可視恋線。

荒れ狂う氷河期は大地震を呼びました

<俺と先輩の仁義なき戦争>




『何だよいきなり居なくなって、バカーっ、スケコマシー!ひっく、大河朱雀なんか性病で死んじゃえー!』

誰もが動けない中、新撰組の半被を纏う長身が恥ずかしげに頭を掻く。

「あは、日付間違えたあ。これ6月28日だねえ、あは」
「そ、総長、大丈夫やの?」
「気にしたらあかんっ、姐さんはほんまに総長のこと好き言うてはったし…!」

感電した様に硬直している朱雀に、松田と瀬田が恐る恐る近寄った。然し朱雀は動かない。

「パヤちゃん、映像はないにょ?」
「あるけどお、どれも先月だよお?これって腕時計の中に入ってたみたいだしー、あんま使ってなかったんだろーねえ」

ポンッとキーボードを叩いた神崎隼人の頭の向こう、モニターに平凡な顔が映し出された。大袈裟に動いた朱雀が、髭面で画面を凝視する。

「ま…まめりーぬ!」
「まめりーぬ?」
『はぁ。折角先輩から貰ったのに、山崎から取られそうになっちゃった。いいんだ、俺はこれから成長期なんだもん。その内ちゃんと似合う男になるんだからっ』

瑪瑙のドアップ。
腕時計を見つめながら拳を握った瑪瑙は、川田の声を聞きつけて時計をスラックスへ仕舞った。

『メェ、早く着替えなよ。第三グランドは遠いんだから間に合わないよ』
『わ、待ってよかわちゃん、置いてかないで!あれ?うーちゃんは?』
『海陸はサボるって。また訳判んないプラモ作ってるんじゃない、あの馬鹿』

映像はそこで終わった。着替えた瑪瑙と川田の足音が響き、スラックスの中の腕時計はそのまま充電切れした様だ。
瑪瑙の生着替えを期待していた男は無言でコンクリートを殴りつけ、ぷるぷる背中を震わせ顔を覆った。

「まめこ!せめて一瞬だけでも…!」
「変態や」
「総長、耐えるんや!」
「まだ諦めたらあかん、あかんで…!」
「あ、一昨日の動画あったよお」

隼人の声と同時に、叫び声。

『知らないよ!朱雀が呼び捨てにしろって言ったんだもん!俺の事はマーナオとか言ってっ、俺の名前は瑪瑙、松原瑪瑙だっ!畜生っ、日本に居るなら日本語使えってんだ、スケベ変態浮気者バカ朱雀ーっ!』

ビキッと固まった朱雀の網膜に、号泣している平凡が映った。舞い落ちるブドウパンツに川田が眉間を押さえ、宇野が乾いた笑みを浮かべる。

『まさか貴方様が松原瑪瑙様とは露知らずっ、ご無礼お許し下さいーっ!』
『えっ、まさかほんまにこの餓鬼が松原瑪瑙やの?!ケントが言ってた、総長のスマホの未送信フォルダに詰まってた?!』
『ええーっ、恥ずかしいポエムがぎっしり保存されてたっつー、あの?!』
『殺されてまう…!総長があんな恥ずかしい恋文したためた相手やろ?!なんぼ命あっても足らへんッ』
『え?えっ?恥ずかしい恋文って何ですか?!』
『『『すいませんでしたー!』』』

瀬田、松田、村瀬が顔を見合わせる。
そう言えばこんな事もあったなぁ、と笑っていると、凄まじい目つきの朱雀から睨まれた。
然し、瑪瑙がスマホを見つめた瞬間、目を見開いた朱雀が手を伸ばす。

『えっと、確か、メール画面は…』
「や、やめ、やめろまめこっ!駄目だ、そら今更だが誤字だらけで、」
『あ』
「うわーっ、やめろー!マーナオーっ!」
『まめこへ。俺はもう二俣はしない。血痕するまでタバコもやめる。好きだ。早く抱きたい。』

真っ赤な顔を両手で覆った朱雀に、ブレザー達から拍手か沸いた。このメールは恥ずかしい、不良が書いたメールとは思えない恥ずかしさだ。
クネクネ悶えるオタクは鼻血を吹き散らせ、心臓を押さえコンクリートを殴りつけている。ポコッと穴が空いたコンクリートに、もう一人のオタク大は素早く生コンを流し入れた。何処にそんなものを持っていたのか。

『冗談やない…!何で?!何でこんな餓鬼、何でやの?!私かて本気や!朱雀が言う事やったら何でもしてきたやんかぁ!』

リサの声で慌ただしくなり、恥ずかしげに俯いた清楚なワンピースのリサは川田にわざとらしく張り付く。

『リサさんをどうするの?!酷い事したら駄目だよっ』

瑪瑙の大声でリスキーダイス一同が都合悪げに目を逸らし、ブレザー達は固唾を飲んだ。可愛い後輩が不良を前に、ビビりながらも勇ましく向かっていく。
Sクラス全員が、瑪瑙のお父さんの心境でハンカチを握り締めた。

『な、何さらしとるんじゃ、餓鬼ぃ!』
『姐さんかて許さへんぞ、ゴルァ!』
『…っ。許さなかったらどうすんの?!女の子に手を上げる男の風上にも置けない不良の癖にっ、俺みたいな弱い奴ボコボコにしたいならすれば良いじゃん!バーカ!』

凛々しく眉を吊り上げ、然し真ん丸な目は吃驚顔のまま。ぶわわっと涙を溢れさせながら、自分を傷付けた女性を守ろうとしている。
感動で前しか見えない。泣きながらデジカメを構えるブレザー達は、リサがうっとりとモニターの瑪瑙を見つめている事に気付かない様だ。

『朱雀なんか怖くないんだよ!何がリスキーダイスだ、何が関西最強だぁ!カルマの方が格好いいもんっ、紅蓮の君の方が朱雀より強かった!星河の君の方が性格悪いし!遠野先輩の方がずーーーっと凄いんだからぁ!』

ブチッと言う音が朱雀から響き、慌てて松田と村瀬は朱雀を羽交い締めにした。すぐに録画停止ボタンを押した瀬田も、躊躇わず土下座する。

「堪忍や、許して下さい総長!姐さんに傷付けた挙げ句、泣かしてしもてすいませんっ」
「耐えてや、今は耐えてくれ総長!姐さんが見付かったら殴ってええさかい、耐えてや!」
「あかん、ワシらじゃ手に負えん!誰か加勢してや!」
「離せゴルァ!嵯峨崎殺すっ、腐れ嵯峨崎とカルマを今からぶっ殺してやるぁ!離しやがれゴルァ!」

どうやら、瑪瑙の怪我云々ではなく、瑪瑙がカルマを誉めた事が原因らしい。一通り暴れる朱雀をひょいひょい避け続けたオタクは、鼻血と涎を垂れ流しながらキーボードをいじり、モニターに張り付いている。

「ゼェゼェ、ハァハァハスハス、メニョたん、怖い子!腐を極めたこの僕を萌え殺しかねないにょ!ハァハァ、涙目のメニョたんハァハァ」
「テメェ!俺の嫁を厭らしい目で見てんじゃねぇ、腐れカルマが!」
『ユートさん、今からアルバイトなの?』

再び瑪瑙の声が響き、モニターに一瞬だけ映像が映った。びたりと動きを止めた朱雀が、素早く瀬田を見やる。目を見開いた瀬田は無言で頷き、皆に緊張が走った。

『もう12時回ってるよ?』

朱雀から貰った腕時計で時間を確認したらしい瑪瑙の声と、瀬田の声。暫くして瀬田の声がなくなり、瑪瑙の息遣いだけが漏れた。
映像は相変わらず、音声のみ。

『…俺が大阪に行こうなんて言い出したから、だ』

小さな呟きだ。
泣いている様にも聞こえる呟きが、ポツリポツリと零れ落ちる。

『先輩に会いたいなんて我儘言わなきゃ、かわちゃんもうーちゃんも、怪我なんかしなかったっ。リサさんにヤキモチ焼いてる癖にっ、カッコ付けて守った振りなんかして!…俺なんかが、朱雀先輩に好かれる訳ないじゃん!うぇ』

呆然とモニターを凝視している朱雀は寝ぼけた様な表情で、川田も宇野も勿論他の誰もが、知らない瑪瑙の声を聞いていた。
そこで途切れた画面だったが、ニィっと唇を吊り上げたオタクがこっそりキーボードを叩いた瞬間、今度は映像を伴った瑪瑙の啜り泣きが映し出される。

明らかにドラマじみたアングルだ。
リュックサックの中にある腕時計からの撮影でないのは明らかだが、誰も気付かない。

『う、うぇ、朱雀せんぱぁい…。もう俺の事なんか嫌いになっちゃったのぉ?ぐすっ、だから居なくなっちゃったのぉ?ひっく、俺がバカでチビで童貞だから、うっ、うぇぇ、朱雀せんぱぁい』

炬燵布団に顔半分埋め、ゴシゴシと目元を拭う姿。きゅっと眉を寄せた川田が村瀬の腕を掴み、唇を噛んだ宇野は固く拳を握っている。

「毎晩、だよ。こんなのっ、毎晩見てきた!俺達が寝たふりしてる間、まっつんはいつも泣いてたんだ!全部、朱雀の君の所為だよ!」
「…」
「これ見てもまだ、まっつんが好きなら、それなりの覚悟を見せてって言いたいけど…」
『朱雀先輩、ちゃんとご飯食べてるかなぁ』
「…そんな事したら俺、まっつんから嫌われちゃう」

ゴシゴシ目元を拭いながら、スポーツ番組が映し出されたテレビをリモコンで消した瑪瑙が立ち上がる。
微かなノックの音に応対する様だ。

『はいはーい』
『ニイハオ、マーナオ』

低い、男の声。
反応したのは朱雀だけ、無人の部屋を映し出すモニターを眺める川田も宇野も、緊張で固まっている。

『ひゃう!』
『…ん?どうした、いきなり寝てしまったぞ。マーナオ、これ、起きないかマーナオ』
『夜分に騒いでは御近所の迷惑になりますよ』
『いかん、朱雀の養い子に迷惑を掛ける事になる。良し、我が抱いて運ぼう』
『ご命令下されば吾がお運び致しますよ』
『何を言うか、息子の后は我の娘も同然ぞ。この大河白燕、腐っても娘を他の男に触らせたりはせん。おぉ、マーナオ。見た目より重いぞ…腰に響く…』
『社長、お年をお忘れですか?社長はもう五十歳になられるんですよ』

ぷるぷる震える朱雀が眉を恐ろしく吊り上げ、牙を剥いた。


「やっぱりあんの糞親父が犯人か!」

ビリビリ大気を揺さぶる叫びに、オタクは素早く逃げた。二年S組と書かれたペナントを振った委員長に従い、ぞろぞろとブレザー達も居なくなる。

残されたのは、リスキーダイス率いる憤怒の表情の朱雀と、どうして良いか判らない川田&宇野だ。

「そ、総長?ほな、諸悪の根元は、総長の親父さんて事?」
「まっさか、オトンが関わっとるやなんて…」
「マジかい…あ、総長、ケータイ鳴っとるよ。…着うたが演歌て」

朱雀が激怒の表情で震えながらスマホを取り出し、ぼいっと投げる。どうやら登録外着信らしく、表示されているのは番号だけだ。

「総長、出ぇへんの?姐さんかも知れんで?」
「変な勧誘かも判らんし、ワシが出たるわ。スピーカーにしたら全員に聞こえるし…もしもし?」
『大変だよー、大河ー!』

朱雀のスマホを拾った松田の鼓膜を、キーンと貫いた大声はやけに聞き覚えがあった。大変だ大変だと何度か繰り返す背後に、救急車のサイレン。

『松原君が居なくなってるって!どうしようっ、二葉も運ばれてっちゃったから役に立たないし…!俺が目を離した隙にこんな事になっちゃって、謝る言葉もないよ!ごめん大河!盗聴器も探知機も香り記憶センサーも付けてないんだ!せめて防犯ブザーだけでも持たせとくべきだった、どうしようっ』

捲くし立てる声の主に、無表情でロッカーを殴った朱雀は小刻みに震えている。何から怒れば良いのか判らない様だ。

「テメェ、山田ぁ!最初から説明しやがれ!テメェはその後に嬲り殺す!」
『ひぃ!たたた大河、俺なんか殺しても一円の得にもならないからねー!説明するから冷静にっ、冷静に話し合おう!』
「これが冷静になれっか糞が!まめこに何かあったらテメェ八つ裂きにして俺も死ぬぞゴルァ!」
『はぁはぁ、だだだ駄目だ、胸キュンしてる場合じゃない…。まず、松原君は昨夜、君のお父さんに県境の旅館へ連れられてたんだ』

今から場所を知らせる、とスピーカーの向こうから伝えられ、朱雀のスマホにメール着信が表示された。通話をそのままに、急いでメールを開いた村瀬が手を叩く。有名な宿だ。

『俺が居場所を掴んだのは今朝で、すぐにチェックインしたんだけど、やっぱり大河相手じゃ俺には手が出せなくて…』
「何でまめこが居なくなったって判ったんだ?」
『大河社長が昼になって出掛けて、さっきまで祭先輩と一緒だったんだ。その先輩がさっき部屋に行ったら、もう松原君の姿はなかったって!寝てると思ってたから見張りも居なくて、冗談抜きに行方が判らない!つい今さっき俊にも連絡したんだけど、』
「一大事ざますわょー!」

皆が振り返った先、髪を振り乱し駆け込んできたオタクが、ヒビ割れた眼鏡で朱雀を見やる。

「二葉先生め、メニョたんの用心棒を選りに選ってユーヤン達に押し付けるなんてっ!あの二人がサボらない訳ないのにィ!めそり」


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