可視恋線。

台風が過ぎた様で勢力拡大中

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「あにょ」

じり、っと。
眼鏡が近付いてくる。

「ぅえ?!」

びくっ、と震えたら、怪しく光る眼鏡が何だか落ち込んだ様に見えた。しょんぼり肩を落としたレトロな眼鏡がしゅばっと膝を抱える。


何か悪い事をした気になった。


「…ぐすっ」
「えっと、…どなたですか」

うっかりそう呟いた俺に非はない筈だ。何せこっちは今さっきまでヤンキーにボコボコにされてた哀れな高校生、然も何の因果か尻まで危なかったのだから。
幾ら平凡な俺にも色々消化し切れない。平凡だからこそかも知れない。

「ふぇ?あ、僕はただのオタクです。脳味噌腐レッド色のただの平凡地味ウジ虫オタクです」

耳が悪くなった訳ではないらしい。ギシギシ痛む股関節とか脇腹とか鼻とかほっぺとかを気にしながら起き上がれば、すっと手を差し出してきた自称平凡地味ウジ虫オタクの眼鏡っ子が手伝ってくれる。
何か、いい人っぽい。

「あ、はい、自分はただの松原瑪瑙と申します。何かあの、すいませんでした」
「これはどうもご丁寧に。それより、あにょ」
「はい?」

起き上がれば、潰れたカツサンドが尻の真下に見えた。正確には無防備な股間の間に、ぺしょっと。
590円が、ご臨終している。


泣けてきた。


「ぅ、俺のカツサンドが…」
「あにょ、おパンツ履いた方が色々イイと思います…。僕はしがないオタリーマンですが、万一狼になってしまったらありとあらゆるBLテクを発揮してしまうかも知れませんにょ!」
「ふひ?あ、あああっ」

今頃すっぽんぽんなマイ相棒を慌てて手で隠す。
心持ち赤い頬のオタクさんがもじもじ地面に『萌』の字を書いているが、そんな事に気付く余裕はない。

キョロキョロ、履いていた筈のトランクス(メロン柄)を探すも見付からず、俺は泣きながら真っ赤な顔でズボンを引っ張り上げた。
恥ずかし過ぎて手が震える。ベルトは何だか変な形に歪んでるし、シャツのボタンも弾き飛んでる。ブレザーは草とか土でグショグショだ。


「畜生、あのヤンキー…っ」
「はふん、カツサンドちゃんがこんな所に!」

暗い殺意で平凡な俺が今こそジェイソンになりそうな(ならないけどね、勿論)時に、オタクさんが叫んだ。

「可哀想なカツサンドちゃん…ふぇ、こんなにスリムになっちゃって!」
「あ、それ俺の…」
「カツサンドちゃんがこんな酷い目に遭ったのは誰の所為ですかっ!魅惑のカツサンドちゃんが辱められるなんて、神様が許しても腐男子は許しませんっ」

泥塗れの潰れたカツサンドを木の根元に埋めた眼鏡さんが悲痛な声で合掌、カツサンド殺人事件の真犯人である俺もうっかり手を合わせてしまえば、足音もなく戻って来た星形眼鏡のデカイ人がカツサンドの墓(?)にポテチの袋を置いた。


いや、何だそれ。


「カイちゃん、カツサンドちゃんが…めそり」
「ああ、この曇り無き眼鏡で視た。潰したのはそこの少年だが、平凡受けの失態は俺様攻めが償うべきだ」

二人並んで両手を合わし黙祷したらしい眼鏡二人が怪しく光る眼鏡を押し上げ、しゅばっと立ち上がる。
俺はびくっと竦み上がる。

「おのれェ!今は一時休戦にょ!あの不良さんめっ、裸に剥いてチワワの群れに投げ捨ててくれるわァアアア!」
「ほう、その手があったか。二年Fクラス大河朱雀は裸に剥いて近場の噴水に飾ってしまった。…今から修正に行こう」

くるっと踵を返した長身は、然しオタクさんの手に捕まった。
何だか良く判らないけれど、タイガー何とかって言うのはさっきのヤンキーの事だろうか。

「イイにょ。まずはカツサンドちゃんを亡くしてしまったメニョちゃんに、お代わりをあげなきゃ、めー」
「メニョとはそこの少年か?一年Bクラス、松原瑪瑙」
「そーにょ、カイカイ調査員」

Fクラス。
帝王院の偏差値を著しく下げる、超極悪クラス。マフィアとか裏社会とかの息子が平気でのさばる超不毛地帯で有名な。
何せどうしようもなく素行も成績も悪い生徒だけが、然し寄付金の多さだけで辛うじて通学を許されているらしいんだ。まともじゃない。

「メニョちゃん、死んだカツサンドちゃんを忘れろとは言いませんっ。でもっ、過去はもう戻らないにょ!」
「あ、あの…」
「つまり新しい調理パンで怒りを治めろと言う話だ。如何なものだろう、一年Bクラス松原瑪瑙」

不良の玉手箱。
そんなクラスの生徒に、間違っても目を付けられたくない。SクラスやAクラスにも不良は居るけど、中央委員会が目を光らせてるから表立って悪い事はしないらしいし。


然しそこの星形眼鏡さん、貴方さっき、ヤンキーの腹殴って抱えていきませんでしたか?


「まずは手当てが必要か。開通未遂だったと思われるが、如何せん心の傷までは見分け様が無い」
「はっ!迂濶でございます。この僕とした事が、うっかり空腹に眼鏡が眩んでおりましたなりん」

よいしょ、と言う掛け声一発。
俺はオタクさんに抱っこされてしまった。それも片手で。



はぁあああ?!


「え?あのあの、ちょ、何、」
「カイちゃん、その玉手箱は何かしら?」
「ふむ、どうやら一年Bクラス生徒の社会科教材らしい」

星形眼鏡さんが段ボールを覗き込み、軽々持ち上げる。
あれ、秋葉原の御方はひ弱なんじゃないのか?
あれ、秋葉原は秋葉原でも二丁目的なアレですか。オカマママがキレたら男らしいみたいなアレですか。

「地理なら行ったつもりで地図みながら海外旅行、ハネムーンエッチに期待を膨らませるドスケベ攻めがアレやコレやの大奮闘!

  青い空、青い海、青い青春、性の春。
  渚で戯れる受けが砂浜で一生懸命膨らましたイルカボートに乗りながら!攻めの心も体もうっかり発情期っ。寧ろ俺に乗れ

『いってー、日焼けしちゃった』
『だからクリーム塗っとけっつったろ、馬鹿だな』
『じゃあさ、…ベッドの中で火傷したらどうしたら良いんだよ』
『あ?』
『お前に火傷させられたら!…クリームじゃ、治んないだろっ』
『はっ、…だったら何度でも舐めてやるよ。だからお前も、



  俺を火傷させたら、舐めろよ?』



  きゃーっ!


俺を肩に担いだ眼鏡さんが世界を震わせる叫び声を放った。


鼓膜を突き破る音の暴力。
鼻の穴も尻の穴も色々ヤバかった俺は、ついに耳の穴まで名誉の殉職を果たしたらしい。


「カイカイ調査員、スゥたんは要注意にょ。メニョちゃんを呼び出して告白タイムに持ち込んだら、是非ともパパラッチしなければなりません」
「ああ、大河朱雀は四六時中見張らせよう。…然し、墓に供えるポテチはコンソメ味の方が良かっただろうか」
「カツサンドちゃんは、きっとうす塩味でも怒らないにょ」



全く意味不明な会話を子守歌に、松原瑪瑙ブラックアウトしまっす。






せんせ、何か色々ごめんね。














「奴〜隷はいつもー、連続奉仕〜♪み〜んな楽し〜くー、ファックしましょー♪」

ドレミ的な鼻歌が聞こえる。
愉快げな歌声に見合った笑みを浮かべた美貌が、日本人の規格を無視した長身を持て余しながらヒョロヒョロ歩いていた。

辛うじてネクタイはしているものの、スラックスは目一杯下がった腰パン。それでもその長い足は良く判る。
通りかかる生徒らが皆一様に頬を染め、黄色い悲鳴を漏らしていた。明らかに素行の悪そうな生徒達も、男を見るなり律儀に頭を下げている。

「今日はあ、ボスと対面座位に挑戦しよっかなー。あは、隼人君ってばおっとなー。妊娠させたらどーしよっか、責任取っちゃおっかー」

何やらとんでもない独り言をほのぼの宣っている彼は、笑顔のまま並木道の噴水を横切り、



「あは」

満面の笑みでクルリと振り返る。
きゃあきゃあ騒ぐ小柄な生徒達に、青冷めた不良達、唖然としているその他諸々。
皆の視線は不自然なほど真っ直ぐ一直線に噴水へ向けられていた。

「なーに、1人でプール開きしてんのお?まだ4月なのにー」

水瓶座の模様と瓶を抱えた人魚の噴水に、素っ裸で浸かっている阿呆が見える。顔見知りの様だ。

「んあ?…何だ、ただの神崎か」
「隼人君にただのとか付けないでー、ただのあほ大河ばか朱雀ー」
「今の俺に話し掛けんな、折角の勃起が萎える」
「お巡りさーん、ここに変態さんがいますー」

引き締まった裸体を惜し気も無く晒した男はまるで風呂にでも入っているかの様な態度で濡れた髪を掻き上げ、ご立派な下半身を全く隠さない。
騒がしい周囲にも構わず、どころか毛嫌いしている神崎隼人を前に全く無関心だ。珍しいものでも見たかの様に首を傾げた当の隼人は肩を竦め、また鼻歌いながら歩いていく。

「あの星眼鏡、とりあえず今度殺す」

ぼんやり呟いた素っ裸野郎、大河朱雀と言う名前も態度も偉そうな男は噴水の縁に折よく畳まれて放置されている己の制服には見向きもせず、ただ真っ直ぐ並木道の向こうを見つめていた。
緑の布を握った左手で腹を撫で撫で、

「くっ、あの泣き顔で蹴られた腹が疼くぜ。畜生、ベロチューもしてねぇっつーのに…」

思い出すのは不細工とはいかないまでも特に特徴がない容姿の、グッチャグチャな泣き顔。
猫パンチ並みの蹴りを受けて、潤んだ目に上目遣いで見つめられて(実際は睨んでいた訳だが)、これまでに無い欲求を覚えた訳だ。

もうちょっとで合体していた状況も忘れて、自主的には滅多にしないキスを仕掛けるくらいには。


「あー、ビンビンだぜオメガウェポン」

呟いて空いた右手を躊躇いなく、曰くブラックタワーに伸ばす。黄色い悲鳴が響いた。
唖然としている不特定多数の視線に気付いていないのか否か、朱雀は衆人環視の中ブラックタワーを撫で撫でしているではないか。


変態だ。


隼人の言葉通り、これは最早視界の暴力だ。


「アイツ、突っ込んでガクガク揺さ振ったら泣きながら噛み付いたりすっかな…」

右手でブラックタワー、緑の布を握った左手で蹴られた腹を同時に弄る変態には最早突っ込まない事にしよう。


緑の布を良く見たらメロンのプリントがされている気がする。
布と言うよりトランクスに見えなくもない。



「あー、ガンガン犯しまくって泣きながら噛み付かせてぇ」

幸い彼の恍惚めいた独り言は、その行動に掻き消されている。ドMなのかドSなのか判断に悩むとんでもない台詞を吐いた美貌が、苦痛に耐えるかの様に眉根を寄せた。

「駄目だ、オナった事ねーからイケねぇ。…その辺の奴、適当に犯しとくか」

舌打ち混じりに呟いた男は漸く噴水を後にする。



「か、か、か、かわちー。今、今、今の、二年に戻って来たって言う朱雀の君だったよねっ」
「か、海陸。すすす朱雀の君だったな、掲示板に貼ってあった親衛隊新聞に載ってたっ」
「かっ、格好良かったけどっ、ななな何で裸で、ち、ちんちん丸出し?!」
「わ、判んないけどっ、僕のとはもう全く次元が違ったよ!あれは性器を甚だ逸脱した凶器だったよ!」
「だよねっ、だよねっ?!おれのちんちんがプチサイズなんじゃないよねーっ?!」



嵐が去った後の片隅の片隅に、目立たない平凡二匹が揃って昼ご飯を落としていた事になど、全くもって誰も気付いちゃいなかった。






「へっくしゅっ」
「…朱雀かよ?」
「おー、ヒロ。誰かが浮気してやがる、くしゃみが止まんねぇ、…くしゅっ」
「馬鹿じゃん、くしゃみは浮気じゃなくて噂されてる時に出んだよ(´Д`*)」
「あん?何だ、テメーも居たのか健吾」
「朱雀、何で裸なのか全く判んねーぜ」
「うひゃ、然も何で勃ってんのお前!(*/ω\*) 吐き気がするっしょ!(´∇`)」

所変わって変態さんは、上半身裸で日焼けサロンしている友達に出会っていたらしい。

「ま、健吾で我慢すっか。おい健吾、一発ヤらせろ」
「そして死ね┌|∵|┘」
「朱雀、パンツくらい履いた方が良いぜ」




露出狂三匹。
数分後、風紀委員会から追い掛けられる光景が見られた。


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