可視恋線。

草木も眠る熱帯収束帯

<俺と先輩の仁義なき戦争>




ふ、っと。
目の前が、少し暗くなった様な気がした。

こそこそと、誰かの話し声。
かさかさと、布が擦れるような音が聞こえる。


「…あ、ほんとだ。かわちー、まっつん寝てるだけみたいだよ」
「ちょっと待って、そんなに早く登れない…!海陸、手を貸し、」
「ゆりりん、ほれ。こっち捕まりぃな」
「あ、ありがと。…よいしょ、っと。どれどれ?何だ、怪我はないみたい、だね」


あ、うーちゃんと、かわちゃんの声だ。あと村瀬さんの声も聞こえる。
なぁんだ、夢かぁ。俺、夏休みの夢を見てるのかな。何か頭がボーッとして、うまく考えてる事がまとまらないみたい。

「宇野、そっちのベッドに朱雀の君が居る。彼は酷い怪我だ」

誰だろ、これ。
覚えのない人の声がして、変な夢だなぁと思うのと同時に、朱雀先輩の『ひどいけが』って何だろって思った。毛が酷いって何さ、確かに先輩の髪の毛は痛んでるけど、結構固めでしっかりコシのある毛なんだよ。撫でてみればわかるよ!

「ええー?あちゃー、じゃあ朱雀の君がまっつんを助けてくれたのかなー…ひーっ、痛そー」
「…寝てる顔も凶暴だね、この人。まぁ良い、メェの無事を確認できただけでももうけものだよ…良かった…」
「っ、誰か来るで!早う外に出ぇ!」


あ、れ?
毛が、じゃなくて、怪我…?





ひどい、怪我?





誰が?
何で?



朱雀先輩が?



























「…あーっ、もう!かわちー…、どうすんの〜?」
「…うるさいよ海陸」
「いけるか?ゆりりん、顔真っ青やで?」
「大丈夫だよ宇野、俺がついてる」

四者四様、すっかり夜も更けた校舎を一歩外に出るなり、それぞれ張り詰めていた息を吐く。
中でも川田は最早立つ気力も尽きたらしく、作業着から支えられていた。

「もー、流石の俺だって訳判んないよ。何なの?まっつんはこんな馬鹿な話であんなに追い詰められてたわけ?何なの?死ぬの?もう全員吹っ飛ばされたいの?」
「カイリはん、ドードー。然し、ゆりりんもあの遠野にゃ怒ってたわけやし、ええんやない?これで鬼に金棒やないかい」
「フン、でも呆れて言葉もないな。宇野から事情を聞いた時から何となく勘付いてはいたけど、やはり全て天の君の計画だったんじゃないか」
「柴っち。アンタにだけは言われたくないと思うよ、猊下も」
「…同じ帝君として気持ちは判らなくもないが、松原が自殺未遂まで起こしてしまったのはやはり只事じゃないだろ?宇野、お前は自殺なんかする性分じゃないだろうが」
「柴っち?」
「…ごめんなさい」

人を練りに練った計画的に強姦しておいて何をほざく、と爆竹を片手に冷たい眼差しで微笑んだ宇野に、哀れ一年帝君は蒼褪めた。それ以上に死にかけている川田と言えば、ふらふらと近場のベンチへ運んで貰い、力なく座り込む。

「何なら寮まで背負ったろか?ゆりりん、何か飲む?」
「少し休めば大丈夫。…メェが自分で飛び降りたって、でも無傷で明日には目が覚めるって仰ってたから、何か気が抜けちゃって…」

面会謝絶の保健室へ外から忍び込んだまでは良かったが、すぐに見つかってしまった四人は呆れ顔の保健医に手招かれ、ベッドルームから隣室の処置室に趣いた。そこには想像だにしなかった人達が待っており、暫く話し込んでから今、帰途についた所だ。
生真面目な川田は緊張と忍び込んだ罪悪感やら何やらで話の最中から顔色が悪く、殆ど話に参加していない。

「しっかし、こないな時間にまっさか学園長と理事長が揃ってはるとはなぁ…保健室に」
「あ、でもお陰で何とかなりそうだし、かわちーがまっつんから聞いてた『朱雀先輩のお兄さん』の正体も、何があったのかも全部判ったわけだし、結果オーライじゃん、りんりん」
「んー、せやなー。後は俺らで『伝説の勇者』を説得して、こじれにこじれた総長と姐さんの仲を取り持つしかない」
「明日から一斉考査だ。勇者は来週からにするとして、二人の仲を修復する方法を考える方が良いんじゃないか?俺はクラスが違うから、それに関しては何も出来ないよ、宇野」
「判ってるよ。柴っちは勉強なんかしなくてもテストなんか余裕だろ?レジストの総長ってくらいなんだからそこそこ喧嘩も出来るんだし、勇者の説得は柴っち一人でやってよ」
「えっ。で、でも宇野…」
「カイリ、果凛一人じゃ無理やて。何せカルマ総長の遠野より強いんやろ?ま、強くないと意味ないもんな。その勇者様」
「…ちょ、ちょっと勝手に話を進めないでよ、三人共…」

着々と話を進めていく三人を見上げ、頭が痛くなってきた川田はその通り眉間を押さえ、ふーっと深く息を吐いた。もう何度溜息を漏らしたか判らない。

「だってかわちー、学園長の許しが出てるんだよ?天の君のお父さんが直々に、お仕置きしていいって仰ったんだよ?どうしたのさ、かわちーらしくないじゃん」
「混乱してるんだよ!僕はお前と違ってお気楽単純に物事を進められない性分なんだ!」
「ゆーりりん、今更カルマにビビったのとちゃうやろ?何せ夏休みに、アイツら全員チンコ磨り潰す言うて、震え上がらせとったもんな?」

覗き込んでくる村瀬に、近すぎると殴る気力もない。
確かにあの時は、瑪瑙をあんなに泣かせた全ての人間に対し激怒した。あの怒りのままなら何でも出来たに違いない。連日泣き暮れる瑪瑙を見守り続けて、川田もまた、精神的に参っていたのだ。

「…そりゃあ、猊下のファンである事は変わりないけど、仕返ししてやりたい気持ちもある。猊下より強いって言うその『勇者』の話が本当だかどうかは判らないけど、出来るならメェと同じくらい傷つけばいいのにって…少しは、ね」
「なら何が不満やの?何が心配なん?」
「でも今は僕らの憤りよりも、メェと朱雀の君の気持ちがどうなってるのかが、重要だ。甘いかもしれないけど僕は、そう思うよ」

呟いた川田の台詞に皆が沈黙し、ちらりと校舎を振り返った宇野も深く頷く。

「…だよね、最終的にはまっつんが決める事だよね。いっぱい傷ついて、いっぱい泣いたんだもんね。屋上から…確かに高さはなかったって言っても、飛び降りちゃうくらい、悲しかったんだね…。あの、まっつんでも」
「姐さん、怪我のうて良かった。ま、総長が一緒やってんから当然やけど」
「朱雀の君は本当に心から松原を愛しているんだな」

川田と宇野、朱雀と付き合いの長い村瀬は当然だとばかりに眉を跳ねたが、成程、今までの事情を全て宇野から聞いていただけの羽柴には実感が湧かなかったのだろう。何せあの大河朱雀、中等部二年の前期までは進学科Sクラスでありながら、白百合に手を出し無期停学を受け、戻ってきたかと思えばFクラスに入りすぐに総番となった。
手当たり次第の女性、学園内では可愛い生徒ばかり手を出していた快楽主義の有名人。あんな男が、15年間ホモの餌食にならなかった極々普通の、放っておけば三十路で妖精になりそうな平凡を絵に書いた様な子供に恋をする、などと。誰が信じるのか。

「あんまりモテすぎて一目惚れを知らなかったって言ってたもんなー、あの人。大体、一目惚れに後から気づくとか逆に純情過ぎだと思わない?っつーか、まっつんの為に煙草やめて髪の毛も黒に染め直したんでしょ?」
「そーそー。あん人が金髪やないなんて初めてやで。亡くなったお母さんが金髪やったってな、うちのチームじゃ有名な話やね。いつ見てもキランキランやったのに、夏休みは根元だけ真っ黒でビビったわ」
「…とにかく、僕はメェが泣かないで済むなら、もう何でもいい。それ以外は二人の問題じゃないか。変に突っついてまたゴチャゴチャになってしまったら、それこそ天の君の二の舞だよ」

とりあえず、明日。
テスト初日を終えてから、全てを話そう。全ての誤解を解いて、もう泣かなくて良いと。真っ直ぐ好きな人の元へいけばいいんだと。


「だから海陸も村瀬も羽柴も、せめてメェが目を覚ますまで勝手に話をしないで欲しい」

ああ、でも。
今回の事件がなければ、あの馬鹿で弱虫なお子様が素行最悪の不良なんかに恋をして、それを自覚する事なんかなかったのではないかと思うから。泣き腫らした顔でそれでも力強く好きな人に勇気を出して会いにいくんだ、なんて。言う筈もなかったのではないかと思うから。

「それでももし、事態が収束しなければ…理事長から受けたアドバイスを実行したらいい。…ううん、その時は僕がやる」
「ヒュー、それでこそかわちー。判ったよ、まっつん司令が起きるまで、この話はなかった事にしよ」
「おっけー。ほなゆりりん、総長はワシに任せぇ。アンタら馬鹿な勘違いで仲違いしとったんやで、ってな。ま、怒り狂うやろうけど。総長のこっちゃ、確実に仕返しするやろうけど」
「宇野がそれで良いなら俺は別に…。でも選定考査での『アレ』は、どちらにしても実行するから、宇野」
「…はいはい。帝君の癖に、勿体ない」


呆れた表情の宇野が呟き、村瀬の肩に捕まって立ち上がった川田は何となく空を見た。





静かな夜空には綺麗な三日月。
明日も今日と同じ快晴だと思われる。昨日までの寝苦しい夜に比べて、今夜は少しばかり温度が低いらしい。

そう言えば、新しい台風が発生したと言うニュースを見た覚えがある。





「僕のテストの点が悪かったらお前の所為だからな、メェ」



今度こそ本当に、あの能天気なお馬鹿の元へ、笑顔が戻ると良いのに。



迫り来る台風を吹き飛ばすくらいの。


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