可視恋線。

お日様燦々な真夏日をお伝えします

<俺と先輩の仁義なき戦争>




ひらん。
ひらひら、ひららん。

殴られるのを覚悟し川田を抱き締め目を閉じた村瀬と、極悪犯宜しく青筋を立てた朱雀の間。
舞い落ちた一枚の写真が、フローリングの上に着地する。

「地下鉄のドアに挟まれた松原瑪瑙15歳、夏!新原宿駅ホームにて」

足元を凝視した朱雀の拳から力が抜け、しゅばっとカードの様に写真を取り出した山田太陽へ、全ての視線が集まった。

「二番!初めて食べた本場のたこ焼きの熱さにうるり涙目ショット!三番!橋の上で犬の尻尾踏んで追い回された挙げ句っ、泣きながら欄干によじ登る劇的ショット!」
「あ、あ」
「極めつけはこれだー!バスを小学生料金で乗り切った後のどや顔ショッツッ!あははっ、どうだい大河!お前さんの居ない間も、松原君は元気一杯成長していたんだよー」
「あ、ああ、あ」
「一枚5000円」
「各二枚ずつ、お願いしま、す…!」

がくりとうなだれた朱雀が鼻を押さえ、フローリングを殴りつけている。フッとニヒルに笑った太陽が「まいどあり」と囁き、リスキーダイス幹部らは息を呑んだ。

「何ちゅーやり手や…。えぐい商売にも程がある…っ」
「手も出さずあの大河朱雀に血を流させよった…!」
「見ろ、札束を見るあの悪い目ぇ!札の数え方がミナミの帝王や…!」
「ふ。新モデルのプレステ5ゲット。…悪く思わないでくれよ、大河」

ダンディーな表情でドアの外れた玄関から出て行く彼を、止める者は居ない。が、くるっと振り向いた太陽は最後に、身を寄せ合う川田と村瀬へ一枚のチケットを差し出した。

「ギフト券801円分です。有難う川田君、いいものを見せて貰ったよー」
「えっ?いいものって…」
「何で801円やねん?中途半端過ぎるやろ」
「次はちゃんと最後までシてねー、期待してるから!じゃ、うちの彼氏が今にも殴り込んできそうだから帰るよ」

明けていく薄暗い空の下、キランと光る何かを見た川田と村瀬は沈黙する。じわじわと太陽の台詞の意味を理解し、ボフンと赤くなった川田が倒れ、村瀬が悲鳴を上げた。

「ゆう君、どう言う状況なんだろうね、これ」
「頭悪いうちに聞かんといて」
「おい、総長固まっとるど。アップルは何や使い物になれへんし」
「ゆりりん、死ぬなゆりりん!まだワシら前戯止まりやのに、逝ったらあかん!」

無表情で鼻血を拭いながら写真をスラックスの中へ突っ込んだ朱雀が立ち上がり、幾らか落ち着いた表情で髪を掻き上げる。同時にネクタイが外れ、足元へ落ちた。

「今すぐまめっちゅの行方を調べる。侑斗と茂雄は人手を集めろ。凛悟は網張れ。今すぐ!」
「っ、はい、了解や!」
「人使い荒いわ、久々やのに…」
「有利!起きや有利!あかん、寝顔も可愛いやないか…。流石ワシのゆりりん、ったぁ!何すんねん総長っ」
「今すぐ、っつったんだ。俺の日本語はそんなに可笑しいかぁ、凛悟…」

痙き攣った村瀬が川田を抱え、慌てて部屋の奥へ消える。慌ただしく出掛けていった松田と瀬田を呆然と見送った宇野は、どうしたものかと朱雀の横顔を見上げた。

「あのぉ、朱雀の君…」
「はぁ。まめな、たこ焼きごと喰っちまいてぇ。んな可愛いまめみを野放しにしちまうとは…!MY一生の不覚!」
「あのー、朱雀の君ー?」
「こんな俺に愛想尽かしたのかまめりーな!はっ、まさか実家に帰っちまったんじゃ?!」
「まっつんが『朱雀先輩だぁい好き』って言ってました」
「マジか」

漸く宇野へ振り返った朱雀に脚色しているとは言わず、へらっと痙き攣った笑みを浮かべた宇野は、ペコリと頭を下げる。
眉間に微かな皺を寄せた朱雀を見やり、瀬田が置いていった瑪瑙のリュックサックを持ち上げた。

「まっつんの為に迷惑お掛けしてすみません。友人としてお礼を、」
「オメーの礼なんざ要らねぇ。部外者は引っ込んでろ」
「…部外者じゃない」
「あ?」
「俺も川田も、貴方よりまっつんと長く過ごして来たんだ。貴方よりずっとまっつんの事知ってて、貴方よりずっと信頼されてる」

笑ったまま吐き捨てた宇野は、きゅっと眉を寄せて笑みを消す。
真っ直ぐ、真剣な表情に僅かな怒りを滲ませ、目を細めた朱雀を睥睨した。

「俺らからしたら部外者はアンタだよ、大河先輩。弱い一年生追い掛け回して、酷い事ばっかしてきた…アンタの方だ」
「…舐めてんのかテメェ」
「遊びなら許さないからな…!気紛れで人間一人の人生掻き乱してんじゃねーよ、くそが!」

早口でまくし立てながら、瑪瑙のリュックサックを開き逆さにした宇野の足元に、ばらばらと中身が落ちた。今にも殴りかかりそうな朱雀の爪先に当たったのは、瑪瑙にはゴツい腕時計だ。

「いい加減にしてくれよ!アンタが居なくなってから、まっつんはまともにご飯を食べなくなった!毎晩毎晩、布団の中で声殺して泣いてばかりだ!なのに、隠し事なんかして来なかった筈の俺達の前じゃ笑ってる!…舐めてんのはアンタだろ!何してくれてんだよ、全部アンタの所為だ!ざけんな!」

焼け焦げた枝豆のキャラクターに気付いた朱雀が目を見張り、身を屈めてその小さなシンボルを掴む。
一部始終を睨みつけている宇野の肩が上下し、奥から川田の啜り泣く声が聞こえてきた。

「はぁ。…少しでもまっつんが好きなら、今すぐにやめて。不良の総長ってだけでも十分だってのに、マフィアなんて冗談じゃない。まっつんが傷付くのが判ってて、俺はこれ以上、貴方に好き勝手させられない」
「………友人として、か?あ?」
「まっつんを馬鹿にするのは誰だろうが頭に来るんだよ!まっつんを揶揄って良いのは俺と川田だけだ!アンタみたいに、俺達はまっつんを傷付けたりしない!」

拳を固めた朱雀が腕を振り上げ、反射的に宇野は目を閉じた。それでも一歩たりとも逃げなかったのは、微かな意地からだろうか。



ぽすっ。


「………は、え?」

痛みの代わりに、頭に軽く衝撃。
恐る恐る片目を開ければ、悪魔の様な笑みを浮かべている凶悪な顔がある。思わず悲鳴を飲み込んだ宇野の頭を、ごしゃごしゃ掻き乱した悪魔と言えば、

「糞舐めてる餓鬼だが、一応、オメーがまめたを本気で心配してるっつーのは判った。寛大な心で許してやる…」
「うわっ、あたっ、あたたた、あたっ」
「但し、二度はねぇ。今度つまんねぇ事ほざいたら、幾らまめおのダチだろうが、コンクリで頭かち割ってゼリー詰めにして海遊館に沈めんぞ」
「痛ぁい!」

恐ろしいのか恥ずかしいのか判らない殺害予告に痙き攣った宇野から手を離し、座り込んだ朱雀は散らばった瑪瑙の荷物を一つ一つ拾っていった。

ぽかん、と。
騒ぎを案じたらしい村瀬が覗き込んだまま口を開いているが、宇野も同じ様なものだ。まさか殴られもせず撫でられるとは、誰が想像しただろう。
恐ろしい握力で撫でられ凄まじい痛みだったが、壁に穴を空ける様な拳より随分マシだ。

「…何で焦げてんだこれ。そう言や携帯壊されたとか言ってたか」
「ま、まっつんのスマホは、紅蓮の君が触って爆発したって言ってました。弁償するって言って、本体は持ってかれたって…」
「あんのクソ嵯峨崎か…!いっぺん殺す!」
「朱雀の、君」
「何だよ。突っ立ってねぇで、オメーも片付けろ。まめよがキレたら引きずり回すぞゴルァ」

言いながら、全て一人で片付けた朱雀が立ち上がり、外に出て行こうとするので慌てて手を伸ばす。
無意識に恐ろしい男の腕を掴めば、すぐに振り払われた。だが、怒っている様ではない。

「触んな、嫁以外に触らせたら裁判じゃ浮気判定になるらしい。生活費は稼いでも、慰謝料なんざ一元も払いたかねぇ」
「は?慰謝料って?」
「ぐだぐたほざいてるところ悪ぃが、少しでも好きなら離れろだったか?少しじゃねぇから、死んでも離れねぇよ。墓場も一緒だ」

唇の片端だけで笑った朱雀に沈黙した宇野の頭の中は混乱一色で、何を言われたのか少しも理解出来ない。
同じく、忙しなく瞬いていた村瀬と目が合い、先に口を開いたのは村瀬だ。

「まっさか、アンタ、嫁って本気かい?!道理でその目ッ!さっき一瞬、赤うなった!」
「あ?…ああ、カラコン忘れてたぜ。マジかよ、今まで裸眼だったのか俺。うっわ、恥ずかし。ケツの穴見られるより恥ずかし!」

きゃ!っと顔を手で覆う朱雀のベルトに、地下鉄のドアに挟まれた不細工な瑪瑙の写真がある。この男がシャツをスラックスにインしている姿を見るのは、恐らく誰もが初めてだろう。
羞恥心皆無だとばかり思っていた男が顔を覆ったまま、指の隙間からキッと睨んできた。ほんのり顔が赤いのか気持ち悪い。

「その瞳、もしかして姐さんには見せてんの…?ワシらにも一回しか見せんかったのに」
「あらぁ、たまたま風呂上がりにオメーらがズタボロな面ぁ見せやがるからだ。ったく情けねぇ、あんな雑魚共に手こずりやがってタコ」
「雑魚て!ええやないか、結局アンタ居らんでも勝てたんやし!」
「健吾一人に惨敗しておいて抜かすな。オメー、また派手にやられてんじゃねぇか。腹の痣、さっきより黒くなってんぞ雑魚」
「雑魚言わんといて!こんの化けもん!怪物!」

情けない顔で捨て台詞を残し顔を引っ込めた村瀬に、カッカッカと馬鹿にした笑い声をわざとらしく響かせる朱雀。
それをただひたすら見つめていた宇野は、ぽつりと。半ば無意識に呟いて、肩から全ての力を抜いた。

「…何だぁ。朱雀の君、まっつんの事が超好きなんじゃん。セクハラばっかりしてるから、平凡顔が好みの手が早い変態…コホン。体目当てだと思ってた」
「何だその最低野郎は。ぶっ殺すぞテメェ、俺を何だと思ってやがる」
「男女の見境なく手を出すセックス狂、かなぁ?は、はは…すみません!ごめんなさい!」
「野郎…!言い返せねぇ自分に腹が立つぜクソが!旧式のオメガウェボンにゃターゲットセンサーが付いてなかったんだよ!ああ、クソ!死ぬ!」

ガツガツと壁を蹴っている朱雀の腹から写真が一枚落ち、犬にビビって欄干に登ろうとしている瑪瑙の、一生懸命威圧感を出そうとしている顔が朱雀の目に映り込んだ。
ピタッと壁を蹴るのをやめた男は沈黙し、宇野の恐怖心を煽る。


「マーナオ」

瑪瑙を呼んだ朱雀の唇が、声なく何かを呟いた。
直後、誰の目からも明らかなほど一瞬で真っ赤に染まった男は、呆然と写真を見つめている。

「わ、かった」
「え?あの、どうしたんですか、朱雀の君?」
「そうか、だから俺は、そう、か…。何でこうなったのか、幾ら考えても判らなかった筈だ…」
「あ、えっと、何が判らないんですか?」
「…他人から見たら好き勝手してる様に見えたんだろうが、俺だって俺なりに可笑しいとは思ってたんだよ。まめらっきょには悪いが、見た目は誰が見たって色気の欠片もねぇ餓鬼だ」

瑪瑙の呼び名のボキャブラリーの豊富さに呆れつつ、ただの変態ではなかったのか、と。宇野は目を見開いた。
変態故の雑食で好色だった訳ではなく、朱雀にとっても瑪瑙はそう言う対象から外れている様だ。忌々しげに眉を寄せている所を見ると、何故自分が瑪瑙に興味を持ったのかが判らなかったに違いない。

「じゃあ、何でまっつんに興味が湧いたのか判ったんですね?」
「ああ。…迂闊だった。判らん筈だ、何せ俺には経験がなかったからな」
「経験?何の?」
「一目惚れだ。」

きょとんと首を傾げた宇野を余所に、奥からガタガタと何かが倒れる音が響く。ズササっと駆けてきた川田の隣で、奇妙なものを見る様な目をしている村瀬が顔を覗かせていた。

「ひ、一目惚れって…!今までそんな事も判らないくらい爛れた経験しかしてなかったの?!何て最低な奴っ」
「ちょ、ゆりりん!無理もないやろ、あの人は立ってるだけで股開く人間が集まるんやさかい」
「馬鹿じゃないの?!一目惚れなのに今頃それに気付くって事は…っ、メェが初恋って事じゃないか!」

叫んだ川田の台詞で場は静寂に染まり。
写真を拾い上げ振り向きもせず立ち去った男の、痛んだ金髪から覗く耳は林檎よりも赤かった。


「はっ、大馬鹿過ぎて呆れたよ…!」

常に金髪だった彼の生え際が黒い事に気付く者は、居ない。


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