られるんだって。未だに解散する気配がない白百合親衛隊の大多数はエムの人だって話だから、連日告白したがる人の列で大盛況なんだね。やだ、こわい。


「んー。あのね、紅蓮の君と白百合様ってどっちが強いの?」
「あ?何だいきなり」
「いえ何となく」
「どうだろうな…嵯峨崎はともかく、叶の野郎は人間じゃねぇ。良いか、あれには絶対近寄るなよ。もしもの時は山村を盾にして逃げろ」
「山村さん?」
「左席のチビだ。アイツは叶より確実に強い」
「あ…山田先輩ね。うん、あの強さは違う意味で魔王だね、俺には超優しいけど山田先輩。あの切り替えの速さが恐いよね。俺に笑いかけながら白百合様をぐるぐる巻きにしてた…ちょっとちびったもん」
「あとは、腐れ神崎と加賀城はただの阿呆だから良いとして、裕也と健吾にも出来るだけ寄るな。健吾だけならまだしも、出来れば奴とのタイマンは避けてぇ」
「ひろなりさん?」

そんな人居たっけ、ってちょっと考えてみたけど、全然判んない。カルマの人だと思うんだけど。
カルマの四重奏って言ったらカナメ・ハヤト・ユーヤ・ケンゴのそれぞれに別名が付いてて、それぞれに不良だけが入れる親衛隊がある。そのカルマの総長で皇帝を表すシーザーとまで呼ばれてる遠野先輩は高嶺の花過ぎて、寧ろ同じ人間と思えなすぎて、全校生徒殆どが崇拝してるけど、親衛隊はない。
天帝親衛隊と呼ばれる非公式な親衛隊はあるけど、二年Sクラスの方々しか入ってないみたいで、内情が判んないだよね。

あと、最早この世のものとは思えない神帝陛下は宇宙的規模で親衛隊が居そうだけど、実際はABSOLUTELYそのものが神帝親衛隊みたいなもので、一般生徒は個人的に崇拝してるだけ。ABSOLUTELYはカルマに並ぶグループだって有名だから、入るには覚悟が居るよ。うん。

どっちにしろ、そのヒロナリさんよりも陛下と猊下に近寄らない方が良いのはつくづく痛感してる。尊敬は遠くからした方がいい。変なミーハー心を出すと俺みたいな目に遭っちゃうよ、うん。

「あれ?先輩こっちって、Eクラスだよ?」
「ああ。凛悟が飯食わせてくれるっつー話だ。自由実習で全自動たこ焼きマシンだか何だか作ったっつって、朝言ってたろうが」
「えへへ…そうだっけ?覚えてない」
「お前な…。言ったんだろ?デカいタコが食み出てるの食ってみたいって、アイツに」
「あ、それは覚えてるかも…。ユートさんのおウチで焼肉食べた時。美味しいお店に連れてってくれるって言ってたのに、行けなかったから」
「今度俺と行けば良い。飛行機で一時間もしねぇ距離だ、散歩がてら」
「それもう散歩じゃないってば…あ、先輩電話鳴ってるよ」

そう言えば朱雀先輩、ちゃんとテスト受けてきたのかな。時間内に終わったら退席しても良いんだけど、大講堂で皆一斉に受験する普通科と体育科の生徒は、チャイムが鳴るまで誰もそうしない。うーちゃんが前に選定考査を受けた時、次々に出て行く人がいてびっくりしたって言ってた。ほぼ全てがSバッジを付けた進学科の人達だったんだって。こわい。そんな恐ろしいテストで30人に選ばれる自信ない。

「…ちっ、糞ジジイ、テメェいっぺん朽ちろカス。んな事だろうとは思ってたが、お陰でコイツは薬に手ぇ出すほど病んだんだぞ。あ?金でどうにかなると思ってんのか?自分で考えろドカス、頭でも丸めて来やがれインポ野郎が。図々しい嘘吐きやがって、あ?説明しただと?」

俺が先輩にしがみついてるからか抑えた声の、だけどとんでもなく低い声で濁点がついてそうな『あ?』ばっか言ってた先輩が、ずらっと俺達の教室とは違う雰囲気の教室が並んだ廊下に俺を下ろして、ちょっと離れた位置に居るかわちゃんとうーちゃんを何気なく見つめてた俺の頭を撫でた。

「まめみ。お前、ジジイから弁解されたか?」
「面会なんかしてないよ?」
「違ぇ、拉致られた時だ。あの糞カスが、お前に状況を説明したっつってんだが」
「説明…?朱雀先輩のお父さんが、俺に?」

何の事か判らずに首を傾げたら、スマホを耳に当てた朱雀先輩が今度こそ怒鳴る様な大声を出す。物凄い早口の中国語だから全然判んない。そもそも中国語が判んない。うう、最近、中等部の時の教科書だった「楽しい中国語入門」読んでるのに、全然判んない。先輩が居なくなってからめそめそしつつ、何箇所も蛍光ペンでライン引いて、帝王院出身の先生に質問だって何度もしたのに。ちっとも翻訳できない。

ニーハオ、もうこれしか言わないつもりの松原瑪瑙15歳、ソンユェンマーナオです。名前だけは言えます。


「まっつん、朱雀の君どうしたの?何あのすっごい早口、やっぱネイティブ半端ないね〜、ちっとも判んないや」
「うーちゃんも判んないの?良かった、俺だけだと…ぐすん」
「所詮テスト語学しか学んでない僕らにあれが判る方が変だって。でもメェ、折角だから朱雀の君に教えて貰いなよ。彼との関係を長い目で見てるんだったら、尚更な」
「That's bull shit!」

廊下にビリビリ響く凄い声。
びっくりしすぎて硬直した俺の前で顔色の悪い二人が俺の背後を見てる。振り向きたくない。シットって言った。嫉妬じゃない、英語だった。怒ってる。朱雀先輩、超怒ってる。

「…マーナオ、嫌なら切って良い」
「ぅ、え?」

先輩が先輩のスマホを俺に握らせた。画面は通話中になってて、多分相手は先輩のお父さん。
ざわざわしてるのは、テストから帰ってきたらしい工業科の皆が居るからで、朱雀先輩が超恐い顔してるから遠巻きに見てる。あ、くるっとターンしてどっか行っちゃう。教室に戻んないで帰るつもり満々だ、髪の毛染めてジャラジャラアクセサリーつけて、ずんだれた作業着で決めてる癖に危うきに近寄らないなんて!
それでもヤンキーな工業科なの?!ヤンキーっぽくない数少ない作業着の人達は許すけど!

「はぁ。…もしもし、お父さん?」
『ぐ。はぁはぁ、ママママーナオ、我を父と認めてくれたのか!はぁはぁ』
「切ってもいいですか?」

おかしいな、先輩のお父さんじゃなくて変態さんだった。変態のお父さんだった。
つまりやっぱり朱雀先輩のお父さんって事…。俺の初めての彼氏は変態です。ありがとうございます。

嬉しくないけど。

『マーナオ、汝が広東語は疎か北京語すら把握しとらなんだとは露知らず、浅はかだった我を許して欲しい。改めて謝罪する』
「あの、馬鹿にされてるのか謝られてるのか判んないんですけど、今度松阪牛奢ってくれたら許します」

奈良県にあるかわちゃんのおウチから、たまーに送られてくる高級なお肉。ジューシー過ぎる脂身も油も美味しすぎてお皿まで舐めちゃうお肉なんだけど、食べたことある?生きてて良かったって思っちゃうよ。松阪牛さん大好き。生きてる貴方よりお肉の貴方が大好きです、俺の前には現れないでね。きっと捌いちゃうから。

『何と慎ましい事を言うのか…。そんなもので良ければすぐに手配しよう。ああマーナオ、健気で控えめな汝が我の娘になるとは、我は涙で眼鏡が曇ってしまった。是非とも今すぐ香港に来て拭いて欲しい。上海の屋敷でも構わん』
「すいませんテストがあるんで。あといつから俺、娘さんになったんですか?」
『ふむ、これはすまなんだ。確かにマーナオは小さく愛らしいとは言え、正真正銘男だ。この目で確かめたのを失念しておったわ』
「あ!それ!ちょっとおじさん、あの時、何で俺、素っ裸だったんですかっ?し、しかも白いのべったり付いてたし!お尻痛かったし!」
『尻が痛い?何の話だマーナオ、我は汝の服を脱がし朝食ヨーグルトを撒き散らして数回写真を撮ったが、汝の尻には何もしとらんぞ?それよりバーバと呼びなさい』
「ばーば?じーじじゃなくて?」

えっ。つーか、あれヨーグルトだったの?うわぁ、勿体ない!食べ物を人に掛けるなんて、罰当たりな…。お金持ち、ほろびればいいのに。

「えー?だって起きたらお尻が…ん?って言うか、何か股関節全体?あれれ?…何か思い出してきたぞ?」

そう言えばあの時、お尻だけじゃなくて下半身全部痛かった気がする。特に股間とかお尻がやばくて、布団から出られなかったもの。

「あの時って何かあったっけ…?」
「姐さん、それもしかしたら筋肉痛ちゃう?あん時ヤクザもんに追っ掛けられて、結構走ったやんか」

後ろから掛かった声に振り向いて、ビニール袋を持った村瀬さんを見た。げっそりしてるユートさんと、朱雀先輩にビビって教室には入れなかった人達を教室まで連れてくシゲさんも居る。

「あ、あ…あー!そっか、あの日って電車乗り過ごして不良さんに追っ掛けられて、金髪のユートさん達に会った日?!あーあー、かわちゃんとうーちゃんを助けに行った時も追っかけられたっ。思い出したっ」
「あとなぁ、言いたかないんやけど…姐さんワシのケツに乗ったやろ?…バイクの」

言いにくそうな村瀬さんが小さくなってく声で呟いて、顔色の悪いユートさんがやっと顔を上げた。

「おま、あんの暴走運転で姐さん乗せてたんか?あちゃー、姐さんよう生きとったなぁ」
「おぇ?あ、俺あの時がバイク乗るの初めてだったから、テンション上がっちゃって。あんま覚えてないです」

凄い顔の朱雀先輩から胸ぐらを掴まれてる村瀬さんは痙き攣ってたけど、バイクが何の関係があるんだろ。って思ってたら、うーちゃんがうんうん頷いてた。

「まっつん、農業コースの人から聞いた事あるけど、乗り慣れないとバイクもトラクターも筋肉痛になるんだよ。生まれたての子羊みたいになるんだって、足腰が」
「えっ、うちに農業コースなんかあったっけ?」
「僕ら普段工業科って呼んでるけど、実際は特別技能学科だからね。確か工業・商業・農業とあった筈だ。この山の中の何処かに点々と放牧地だの畑だのあるって話だけど…はぁ。やっぱりお前の思い込みだったみたいだね馬鹿メェ…」

物知りな二人に感心してると、朱雀先輩から殴られたらしい村瀬さんが頭を手で押さえたまま近寄ってくる。

「風景の一部になって気づいてへんみたいやけど、寮の廊下の壁に大きな水槽になってるとこあるやろ?あそこで飼ってる魚もワシら日替わりで餌遣りせなあかんの。農業コースは毎年定員割れしとって、知られてないのは生徒が少ないからや。奴らは勉強より豚と鶏を飼育する方が好きみたいやね。殆ど教室に居らん」
「し、知らなかった…。初等部から十年も暮らしてるのに…」
「育った家畜と野菜は食堂が買い取ってくれる言う話や。で、学園自給自足の食材がメニューに使われとる。それ売って生計立てとる奴も居るんやない?人数少ない分、儲けの分け前増えるし」

成程、屋台とか何でも屋さんみたいな商売で稼いでる人は知ってたけど、そんなお仕事もあったのか。俺も学園長にお願いしたらアルバイト出来るのかな?ほら、朱雀先輩とデートしたり買い食いしたりしたいし。ぶっちゃけ学園内の施設じゃ現金使えないけど。購買で百円未満の時しか使えないけど。

『マーナオ、お小遣いなら我が毎月送ってあげるから無視しないでくれ。我は悲しみの余り目の前の部下を殺しかけたぞ』
「わわ!あっ、ごめんなさい、忘れてましたっ。って言うか殺さないで!暴力反対!」
『何と心清らかな。判ったマーナオ、首を胴から離してやるつもりだったがやめよう』
「ひぃ」
『汝の淫らな写真の入手と、汝の寝言を報告する事がナイト=ノアからの命令だったとは言え、誤解は解けているものと見過ごしていた。我も多々誤解しておったとは言え、既に朱雀の縁談も正式に取り消している。後はマーナオ、早う大河となり我に孫を見せてくれ。何なら入籍前に作っても良い。どっさり産め、こちらの屋敷は日本と違って広いからのう』
「孫?!すいませんそれは幾ら朱雀先輩でも無理ですっ。おおお俺っ、朱雀先輩を妊娠させる自信があんまりっ、」

スマホが手から抜けていった。
静まり返ってる廊下に、あちゃーって言う皆の顔と、にっこり、気持ち悪いくらい爽やかな笑顔の変態。

間違えた、先輩。
…朱雀せんぱい、顔が恐いよ。イケメン過ぎてキモい。


「まめこ」
「は、はい…」
「安心しろ、俺も産める自信はないがな、…孕ませる自信はある」


ああ。
皆が、村瀬さんのたこ焼きが遠ざかる。





朱雀先輩、だから出来ればお姫様抱っこでお願いします、…吐いちゃう。


*←まめこ | 可視恋線。ずちぇ→#



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