可視恋線。

難破船は順風満帆に航海中

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「やー、悪かったねぇ。こっちの都合に合わせちゃって、くたびれただろう?」

疲れて寝ちゃった姉妹に挟まれた俺は、夜も更けた国道を走るワゴン車の中、ブンブン頭を振った。

「本当にすいませんでした!夕飯までご馳走になっちゃって、泣きそう…ぐすっ、すいません、もう泣いてました」
「袖振り合うも人間の縁だって言ったろ。そろそろ倉敷に入るぞ、疲れてたら寝てて良いから」

旅館から山道を下った俺が、このワゴン車の持ち主の眼鏡が似合うクールな小林さんに、今になったら死ぬほど恥ずかしいお願いをしたのは、まだ日が暮れる前。
よれよれの浴衣に、底が抜けたスリッパ姿だった俺を、超美人な双子の姉妹と小林さんは快く車に乗せてくれたんだ。

それにしても…、あのままだったら心斎橋にも辿り着かなかったと思う。最初はユートさんのアパートにうろ覚えながら行って貰ったんだけど、何回ノックしても応答がなくてさぁ。
アパートからしょぼしょぼ出てきた俺を、車に乗ったまま待っててくれた小林さん達にすすめられて、姉妹の観光に付き合う事になったんだ。

「神戸だけで丸二時間も付き合わしてしまって、お陰で本当に助かったよ。同世代の君みたいな男の子は初めてだったから、姫達も楽しかったろう。人の迷惑も考えず、困った子だ」
「大丈夫ですっ。俺、起きてます」
「おや、気を遣わなくても良いのに。高校一年生だそうだが、そこの姉妹よりずっと大人だねぇ、君」

何歳か知らないけど、見た目そっくりな双子はリンちゃんとランちゃんって言って、小林さんの子供ではないみたい。
小林さんの甥の娘だそうだけど、可愛い顔で我儘盛り沢山なリンちゃんは、格好いい小林さんを召使いみたいに扱っててさ。同じ顔でも控え目なランちゃんは、夏休みを利用して避暑地巡りしようと言い出したリンちゃんに無理矢理引っ張られて来たんだって。

桃太郎発祥地でもある岡山には、ネトゲ好きなランちゃんの希望で立ち寄ったそうな。
今でもファンが多いプレステ5ソフト、桃鉄の何十周年イベントがあるとかで、二泊したらしい。
それから神戸、大阪を回って、京都の実家に帰るかどうかで悩んでた所を、俺が話し掛けたそうだよ。

二人は、東京の女子校に通ってるんだって。

「あの、東京から来たのに何で岡山ナンバーなんですか?」
「ん?あぁ、オジサンは行楽に向いたタイプの車を持ってなくてね。普段セダンばかりだから、リンに呼ばれた時にレンタカーを借りたんだ」
「あ、成程…。すいません、また引き戻す事になっちゃって…!何てお礼すればいいかっ」
「良い良い。リンとランが決めた事だ、気にするな。それに、我儘姫共に振り回されて大変だったろう?」

もう笑うしかない。
まだ出会ってそんなに長い時間じゃないのに、リンちゃんの買い物の荷物持ちとか、すぐ迷子になっちゃうランちゃんを探したりとか、ナンパされちゃう二人を庇ったりとか、めちゃくちゃ強いリンちゃんがボコボコにしたナンパ相手に謝りまくったりとか…、思い出しただけで胃が痛い。

姉妹のお父さんが社長さんで、ご令嬢な双子は昔から護身術みたいなものを習ってたんだって。
リンちゃんは大の男嫌いで、美形以外は死ねって冷たい目で怒鳴り散らしてた…。怖かったなぁ。

姉妹は長くイギリスで暮らしてて日本にはまだ慣れてなくて、目を離したら何するか判らないから必ず誰かが付き添ってる、とか。小林さん以外は一時間と保たないそうだよ。
ストレスで。

「はは…。あ、でも俺、兄弟多いから慣れてるし、一緒に楽しんじゃいました」
「へぇ。オジサンは年の離れた姉しか居なかったからな。子供も息子一人だけで、若い女の子には免疫がないんだよ」
「リンちゃん達のお父さんが、そのお姉さんの?」
「そう。早くに亡くしてしまったが、彼女には三人息子が居てね。娘も居たんだが、不慮の事故で」

何だか聞いちゃいけない事を聞いたっぽい。どうしたら良いのか判らなくて黙ってたら、ミラー越しに笑ってる小林さんが見えた。

「お、信じたか?そんなドラマチックな話、そうそうある訳ないだろう?」
「え…?え?今の作り話なのっ?」
「さぁ、どうかな。さっきから面白味のない一本道続きで、退屈だったんだ」
「酷い!俺っ、ちょっぴり悲しくなってたのにっ」
「おやおや、だから寝てても良いと言ったのに。こんなに簡単に騙される高校生がまだ日本に居たとは…オジサン、感動で前が見えませんよ」
「わっ、わっ、前は見て下さい!事故っちゃう!」

もう、小林さんって物凄くクールそうに見えるのに、サービスエリアでご馳走してくれた時も、『きつねうどんは狐の骨から出汁を取ってる』とか、『お稲荷さんの外側の油揚げは、狐の皮を揚げて作ってる』とか真顔で言って、ランちゃんと俺を怯えさせるし。
リンちゃんは馬鹿にした顔で相手にしなかったから、小林さんは俺とランちゃんばっか揶揄うんだ。酷いでしょ?

ハンバーグ定食奢って貰ったけど、物凄くもやもやする。大人の色気ムンムンで真面目そうな小林さんだからこそ、凄く。

「あ、飛行機」

話す事がなくなって、すやすや寝てるランちゃんの肩にタオルケットを掛け直していると、窓の外にチカチカ光る大きな飛行機が見えた。きっと近くに空港があるんだ。

「おや、今のはSAL505便だねぇ。ブルーライトだから、ドメスティックだ」
「えー、本当に判るんですか?」

SALと言えば、俺のスマホを壊した紅蓮の君の実家が運営してる会社のボーイングだよ。

素敵な(S)明日を(A)リードする(L)、サガサキエアラインズ♪
ってコマーシャルを知らない人は居ない。

あ、でも人気コマーシャルソング一位は、『笑顔で買い物にっこにこ♪ワラショク』で超有名な、激安スーパーワラショクだね。
嘘みたいに何でも安いから、あっと言う間に全国チェーンになっちゃったらしい。

山田先輩のお父さんが社長さんだって!

うーむ。
改めて考えると、うちの学校にはお金持ちしかいないなぁ。一年Sクラスには海外の王子様も居るって話だし、何か今更ビビっちゃうぞ。

「判るも何も、オジサンはサガサキエアラインズで働いてるからねぇ。今は有給休暇中なんだ」
「ええ?!そうなんですか?!」
「うん、そうなんです。東京本社の秘書課で、一番偉いんだぞ」
「ええっ!素っ敵な明日〜をリードする♪サガサキエアライ〜ンズ♪の、秘書!」
「その嵯峨崎航空で間違いない。然し、若い子はすぐにCMソングを覚えるねぇ」
「えへへ。今日もお空に太陽が〜にっこにこ〜♪」
「ワラショクと言えば、オジサンの息子はワラショクの本社で社長秘書として働いてるんだ。暫く電話もしてないな」

真顔で言った小林さんに、俺は凄い偶然だなぁと吃驚する。流石に勤め先まで嘘は言わないだろうから、本当に秘書なんだろうと思った。
秘書って、お偉いさんのスケジュール管理したりするんでしょ?ワラショク社長秘書って事は、山田先輩のお父さんの秘書って事だ。

運命的な偶然に気付いた俺は、言おうかどうしようか悩んで黙ってる事にした。
ただの高校生が、ワラショクの社長の話なんかしたら変だしね。俺が知ってるのは山田先輩だけで、先輩のお父さんは会った事もないんだから、無闇に話す事じゃない。

「そのワラショクから今度、まっちゃんラーメンとコラボしたカップ麺が出るらしい。まっちゃんラーメンの本社は岡山にあって、本店はギリギリ東京にあるんだ」

知ってます、めちゃめちゃ埼玉寄りに汚い本店があります!だってそれ、うちの店!

「ええ?!ワラショクとコラボなんて聞いてないですよ!えーっ、父ちゃん、いつの間にそんな大それた事を!ワラショクとか!超日本シェア!」
「ん?お父さん?」
「あ、えっと、まっちゃんラーメンのまっちゃんは、父ちゃんのアダナだったんです」
「そうか…松原瑪瑙君、だったね?ああ、まっちゃんラーメンの取締役の名前は、確か松原石英氏だ」
「凄い、父ちゃんってそんなに有名なんですか?!」

って言うか、社長らしい事なんか何もやってないんじゃないかな、父ちゃん。嵯峨崎航空の秘書だからこそ知ってる、って事かも。

「有名も何も、大学中退でラーメン修行を始め、二十代で独立、創業十年を迎える頃には南は沖縄、北は北海道までシェアを広げた敏腕社長じゃないか」
「おぇ?そうなんですか?」
「そうとも、養豚場を経営していた実家を継いで、豚から手作りの豚骨ラーメンは爆発的ヒットを未だに更新中だ。今では養鶏場も併設しているだろう?」
「あ、えっと、はい。養鶏場は茨城県に住んでる叔父さん達がやってて、養豚場は祖父ちゃん達が今は沖縄で!あ、あと、確か、父ちゃんの従姉の伯母さんが韓国に行ってます」
「釜山に支店を出すのは、社会的に賛否両論があったもんだ。あの頃は韓流ブームでねぇ、あちらには日本からお金が流れていたが、逆は有り得ないと言う風潮があってねぇ」

おお、経済のお話だ。
多分、俺が生まれた頃かその前の話だよ。俺が生まれた記念に韓国支店を作ったって聞いたから、俺には良く判んない。
それ以前は今の本店と増えた地方のお店を切り盛りしながら、何度か危ない時期があったって聞いたなぁ。ただでさえ外食産業全盛期は終わってて、ラーメンブームも下火の頃だったそうで、父ちゃんは会社員しながら店を回してた事もあったらしい。

その頃は養豚場を営んでた祖父ちゃんや叔父さん達が、父ちゃんの手伝いをしてくれてさ。
それがなきゃ、今のまっちゃんラーメンはなかったって。

「成功を掴んだのは、松原社長の手腕だ。ラーメンの神とファンの間で呼ばれている」
「ううっ、父ちゃん…。昔は毎日試作のラーメン無理矢理食べさせられて、何度家出しようかと思ったけど…!」

父ちゃんのラーメン、食べたいなぁ。
埼玉の本店の二階に住んでる父ちゃんには、正月に母ちゃん達も集まって会ったっきりだ。久し振りに家族が揃ったって豪快に泣いた父ちゃんは、朝までカラオケボックスで演歌を歌ってた。
カラオケのご飯につられて行った俺達兄弟は、眩しい朝日の下を死に物狂いで実家まで帰ったものさ。父ちゃんは徹夜カラオケ明けのガラガラ声で、元気よくお店に出てたよ…。

夕方から閉店までちょっと手伝っただけの俺は、お風呂も入らず死ぬ様に寝たらしい。

「父ちゃん…」

最後に見た父ちゃんの背中、何か小さくなってた様な…。
瑪瑙、お前はラーメンを作る為に産まれてきたに違いねぇや!って言って、俺がお湯を注いだカップ麺ずるずる啜りながら、ちょっぴり泣いてたし。

どん兵衛だったけど。

「ホームシックになってしまったかな?東京で寮生活してるって言ってたねぇ。判るよ、オジサンも寮生だったから」
「うっ、うっ、俺、いつもはホームシックなんかならないんですよぅ!う、うわぁん、父ちゃぁん」
「オジサンも泣いたよ、記憶にないけど。帝王院学園と言うド山奥に放り込まれて、風紀委員長なんかやっててねぇ…ふぅ。あの頃の生徒会長がもう、小生意気な俺様野郎で、ふぅ」
「み、みかどいん?帝王院学園は俺の学校、です。高等部一年です、俺…」
「おや?何たる運命的出会い。………成程、リンが素直に乗せた理由はそれか…」

ぼそっと呟いた小林さんの台詞は聞こえなかった。
ずずっと鼻を啜った俺は、まさか小林さんが大先輩だったなんて思わなかったから吃驚して、父ちゃんの事なんかすっかり忘れてる。

「風紀委員長だったんですか。今の風紀局長は物凄く美人だけど物凄く怖い魔王様なんです」
「はは、それは叶二葉だろう?」
「ええっ、何でそれを!」
「あれは俺の甥っ子だ。姫の叔父に当たる」
「ひょえ?!うっそ、白百合様の姪?!わわ、そう言えば超そっくり!美人な訳だぁ」
「オジサンは入学から卒業まで帝君だったものだが、甥は万年次席らしいねぇ。あの子は古文と地理が昔から苦手だった。役に立たないものを覚える必要性を感じない、ってね。ただの方向音痴の癖に」
「えっ、ええ?!」
「今度、あの子に地図を書かせてみると良い」

ひぃい、これって何気にとんでもない話、かも?!


*←まめこ | 可視恋線。ずちぇ→#



可視恋線。かしれんせん
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -