可視恋線。

高気圧と低気圧が出逢えば嵐の始まり

<俺と先輩の仁義なき戦争>




『何を言うかと思えば、そんな事か』
『朱雀はこの程度で怒るほど狭量ではない。そう膨れるな』
『何を今更、あれは気に入りの稚児を良く他人と共有しておるではないか。貞淑など煩わしいと、いつも言っておる』
『言いなりの処女などには一秒たりとも欲情せんと』



『膝枕ぐらい良いだろ、ケチまめこ』



夏場にはやっぱりラーメンだよね!


「ずるっ、ずずずっ。…祖父ちゃん、朝からラーメン?」
「何だ、チャーシューが足りんか?」

首を傾げてる祖父ちゃんは新聞を畳んで立ち上がって、やれやれと冷蔵庫を覗いてる。そんな問題じゃないんだけど、丼を見つめて溜め息を吐いた俺は、無言で追加される肉の薄切りを見つめてた。

「そうだ、さっき琥珀と会ったんだが、石英が帰って来とる様だぞ」
「父ちゃんが?」
「何でも、友人と二人で昨夜から飲んでいたんだと。何と言ったか、防音の部屋でな」
「ああ…」

二世帯住宅になってる実家は、俺が寮に入った後に建てたものだ。母ちゃんの祖父ちゃん達が住んでるこの家と、母ちゃんと弟達が暮らしてる家が、同じ敷地内にある。結構広くて、庭には祖父ちゃんの趣味で色んな木が植わってるんだ。
今も、すぐ近くから蝉がミンミン煩い。

「お前、友達と帰るって言ってたそうだな?まだかまだかとそわそわしとるそうだぞ、チビ達の中じゃ落ち着いている黒曜が」

田舎だから大きな家は沢山あって、別に珍しくはないけどさ。こんなに子沢山な家族は、最近じゃ本当に珍しい。
俺にそっくりなチビ達は普通の学校に通ってて、成績はともかく、ご近所では可愛がられてるみたいだよ。中でも、兄ちゃん扱いされてる次男の黒曜は、俺が帰省する度にベタベタ甘えてくるんだ。

「長電話はお金が懸かるって、言ったんだけど…」

一回、クラスの友達と大喧嘩したって泣きべそ掻いてたなぁ。
家じゃ明るいけど内弁慶な、三男の琥珀が苛められてたっぽくて、黒曜がそれを止めたんだ。でも母ちゃんからボコボコにされたみたいで、俺は悪くないのに、って電話してきたんだよね。
話を聞いたかわちゃんは黒曜は悪くないって誉めてたけど、俺は出来るだけ仲良くして貰いたかったから、黒曜にはそう言って宥めたもんだ。

琥珀を苛めてた子達も更正して、仲直りしたって電話してきた時は、黒曜は何か照れくさそうだった。兄ちゃんのお蔭とか言って、可愛い奴め。

「瑪瑙、友達と喧嘩でもしたか」
「してないよっ。そうじゃなくて…」
「まぁ、夜中に浴衣一枚で帰って来たら母さんから怒られても仕方ない。何があったかは聞かんが、落ち着いたら、顔を見せに行きなさい」
「うん…」

祖父ちゃんは俺に超甘い。
入寮するって決まった時も、最後まで駄目だと大反対して父ちゃんに雷を落としまくったそうだよ。祖父ちゃんは俺の本当の祖父ちゃんじゃなくて、母ちゃんの本当のお父さんは誰だか判らないんだ。

祖母ちゃんはシングルマザーで母ちゃんを育てて、母ちゃんが成人した頃に、今の祖父ちゃんと再婚した。
祖父ちゃんは東海地方で飲食店を営んでたやり手の社長で、母ちゃんと結婚した父ちゃんを手助けしてたそう。今のまっちゃんラーメンは、祖父ちゃんの会社と合併して出来たんだ。
いきなり支店を広げすぎて、初代まっちゃんラーメンが倒産しそうな時に、無利子無担保で融資して、産まれたばっかの俺達を養ってくれたのが祖父ちゃんってわけ。
だから父ちゃんは、祖母ちゃんが死んだ後も祖父ちゃんには頭が上がらない。母ちゃんも、祖父ちゃんを本当のお父さんみたいに慕ってるから、祖父ちゃんと一緒に暮らしたがってるんだ。

「祖父ちゃんは血が繋がってないが、瑪瑙は本当の孫だと思ってるぞ。気が済むまで此処に居て良いからな」
「祖父ちゃん…大好き過ぎる…」
「何ならこっちの学校に変われば良い。瑪瑙は小さい頃から我儘も言わずに、ずっと一人で頑張ってきた。東京の、あの帝王院学園の本校に通うのは凄い事だ」

そんな、祖父ちゃん、俺、底辺のBクラスから一回も昇格した事のないヘタレだよ。テストなんか赤点だらけで、いつもギリギリ…。
帝王院の学生だなんて、初等科から通ってたから何とか肩書きはあるけど、きっと、外部入学なんて一生懸かっても無理。
今まで、外部入学の狭き門を通ったのは、初等科の中途編入を果たした山田先輩と、高等部入試を満点でパスしたあの遠野会長だけなんだ。

って言うか、満点合格者なんか遠野会長が初めてなんだよ。オタクで不良の総長だけど、本当に凄い人なんだ。

「幾ら難関私立でも夏休みはまだあるんだろ?」
「へ?あ、うん。普通科は8月一杯夏休みだよ。国際科は8月半ばから夏休みで、進学科にはそもそも夏休みなんかないんだけど…」
「そんなに進学科と言うのは大変なのか」
「うん。Sクラスはカリキュラムを自分で組んで自由授業を受けられる代わりに、一年間で15教科200単位取らなきゃいけないんだ。普通は、八時間授業で365日通っても無理」

単位を稼ぐ為に、テストは必ず85点以上キープしないと、あっと言う間に落第だ。進学科から普通科に落ちるのは物凄い屈辱で、大抵そうなった人は退学する。
SクラスからAクラスに転落して平気そうなのは、高野先輩と藤倉先輩だけだ。然もあの二人、一昨年までSクラスだったのに。何があったのか、自分からAクラスに入ったって。

や、本当はFクラスを希望して、Fクラスの皆から反対されて普通科になった、とか聞いたなぁ。その時、俺はまだ中等部だったから、良く判んない。

「ほぉ。この間、笑食グループの社長が帝王院学園卒業と聞いたなぁ。後は、嵯峨崎航空の会長だ。次期社長の息子も今は大学に通ってるらしいが、進学科だったとか…」
「山田先輩のお父さんだ。嵯峨崎航空の次期社長って、多分、俺が知ってる嵯峨崎佑壱さんのお兄ちゃんじゃないかな」
「山田社長はYMDテクノロジーの一人息子でな、本来なら灰皇院の跡継ぎだったんだが…」
「えっ?帝王院財閥の分家の?」
「そうそう。何の因果で絶縁になったんだかなぁ。今のYMDは、元々平社員だった人間が取締役に就いている。悪い人材ではないが、昔程の勢いはないなぁ」

祖父ちゃん、流石はまっちゃんラーメンの取締役だ。相談役とか言ってるけど、実際は祖父ちゃんが社長みたいなもんって父ちゃんが言ってた。
父ちゃんは現場以外の事には無関心だから、母ちゃんと祖父ちゃんが色々忙しいみたい。

ラーメンの命でもある豚と鶏に関しては父ちゃんの実家に丸投げで、会社は母ちゃん達に丸投げ、だね。

「じっちゃん!じっちゃん!真珠だよーっ、じっちゃーん!」
「おうおう、騒がしいのが来た」

今日は祖父ちゃんは会社には行かないらしい。昨夜いきなりやってきた俺がベソベソ泣きながら寝落ちして、心配してくれてるんだと思う。
小林さんに出会わなかったら、今頃どうなってたか判らない。本当は実家に帰るつもりだったんだけど、チビ達に土産も買ってないし、荷物もないし、浴衣だし。方向転換して祖父ちゃん家のインターフォンを鳴らした俺は、まだ気持ちが落ち着いてなくて。

チビ達に会おうかどうしようか、まだはっきりしてないんだよね。

「どうした真珠、そんなに慌てて」
「祖父ちゃん、ちょっと来て!大変なんだよっ、父ちゃんが!」
「ん?石英が何だって?」

何か、玄関から聞こえてくるチビの声に、ただ事じゃない雰囲気を感じ取った俺は丼のスープを最後まで啜って、立ち上がった。

「父ちゃんが怖い兄ちゃんに殴られてるんだよ!金髪の怖い兄ちゃんなの!喧嘩してるんだよーっ」
「喧嘩ぁ?ちょっと待て、判った判った、行くから引っ張るな真珠、祖父ちゃん裸足だぞ、靴を履くまで待ちなさい」
「みんな死んじゃうよーっ、怖い兄ちゃんが殺しちゃうよーっ、じっちゃん早くっ!」

真珠は兄弟の中でも物事を大袈裟に喋る悪い癖があるけど、流石にこれは無視出来ない気がする。
慌てて玄関に飛び出した俺を見て、真珠はぶわわっと目に涙を浮かべた。

「に、兄ちゃん、兄ちゃぁん!うわーん、兄ちゃぁんっ」
「真珠、父ちゃんは何処なの?兄ちゃんが何とかするから、案内して」
「うんっ。父ちゃんはカラオケ部屋だよっ!はっさんと歌ってたら、怖い兄ちゃんが殴り込んで来たんだ!そしたらねっ、黒曜兄ちゃんが人質に取られてねっ」
「ひ、人質?!はっさんって?!」
「父ちゃんの友達。でねっ、紅玉はまだ寝てるし、琥珀兄ちゃんはお遣いでスーパー行ってるし、黒曜兄ちゃんがじっちゃん呼んでこいって言ったんだっ」

うーん、何処まで本当なのか。
重大任務なんだ!と目を輝かせる真珠に、祖父ちゃんと俺は目を見合わせた。

黒曜はチビ達の中でも落ち着いて物事を考える方だと思うから、大丈夫だと信じてる。真珠が嘘吐きと言ってる訳ではないんだけどね、本当に物事を大袈裟且つドラマチックにするから、真珠は。
周りの友達に、俺の事を何でも出来るスーパー兄ちゃんって言い回ってるらしく、母ちゃんも見栄っ張りな所があるから、普通科のBクラスだって知りながら帝王院に通ってるって、近所に自慢しまくってる。恥ずかし過ぎて、中々こっちには帰省出来ないよ。

うーちゃんは笑ってたけど、かわちゃんは呆れてたもん。

「…警察に連絡しといた方がいいんじゃないかな、祖父ちゃん?」
「うーむ。まずは中の様子を、」

実家のリビングが見える大窓が見えてきて、飛びついてくる真珠を抱っこしながら祖父ちゃんに言った俺は、祖父ちゃんの返事を聞く前に、母ちゃんの悲鳴と何か凄い音を聞いたんだ。
祖父ちゃんが一気に青冷めて、俺にしがみついていた真珠が涙を浮かべる。黒曜っぽい大声と、父ちゃんっぽい声の他に、違う声も聞こえる。
ああ、わんわん泣いてるのは、紅玉かな。

「真珠は此処に居ろ!祖父ちゃんは警察に連絡してっ、俺が見てくるから!」
「うぇ、兄ちゃぁんっ、真珠も行くーっ」
「駄目だって、こらっ」
「やだー!兄ちゃんっ、兄ちゃんっ」

甘えてくれるのは可愛いんだけど、やんちゃな真珠は正月に見た時よりもまた大きくなってて、背中に張り付かれた俺は腰を抜かし掛けた。
それでもすぐにカラオケルームが見えてきて、狼狽えてる母ちゃんと、どら焼きっぽいのをもぐもぐしてる黒曜、それに泣いてる紅玉が見えたんだ。

「コー!あか!」

コクヨウとコウギョク、コハクも合わせて三人もコーが居るから、俺は黒曜をコー、紅玉をあかって呼んでる。俺に気付いた二人が目を見開いて、ダダダっと近付いてきた。
母ちゃんもこっちを見たけど、カラオケ部屋が気になってそれどころじゃないみたい。物凄い音が聞こえてくるカラオケ部屋からは、演歌の演奏も聞こえてる。

「兄ちゃん!いつ帰って来たの?」
「うぇーん、兄ちゃん、黒曜兄ちゃんがどら焼き取ったぁ」
「あか、鼻水拭いてっ。コーも人のどら焼き取るな!…じゃなくて、この騒ぎは何?」
「紅玉は昨日、俺のケーキ食っただろ。泣き真似してんじゃねーよ」
「うぇ、兄ちゃん、兄ちゃぁん」
「あのね、お前達は…」

紅玉は嘘泣きだった様だ。
黒曜はそのままリビングに行ってしまい、真珠と紅玉を背中に貼り付けたまま、俺は死に物狂いで母ちゃんの元まで歩く。

「か、母ちゃん、ただいま」
「お帰り。アンタ、いつからジュリエットになったの?」
「は?ジュリエット?何の話?」
「イケメンがアンタの事で暴れてるのよ。…困ったわね、はっさんの息子さんだそうだけど、お父さん達ベロンベロンで、話にならないんだから」

母ちゃんが腕を組んで呆れた表情をしてて、良く判らない俺は恐る恐る部屋の中を覗き込んだ。

「ただいまー、ビールとスルメ買ってきたよー。おつり要らないなら頂戴っ」

呑気な琥珀が俺の背後から部屋に入っていって、床に倒れてる酔っ払いを覗き込む。
マイクを離さない白髪頭、拳を握って怒鳴る様に歌ってる父ちゃん、アルコール臭で満ちた部屋の中に、無精髭の長身。


「す、ざく、先輩?」
「マーナオ」

手を伸ばしてきた少しやつれた先輩から俺は、意味もなく逃げたんだ。


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