可視恋線。

女王様の鞭が嵐を呼びます

<俺と先輩の仁義なき戦争>




猛烈な勢いで近付いて来る地響きに、グラビア雑誌をめくっていた男は刈り上げた襟足を掻く。
ただでさえ出席率最悪であるこのクラス周辺の放課後は、防弾防音ガラスのお陰で静かだ。自分の吐息が響くくらいには。

「うラァッ、しげぇえぅあァ!!!」

何度目かの光景に、Eカップアイドルを見つめたまま組んでいた足を組み替える。最早人間の発した言葉とは思えない絶叫だったが、それよりも派手にスライドしたドアの方が気になった。

「…教室のドアて立ったまま滑ってくもんおますか?あ、今どっかにぶつかったな」
「一生の頼みがあんねや」
「ほーか、何でかその台詞、ここんとこ毎日聞いとる気ぃすんねや」
「金貸してくれ!絶対返すさかい、頼むっ!」

形振り構わず縋り付いてくる瀬田は半裸で、尻が半分見えていた。最大の武器である美少年顔も青あざだらけで、昨日からまた傷が増えた様だ。

「阿呆ほざきな、今月からワシの小遣いナンボや思てん。0やで0、このガッコで現金なんや使い道あれへんよって」
「んな殺生な!うちが総長に頼りたのうて入学金と引っ越し代で貯金スッカラカンになってもうた事は、お前かて判ってるやんけ!」
「せやなぁ、ワシのオトンも律儀な性格やさかい、編入諸々の雑費と月々の授業料返済で、煙草も酒も止めてもうたわー。酒屋の店主が禁酒て、けったいなご時世や」
「アップルの阿呆はバイトで貯めた金、ゆりりんにやる指輪買うてスッカラカンやねんて…!うちら友達やんかぁ、恋人優先するかいな普通!」

今日は食堂で可愛らしい生徒らに囲まれ鼻の下を伸ばし、『郷に入りては郷に従えや』とスケベ顔全開で去っていった瀬田だ。
どんなに可愛くても男と恋愛は無理な松田は知りたくもないが、彼の体中にキスマークがあるところを見ると、

「その友達ほっぽりだした御方の今日の晩飯は…赤飯でおますか?」
「掘られてへんわ!ギリギリんとこ颯爽と躱したったっちゅーの!」
「お前がギリギリてどないな相手やってん。まっさか、あの細っこいオカマ連中や言わへんよな」
「東京恐いぃいいいいい!!!」

どうやらビンゴらしい。
編入早々は柄の悪い男共に尻を狙われ、持ち前の喧嘩の腕で貞操を死守。今では兄貴と慕われているが、今度は厳つい体格の男共から尻ではなく股間を狙われる日々。
カルマには全く歯が立たなかったものの、Fクラスでは認められた瀬田に親衛隊なるものが出来たと聞いたのは今朝で、昼には親衛隊員を名乗る女じみた男達が現れたのだ。

「新幹線はハナから諦めとる!街までのタクシー代だけでええんやっ、シゲちゃぁん!愛してますぅ、シゲ様ぁあん」
「ええアイデアがある、ヒッチハイクせぇ」
「それは街に着いてから計画しとる…っ、うちかてそこまで阿呆ちゃうわ!こない山奥で拾えるもんや、石以外あらしますかい!」

目からウロコ、と、アジフライ定食を食べていた快楽主義者は呟いて、月見うどんを啜っていた仲間を放置し去っていった時、友人二人をホモとして見送った酒屋の息子は、最後の砦としてノーマルを貫く覚悟を固めた。
自業自得、出家しやがれと言ってやりたい。

「よう言うた、ド阿呆が石様を馬鹿にするんやない阿呆」
「せやなぁ…おおきに、うち石神様に見放される所やったよぉ。南無阿弥陀仏、南妙法蓮華経」

我を見失っている男はあらぬ方向へ拝む。
哀れになった松田は漸く見飽きたグラビアから目を離し、深い溜息を零した。

「今から帰ったかて、アパート引き払って荷物も捨てたやん。若葉マークの癖に東京までワシとアップル乗せて軽トラ転がして来たんは、はてさて誰やってんか」
「阿呆か、日本には住み込みのアルバイトっちゅーシステムがあんねや」
「住所不定無職18歳、一浪の末に在学中の高校から逃亡…果ては見えとるなぁ」

ヤクザか変死体か。

「ユート、極道はあかんえ?あんさんの保護者が誰や判っとる?大河朱雀やで?後見人自らの手ぇで、目も当てられへん変死体にされとうないやろ?」
「そん前に…こんまんまバックバージン奪われとうない!おっそろしい東京モンに喰われるくらいなら、シゲ!お前を犯した方がナンボマシか!ケツ出せぇ、汚い痔主がっ、うちの暴れん棒で裂いたらぁ!」
「じゃかあしっ、えげつない戯言はええ加減にせぇ誰が痔やねんチンカス!ナンボほど阿呆ねや、正気の沙汰やないわ!死に晒せアホンダラぁ!」

押し倒され青ざめた松田が悲鳴混じりに叫べば、しくしく泣き出した瀬田の哀愁漂う背中。悲劇のヒロインだ。
何度目かの息を吐き、どうも色んな意味で限界なのだと把握する。

純粋な裏口入学(笑ったら彼に失礼だが)の瀬田とは違い、専修コースの経営学科を希望した松田は、近年生徒数が集まらないと言う理由で教師削減されていたカリキュラムが事実上受けられないと知り、理事会に泣きついて救済措置を与えられた。
自由カリキュラムの、Fクラスに所属すると言う措置だ。世間知らずとは呑気なもので、Fクラスの実情を知らなかった松田の第一印象は、『人間の住む所やない』だった。

然しそこは適応力に恵まれた日本の宝、難波のヤンキーはすぐに慣れたのである。
何せ見た目が厳つい上に、瀬田や朱雀が友人と言うハードスペック。どんな相手にもフレンドリー。Fクラスには数少ない根っからの庶民は、『シゲやん』と呼ばれ親しまれている。めでたしめでたし。

「何でホモに好かれんねや、うちほど●●●好きおれへんやろ!」
「あかん、作者も自粛せざるおえん下ネタ飛び出しよった」
「…犯されてまうかチンコ爆発するか退学か、どっちかや」

Fクラスでは通信方式のカリキュラム受講が可能で、教室の机は全てブース分けされており、パソコンとヘッドホンが備えられている。
好きな授業の生放送を受講したり、以前の講義の録画を鑑賞したり、放課後までフリータイムフリー授業と言う素晴らしい環境にあるのだ。進学科の通常授業がベースになっているので難しいのは難しいのだが、簿記とマーケティング関連に興味があった松田には有り難いシステムだ。

莫大な寄付金が必要らしいのだが、松田は異例の編入だった為に免除され、瀬田は朱雀の家が支払った。
その交換条件だか何だかで朱雀の父の言いなりになりつつある瀬田は、日常的に体を狙われる学園で朱雀の警護は勿論、瑪瑙の観察など不可能だと嘆いているのだ。

「せや、どうせ退学やねん!勃起したかて雄の糞穴しかないっ」
「ふんけ…つ…」
「チンカスには勿体のうて涙も精液も出らんわ!」
「おまんの頭には下ネタしかないんか」
「役立たずやしっ、都会夢見てノコノコ出て来た難波一の阿呆には、裏金なんか払えへんのよ!体売って生きてくしかないんやぁ!チンコ売るくらいなら心臓売るぅううう」
「デカい声で裏金て」
「いややー、もう帰るー!日本橋や落ちてまえ!新橋万歳!心斎橋最強!ビバ梅田!うわぁああああ!」
「はいはいバシ最強バシ最強、大阪一円バシだらけ。粉もん旨いもんヤクザもん、バカモン死ね、大阪追放」
「うちの死に場は御堂筋や…汚いヤロー共のタマ筋なんや見たない…おげぇ!」

見たのか、と遠い目でグラビア雑誌を抱き締めた松田は、パンチパーマのオカンそっくりな仏像顔で良かったと静かに涙した。

村瀬も編入当初は様々な誘惑を受けたらしいが、その度に『ホモ爆破しろ』だの『求む兵隊』『ゆりりん命』だの、危ないメールを送ってきたものだ。
若くしてマイホームを建てるのが夢と言って憚らない道頓堀育ちは、マイホーム計画を先延ばししてペアリングを購入した。我が身を守る為に。

「ユーリの誕生日来週やっけ?」
「腐った林檎の話や聞きとうない。所詮アイツも同じ穴のホモや。…ユーリに掘られてあんあん言うたらええ、腹立つ!イカ臭い林檎め、絶滅せぇ!」

ボキボキ骨を鳴らす瀬田が村瀬殺害計画を企てた様だが、頭の出来が違うので勝敗は明らかだ。年下の村瀬から口先で丸め込まれる阿呆の姿が目に浮かぶ。

「ユーリは性格ええけど身長うちと変わらんし、くびれてへん」
「カイリは性格があれやしなぁ。無難な姐さんは、お前より精力旺盛な総長はんが唾付けとるし…早よ開き直って、新しい扉開きなはれ。人生満喫せい」
「他人事や思て適当言いなカス。いっぺん黒光りしたギンギンの汚物突き付けられてみぃ、つるつるな脳味噌も鳥肌まみれやど」
「…オカマの股間はゴキブリやねんな、ええ勉強になったわ」

暫く無言で睨み合い、揃って肩を落とす。
腰のくびれ命の瀬田には、幾ら可愛くても寸胴な男の凶悪な股間は受け入れられない様だ。

「右も左も目ん玉ギラギラしはった雄しか居れへん…頭おかしゅうなりそ」
「強ち偏見やないっちゅーのがミソ。本校は生き抜くのも命懸け」
「姐さん、苦労したやろなぁ。チビやし」
「あん?」
「こん地獄の中やと姐さんは弁天様や!あっさり塩味の普通さ!今のうちにはあの平凡さが足りひんのや」
「いて回されんでユート、総長には死んでも言いなや…」

睨んできた瀬田がコックリ頷いたので、シゲやんはくたびれたグラビアをそっと差し出した。
静かに礼を述べた瀬田が今夜自家発電に勤しむだろう事は、聞かなくても明らかだろう。











「ったく遅い〜、ナニしてた訳?」

腕組み仁王立ちの雄々しい立ち姿で睨み付けてきた宇野海陸の台詞に、ヘラーと余所余所しい愛想笑いを浮かべた男と言えば、

「ナニって、ナニもあらへんわ。…ちょい待ちぃ、ええ加減ワシの弟は何処や教えぇ!何やこの可愛げないガキは!」
「アンタの可愛い弟だって言ってるだろ、お兄ちゃん」

両手を握り合い…いや、掴み合い、ギギギッと押し合う長身二人は、知らぬ者が見れば不良と優等生の取っ組み合いにしか見えない。
ダンサー風の兄に比べ清純俳優的な弟の方が足が長く見えるのは、兄の作業着が腰パンだからだ。体格は双子の様に似ている。

たった今やってきたばかりの川田は宇野へ近付き、

「は…本当に羽柴と兄弟だったんだ。ただの馬鹿だと思ってた」
「かわちー、改めて感動したよ。本当に隠し事が出来ない性格だよね〜。確かにシゲ君とユウ君に比べたらマシとしか思ってなかったけど」
「ひど!揃って糞味噌言わはりよった!何やのっ、ワシ学年51番やってんで?!」
「「えっ、そうなの?!」」

弟の手をピシッと振り払ったイケメンは、チャラさ漂う茶髪をガシガシ掻き毟り、ピシッと学籍カードを突き刺した。

「何やったら調べたらええ!先公からもAクラス編入勧められたんやさかいな!」
「競争が激しい二年の51番って…ほ、本当に頭良かったんだ…」
「うわぁ、総合710点超えてる〜!選択が機械工学だから8教科としても…平均90点!侮れん男ですなぁ、りんりん」
「俺は986点だった」

不満げな男が呟き、自慢げな茶髪も感心していた平凡二匹も動きを止め、機嫌の悪い一年帝君を見やる。

「俺は一位だった。宇野」
「うん、そう…おめでと」
「!」

無関心な宇野に、痺れた表情の帝君を遠巻きに眺めた茶髪とツンデレは、

「…ゆりりん、カイリ何で怒ってんねや?」
「さぁ?本人に聞いてみなよ」
「あかん、ワシ苦手やねん。笑いながら人殺ししそうやんか…」
「あー…それなら時の君には近付かない方が良い、笑いながら白百合様に頭突きしてらっしゃるから」
「白百合って、あの別嬪はん?何や知らんけど入寮手続きん時、マクドの店員張りの笑顔で挨拶に来てくれはったで」
「何で?」
「知らん」
「そんな事よりかわちー、まっつんは大丈夫だったの?」

いちゃついている様に見える二人に苛立ったのか、晴れやかに割り込んできた宇野は半泣きの帝君には目も向けていない。精神的仕返し中の様だ。

「ああ、保険医の先生からは暫く休ませれば大丈夫だって言われた。中には入れて貰えなかったけど」
「保険医が嘘吐いたりしないよね?…入っちゃダメって言われるとさ〜」

怪しい笑みで川田を見やる宇野に、似てない兄弟は震えた。だが然し、上には上が居るもの。

「メェの保護者は僕だ。面会の権利は…有るに決まってる」
「流石かわちー♪」


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