可視恋線。

強制上昇する予報不可能なモンスーン

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「…と、言うわけなんだよ」

うーちゃんの長い長〜い話は、やっと終わりに近づいてきたっぽい。

「知り合いに聞いた所じゃ、彼も彼なりに反省してるって事なんだろうけど………まっつん?生きてる?」

まだ七時を回ったばかりの食堂は朝練後のお腹を減らした体育科や、来月の学園祭の打ち合わせをしてる各部活動の生徒達が溢れているけど、俺達一年B組の仲良し三人組+荒くれ者の代名詞、オフホワイトの作業服二人+今にも人を殺しそうな(って言うかもう既に殺してそうな)Fクラス総代、近頃噂の的となってる黒髪の不良のお陰で俺らの周りはぽっかり人が近寄ってこない。

「…あかん、姐さん一度に二つのこと出来んタイプとちゃう?コイツもそう」
「シゲやん、ゆう君は天丼食べてるだけなのにボロボロ零してるよ?その点、うちのまっつんご飯は絶対零さないから。意地汚さレベルは譲れないよ」
「おぉい宇野、勝つとこそこでええんかい…」

朱雀先輩の学籍カードでメニューを頼んだ俺の前には朝からオムライスとステーキ、朱雀先輩の前にはイケメン過ぎるブラックコーヒーだけ。うーちゃん達から聞いた話が全く頭の中に入ってこないまま、頬張ったふわふわ卵をゴキュっと飲み込んだ。うーん、ふわふわー。現実逃避とか言わないで。左が怖いの。あらゆる意味で。

「…ええと、総長、凄い顔なってますよ」
「ああ?テメェ、俺の顔が何だと?上等だ!今すぐ表に出ろ茂雄、」
「朱雀先輩、あーん」

奢りのステーキなのにケチく一口分だけちょっぴり切り分けたそれをフォークに刺して、俺が般若の顔をしてる朱雀先輩のお口に運んであげると、むしゃりと齧り付いた先輩はほっぺをもごもご動かしゴキュっと飲み込んで、真顔で俺の頭を撫でながら『殺す』と囁いた。

「ひぃい、殺さないでっ」
「どうしたマーナオ。俺がお前を殺す訳ねぇだろうが。…まぁセックスの最中は死ぬ死ぬ言わせっかも知んねぇけどな…」

こっわ。
俺の左肩と朱雀先輩の右腕が当たるくらい引っ付いて座ってる今、朱雀先輩から放たれてる怒りのオーラは俺なんかすっぽり覆ってるに違いない。うう、オーラが目に見えなくて良かった。スカウター持ってなくて良かった。あと死にそうなエッチなんか絶対いや。どんなプレイなの。血みどろプレイなの?

うう。絆創膏とマキロン多めに買っとこう…。

「…クソ。判ってた事と言えば確かにそうだが、…じゃあ何か?あんの腐れ遠野があんの腐れ馬鹿親父を操ってたっつーのか、あ?祭から聞いてたとは言え、グレアムはルーク=フェインだけじゃなく内藤だか何だか…それが遠野って事か。侑斗の馬鹿はアテになんねぇ、凛悟。オメー、李と繋ぎ取ってるらしいじゃねぇか。どうなんだ」
「あー…あん人はワシの恋愛事情が気になってはるってだけで、流石にスパイの真似事なんや出来しませんわ。ありゃ人間の動きやない」
「大方否定出来ねぇが、雑魚め。テメーは修行が足んねーんだよタコ」
「どないな修行したらあんなんなるん?でもま、学園長が言うには、今言った通りやねん。何が何でも全部、全部間違いなくカルマ総長が書いたシナリオやて。んなアホな話あるかい、思うけど」
「俺が糞親父から強制連行されたのも、まめこが追い回されたのも、山田の所為でまめよの失踪に気づくのが遅れたのも、見合いさせられそうになったのも、土壇場で逃げ出せたのも、まるっと全部かよ!どんなシナリオ書いたら、俺ら纏めてンな訳判んねぇ目に遭わせられんだ!ゴルァ!」
「…やっ、幾ら何でも全部が全部鵜呑みには出来ひんで?!今のは全部、学園長と理事長の推理でしかない訳やし!」
「馬鹿か!理事長っつったらルーク=フェインだろうが!下らん話に乗せられやがって!」
「ちゃうちゃう、神帝は高等部の理事長!昨日のあちらさんはこの学園全部の、ほんまもんの理事長やて!」
「ああ?!………あー、頭痛ぇ。そりゃキング=グレアムの事かよ。何でンな大物が戻ってきてんだ…!前学園長夫婦と隠居したんじゃなかったのか、どうなってんだ…」
「何や裏の事情は知らんけど、ワシかて幾ら何でも、あの眼鏡がそこまでやるとは思えへんし…何せ見た目まるっきりオタクやん。秋葉原の住人やん」
「だけど、あの大河社長を来日させられる人間はそうそう居ない。…そうですよね、朱雀の君」

朱雀先輩と同じくらいの長身がいきなり現れて、うーちゃんが珍しく怖い顔をする。
ご飯の時はあんまり喋らないかわちゃんは村瀬さんの箸使いを褒めた時だけちょっと口を開いたけど、持参したご飯と注文した焼き鯖で格闘中だ。かわちゃんはお魚を食べるのが苦手。
にまにまそれを見守ってる村瀬さんはユートさんからカツサンド一切れ取られてるけど、気づいてないみたいだよ。俺だったらすぐ気付く。すぐ怒る。

「あ?んだテメーは。殺すぞ」
「総長、それワシのオトート。確かに阿呆やけど生かしといたってぇな」
「凛悟、オメーに弟なんざ居たのか?」
「ほら、ワシ父子家庭やろ?コイツまだよちよち歩きのガキんちょやって、オカンが引き取ってん」

って言うか、ほんとに信じらんない。
二学期始まって結構経つのに、実は夏休みの間にはユートさん達三人共こっちに来てたなんて…ちっとも知らなかったよ。めちゃめちゃ頭が良かったらしい村瀬さんは、昇校試験でAクラスの上位に食い込めるくらいの成績だったそうだけど、将来的にはお家を継ぎたいからって工業科を希望して、その村瀬さんとは生まれた時からの付き合いだって言うシゲさんは商業コース希望だったのに選んだカリキュラムが幾つか定員割れで、結局Fクラスに入ったらしい。
まぁ朱雀先輩も居るし、一番頑張って勉強したのに昇校試験に落ちたユートさんは裏口入学だから問答無用でFクラスだし、ごついシゲさんと喧嘩に強いユートさんなら大丈夫かなって思う。

ただユートさんは顔が美人だから、もう何回か襲われかけたみたい。さっきまで俺と朱雀先輩を何度もチラチラ見ては、やっぱ総長ホモなんや…って呟いてた。今回のテストで何とか成績を上げて、他のクラスに変わりたいって。
寝ないで勉強したそうだよ。でも買っておいた朝ご飯のパンを夜食に食べちゃったらしくて、うざかったらしい朱雀先輩がめちゃめちゃ痛そうなパンチでユートさんを黙らせたんだ。可哀想だったから俺はユートさんに天丼を奢ってあげた。


朱雀先輩のカードで。


因みにかわちゃんとうーちゃんの焼き鯖とお味噌汁も朱雀先輩の奢りです。朱雀先輩が居なかったら、今朝のご飯は俺の所為で昨日買い物に行けなかったらしいかわちゃんが、実家から送られてきた仕送りのふりかけを一個ずつつけただけの、ふりかけご飯だった。南無南無。俺の分のご飯はお昼ご飯に回されてます。でもふりかけは足りなかったうーちゃんが食べちゃいました。え、もしかして俺、今日のお昼、白いご飯だけってこと?残したらかわちゃんのお説教コース?
…食べるけど。おかずは購買で一番安い三パック90円の納豆かな。どーんと買っちゃおうかな。

それはともかく。
夏休みの時は濃い目の茶色だった髪が、ちょっとピンクっぽい色合いの茶色になってる村瀬さんと、さっきまでシゲさんが食べてたパンは、昨夜学園を抜け出して山道を下った先の街のスーパーで買ってきたものらしい。ちゃんと割引シールがついてるとこがミソだよ。大阪の人はお買い物上手。
なんて適応力。流石ヤンキー。ってゆーかユートさんの軽トラを学園の外の山道に隠してた村瀬さんの頭脳が怖い。免許はユートさんしか持ってない筈なのに。ちょうズル賢い。今度俺も連れてって欲しい。抜け出す勇気はないけど。
とりあえず俺、村瀬さんとは絶対口喧嘩しないって決めました。村瀬さんを怒らせたらかわちゃんにチクろう。そうしよう。

えへへ。
松原瑪瑙15歳、かわちゃんには一生逆らいません。俺は悟ったね。村瀬さんとかわちゃん、絶対何かあったもんね。隣同士で座ってるし、かわちゃん、明らかに村瀬さんとは目が合わないし。極めつけはあれだね、村瀬さんの右手の薬指にイケメンが際立つ指輪が光ってるもの。俺の目はごまかせませんよ、かわちゃんがさっきからちょいちょい触ってる首の紐、絶対怪しいよね。言わないけど。怒られそうだし。
でも見た目はオシャレボーイな村瀬さんもやっぱり怖い不良さんだ。うちの怖いかわちゃんなんかでいいなら差し上げてもいいよ。だから俺はいじめないでね!えへへ。


「…めこ、まめこ………おい、マーナオ」
「ふぉう?!な、なにっ?」
「目ぇ開けたまんま寝るな」
「そんな特技ないよ!起きてる!」

物凄く至近距離に朱雀先輩の顔。村瀬さんとかわちゃんを凝視したままオムライスを食べ終わってたらしい俺は、隣の朱雀先輩と向かい側のうーちゃん、いつの間にかその隣に座ってるさっきのイケメンさんに見つめられてた。あ、イケメンさんのブレザーにバッジがある!Sクラスの!

「先輩先輩っ、見て…!あの人、Sクラスだよ…!大変っ、失礼があったら退学になっちゃうよっ」
「あ?まめこ、俺もSクラスだったの忘れてんな?」
「ほぇ?…あ、そっか。あれ?でも先輩、前回の選定考査受けてないからFクラスなんでしょ…?」
「松原。朱雀の君の前成績は、二学年の16位だ」
「え…えええええええええ?!」

イケメンSクラスさんが何でか俺の名前を知ってて、けどその台詞でそんな事どうでも良くなった俺は何度も何度も朱雀先輩を凝視した。今日は9時から大講堂で一斉考査があるけど、それすら忘れるくらいびっくり。

「じゅ…っ、16、16位?!誰が?!えっ、何かの間違いじゃなくて?!カンニング?!はっ、でも試験会場には携帯も電子辞書も勿論パソコンも持ち込めないのに…!」
「そらどう言う意味だまめこ」
「いや、間違いない。何だ松原は知らなかったのか?朱雀の君は、自ら進学科には戻らなかったんだ」
「もっ、勿体ない…!朱雀先輩っ、一体何点だったの?!」
「あー…国語だけ40点だったか…あとは、覚えてねぇ」
「朱雀の君は13教科総合で1240点。つまり、他は満点だったと言う事ですね」
「ふん、平仮名さえ書けりゃ何とかなるもんだ」
「そ、そんな、馬鹿な…!俺なんて地理以外だいたい60点行くか行かないかなのにっ」

朱雀先輩の裏切り者ぉ!って叫んだら、食堂が静まり返った。
すいません、大きな声出してごめんなさい。

「まめこの中で俺の評価がどうなってんのか聞きたい所だが、んな事よりマーナオ」
「うっうっ、何なの?俺を騙してたの?かわちゃんもうーちゃんもクラスで10位以内に入ってるのに!何なの皆、村瀬さんもだよ!何なの51位なのに何でAクラス入んないの?!」
「おえぇ?!あ、姐さん、ワシ何かしました?」
「補足すると、全教科満点だった星河の君はそれでも二年次席で、帝君であらせられる猊下が全教科各2000点を叩き出されたお陰で、二年Sクラスの平均点は99.7点だった」

いやー!
百点満点のテストで何でそんな事になるのか全くわーかーらーなーいー!!!

「ひぃい…!そんな、進学科怖い進学科怖い、うぅ、山田先輩、よくそんな怖いクラスで…!あんまりSクラスっぽくないのに…!」

あ、そっか。
白百合様が言ってたっけ?98点のテスト捨ててた、って…。同じ左席の会長がそんな訳判んない点数取っちゃったら、そりゃ捨てたくもなる。

俺なら一生大切にとっておくけど。ラミネートして毎日持ち歩くけど。

「一生に一回でいいから百点取ってみたい…っ。遠野会長の一教科が俺の総合点より多いんですけどっ?!何なの?!贔屓なの?!会長が学園長の息子だからなの?!悔しいぃいいい!!!俺だって学園長の子供に生まれたかったぁ!」
「松原、それは誤解だ。猊下は全教科満点は当然の事、その上、各教科四枚の答案用紙の裏に耽美小説や二本立ての四コマ漫画、学園改革の思案などがしたためられていて、理事会満場一致で2000点付与された。つまり、猊下の総合点は13教科26000点か」

うう…遠野会長、1000点でいいから俺に分けてくれないかな…。
イケメンSクラスさん曰く、遠野会長のテスト用紙の裏から実際、幾つも立案されてるんだって。左席ランチも校内行事の全校生徒参加制も、購買の18時以降割引制度も、俺らのクラスでもやってる日直制度も、ラウンジゲートの並びにあるいつも満員御礼で賑わってる『オタメイト』も、新規参入したぱんだらけのパンも、全部遠野俊先輩のテストの裏から決まったなんて。

「で、まっつん。今更ながら猊下の凄さに震えてるとこ何だけど、そんな化物としか思えない人に一矢報いたいんだよね、俺としては。かわちーですら今回は流石に相手が左席会長でも遠慮しないって言ってるし、」
「う、うーらーやーまーしーいぃいいいいい!!!やだもう遠野会長素敵過ぎぃいいいいい!!!!!いやー!かっこよすぎー!!!」
「テメ、まめよ!そらどう言う了見だゴルァ!やっぱアイツは消す!今日の内に息の根を止める…!」
「まっつん…」
「うっさいよ朱雀先輩。朱雀先輩なんか…朱雀先輩なんか…16位の高みから100位にも入れない、何せ選定考査なんて一回も受けたことない俺を笑ってたんだ…チビで短足で足も遅い癖に頭も悪いって馬鹿にしてたんだ…なんて仕打ち!」
「…人聞き悪ぃな、まめな。あらお前に会う前に受けた奴だろ」
「まっつん、朱雀の君への恨みは後にして、とりあえずフォークから手を離そっか?」

あ、ステーキもなくなってた。
握り締めてたフォークから手を離すと悲しくなって、もう喋る気力もない。何なの16位って。ほろびればいいのに。


「だが裏を返せば、そんな彼が描いた脚本であれば。…事の次第の全てが彼の掌の上、と言う話はあながち有り得なくもない」

Sクラスの言葉は説得力があるね。朱雀先輩にはない説得力があるね。うん。
しーんと静まり返った中、俺だけがなんかよく判ってないみたいなんだけど、そろそろ挫けてもいいですか?グレちゃうよ?盗んだバイクで走り出しちゃうよ?エンジンのついてないマニュアルバイクで。ん、自転車ですけど。えへへ。

でも俺、実は自転車乗れないんだよね。


「まぁ良い。おい、まめ。親父にされた事洗いざらい喋りやがれ」
「おやじ?誰の?」
「…駄目だこりゃ。やっぱ話ぜんっぜん聞いてなかったんだね、まっつん」
「宇野、松原は…昔から全く変わってないみたいだな…」
「ふ、この俺もかわちーも無力でしたよ。柴っち、曲がりなりにも帝君なんだから何とかして」
「いや、松原の事は朱雀の君にお任せしよう」
「たりめーだ。まめこをテメェなんざに任せるわきゃねぇだろ糞餓鬼、引っ込んでろ」

ん?柴っちですって?
あれ?もしかして、このイケメンさんって、羽柴?あの羽柴なの?あっ、じゃあ一年の帝君だよ!太閤の君!むかーし、うーちゃんを苛めてた羽柴だ!

うーちゃんの足を引っ掛けてるの一回見かけて、初等部一年の終わり頃に俺、羽柴の靴箱に手紙を書いたんだ。うーちゃんのフリして。
確か、仲良くしたいのになんでいじめるの、大嫌い一生話しかけないで、とか、そんな感じ。二年生になると羽柴だけ違うクラスになって、かわちゃんと仲良くなったから忘れてた。うーちゃんが苛められなくなったから。ってゆーか、うーちゃんに誰も逆らわなくなったから。

「うーちゃん、いつの間に羽柴と仲直りしたの?」

うーちゃんって、中等部時代に時々、羽柴の悪口言ってなかったっけ?あの頃は羽柴と、二年になって海外から昇校してきたどっかの国の王族の子が学期ごとに入れ代わり立ち代わり帝君争いをしてて、進学科以外は普通科ひとまとめで蚊帳の外の俺らは、いつも噂してたんだ。その時、王子様が勝つとうーちゃんは喜んでた気がする。去年は王子様が帝君だったんだけど。

「仲直りも何も、俺達は初めから「まっつん、物凄い誤解だよ。仲直りも何もちっとも仲良くないよ、どこ見てそう思ったの?」喧嘩なんてしていないよ、松原」

羽柴の声を晴れやかな笑顔で遮ったうーちゃんもあれだけど、それに挫けないで最後まで言い切った羽柴もあれだね。こっわ。
食べ終わったお皿を片付けに来てくれたウェイターのお兄さんにお礼を言って、朱雀先輩の温くなったカップを持って真後ろのドリンクバーに向かう。期間限定のハーブティーが気になりつつポカリと先輩のコーヒーを汲んで、もっかい席に戻った。

「ならいいけど…。羽柴、帝君なんだからもううーちゃんをいじめないでよ?大体、羽柴がいっちゃん最初にブーちゃんって言ったの俺忘れてないからね。今度またいじめたら、今度は呪いの手紙にうーちゃんの手作り爆弾つけるから。読み終わったら自動的に爆発するハイテクレターだよ」
「ままままっつん?手紙って何?!」
「手、紙…?…もしかして、松原、それは…」

慌てるうーちゃんと、顔色の悪い羽柴を横目に、ポカリを一口。
イライラしてるっぽい先輩のお膝に乗ったら、機嫌が直ったのが判った。ちょろい。

「で、先輩。えっと、皆の話、聞いてなかったわけじゃないんだけど。…えっと、おやじって、俺が先輩のお兄さんだと思ってたハクションさんのことだよね?」
「あ?ハクションだ?」
「え?違った?大河ハクションじゃなかったっけ?」
「ブフ」

真顔で吹き出した先輩がかっこいい顔で震える。あの、唾飛んだんですけど…俺の顔に。

「………」
「先輩…笑いたかったら笑ってもいいんだよ…?自分が馬鹿だってことは、自分が一番判ってるから…」

恥ずかしいやら悲しいやら、膝から降りようとしたらお尻をガシって掴まれた。

「…いや、大丈夫だ。今度アイツをそう呼んでやれ、是非とも」
「もう言ったけど?あ、その時も違うって言われたかもっ?あれれ」
「…っ………ゴホンっ。…とにかく、俺だって出来れば思い出させたくねぇが、奴にされた事を全部言え。何であんの糞親父に抱かれたって思ったんだ」
「えっとね、」

白髪のお兄さん、じゃなくて、めちゃめちゃ若作りのお父さん(って言うより朱雀先輩が老けてるのかも…)にされたこと、は、寝てたから覚えてないんだけど。かわちゃんにも話した事のあらましを思い出しながら、時々忘れてるとこあったりして焦ったけど、何とか全部説明すると、ユートさんとシゲさんから凄く同情された。

「なんてこっちゃ、おやっさんもやっぱ変態ホモやってんな…。姐さん、堪忍やで…!あん時うちがバイト行かへんかったら姉さんの純潔は命に代えても守ったったのに!いや、おとんに奪われてなかったとしてもどっちにしろ息子から奪われてるやろうけど!うう、うち今金欠やの。大河家の奴隷なのっ。かくなる上はうちの18年守り通してきたケツでしか償えへん…!なんやったらケツ毛まみれのシゲの穴もお好きに、」
「ばっ、おまんは黙っとれ!見てみぃ、総長の顔を…!死にたいんかワレは!」
「まぁまぁ。ユートが阿呆なんは今に始まったこっちゃないでシゲ、いっぺん殺された方がユートの為や。…然し総長、何や姐さんの無知っちゅーか純粋なとこ水差して何ですけど…」
「ああ…」

なんだろ、何か村瀬さんと朱雀先輩が何とも言えない表情で俺を見てるんですけど。俺を見ては二人で目を合わせて、はぁ、とか、ふぅ、とか切ない溜息吐いてる。眉を寄せると、ご馳走様って手を合わせたかわちゃんがやっと俺を見た。

「…やっぱり何か、納得できない。お前は昔から馬鹿の癖に思い込みが激しいんだ。メェ、もう一度よく思い出しなよ」
「何が?だってかわちゃん、あのあとほんとに全身痛くて、もう下半身の痛みなんか物凄くて、実家に帰ってから一週間は筋肉痛で寝たきりだったんだから!チビ達は寝てる俺に乗ってくるし母ちゃんは人使い荒いし、もう死ぬかと…!」

この痛みが事後の痛みじゃなかったらなんだって言う!半端なかったんだからね!

「僕もそれを聞いた時はテンパってしまったんだけど、メェ。幾ら馬鹿でもそう言う時は目が覚めるんじゃない?あんなところにあんなものを、こう…その…入れるわけだから…そんなに痛いなら普通、グースカ眠ってられないって」
「でもかわちゃん、俺今まで一回も便秘したことないんだよ?知ってるでしょ、食べたらつるっと出るんだよ?」
「…出るのと入れるのじゃ話が違うだろ馬鹿メェ。ったく、こんな所で下の話をするんじゃない!」
「そうなの?かわちゃんはもう村瀬さんをインしたの?」
「なっ」

がーって真っ赤になったかわちゃんが口をパクパクさせて、痙き攣った村瀬さんはブンブン頭を振った。

「いかんて姐さん!ゆりりんの鋼鉄の門はこれからゆっくりじっくり時間を懸けてピッキングしてこうって昨夜ワシ命懸けで円満に話し合ったばっかりやさかいっ、下手につつかんといて!」
「んの、馬鹿野郎ーっっっ!!!」
「鋼鉄の門…これぞほんまのコーモン。ぶふっ」

村瀬さんはかわちゃん、親父ギャグで吹き出したユートさんはシゲさんからそれぞれ叩かれてテーブルに突っ伏した。

「え…?二人っていつからそんな仲に…?夏休みまでそんな雰囲気なかった筈なのに…俺が知らないところで隠れていちゃいちゃしてたりしたの?それとも再会して燃え上がってしまった禁断の恋なの?夏は人を大胆にさせる季節なの?海にも行ってないのに?羽柴とうーちゃんも何か変だし…朱雀先輩、知ってた?」
「知らんし知りたくもねぇ。んな事より俺は今すぐにでもオメーの桃パンツ剥ぎ取りたい」
「何でパンツの柄知って…それよりテストが終わるまで待てないの?何なの、自分だけ高得点もぎ取って俺を留年させるつもりなの?」
「いっそンなとこ辞めちまえ。お前はもう俺のベッドに住め。俺の下着だけもぎ取れば良い」
「先輩は俺から殴られたいの?強めに」
「おう、殴れ殴れ。殴った数だけ強くなる」
「聞きたくないけどどこが?」
「ふ、愚問だぜまめっちゅ」

八時半になったって放送が掛かって、ぞろぞろと人が居なくなる。今日は朝のHRがないからゆっくりしてたけど、そろそろ俺達もテストを受ける為に、それぞれ講堂へ行かなきゃいけない。

「…はぁ。まっつんのお陰様で話が逸れまくってもうこんな時間かー。かわちー、とりあえず俺らは明日までテストがあるからお昼までだし…放課後また集まって話しようよ。柴っちは明後日までテストと授業だよね、進学科は大変だね」
「宇野、お前の為なら授業なんて俺はどうでも…」
「本気でうっざい。海外の王子様に掘られろクソヤロー」
「海陸っ、帝君になんて言葉遣いをするんだお前は!す、すまない羽柴、後で叱っておくから何とか…」
「良いんだ川田、宇野はそのままで。この気の強さが良いんだ。抜いても抜いても生えてきそうな雑草みたいで…」
「ゆーりりーん…果凛はドマゾな上にネチネチした性格やし、ゆりりんなんかあっという間に惚れられてまうでほっとけ。ゆりりんはワシだけ構ってよー、浮気者ー」
「シゲ!うちはやったるでぇ!この半月勉強した全てを出し切ったるで!ほんでアップルと同じクラスにしてもらうねん、うちも作業着着たいぃい!」

前の学校のジャージを着てるユートさんが拳を握り締めて、シゲさんはハイハイって肩を落とした。ユートさんの勉強に付き合わされてあんまり寝てないって言ってたけど、流石、朱雀先輩の跡を継いだ総長のシゲさんは面倒見が良い。でもこっちに引っ越す時に、チームは解散したらしい。リスキーダイスの皆さんは納得してなかったみたいだけど。村瀬さんがちょっと暴れたら丸く収まったんだって。こっわ。真っ赤なかわちゃんがぎゅぎゅって首絞めてる相手、今は笑ってるけど。ほんとはシゲさんよりも強いんだって、こっわ。

まぁ朱雀先輩が一番危険なんだけど。うん、知ってた。


「先輩、ご馳走様でしたっ。遠野先輩に仕返しするんだったらとめないけど、無茶しないでね?円満に、うーちゃんの手作り爆弾送っとくくらいにしてね?」
「その前に…とりあえず後で本人に問いただしておくが、まめこ」
「なぁに?」
「オメーはまず間違いなく処女だ。まるっきり新品だ。…残念だったな、これで言い訳のネタはなくなった訳だ」

疲れた様な、でも満面の笑みの先輩が頭を撫でてきた。
ほっぺの絆創膏をなんとなく見つめて、それってほんとかなぁって考えてから、食堂に来る前にコンタクトをつけた先輩の、青い目を見上げる。



「お前は全部、俺だけのもんになっとけ」

赤い鳥さんの名前なのに、幸せの鳥と同じ青い目。
今でもまだ半信半疑だけど、先輩がそう言うなら、何にも不安がる必要なんてなくなっちゃった。



だって恋人が近づいて来るから目を閉じただけだって言うのに、俺達以外誰もいないんだから、かわちゃん。そんなに怒鳴らないで欲しいんだけど。


*←まめこ | 可視恋線。ずちぇ→#



可視恋線。かしれんせん
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -