可視恋線。

積み重なれスーパーセル手加減無用のマイクロバースト

<俺と先輩の仁義なき戦争>




朝。
ちちち、って可愛い小鳥の声に目を覚まして、背中がなんとなく痛いなぁ、って思いながら布団をめくると、見慣れない天井がまず目に飛び込んでくる。

窓を仕切る白いカーテン一枚隔てた外は眩しそうで、そっとベッドから降りてカーテンへ手を伸ばした。



「わ…っ、眩しっ」


シャっと開いた窓から強烈な光が飛び込んできて、あまりの眩しさに目を閉じて窓に背中を向ける。
クラクラしながらよろめいて、ベッドに手を置いてからゆっくり目を開くと、ベッドの向こう側もカーテンで仕切られてるのが見えた。まるで病院みたいだ、と考えてから、やっとここが最近通い慣れてた保健室じゃないかって、気づいたんだ。

「え、っと。…俺、どうしたんだっけ…?」

呟いてると、目の前のカーテンの向こう側がもそりと動いた気がして何も考えずに手を伸ばす。誰か寝てるのかも、なんて全く考えないKYさ、俺ってとことん馬鹿だと思うよ。





「…朱雀先輩」


気前よくシャラーって力一杯開いた先、もう一つのベッドには難しい顔をして目を閉じてる黒髪の、大好きな人が居た。イビキも寝息もない静かな状態で、眉間の皺がなかったら言う事なしってくらい、かっこいい寝顔。でもガーゼと大きな絆創膏がほっぺとかおデコに貼ってなかったら、だけど。

「………痛そ…」

静かに、そっと朱雀先輩のベッドに近付いて、起こさないように覗き込んでみる。急速に蘇ってきた頭の中の記憶。そうだ、朱雀先輩は俺を庇って、きっと、こんなに酷い怪我をしたんだ。

「ご…め、んね、せんぱぁい…」

どうしてあんな事、したんだろう。死にたいくらい悲しかったのも本当で、でもだからって死ぬつもりなんかちっともなかった筈なのに俺は、何で折角追いかけてきてくれた先輩の目の前で、まるで当てつけるみたいに。あんなとこから、飛び降りようなんて思ったんだろ。誰か教えて。
確かに、屋上の柵からすぐ真下に見えたガラス張りのアーケードに覆われた空中庭園は、ワンフロア分の高さしかない。でも俺、背中から無防備に落ちたんだ。まっすぐ朱雀先輩を見つめたまんま、後ろ向きに。



ガシャーン、って甲高い音がして、背中に衝撃が走って、でも俺の視界一杯は全部、朱雀先輩だった。全然悩まない感じで颯爽と飛び降りた先輩から浮いている間に抱きしめられて、多分、それが最後の記憶。



「…あ、俺あの時お薬飲んだんだ。だからあんな馬鹿なことしちゃったのかな…」

寝てる先輩、初めて見た。
膝枕した時はつむじばっかり見てたし、無理矢理つれていかれた先輩の部屋では俺が気を失ってばっかで、寝顔なんて初めてじゃん。俺のせいできっとこんな事になっちゃったんだって判ってるけど、今になって、ほんと俺、先輩のこと知ってるつもりでなんにも知らなかったんだな、って。思った。

だって婚約者がいる事すら知らなかったし。
そっくりなお兄さんがいる事も知らなかったし。
こーんなに、寝顔もかっこいいなんて知らなかったし。

外でエッチするようなセクハラ大魔神で、恐い不良で、初対面で殴られるし吊るし上げられるし犯されそうになるしパンツ盗まれるし何だよもう、人生で一番最悪な出会いから始まってんじゃんって今でも思うのに、


「ふ…」

それでもこんなに好きになっちゃうなんて、ほんとに、俺はなんにも、知らなかった。ちっとも。かわちゃんがガミガミ言う筈だよ。とことん馬鹿なんだから。朱雀先輩の方がよっぽど賢い。もう、日本で一番馬鹿なのは俺で決まりだ。俺しかいない。ほんとに、つくづく、馬鹿すぎる。

「ふぅ、ひ、ひっく」

先輩の大馬鹿たれ。俺なんかほっぽいておけば良かったんだ。勝手に落っことして、ガツンと頭でも打っておけばちょっとは賢くなったかも知れないんだ。

何で賢い先輩がこんな大怪我しなきゃなんないの?
何でこんな馬鹿に足踏まれてエッチ中断させられて、挙句の果てにこんな何の取り柄もない馬鹿、構ってくれるようにならなきゃなんないの?

変態でもこんなにかっこいいんだから、あっちでもこっちでもモテモテで、おっぱい大きくてびっくりするほど美人な元カノさんが沢山居て、学園にも抱かれたいって言っちゃう男の子までいっぱい居て、なのに何で、俺みたいなチビ短足に脅されて好きだって言わされて、こんな、痛い思いしなきゃなんないのさ。俺が先輩だったら殴るだけじゃ許さないぞ。ボッコボコにして八つ裂きにして、ちっちゃくちっちゃく切り刻んでもまだ、きっと、足りないよ。


「すざく、せんぱぁい」

やだ。
何で俺だけいつも、助けられてばっかり。ちっともふさわしくないじゃん。守ってもらってばっか。自分じゃなんにも出来ない癖に、人並みに恋愛なんかして、何様なんだ。むかつく。ほんと、殺したいくらいむかつく。
せめてクラスメートが言ったみたいに、俺にエロテクがあって朱雀先輩がうっかり引っ掛かっちゃったって話なら、良い。でも実際は全くのデタラメ、俺には何もない。会長みたいな万能さも、時の君みたいな強さも賢さも、何にも、一個も、ないじゃないか。

「マ、ナオ?」
「っ」
「…また、泣いてんのか?」

薄く目を開いた先輩が眩しげに片手で目元を覆ったまんま、もう片方の手を持ち上げて俺に近づけてきた。ビクッと反射的に避けそうになって、でもその前に先輩の手が俺のほっぺに触れてしまって。これで逃げたら、なんて思うかな。

「どうした…どっか痛ぇのか」
「っ。平、気…。全然、痛いとこ、ないよ」

先輩の手をぎゅっと握り締めて、ほっぺをすりすり当てた。ふ、っと口元を緩めた朱雀先輩が良かったって呟いて、背中の痛みなんかあっという間に忘れてしまった俺は単純だ。我ながら単純馬鹿すぎて泣けてくる。

「なら泣きやめ。お前が泣くと、どうして良いか判らん…」
「っ、う、うん、も、泣いてないよ!えへへ」

でも、先輩が安心するならお腹が裂けてたって平気な気がするから不思議だ。

「あー…目、ゴワゴワしやがる」
「大丈夫?眩しい?俺、カーテン閉めてくるね」
「違う。カラコン、入ったまんまだ」
「え?え、ええ?ねぇ、それってダメなんじゃないの?痛いの?ど、どうしたら、」
「…あー、こりゃ、まずいな」
「ええ?!」
「裏に入り込んでるかも知んねぇ…目ん玉の」
「ちょ、待ってて!今すぐ先生呼んでくるからっ」

まだ片手で目元を押さえてる朱雀先輩に慌てた俺は、握ってた先輩の手をぱっと離して冬月先生を呼んでこようと立ち上がった。でもすぐにガシっと手を掴まれて、転びそうになる。

「…いや、こらもう駄目だ。俺には判る、手遅れだ」
「そんな…!何、弱気なことゆってんの?!大丈夫だよっ、手遅れじゃないよっ」
「………本当に?」
「大丈夫だよ!俺っ、ダッシュで呼んでくるし!間に合うよっ」
「…や、やっぱ無理だ。今すぐ何とかしねぇと、目玉が飛び出るかも知らん」
「ひぃ」

そそそそんな、だから目の中にガラスを入れるなんて恐ろしい事なんだよ!お洒落なのかも知れないけど、もしつけてる時に目の中で割れたらどうするの?!こんな事になった場合どうするの?!

「や、やだやだ、せんぱぁい、死んじゃうの?!やだぁ」
「…何とかする方法は一つしかねぇ。マーナオ、ちょっとこっちこい」
「う、うぇ、うん、俺に出来ることあるっ?」
「お前にしか出来ない事だ。まずは俺の上に乗れ」
「え?!」
「近寄んねぇと見えねーだろ」
「あ、はい、じゃ…あ、ごめんね、足踏んだっ」
「良し。今から手を離すから、俺の言う通り俺の目をまっすぐ見ながら教えてくれるか」
「わ、判ったっ。レンズの位置を言えばいいんだねっ。任せて!」
「頼む」

ベッドの上によいしょっと乗り上がって先輩の太股の上に跨り、体重が掛り過ぎない様に軽く腰を浮かす。前屈み気味に目元から離れた手を見送って、ゆっくり開いていく瞼を凝視してると、緑の瞳が現れた。



「えっと、レンズ、レンズ…」



ん?
あれ?

確か朱雀先輩のカラコンって、青じゃなかったっけ?



「あれ?」

おかしいな。俺、先輩の上に座ってた筈だよね?
なのに何でか、先輩の向こう側に天井が見える。これじゃ、押し倒されてるみたいじゃんか。

「す、ざくせんぱ、」
「目を逸らすな。まっすぐ見ろっつっただろ」
「!」
「逃げるな、答えろ。お前は俺以外の誰を好きになるつもりだ、あ?」

何を言われてるか一瞬わかんなくて、ギリリと両手を掴まれて枕とは反対側に、朱雀先輩に乗り上がった状態から素早く押し倒された俺は息するのも忘れて、目を逸らせないまま。

「俺に抱かれてぇつったその口で、他の誰のもんになるつもりだ、馬鹿が」

ただ、見上げてる。重力に従って垂れる先輩の黒い前髪を、その隙間から獲物を見る目で見据えてくる翡翠の双眸を。
騙された事に憤慨もせず、本気で心配したのにコンタクトなんか最初から入ってなかったんじゃん、なんて。思ってはいるけど。

「答えろ、マーナオ」
「…だ、って、俺、他の人、と…」
「言い訳なんざ聞きたかねぇ。終わった事なんざ今はどうでも良い。だがなぁ、これから先の話となりゃ別だ。…答えろ。誰がお前の相手だ。俺が好きなら誰に唆された?侑斗か?茂雄か?凜悟か?川田か?宇野か?遠野か?」

恐い。
以前の俺だったらもう号泣してチビってるレベルの睨み。今でもこれが朱雀先輩じゃなかったら、きっと気絶してると思う。

「そそのかされてなんかっ」
「は、…たった一回男を知ったくれぇでとんだ淫乱気取りじゃねぇか。この俺が誰だか判っててやってんなら、相手は考えろよ?相手が例え遠野だろうが、俺はお前の目の前でそいつを殺す」
「っ。俺は…っ、朱雀先輩しか、好きにならないって、ゆった…っ」

でも、淫乱なんて言われたら泣いちゃう。俺は泣くのを一生懸命我慢して必死で睨みつけてるつもりなのに、何なの、何笑ってんのこの人、幾ら好きでもほんと、一発くらい殴りたい。
いや、やっぱ十発くらい蹴りたい。

「じゃ、お前の目の前で死んでやろうか?」
「なっ」
「ほら答えろ。お前が言うんなら、今すぐ死んでやるぜ?」
「ふざけないでよ!じょ、冗談でも死ぬなんて言うなっ、アホ!」

掴まれてる手も、踏まれてる足も役に立たないから、頭突きしかないと頭を持ち上げるけど、ひょいっと避けた先輩には届かなかった。もうっ、ほんとに悔しいっ。絆創膏だらけのくせにシャツの隙間からチラチラ見えてるけど、胸の辺りに包帯も巻かれてるみたいなのに!何で当たんないの?!

「何だ、嫌なのかよ」
「そんなのっ、いやに決まってるでしょ!誰が好きな人が死ぬとこなんて見たがるんだよ!」
「へぇ?」
「ん、もうっ、馬鹿なんじゃない?!やっ、やっぱ先輩って馬鹿!超馬鹿!知ってたけど!やっぱ馬鹿!何だよっ、だったら俺も後追い自殺してやるかんな!地獄の果てまでついてくんだかんな!気難しい思春期の高校生をなめんなっ、ストーカーになってやるぅううう!!!」

くしゃ、って。
新札を握り締めたみたいに顔を崩した先輩は笑ってるのに泣きそうで、バタバタ暴れてる俺を暫く眺めてたかって思うと、ぽふって俺の鳩尾の辺りに顔をうずめた。ふるふる、微かに震えてる肩に気づいてまだ笑ってるのかって眉を寄せたけど、もう暴れる気にならなくて全身から力を抜いてみる。



「…馬鹿はテメェだ、まめこ」

ぽつり。ちっちゃな声が肋骨と鼓膜を振動させて。
それっきり喋らなくなった先輩がどんな顔をしてるのかはわかんない。

俺から見えるのは俺の胸元に散らばった髪の毛と、いつもは見えないつむじだけ。
ふんぞり返ってる時の先輩じゃ脚立でも使わないと絶対見えない、俺のお気に入りのつむじ。


「そ、っか。…俺、そっか」

やっと馬鹿な俺にも判った。
今、俺が先輩に怒鳴り散らかした台詞は、多分、先輩が俺に言いたかった事なのかも知れない。俺には死ぬつもりなんてなかったけど、先輩はきっと、そう思ったんだ。目の前で俺が落っこちてくのを見せつけられて、きっと。庇うとかどうとかじゃなくて、後追い自殺でもなくて、ただ、自然に。ストーカーみたいに、体が動いてしまっただけなのかも知れないって。

「…あ、のね。朱雀先輩。俺ね、死んだりとか頭打って生まれ変わりたかったとか、そんなんじゃなくて…ね」

小刻みに、少しだけ。震えてるつむじに手を伸ばす。
そこでやっと、先輩の両手から力が抜けてた事に気づいた。

「上から見たお庭が綺麗だったから、あそこでお昼寝したらきっと、気持ちいいんじゃないかって。思っただけなんだよ」

ぴくって震えた先輩は呆れたのか、それとも怒ってるのか。判らないけど、自分でも馬鹿だって思ってるからわざわざ言われなくても大丈夫、判ってるから、誰よりも俺自身が。
よしよしと、お詫びのつもりで先輩の頭を撫でると、物凄い速さと力でぎゅーっと抱きしめられた。

「その所為で先輩に怪我させちゃったんだよね?痛いよね。ほんとに、ごめんね」
「…許さねぇ」
「…」
「悪いと思ってんならあれ言え」
「あれ…?」
「昨日の」

ちらっと目だけ俺から離した先輩が、俺のお腹に高い鼻を埋めたまんま、ギラギラ見つめてくる。昨日のあれ、と言うフレーズに心当たりがない俺は、キョロキョロと忙しなく視線を彷徨わせ、必死で出来損ないの脳みそをフル回転させた。
ああ、爆発しそう。脳味噌パーンってなる。ちっとも思い当たんない。昨日。走り回って疲れ果ててお薬飲んでめそめそ泣いて、先輩が来てくれて、落っこちて。他は何だっけ。

「えっと、えーっと…」
「まめ、俺はお前ほどの馬鹿を他に知らねぇ」

物凄い表情で起き上がった先輩がポイっと俺を放って、苛々と靴を履いている。すぐにしゅばっと立ち上がって、引き裂かんばかりにカーテンをなぎ払い、ずかずか戸口にまっすぐ向かっていくのを、俺は黙ったまんま見送った。何が起きたのか判んない。



「…んのカスが!」

どうも混乱してて、彼を呼び止めなかった俺が悪かったみたい。
ドアを前にぐるって振り返った朱雀先輩が目を吊り上げて怒鳴って、ビクッと震え上がった俺、松原瑪瑙15歳。好きな人の求めてる何かがイマイチ判らない、とんだカス野郎です。実際たった今カス認定を受けました。おめでとうございます。

嬉しくないけど。


「俺を弄びやがって…!」
「へ?え?もて、ええ?!」
「…テメェは初めから人の初恋を笑ってやがったんだな、侑斗以上のド馬鹿カス野郎が!童貞の癖に小悪魔気取りやがって淫乱が!おまめ野郎!穴ガバガバの妖精さんになれ、クソが!余所の豆に突っ込んでやる!ガバガバなテメェより木綿豆腐のがよっぽど締りが良いだろうかんなぁ!」
「ひど!」
「………もう良い。一年だろうが十年だろうが待つっつたのは俺だ。そのすっからかんな脳で死ぬほど考えろ!」

ガシャン!
凄い音を発てて開いた横滑りのドアを潜っていった先輩の背中を呆然と見送って、何か凄い悪口だったとか考えつつ、最後の台詞に瞬いた。


「一年でも、十年でも…?」


この台詞、前にも聞いた事、なかったっけ。






『いつまででも待つから』


さっきみたいにやっぱり押し倒されたまま、あの時はおでこの前髪を掻き分けられながら。
いつも通り無愛想で凄みのある、でもやっぱり格好いい顔で、不良の癖に変態の癖にスケベな癖に。



『焦らせるつもりはねぇ』

『一年でも十年でも待つから、よ』

『いつまででも、待つから』




なのに不安げな顔で、大河朱雀と言う一つ年上の彼は、言わなかっただろうか。









『いつか、』




慌てて立ち上がって、ふらつきながら、途中で椅子を蹴り飛ばしちゃって転びそうになっても気にせずに走り出した。
さっき朱雀先輩に蹴られて、激しく音を発てた開けっ放しのドアのレールを意味もなく飛び越えようとして滑り転け、廊下へスライディングしながら飛び出る。


なんでこうもイマイチ決まらないんだろ、俺って奴は…。
決して高くない鼻を盛大にすったけど、今は悶えてる場合じゃない。反省と絆創膏は後回しだ。





「ずちぇええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」



がばっと起き上がった拍子に叫べば、廊下の突き当たり、階段を登ってきたばかりらしいかわちゃんとうーちゃん、それに何故かシゲさんとユートさんと村瀬さんまで、ぎょぎょっと目を見開いてるのが見えた。何で、ナニコレ幻覚?なんて、駆け寄ってる場合じゃない。



「…体に似合わず、でけぇ声だな」

ピタッと動きを止めた四人、けどそれよりずっと近く。
まだ中腰の俺の視界の端、保健室のドアの隣に長い足があって。へろへろ顔を上げれば、片方の耳を小指で塞いでる朱雀先輩が笑うのを耐えてるような表情で、ひょいっと片眉を跳ねた。
何だそのかっこいい仕草は。俺の胸をキュン死させるつもりか。恐い奴だよ。

「で?俺はあと何年待てば良い?」
「………別に、待たなくてもいいけど…」
「おい、往生際が悪ぃぞ。あんだけデケェ声で呼んどいて、今更ただの発声練習とかほざくなよ。此処で犯すぞ」
「…何か先輩、悪口のレパートリー増えてない?」
「お前が俺をシカトするからだ。とうとう昨日、俺は中3漢字ドリルをクリアした。これ以上俺を放置してみろ、実学年以上の日本語力を手に入れるぞ」
「それはダメ。先輩は今以上に賢くなるの禁止!もうずっとFクラスにいて!」

びしっと指を突きつけたら、はぁ?って首を傾げた先輩の股間を恥ずかしながらぎゅって掴んでみた。カッと目を見開いて動かなくなった先輩を爪先立ちで覗き込んで、あら大変、チューしようにも届きません。


「もし俺以外の誰かの前でパンツ脱いだら、細かぁく、切り刻むからね?」

恋は人に嫉妬を覚えさせるのだ。えへへ。先輩のコレが使えなくなっても、俺も男なんだから問題ないもの。朱雀先輩でめでたく童貞卒業、めでたしめでたし。

「…恐い奴だぜ、マーナオ」
「え?今頃気づいたの?だって俺、こう見えても帝王院学園育ちなんだよ?」
「此処だけの話、実は俺もそうなんだ」

手を離せば、今度は先輩から引き寄せられた。

「『身に合った人』を好きになんだろ?お前には俺以上に合った男なんざ居ねぇ。居ても俺がこの世から消す」

キスしそうなくらい近くに、少し赤が混じった、不思議な色合いのヘーゼル。唇と唇がくっついちゃったりしたら、きっと、綺麗な赤に変わるんだろう。


「あのね、先輩」
「ついでに言っておく。誰から吹き込まれたか知らねぇけど、お前が他の男とヤって喜ぶような奴だったら、そもそも惚れてねぇ」
「………ごめんなさい」
「二度とアホな事ほざくんじゃねぇぞ」

額。
目尻。
鼻先。
耳、ほっぺ、眉間。

「俺を先輩の部屋に飾って、ずーっと眺めてもらってもいいよ。あの時は恥ずかしくて言えなかったけど」

立て続けにキスされて擽ったさに笑う。もしかしたら、あの時と同じ順番かも知れない。あの時も沢山キスされた覚えがあった。

「でも、言葉で言うのはもうちょっと、待ってて欲しいの」
「…何で?」
「後ろ。みんながびっくりしてるから、ね?…ふたりっきりになったら、ちゃんと言うから」

不機嫌な先輩が振り返って舌打ち一つ。
がりがり頭を掻きながらの深い深い溜息は、超長かった。何かすいません。ほぼ俺の所為ですね。


「今度こそ逃げんなよ。逃げたら今度こそ捕まえたその場で犯す。良いか」
「うん、いいよ」
「…判った、アイツら追い払うまでの間、待っといてやる」
「え?十年待つって言ってたのに…」
「あ?何か言ったか、まめこ」

気が短いのか長いのか良く判んない先輩は、わざとらしいイケメンスマイルで俺の頭を撫でる。
何かオロオロしてる皆の方へ手を繋いで、歩くのが異常に遅い先輩を必死で引きずった。


あーあ。
ケチだのチビだの、わざとらしくぶつぶつ呟いてる。
お前よりTwitterの方が優しいだの、愛が感じられないだの、早速尻に敷いてる鬼嫁気取りかだの、低い声で恨みがましくぶつぶつ。

どうも先輩は、暫く見ない内に変な方向へスネちゃってたらしい。
一生俺の味噌汁つくれだの、うぉーあいにーだの、心の支えは吉幾三だけだの、皆が近づいてきても往生際悪くダラダラ歩いて、ひぃひぃ息を荒げながら引っ張ってきた俺への配慮が少しも感じられないね。


作業着姿の村瀬さんが『仕方ないなぁ』、って感じで、変な顔してるかわちゃんの肩をポンって叩いて、かわちゃんの平手打ちを喰らった。わぁ、デンジャラス。多分かわちゃんは、条件反射的に叩いちゃったみたい。『ええツッコミや!』なんて笑ってる村瀬さんは、うーちゃんの拍手を送られてる。

重そうな教科書を抱えてるユートさんなんか俺と朱雀先輩を何度も何度も交互に見てはシゲさんの脇腹を連打する勢いで叩いてたけど、『ええ加減にせぇ』ってガツンと痛そうな拳骨を食らって、とうとう『ホモサピエンスがおるー』って顔を覆って座り込んじゃった。
シゲさんが『日本には一億人おる。渡る世界は70億人ホモばかり』って真顔で言えば、そんな殺生なぁって男泣きだ。


なるほど、大阪の不良さんはツッコミを受ける時もつっこむ時も全力なんだね。超かっこいい。全力で俺の悪口を考えては呟いてる後ろの誰かさんとは、大違いだよ。


「オメガウェポンも泣いてる…。中途半端に握るなんて仕打ち、同じ男として思うところはないのか性悪まめりーな。可愛いのはおまめだけだ…オメガウェポンの悲しみを判ってやれるのは、お前だけだぜ…。もう一歩も動けねぇ。そうだ、そう言えば俺は怪我人だった。思い出したら全身が痛い。誰かが優しくオメガウェポンを撫でてくれれば復活するかも…」
「こんなとこでパンツ脱いだらミンチにするからねっ。んもう、早くっ」
「こんな所で早く、かよ。………恐ぇ…今のでイき掛けた…危ねぇ…危険な男だぜ、マーナオ。お前と抗争して勝てる気がしねぇ、戦場でフル勃起させるつもりか畜生、童貞の癖に人を弄びやがって…!」

そろそろ俺も突っ込むべきなのかも知れない。だって皆まであとちょっとの所でほんとに往生際悪く、ビタっと足を止めてしまった朱雀先輩は、俺が背負い投げる勢いで引っ張ってもビクともしなかったんだもの。



『いつか、お前も俺を愛してくれ』


そんなのとっくの昔に、もう。
だから機嫌を直してその長い足をさくさく動かしてくれたら、早く二人っきりになれるのに。
そんな簡単なこと、馬鹿な俺にだって判るよ。

髪の毛が黒くなったって、やっぱり馬鹿なんだから。


*←まめこ | 可視恋線。ずちぇ→#



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