可視恋線。

覚悟をもって挑めば嵐もまた涼し

<俺と先輩の仁義なき戦争>




テストが近付いてきた。
全校生徒が一斉に受ける、世間一般じゃ中間テストってあるでしょ?だから、学園中がげっそりする時期です。

「今回の一斉考査、範囲広過ぎだろっ?」
「やべぇよ、夏期講習受けとけば良かった!ヨーロッパ行ってる場合じゃなかったぁ」
「畜生〜、選択英文化、問題用紙三枚あるってよ!んなヒント要らねーんだよハゲ教師!」

我らBクラスも一斉考査で慌ただしいムード。
こんにちは、松原瑪瑙だよ!

普通科は二学期から選択授業が始まった。
一学期に文系Aコースを選んでた俺は、理数Cコースのかわちゃんと、理数Aコースのうーちゃんとも離れて、共通授業の体育以外はてんでバラバラだ。寂しい。

「俺はマーケティング解析で、今日は第四視聴覚室。かわちーは?」
「僕が第五講堂で、メェが中央図書館だから、途中まで一緒に行こう」
「三階のブランチゲートから行けば近いかな。まっつんが一番遠いね〜」

うちの学園ってホント変わってて、進学科と国際科は海外みたいに二期制だけど、体育科は四期制で、普通科と専修科…つまり工業科ね。その二つは三期制なの。

「中央図書館は本が充実してるから、ちゃんと真面目に勉強してくるんだよ」
「はぁい。うーちゃん、戦車の本あったら借りてくるね」

普通科の一年生は一学期だけ一般教養を学んで、二学期から三学期まで選択したコースの時間割りになる。
教科によっては他学科と講義を受ける事もあって、一部の生徒は憧れのSクラス生徒のカリキュラムを調べて、選択コースを決めるみたい。ファン心理って奴だね。

そんなもんだから、ミーハーじゃない一般生徒からすれば、迷惑としか言えない事もあって。

「松原〜、今日の日本史、Aクラスが5人、国際科の聴講希望が十人、進学科が3人だってよ」
「え、国際科がそんなに居るの?」
「ったく、外人っつーのは、つまんねぇ歴史に何を期待してんだろな。また煩くなるぞ、きっと」

同じ選択コースのクラスメートが肩を竦めて、俺は曖昧に笑った。
本当なら夏休み中の国際科は、一斉考査の免除がある。その代わり、進学科にしか意味のない選定考査は必ず受けなきゃならないらしい。
留学生しか居ない学科だから成績は二の次っぽいけど、結構、上位に名前が載ってる生徒が多いんだ。

一斉考査から二週間後に行われる選定考査は、一斉考査で上位になった生徒を文字通り『選定』するテストで、上位30人に残ればSクラスに移動する事が出来る。
勿論、拒否も可能だけど、そんな人はまず居ない。だからAクラスの上位陣は目を光らせて進学科を狙ってて、進学科は必死で落ちない様に頑張るんだね。

そんなある意味フリーマンな国際科は、基本授業が良く判っていない。謎に包まれた集団だったりする。
社交パーティーばっかりしてるとか、夜中に授業があるとか…。活動時間帯が謎だから、噂は凄い。

進学科の活動も謎だけど、セキュリティー的な問題で秘密になってるだけ。
進学科生に性的な暴行をしたり、Sクラスから降格した人が逆恨みで元クラスメートを暴行したりとか、過去に数々あったんだって。

「あーあ、人気がない文系だったらゆっくり出来ると思ってたのに」
「こっちのAコースは人気ないもんね。文系Bコースは、美術もあるから全学年に人気だし…」
「何か昨日の美術の講義、神帝陛下が特別講義したって」
「え?陛下が?!」
「漫画の書き方を60分ぎっしり教えて、受講生の大半がメチャメチャ上手くなったんだってさ。中川なんか、投稿するとか言って、この時期に漫画書いてるみたいだぜ」

文系Aコースは、日本史、世界史、古典、現国を基本に、英語とか普通の数学とか社会とかも勉強する、言っちゃえば面白みのないコース。
他のコースには選択教科の外国語とかもあるんだけど、そっちは進学科と重なる講義が物凄く多いので有名で、特に理数Aコースは、数学と経済が基本で、選択外国語も合わさった『将来の実業家育成コース』とか。うーちゃんがそっちを選んだのは、投資やってるからだって。将来は起業したいみたい。

「わぁ、テスト大丈夫なのかな、中川」
「理数の物理講義なんか、白百合が客員教授で熱弁揮ってるってさ。客員の癖に、やれダークマターだのアンチマターだの、果ては性教育真っ青な体位の話を、数学的に教えてるんだと」
「体位って、松葉崩しとか?」
「…詳し過ぎじゃね?本当、見た目によらないなぁ松原」
「えへ」

かわちゃんはCコースで、これが一番自由なコースでもある。週に2日、進学科のカリキュラムから好きな講義を六時間受けられる特典があって、希望者が物凄く多い。
かわちゃんは法曹の講義を受けたいんだ。六法全書を勉強する授業で、進学科の比較的一般家庭の生徒に密かな人気だよ。って言っても、進学科はお金持ちが多いから、授業は普通科と体育科の希望者で毎週賑やかみたい。
体育科から警察官になる人も多いから。

「白百合様の授業だったら、理数の皆が貧血気味なのも判るなぁ。鼻血出ちゃうもん」
「所で松原、最近あの人どうしたわけ?」
「へ?」
「ほら、あの人、朱雀の君!夏休み前から見ないなぁとは思ってたんだけど、結婚するって専らの噂じゃんか」
「そ、そうなの?知らなかったなー」
「…松原って、朱雀の君と付き合ってたんじゃなかったん?しょっちゅう付きまとわれてたろ?」

好奇心いっぱいの目で詰め寄ってくる同級生に、俺は痙き攣りながら頭を振った。何も答えたくないんだけど、俺の気持ちは通じない。

「あ…もう寝ちゃってた?松原、近くで見たら…可愛くはないけど、やっぱ朱雀の君って激しかった?」
「ちょ、近、近いって。激しいとか知らないよっ」
「なー、勿体付けなくても良いじゃん、教えろよ。なぁ」

きっと悪気はない、と、思う。
でも朱雀先輩が頻繁に顔を出すようになってから、クラスの皆から変な目で見られるようになってたのは判ってる。
いつもはかわちゃんが睨みを効かせてくれてるから、誰も表立って言わなかっただけだ。

うーちゃんも綺麗な顔して怖いから、ね。

「どんな体位?松葉崩しなんかホントに出来るん?やっべー」
「離してよっ、痛いっ、痛いって…っ」
「何だよ!朱雀の君には色目使ってんだろっ?」
「そ、んな」

俺、そんな事してない。そんな事、俺、先輩に色目、とか…。

「ぎゃ!」

俺の手を掴んでたクラスメートがいきなり吹き飛んで、壁にぶつかる。
何が起きたのか判らなかった俺は振り返って、目を見開いた。

「廊下の真ん中で突っ立ってんじゃねぇよ、邪魔だ」

どうしよう。
じわっと熱くなった目を隠す為に俯いたけど、スニーカーが見えた。バッシュって言うんだって、教えてくれたのは、朱雀先輩だ。

そのバッシュが離れていくのが見えて、俺は慌てて顔を上げた。すらっとした広い背中、見慣れないツンツンした黒髪が歩いていくのを追い掛ける事なんか、出来なくて。


「っ」

なのに、手を伸ばした。
届かないのに、一歩も踏み出せないのに、つい、手を伸ばしてしまった。

何で先輩が助けてくれたのかは判らない。
本当に邪魔だっただけかも知れないし、もしかしたら不名誉な会話を聞いてて、ムカついたのかも知れないし。

「せん、ぱ…」

ちっちゃく。
聞こえたら困るから、物凄く小声で呟いた。勿論、先輩は振り向かなくて。振り向かないのが凄く悲しくて、ポタッと零れた涙を拭う余裕もない。
壁で打ち付けた背中を庇いながら、俺を恐々見つめてくるクラスメートも何か泣きそうな顔で、朱雀先輩を窺ってる。ごめん、って。小さい声が聞こえた。

「ごめん…松原。俺、そんなつもりじゃなかったんだ。つい、ヒートアップして…」

ボタボタ、高校生の癖に馬鹿みたい。
朱雀先輩の事で何回泣くんだろ、どんだけ出るんだろ、ボロボロ、ボロボロ。


「ずちぇ」

遠くで先輩が、階段を降りていくのを見た。
悲しそうなクラスメートが俺を慰めようと手を伸ばして、


「触んな!」

何故か、階段を降りていた筈の先輩が振り返って、俺を見てるんだ。

「それに触んじゃねぇ、殺すぞ!」
「えっえ、え?!」
「近寄るな!失せろ、今すぐ消えろ餓鬼ぁ!」
「は、はひっ、はいぃいいい!!!」

ずかずか、長い足で。
肩で風を切りながら歩いてくる先輩の青い目は物凄く不機嫌で、ビビったクラスメートは死に物狂いで逃げていく。

ピタリ、と。
バッシュが俺の目の前2メートルで止まって、つい俯いた俺は腕で目を隠した。ダサ過ぎる、泣いてるのきっと、見られた。

「…」
「…」

どうしよう。無言が痛すぎる。
折角、目の前に先輩が居るのに、俺ってば先輩の爪先しか見てない。

「…」
「…」

先輩、何も言わないし。
どうしよう。何か言ってくれないと、顔上げられないじゃんか。でも、文句言われたら多分、号泣する。完璧、わんわん泣いちゃう。

何か言って欲しい。
でも意地悪は言わないで欲しい。他の男と浮気するふしだらな奴とか、他の男に色目使った、とか。
言われたら、死ぬ。校舎のバルコニーから飛び降りる。

「ま、………松原」

涙が引っ込んで、先輩のバッシュを見たまま固まった俺の全身から、ザァっと血の気が引いた。
松原、なんて。呼ばれたの、きっと初めて。
今まではマーナオとか、まめことか、変な名前で呼んできたのに。何回ヤダって言っても、やめなかった癖に、何で?

「…授業、始まった。遅刻だ」

そう言って、先輩のバッシュが俺の横を通り過ぎようとする。焦った俺は無意識に振り向いて、持ってた筆箱を先輩に投げつけた。

「うぉ。…危ね、何だ?」

ちっとも当たらなかった筆箱が先輩を通り過ぎて、廊下にガチャンと落ちる。ファスナータイプだから、中身は飛び出てない。
チャイムなんか聞こえなかったけど、廊下には誰も居なくて、先輩のバッシュがキュッて鳴る音と、俺の鼻息だけしか聞こえないんだ。

「おい、筆箱落としたぞ。気をつけろよ」
「お、落としたんじゃないもんっ。投げたんだ!」

拾ってくれた先輩が筆箱をパタパタ叩いて、俺を見ないから。つい、声を荒げてしまった。
何なの俺、これじゃ嫌われちゃうじゃん。

「投げんな」
「当てるつもりだったんだもん!先輩の頭に直撃して、脳味噌パーンなったら良かったのにっ」
「こ、怖ぇ奴だな、お前…」

ああ、先輩だ。
固そうに見えるツンツンした髪の毛は真っ黒だけど、触ったらきっと、思ったより柔らかい。染めすぎて痛んでる筈なのに、キューティクル抜群だ。

根元がちょっとでも伸びたらすぐ染めて、長くなったら癖毛が判るから必ず同じ長さに整える。
カラコンしてないと人前には出たくないって言ってて、実は結構、視力が悪い。
酷すぎる程もないけど、部屋ではたまに眼鏡掛けてたりする。裸眼の時、だけ。

「先輩なんか死んじゃえぇっ。ふぇ、死んじゃえバカー!」

泣きながら言えば、物凄く困った顔をした先輩はオロオロしてる。オロオロしてる癖に、筆箱を持ったまま俺に近付こうとしない。
前は問答無用で触ってきた癖に。恥ずかしい所も触った癖に。お尻なんか毎日、撫でた癖に。

「ま、マーナオ、泣くな、目が溶けちまう…」

また、泣けてきた。
今度はちゃんと、マーナオって呼ばれたから。
俺の天邪鬼すぎる口から意地悪な台詞は出なくなって、代わりに、しゃくり上げた。まともな会話が出来ないじゃん、俺のバカっ。

「俺が居なくなりゃ良いのか?なら泣くな、此処には荷物を取りに来ただけだ」
「…ぇ」
「実はとっくに運び出してんだ。…未練がましいな。安心しろ、もう会わないから」

無愛想な先輩の顔の、吊り上がってる眉毛だけがへにょんって垂れ下がってる。
何を言ってるのか判らない俺は、先輩が結婚するって話を思い出した。

「先輩、け、結婚するって噂…」
「まぁ、婚約は済んでるみてぇだが…多分、破談だろ。仕方ねぇ」

目の前が真っ暗になる。
それじゃ、根も葉もない噂なんかじゃなくて、俺はやっぱりお邪魔虫で。


「どうした?」

死んじゃえば良いのは、俺の方じゃないか。


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