可視恋線。

つむじ風を巻き起こす為の順番

<俺と先輩の仁義なき戦争>




ふわり、と。
オレンジの空を見つめながら、ゆっくり落ちていく感覚に身を委ねた。


「────瑪瑙、」

柵の向こうから手を伸ばしてくる人を、最後に。迸る衝撃が背中を貫いた瞬間、ちっぽけな俺と言う人間が。
その瞬間まで考えていた事なんか、ただただ単純に、


「朱雀先輩」

大好きな人が幸せになりますように、って。






『選べ』
『君は岐路に立っている』

『右は穏やかな風』
『左は荒れ狂う風』

『心を乱す事も、体を傷付ける事もない平和』
『心身共に癒える事のない傷を絶えず刻む刃』



『どちらを選ぶ?』







「かわちー!かわちー!かわちー!たたた大変だよ、かわちーっっっ」

HRには出席せず講義を終え、教室へ向かう廊下を幾らか歩いた時だ。血相を変えた宇野が駆けてくるのを認め、持っていたテキストを丸める。

「廊下を走るんじゃない」
「あたっ」

丸めたテキストで叩けば、彼はジトっと睨んできた。ふん、と鼻で息を吐き、宇野が鞄を2つ持っているのを見やる。普通科はとっくに帰った時間だ。

六時間目に選択した講義が非常に面白く、一時間50分制の普通科は先に退出するのだが、川田は退出せず80分、最後まで残った。
S・Aクラスに紛れ肩身が狭いながら、率先して質問したり挙手し、教師から誉められたほどだ。

「川田の友達?」
「ルームメートの宇野。ただの腐れ縁」
「ああ、思い出した。初等科の時に二回くらい同じクラスになった事がある。宇野君、俺を覚えてる?」

悔しそうなAクラスの生徒等に睨まれ、帰り際イヤゴトを言われたが、その程度で傷付く川田ではない。寧ろ、格下相手に哀れなものだと馬鹿にしてやった。
進学科の生徒が笑いながら話に加わってきたので、Aクラス等は慌てて去っていき、こうして一緒に歩きながら雑談していたのだ。

「………羽柴、柴っち?嘘…デカ」
「久し振り。中等部で俺が進学科に振り分けられてから、皆とは寮も教室も離れたもんな。判らなくても仕方ない」
「あー…あの時は、まっつんが寂しがってたよ〜。六年の時は、かわちーだけクラスが違ったよね」
「そうか。僕は羽柴と同じクラスになった事がないんだ。初対面みたいなもんだよ」
「俺は川田の事は知ってたけどね。流石に昔と変わってて、最初は判らなかった」

痺れるほどイケメンだ。宇野より若干背が高い少年の、ブレザーに金のSバッジがある。
一年帝君は確か『太閤の君』と呼ばれていた筈だと思い出し、川田は無意識に人差し指を立てた。

「って、君、帝君じゃないか!太閤の君?!」
「え?柴っちが?」
「あぁ、ま、進級考査の時は調子が良かったんだ。今度の選定考査で首席返上って事になりかねないから、あまり言い触らさないでくれ」

川田と宇野が唖然としている中、困った様に苦笑した彼は宇野へ目を向ける。

「それより宇野、随分慌てていたけど何かあったのか?」
「あっ、そうだ!大変なんだ、まっつんが大怪我して意識不明らしいんだよ、かわちー!」
「はぁ?メェは日本史と古典だったろ?中央図書館と第三資料室の往復で、どう怪我するの」
「俺にも判んないよ〜っ。でも天帝親衛隊って人達が来て、まっつんが空中庭園の屋根を突き破ったって言ってた!」

羽柴が目を丸め、川田は眉を寄せ息を吐く。何を馬鹿な、である。

「あのね、空中庭園って最上階の事だろ?メェは勿論、僕らには立ち入れない場所じゃないか。屋根を突き破るも何も、不可能だ」
「話が本当なら、状況的にティアーズキャノンの屋上から飛び降りたとしか考えられないな。ただ、中央キャノンの屋上は神帝陛下の昼寝場所だと、王呀の君から聞いた事がある」

羽柴の言う人物は、神崎隼人の義兄で高等部自治会長の事だろう。去年、一度だけ当時二年生だった彼は、嵯峨崎佑壱に並び同位帝君だった事がある。
遊び人で名を馳せた人物だったが、今では人望の厚い生徒であり、高等部を引っ張る一員で有名だ。但しセフレの数は未だに多い。

「まっつん、そんな所にどうやって入ったわけ?」
「あのな、僕が知りたいよ。騙されたんじゃないのか、海陸」
「だが天帝親衛隊と名乗ったんだろう?…猊下の親衛隊が、そんな下らない事をするだろうか」

羽柴が考え込み、二人も沈黙する。
ABSOLUTELYと呼ばれる神帝親衛隊が帝王院神威の親衛隊なら、天帝親衛隊は全カルマファンの憧れ、数人しか名乗る事を許されていない、親衛隊の中の親衛隊、遠野俊の親衛隊だ。

次期風紀副委員長と名高い溝江信綱を筆頭に、それぞれ進学科の有志により構成されている。
お揃いの赤縁眼鏡を掛け、赤いガマグチ財布を携帯しているのは有名な話だ。

「さっきのは溝江風紀委員といつも一緒にいる、綺麗な人だったよ。難しい名字の…何だっけ」
「それなら宰庄司先輩だ。旧華族の家柄で、かなり独特な方だけど、嘘を吐く人じゃない」
「羽柴が言うのが本当なら、メェは?メェは本当に大怪我をしたって事?!」
「か、かわちー、どうしよう、俺も何が何だか判らなくて思わずまっつんの鞄持って来たけど、何処の医務室に居るのか、病院に運ばれたのか、全く判らない!」
「役立たず!」
「酷すぎる!」
「とりあえず二人共落ち着け。心配なのは判るが、松原の状況が判らない内は動きが取れない」

帝君の言葉は正論だ。
瑪瑙と自分の鞄を抱えウロウロしている宇野を横目に、川田はまず教室へ向かう事にする。
教科書を持ったまま此処に居ても仕方ないからだ。

「すまない、僕は一度教室に戻る。羽柴、さっきは助けてくれて有難う」
「数人相手に毅然と言い返してたのが面白くて、な。…で、俺は今のところ帝君だから授業免除の権限がある」

ニッと笑った羽柴に川田は目を見開く。学年首席が、堂々とサボるつもりらしい。

「柴っち、まっつん探すの手伝うつもり?」
「最近ちょっと面倒臭いのに目を付けられて…教室に行きたくないんだ」
「あ、どっかの王族と付き合ってんだっけ?…あれ?太閤の君って確か…」
「川田は先に鞄取って来いよ。俺と宇野で少し調べてくるから、後でカフェで落ち合おう」

何か言いかけた宇野を遮り、爽やかイケメンスマイルを浮かべた羽柴に川田は頷いた。Sクラスの帝君でありながら、彼は良い人の様だ。これなら安心して任せられる。

「重ね重ね有難う、じゃあ僕は行くから」

背をしゃんと伸ばして歩いていく川田に手を振った羽柴は、川田が見えなくなってから宇野を横目で見やった。

先程までの爽やかな笑みはなく、宇野も、先程までのチャラけた顔ではない。


「似合わないネコ被ってるな、お前」
「…そっちこそ、何が宇野君だよ。一瞬、本当に誰か、判らなかった」
「あれだけ苛められた相手に尻尾振って、随分可愛い性格になったじゃないか」
「適応した、って言って欲しいね。そっちこそ、女王様の金魚の糞だった癖に」

宇野は覚えている。
太っていた子供の頃、川田の側近の様に付き従っていたのが彼だ。二年生でクラスが変わり、羽柴だけ離れたので、川田が理科室に閉じ込められた事件の時、彼は居なかった。

宇野が羽柴と同じクラスになったのは一年生の時と六年生の時で、川田は一年生の時の事を覚えていない様だ。
それもその筈、あの頃は羽柴は名字が違った。

「…カリン」
「名前で呼ぶな」
「今更かわちーに近寄って何を企んでるんだか、このムッツリスケベ!王族と付き合ってんだろ?!」

ギッと睨み付ける宇野は、中等部時代に彼から襲われた事がある。頭に来て下駄箱に爆竹を仕掛け、派手にぶっ放した程だ。

が、やや語弊がある。
元々は別の奴らに襲われ、あわやの所を川田と瑪瑙が助けてくれたのだが、その後、復讐の様にまた襲われてしまい、今度こそ不味い、と思った時だ。

不良達を殴り倒した羽柴が、半裸に近い宇野を笑いながら抱き寄せ、口ではとても言えない事をした。最悪の記憶だ。


風紀に言おうと何回も考えたが、進学科の彼をBクラスの自分が訴えた所で、結果は見えている。相手にして貰えないだろう。

悔しくて、自分を襲った奴ら全ての下駄箱を爆破し、忘れようと努力したのだ。

「別に、偶々同じ授業を受けてただけだ。言っただろ、あれがあの川田だなんて、俺は気付かなかった」
「見え透いた事を…!」
「松原が気になるんだろ?俺に刃向かうのは、得策とは言えないな」

宇野より目線が高い彼は、180cm程度の長身である。記憶より尚男らしくなった彼は、震えるような笑みで近付いてきた。
逃げ出そうとした宇野の腕を掴み、恐ろしい力で引き寄せてくる。小刻みに震えてしまう体は、思い出したくない記憶を呼び覚ました。

「可愛いな、恐がりな癖に強がって。あんまり苛めたら自殺しそうだったから、暫く自由にしてやったんだ。どうだった?俺が頭から離れなかった?」
「っ、触るな、放せ!」
「お前が俺の下駄箱を爆破した時は楽しくて仕方なかった。少し恐がらせるだけだったのに、まさか松原達が助けにくるとは思わなかったが…」
「お、まえ」
「ん?ああ、そう。あれね、俺の親衛隊。一回抱いてやって、ちょっと吹き込んだだけで行動するんだ。便利だよな?」

羽柴が耳元で囁いた。
俺は宇野海陸が好きだから、付き合う事は出来ない。そう言うだけで、親衛隊は命じるまでもなく宇野を襲った・と。彼の舎弟と言う不良と、一緒に。

「最っ低!死ね馬鹿カス!」
「二回目は失敗しなかったろ?いつも傍にいた松原は、ああ見えて昔から目聡いから苦労した」
「っ?!どこ触ってんだよ!気色悪…!」
「良いのか?俺を拒絶すれば、純朴な川田を悲しませる。…大切な松原も見付からない」

そう言う男だ。
初等科に入学したばかりの頃、ぽっちゃりしていた宇野を抓ったり足を引っかけて転ばせたり、川田の影に隠れて嫌がらせばかりしてきた事がある。
川田は口でガミガミ悪口を言っては来たが、手を出したりはしなかった。
豚め豚めと散々罵られたが、その程度だ。悲しかったのは悲しかったが、瑪瑙が居たので寂しくはない。

「どうしようか。川田にも同じ事をしようか?松原には大河朱雀が付いてるから、流石に分が悪いし」
「ただで済むと思ってんの?かわちーに指一本触れたら、マジ殺すから…」
「そんな事すれば、宇野から殺される前に兄貴から殺される」

笑った男に無理矢理キスを奪われ、宇野は無意識で右手を振り上げる。今まで他人を殴った事など、一度もなかったのに。

「っ、痛ぇ。昔は川田から何言われてもスルーしてた奴が、変わったもんだな…」
「お陰様で10kg痩せて、今じゃ175cmマークしてますので。中等部の頃と一緒にするんじゃ、」

言いかけて、沈黙した。
彼はそう、昔は僅かな間だけ名字が違った。女の子みたいな名前で呼ぶと物凄く不機嫌になり、一度だけ、兄が居ると言った事がある。

「…お母さんが再婚したから帝王院に入学した、って」
「良く覚えてるな。…そんなに俺が好きなのか?」
「苛めっ子は死ぬほど嫌い」

ニヤニヤ笑う美貌を睨み付け吐き捨てれば、彼は少しばかり俯いた。そうだ、誰かに似ている。少しだけ、特に目元が。

「関西の子供は嫌いな奴を苛めたりしない」
「そうだ確か村瀬、…まさか、村瀬りんりんの身内っ?!」
「りんりん?」
「嘘だろ?!見た目はともかく、中身は全く似てないじゃんか!村瀬君は格好良くて良い人でっ、」
「…どうせ俺は悪人だ。だから親からも見捨てられた。言われなくても、知ってる」

宇野から離れた長身がそっぽ向く。瞬きながら宇野は頭を掻いた。もしかしたら彼は、寮に入れられて捻くれたのかも知れない。


「もしかして俺のこと好きだったりすんの?」

一瞬で真っ赤に染まった男を見やり、宇野は頭の中で電卓を弾いた。

「え〜、噂の王族は?」
「っ、誤解だ!あれは根も葉もない、」
「別にどうでも、…あ、でも…今の帝君は確か、レジストの現総長…ふーん」
「う、宇野?」
「柴っち。俺の言う事を何でも聞いたら、お付き合いしてあげても良いよ」
「本当か?!」

川田なら、どっちが悪人だと言ったに違いない。


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