可視恋線。

回避せよ!オタクも恐れる赤点紙吹雪!

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「邪魔をする。すん…、天の君は見えられるか」

キランキランの金髪を靡かせ、黒い戦士じみたマントを翻しやってきた男は教室の戸口ではなく窓から中へ乗り込み、蒼い眼差しを注いだまま小首を傾げる。仕草も見た目も王子様の様だが、如何せんいでたちは魔法剣士か流浪の戦士か。

「天の君はまだお見えになってないのですが…神命殿下、それじゃあ今から戦いに赴くイケメン戦士ですよ?」
「にーに殿下、相変わらず陛下と違って詰めが甘いのさ。いつの世の王子も白か赤を纏っているものなのだよ」
「おーい安部河ー、こち亀の最新刊まだ貸出中なん?センセ、ワールドトリガーはよう判らん、トリガーオンやのうてパイルダーオンしか判らへん」
「もぅ、まだ返って来てなぃ。誰が独り占めしてるんだろぅ?あっ、東雲先生ぇ、殺先生なら揃ってますょ〜?」
「なんやて?!お前ら30人、俺を暗殺するつもりやったん?!」

テストまで時間がない割りにはゆったりとした雰囲気の教室では、教師までもが漫画を読んでいる。
図書係の生徒がぷにぷにと本棚を覗き込み、困った表情だ。

「そうだね、お近づきの印に紅き黎明の花嫁の総集編をお貸しするから、是非ベルハーツ第二王子を目指して欲しいのさ」
「そうか。馬鹿な俺はまたもしくじる所だった。礼を言う、二年Sクラス溝江信綱」

将来は公務員とでも言わんばかりの地味眼鏡の傍ら、今し方ぱちんぱちんとホッチキスで止めたばかりの冊子を片手に吐き捨てた赤縁眼鏡の見た目貴族王子のイケメンは、教室脇を埋め尽くしている特注本棚から分厚い漫画を引っこ抜き、出来たての冊子と共に金髪へ押し付けた。

「今回の二年S組も虎豆特集か。…ふむ、万事ぬかりなく盛り上がる場面だ」
「ふ、前回はクラス平均99.7点だったお陰でほぼ全員が怒涛の追試で手が回らなかったからね。今回はクラス30名一丸となって数ヶ月前から猛勉強し、一斉考査当日だろうと焦る事なく日誌の制作に勤しめたのだよ、にーに殿下」
「選定考査前は流石に余裕がなくなるとは思うんですけど…。今回はOVA虎豆アルティメット2のメイキングと、黒髪スゥたん着せ替えセットがついてるんで、どうぞ人目のない所でゆっくりお楽しみ下さい!」
「感謝する」

ぎゅっと二冊の本を抱え、再び窓から飛び出そうとした男はマントを引っ張られ動きを止める。

「神命殿下ぁ、総集編の貸出は三日間ですよぅ。それと日誌はお一つ百円ですぅ」
「すまない、些か舞い上がっていた。いつもの様にカード払いを頼めるか」
「はぁい。リボできますけどどぉします〜?」
「青蘭の恐ろしい金利を払うつもりはない。一括で頼む」




























「お〜い、しゅーん。そろそろ行くよー」

懲罰棟、最下層。
『猛省なう出禁』と張り紙がされた牢獄と言うよりダンスホールの様な広い部屋で、彼はのんびり声を掛けた。

「簡単な一斉考査だからってサボったら不味いだろー、急いでー」

返事はない。
どうやら例の一件で完全にヘソを曲げたらしい親友は、山田太陽の台詞にも耳を貸さない様だ。

「…うーん、ここまで落ち込むなんて…。そんなに松原君が危ない目に遭ったの堪えたのかなー…?うーん、どうせすぐに復活するって思ったんだけど…おかしいな、俺の勘違いだったかなー?うーん」

今回のテスト対策はクラス一丸となって万全だ。
進学科であるSクラスの生徒がこのテストで落ちる事はまずないが、事前に全員が全教科の予想問題を解き、全員が満点を取っている。外国語を苦手とする太陽が今回ばかりは余裕綽々であるのは、そうした仕込みがあるからだ。

然し、幾ら帝君でも必須であるテストに参加しないのは不味い。
一斉考査で上位50名に残らなければすぐに迎える後日の選定考査に出願できず、今月中に除籍扱いとなる。つまり降格、左席委員会会長を普通科に落とすわけにはいかないので、最悪Fクラス入りが確定だ。だがまぁ、彼にとっては何処だろうが変わり映えしないだろうが。


「ま、いっか。俺としては大河が軽傷って言うのが何かちょっと物足りないけど、現実はピンチ回避なんてお綺麗事ばっかじゃないんだから。むふふ。しかも夏休みからこっち、険悪だと思われてた二人が一緒にいたなんて…はぁはぁ。はっ。いけないいけない、今は村瀬君と川田君が第一優先だよ、うん。…今度はどんなフラグが立つかなー、ぐふふ」

何せ懲罰棟を別荘代わりに使っている、とんだ変態である。
心配するのも馬鹿馬鹿しくなった左席副会長はのんびりとした足取りでエレベーターに消えて行き、入れ違いに真っ赤な忍び服を纏った赤頭巾が音もなく現れた事には気づかない。



「ブラザーライン・オープン、すんすん、俺だ、兄ちゃんだ。内密の報告がある」
「だが断る。そなたは兄である前に俺の弟だ」

山田太陽が気付かなかった張り紙の裏の隠しインターフォンに赤頭巾が喋り掛けると、鉄の檻が開いた。中からギャルソン姿で出てきた銀髪の男に手裏剣を投げつけそうになり、ふるふると頭を振る。

「…いかん、こんなものでは死なんとは言え、無意識だった。ご機嫌麗しいかカイルーク、いや、兄上」
「随分、面映ゆい姿をしているがメイルーク。そなた、また髪を染めたのか。折角の黒髪に、なんと勿体ない事をする」
「黒髪の平凡な俺が王に好まれると思うてか!貴様は良いだろう、煌びやかな銀髪に真紅の瞳!日光が当たれば虹彩変化で小金に染まると言うオプションまで備わっている、王子を超え皇帝たる貴様などに俺のこの悲しみが理解出来よう筈もない…!」
「そうか。俺は悲しいぞ、弟よ。この俺の半身でありながら高が祭美月如きに遅れを取るとは…情けない。速やかにその衣装を脱ぎ捨て、あれの裾をめくる気概を見せるが良かろう」
「な、何を宣う。不敬にも程があるぞルーク!やはり貴様は生かしておけん…!」

同時刻、村瀬と朱雀から「人間じゃない」と噂されているとは毛程も考えず、真っ赤な王子…いや忍者は腰に差していた刀を抜いた。が、然し駆け出した瞬間には背後に回っていたギャルソンから足を払われ、押し倒される。



何とした事だ。
無表情で同じ顔をしている銀髪の男を見上げながら混乱を極めた忍者は、頭巾も上半身の服もいつの間にか剥ぎ取られていた。

余りの早業にまるで見えなかったのだ。凄すぎる。手が早すぎる。彼氏から押し倒された少女はきっと、こんな気分なのだろう。彼は無表情でクネクネ震えた。


「こ…これが真の俺様生徒会長攻めの手腕、か…」
「可及的速やかに精進せよ、李上香。今のままではお前を帝王院命威として認める訳にはいかん、いつまで貞操を守り続けるつもりだ。焦らしが過ぎるぞ」
「ぷはーんにょーん」

眩いばかりのフラッシュ。
瞬いた双子は同時に目を向け、花柄寝袋に包まれたままデジカメを構えニョロニョロと悶えている物体を眺める。

残念ながらあれは、遠野俊その人だ。どう見ても、残念ながら。

「ハァハァ、これから恐怖のテストだと言うのに…!何たる仕打ち!何たる因縁!虎豆アルティメット2の編集と茨の6畳のコミカライズと時々テスト勉強で眠れない夜を過ごしたこの僕の前で、イケメンとイケメンがまぐわっておられるとはァアアアアア!!!ささ、どうぞ続きを…!僕にお気遣いなく、否っ、気遣うくらいなら合体して欲しいのが本音だったりしますけどもォ?!ハァハァ」
「誤解だ俊、一寸も挿入していない。見ろ、小指も入れていない」
「すんすん、後生だ。この不埒者をつまみ出して貰えないか。兄ちゃんは心底怖い」
「ハスハス、ハスハス、なァに、照れてるにょ?…イイのょ、カイちゃん!誰もいない…けど空気の読めないオタクがうっかり居合わせた薄暗い懲罰棟…全域LED完備だけど。そんなベストスポットで襲い受けなんて、GJとしか!金髪忍者に恋するギャルソンがいたって、そう、気にしなくてイイのよ!この迸る萌えを前に時代設計とかリアリティとかごちゃごちゃ言わせねェよ!俺はー!満足だァ!!!ハァハァ」

駄目だ。話が通じない。

しょんぼり肩を落とし忍者から降りたギャルソンは膝を抱え、無表情だが落ち込んでいるらしい。お互い苦労するな、と無表情で慰めてやった半裸の忍者はさっきまで殺そうとしていた相手に対する同情で、僅かに涙目だ。然し黙れ童貞と麗しい無表情で囁かれ、金髪忍者は感電した。

何故バレているのか。


「…はっ。ガタブル、こんな事してる場合じゃないにょ。はァ。…じゃ、僕テストあるんで、いってきま」


戦場に赴く特攻隊員の様な悲壮な表情でしゅばっと走り出した後ろ姿は、光の速さで見えなくなった。何処に突撃するつもりかは聞かない。そんな暇はなかった。

長閑なチャイムが鳴り響いたが、まぁ、恐らく余裕で間に合っているに違いない。
あれに関しては心配するだけ無駄だ。頭に『テスト反対!戦争反対!』と言うハチマキを巻き、寝袋に包まったままである事にも気づいていない死にそうな表情だったが、どうせまた満点を取ってくるのだ。


何せ遠野俊、満点か零点しか取れない。





「………」
「ルーク=ノア、畏れながら馬鹿な俺から一言申し上げても良いか」
「…おのれ俊。祭美月如きに手間取る童貞がこの私を陵辱するなど、片腹痛い事を」
「何か色々すまない。…童貞ですまない」


切ない溜息は、二つ。


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