可視恋線。

悪天候でも風光明媚な観光名所は不滅

<俺と先輩の仁義なき戦争>




カラオケ、遊園地の観覧車、洒落たホテル。恋人同士のデートコースらしい。
冗談だろ・と、笑った記憶がある。他人と密室空間に閉じ込められるなど、愚かの極みだ。

同じ布団で眠る?
他人の前で瞬きより長く目を瞑るなど、考えられない。自ら殺してくれと乞う様なものだ。
肉欲を交わす時は必ず屋外か、人の気配がある所に限る。
無防備に裸を晒す瞬間。密室で密やかに、など。有り得て堪るか。

人生を高らかに謳歌せよ。
この体は母から与えられ、母から守られたものだ。何からも縛られず何からも自由に、思うまま生きる義務がある。


違うか?



「わ〜、不良さんがいっぱぃだぁ」
「野上委員長、写真撮影は自由なのかね?記念の集合写真を僕の一眼レフで撮りたいのさ」
「トイレが何処にあるのか教えたまえ、そろそろ我慢の限界なのさ」

何の前触れもなくぞろぞろやってきた白ブレザー集団に、リスキーダイス一同は飛び上がる。

「溝江君、宰庄司君、まず整列して点呼を取らないと。委員長が可哀想だよ」
「武蔵野君はプリキュアの天敵のコスプレになりきってて、話が通じないし。あ、安部河君。鹿煎餅の残りはもう食べても良いかな?」

どれもこれもただ者ではない雰囲気の集団は、後からやってきたボサボサ頭の眼鏡二人がピーと笛を吹くなり、目にも止まらぬ速さで整列した。

「はいは〜い、皆さん、此処は不良さんのアジトですにょ。Sクラスには馴染みがないかも知れませんが、とっても怖い所なりん」
「良いか、此度の見学旅行は学級日誌制作の取材目的だ。一同、目的を見誤らぬ様に」
「「「「「はーい」」」」」
「では点呼を確認する。50音順で一番、安部河桜」
「は〜い。カイ君、やっぱり席順の方がしっくりくるんじゃなぃかなぁ?」
「そうか。ならば主席帝君、遠野俊」
「はァい!今日も誠心誠意ハァハァしま〜す!」

きゃぴん、と眼鏡を光らせたオタクがしゅばっと手を上げ、明らかに2メートルを越えてそうな長身の黒縁眼鏡が親指を立てる。
パシャパシャその光景を撮影している他の生徒らは、にこにことオタクを見守った。余りの光景に、リスキーダイスは言葉がない。

「次席、神崎隼人」
「いま隼人君はちょー忙しいんだからあ、カメラ向けられてもお仕事しないからねえ」
「はっく〜ん、こっち向いてぇ。新撰組とっても似合ってるよぅ」
「ありがとー。さっちん、誉めてもピースしかしないからねえ」

パソコンに齧り付いている金髪灰メッシュに、ふくよかな少年がデジカメを向けている。

「三席、錦織要は公欠。四席、溝江信綱」
「カイ引率陛下、僕は此処にいるのさ。おや?そこに見えるのはタイガーではないか、久し振りだねフェニックス=タイガー」
「同じく四席、宰庄司影虎」
「カイ先生陛下、トイレは何処にあるんだい?うっかり零れてしまうのさ」

サラサラの茶髪を掻き上げる貴族チックな青年が、頭痛を耐えているらしい朱雀の肩を叩いた。バシッと振り払われても表情を変えず、大らかに頷いた彼は、傍らの黒髪ボブの青年へ振り返る。

「宰庄司、君の親友の大河が居るのさ。三年振りの対面だ、語り合いたまえ」
「大河、久し振りなのさ。虎繋がりの僕達だったけれど、君は今もタイガーグッズを集めているのかね?」
「宰庄司くぅん、大河君はぁ、虎よりヒョウ柄が好きだったよぉ?あ、大河君。僕のこと覚えてるかなぁ?久し振りぃ」

マイペースな二人を遮り、無表情で青筋を立てている朱雀の前に姿を表したのは、ぷるるんと腹を揺らした少年だ。

「安部河。…オメ、また太ったんじゃね?」
「そぉかなぁ?俊君達がいっぱい食べるからぁ、つられちゃってぇ。セイちゃんがいつも食べ物くれるからかもぉ」

にこにこと愛想良く笑う彼は、痩せれば男前好青年だろう。が、如何せんぽやぽやしているので、自分の外見に気付いていない。
昔は此処まで社交的じゃなかった覚えもあるが、朱雀は安部河桜と言う元クラスメートは嫌いではなかった。

「アゼルバイジャンは元気かよ。あんだけベタベタしてた癖に、喧嘩してたって聞いてっぞ」
「ぁ、去年色々あってぇ、仲直りしたんだぁ。僕ねぇ、今は左席委員会の和菓子係なんだよぅ」
「和菓子係ぃ?何だそりゃ」
「イチ先輩がぁ、書記と洋菓子係でぇ、ぁ!ヒロ君とケンちゃんがぁ、毒味係なのぉ」
「誰の話だ?オメーの喋り方は相変わらず苛々すんぜ、トロトロしやがって…」
「だからぁ、紅蓮の君とぉ、藤倉君とぉ、高野君だよぅ」
「嵯峨崎だと?!オメー、あんの糞野郎と連んでんのか?!」

ぽよん、と安部河の腹を殴った朱雀の頭を、後ろからガシッと掴む恐ろしい握力の手。
ヒィッとリスキーダイス一同が悲鳴を上げたのは、朱雀より背の高い白髪ベリーショートの長身が、凍り付く様なロシア系の美貌で朱雀の頭を握り潰そうとしていたからだ。

「高が中国マフィアが、俺の桜に触れるのは許さない。…息の根を止めるぞ、大河朱雀」
「ちっ、やっぱりテメェも居やがったな東條…!三年の癖に二年に紛れやがって、カスロシアンが!」
「セイちゃん!暴力は駄目だよぅ、暴力はぁ!誰かぁ、あっ、そこ不良さんっ」
「えっ、ワシ?!」
「セイちゃんを止めて下さぁい。セイちゃんはぁ、ロシアヤクザの組長さんなんですぅ」

松田に張り付いたメタボがほのぼの宣い、痙き攣った松田はブンブン頭を振った。酒屋の息子に二代マフィアの仲裁など、冗談じゃない。

「マフィア先輩!ハァハァ、桜餅を悲しませるなら僕が許さないにょ!ハァハァ」
「俊、マフィア萌えしている場合ではない。俺にはどちらが攻めか見分けが付かん」
「ヤリチン不良×堅物図書委員長…ハァハァ!カイちゃんっ、そこに敢えてイギリス系マフィアのカイちゃんが混ざってしまうとっ、オートマチック涎が止まらないにょ!ハァハァ」
「イギリス系ならば高坂が適任だろう、残念だが俺にはお前しか見えない。俊、涎が水溜まりになっているぞ」

ポカンと固まっていた川田が村瀬に張り付き、同じくポカンとしていた村瀬も漸く動き出す。瀬田の写真を撮りまくっている白ブレザー達を指差した川田は、

「え、え、Sクラスの皆様だ…!然も二年Sクラスっ、学園で最も優秀な進学科で、お金持ちばかりだって話しだよ!」
「ほんまか?普通やないのは判るけど、あれがほんまにSクラスやの?」
「そう!天の君はお母様がお医者さんの家柄で、お父上は帝王院財閥の現当主っ!帝王院学園の最高理事長!」
「あ、あれがカルマの総長やて?!あのもっさいオタクがか?!昨日と別人やないか!」
「星河の君は天の君の又従兄弟で、お祖父様同士がご兄弟だったんだって!現役モデルで、朱雀の君以上に節操無しって話だよ!」
「お…おぉ、ハヤトやな。雑誌とかCMとかで見た事ある」
「錦織様は祭財閥の次男で、白百合様の右腕だったとか…。祭財閥は大河家の秘書的な家柄だから、マフィアの最高幹部…だな」

情報通の川田にヘェヘェ感心している村瀬は、涎を垂れ流したオタクが色紙を抱えて見つめてくるのに気付いた。
朱雀はロシア人と睨み合っているので役に立たない。もっさり黒髪から怪しく眼鏡を光らせたオタクが、じりじり、クネクネ近付いてくるのを止める人間は居ない様だ。

「カ、カルマ」
「ハァハァ、む、村瀬きゅん。ハァハァ。ゆりりんを早速押し倒した勇者様ァ!」
「おぇ?!ちょ、何で知ってんねん!わわ、来るなっ、あっち行けや、きしょいねん!」
「ハァハァハァハァハァ、さ、サイン下さい!ハァハァ『荊の六畳』には感動しましたっ。後編も期待してますっ」

色紙をしゅばっと差し出してくるオタクに、痙き攣った村瀬は川田へ抱きつき、

「良い加減にせんねっ、こん馬鹿達ぁ!僕みたいなんが委員長やき、舐めちょおっちゃなかね?!」

生真面目そうな眼鏡の少年が叫んだ。
ギクッと震え上がるブレザー達は、悲壮な表情で少年を見つめている。中でも真っ青なオタク達はいつの間にか二人並んで正座し、博多弁で怒鳴り散らす少年を見上げていた。

「人様のアジトに入らせて貰っとる立場で、ほんなこつ何を暴れ回っちょるんね!揃いも揃って良い年しちょって挨拶もせんで、つまらん!山田君に言いつけるばい!」
「ふぇ、あにょ、ごめんなしゃい野上委員長しゃま…」
「眼鏡の底から反省している、どうか寛大な心で許せ委員長」
「はぁ。…本当に反省してる?なら良いんだ、ごめんね、僕すっかり我を見失ってしまって」

恥ずかしげに微笑んだ少年は、ブレザーを見渡しビクッと竦ませながら、朱雀率いるリスキーダイス一同を見やり、深々頭を下げる。

「お騒がせしてすみません。帝王院学園進学科二年Sクラスの級長をしています、野上直哉と言います。そちらがリスキーダイス総長の松田さん?すみません、名刺が遅れまして」
「あ、あや、はぁ、これはどうもご丁寧に…。ワシ名刺持ってへんのやけど…」
「いえいえ、これは先週の学級日誌に付録で付いていた名刺なのでお気遣いなく」
「そ、そうでっか」

善人そうな気弱な笑みに、松田の巨体も縮こまった。マイペースなブレザー達を黙らせたこの委員長は、恐らく最強だ。見た目は大人しそうなイケメンだが、怒ったら怖いO型の匂いがする。

「君が大河君だね?君が降格した後、九州分校から入れ違いで昇格した野上です。いつも萌えさせて貰って、有難う」
「あ?何だテメェ、気安く近寄んな」
「判ってる、大河君は松原君以外には容赦ないんだよね?僕、BLって今まで良く判らなかったんだけど、君の不屈の精神には感銘した!」
「あぁ?」
「振られても振られてもめげず!叩かれても蹴られても鼻の下伸ばしてっ、来る日も来る日も松原君の股間を狙い続ける君は、英雄だ!13時間授業の合間に応援しているからっ、頑張って…!」
「何か良く判らんが、判った。この俺の生き様とくと見とけ、モガミ」
「五月雨を〜集めて早し…野上だよ」

熱い握手を交わす朱雀と眼鏡委員長に、皆から拍手が送られた。
感動で咽び泣くオタクは色紙を川田に渡し、狼狽える川田のサインを抜け目なくゲット。呆然としている村瀬の親指に朱肉を塗り付け、拇印を入手する事にも成功した様だ。

「はァ。王道過ぎて忘れがちだった不良×優等生…、王道には王道たる理由があるにょ」
「ふむ、ヒロアーキ副会長は近年恐るべき早さで凶悪化し、我々の手に負えん。セカンドが先程、刺殺体で救急搬送されたらしい。ダイイングメッセージには、お日様のマークが書かれていた…と」
「ぷはーんにょーん!あの魔王を刺したなんて、どんな凶器かしら!伝説のエクスカリバー?!まさかっ、オメガウェボン?!」

素早く朱雀のスラックスを覗き込んだオタクの眼鏡が吹き飛び、大事な所を丸出しにされた朱雀は無表情で腕を組んだ。羞恥心は欠片もない。

「あ、アルテマウェポン…!」
「おう、どうだ俺のオメガウェボン改は」
「ヒ、ヒィ、カイちゃんに並ぶビッグバン!メニョたんにボ●ギノールをお贈りせねばなりませんにょ!ほぇほぇ」

遂にオタクは朱雀の股間を拝んだ。ブレザー達がフラッシュを焚きまくる中、朱雀以上の無表情で眼鏡を外した長身がスラックスを脱ぎ、リスキーダイス一同から尊敬の眼差しで見つめられている。

「お、おぉ!何っちゅー反り!艶!形!」
「何で勃起しとるか判らんがいや知りたくもないが、無表情の中にキラリと光る堂々とした表情!」
「神や、あら本物の神やで…!」
「うち拝んどこ!」

カオスだ。
この状況にも狼狽える事なくキーボードを叩き続けていた長身は、組んでいた長い足を解し振り返る。

「ボスー、終わったよお。データはこっちに移したからあ、空っぽのコアはブッ壊れたスマホの増設に使ったらあ?」
「あらん、流石モテキングさん。手の早さと仕事の早さはピカイチざます!よちよち」
「はっく〜ん、それでぇ、松原君は何処に行っちゃったのぉ?事と場合によってはぁ、セイちゃんが助けてあげてねぇ」

村瀬自作のパソコンモニターを、全員が固唾を呑んで見守った。真っ暗な画面に、慌ただしい音が割り込む。


『朱雀先輩のバカー!変態ー!』


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