可視恋線。

目には見えない暗雲襲撃警報

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「タオルも虎柄…」

まだまだ熱唱中のお兄さんに付き合いきれず、さっさとお風呂から上がった松原瑪瑙です。こんにちは。
間違えた。こんばんは。

「ラウンジゲートの方が広かったなぁ。プールみたいで、ライオンもあるし」

岩風呂は初めてだけど、学園のブルジョワに慣れてる俺には違和感。ラウンジゲートって言う、寮の中央棟にあるホテルのラウンジみたいな所には大浴場や温水プールみたいな露天風呂に、レンタルビデオとかのサービスがある。
基本的に進学科の生徒しか使えないから、俺は山田先輩の招待で一回行っただけ。招待チケットを使うと、無料になるんだよ。普通は目玉が飛び出るくらい高いから、フリーパスが貰える進学科かお金持ちしか縁がないって訳。

まぁ、この旅館も俺には縁がないくらい高そうなんだけどさ。

「あ、明るくなってる」

バスタオルを巻きつつ、うっすら明るくなった空を見た。お兄さんの演歌のレパートリーは底知らずで、豪快な熱唱が聞こえる。
虎柄のひよこと強面の美形なんて、もう俺には付き合いきれませんです。逆上せちゃうよ。

「お兄さ〜ん、浴衣着てもいいんですか?」
「良いとも。我はマーナオが裸でも構わんぞ」
「見苦しい体なので遠慮しときます」

上がったらデザートがある、と言われて、虎柄タオルを頭に乗せたセクシーお兄さんに背を向けた。
居間っぼい部屋に戻ったら、確かにテーブルの上にドリンクとかお菓子が並んでた。

…誰が用意したんだろ。ミステリアス!

「あれ?掛け軸も…あっ、虎柄の扇子だぁ。わぁ、良く見たら座布団も電気の笠も虎柄?!何で?!ブームだっけ?!」

どう見てもテレビで良く見る高級旅館っぽいのに、あっちこっちに色んな虎さん。模様も大中小それぞれ違って、ヒョウ柄に似てるのもある。

「ダイガーマスクの主人公だって此処まで揃えてないんじゃ…。ん?タイガー…?」

ま、まさか、ね。
寒い考えに辿り着いた俺は頭を振り、キョロキョロ落ち着きなく辺りを見回した。
此処が何処なのか判らないけど、朱雀先輩のお兄さんなら、警戒しなくても良いのかな?

いや、でも、犯されそうになったん…だよね、俺。
勘違いだったら失礼になっちゃうけど、お、お尻にブラックタワー当たってたし…。

「…もうやだ、大河家には変態しかいないの?」

朱雀先輩と言いお兄さんと言い、初対面でいきなりレイプしようとするなんて、どんな育ち方してきたんだろ。幾ら好きだからって、合意じゃないエッチは良くないと思う。そう思うのは、俺が未経験だからかな?

「え…。俺、本当に何もなかった、の?」

ひやりと背中が冷たくなった。
双子みたいにそっくりでも、お兄さんと先輩は違う人だ。でももし、覚えてないだけで、俺とお兄さんがそう言う関係になってたら、どうしよう。

俺が好きなのは朱雀先輩なのに。
触って欲しいのは、朱雀先輩だけなのに。

「こ…これって、う、浮気になる…?」

浮気も何も、俺と先輩はお付き合いもしてない。そもそも好きだって伝えてもないし、朱雀先輩から直接、付き合ってくれと言われた事もなかった。
良く考えたら、好きだって言われたのも、メールだけ…?それもかなり前ので、俺が読んでない事は先輩も知ってる。今はもう、気持ちが変わってたら?

だって、縁談があるって高坂先輩言ってた。お父さんの会社を継ぐって。
そんな大きなお家だったら、ちゃんとしたお嫁さんと結婚して赤ちゃん産んで、幸せにならなきゃいけない。上場したとは言え、創業数十年程度のラーメン屋の息子なんか、釣り合う訳がないんだ。

「マーナオ?金鍔は嫌いかね?」

タオルで頭を拭きながら股間丸出しで上がってきたお兄さんが、濡れたまま虎柄の浴衣を羽織った。シュパンっと開いた虎柄扇子で扇ぎながら、俺の隣に座る。

「キンツバって言うんですか、これ。初めて見た…」
「そうかそうか。沢山食べなさい。京都の老舗のものだ、甘いぞ」
「あ…、はい、頂きます」

固そうな和菓子を一つ摘んで、にこにこしてるお兄さんを窺いながら齧った。あ、本当だ、甘い。

「マ、マーナオ?」
「…うぇ。うえ、ふえぇん」
「どうしたマーナオ?!口に合わなんだか?!」
「すざく、せんぱぁい…っ」

痛い。心臓が壊れちゃう。
皆が居る時は、泣かない様に気をつけてたのに、俺。ちゃんと、笑える様に頑張ってたのに。

「ひっ、う、えっ、えぇっ」
「おぉおぉ、斯様に嘆くな、どうした、何を憂いておるのだ?」
「うぇ、えっ、ぐす、えっ、えっ、ずずっ」

やだ。
いやだ。
覚えてなくても許せない。朱雀先輩じゃない人とエッチしたなんて、やだ、俺もう朱雀先輩に抱き締めて貰えないっ。

「弱った、一体どうしたと言うのだ…。ほぉれ、我に話してごらん。何と哀れな様だ…、見ている方が辛い」
「ずずっ。す、朱雀先輩っ、俺っ、朱雀先輩が好きなんです…!ひっく、朱雀先輩しか、うぇ!うぇん、嫌なのに…っ」
「あぁ、あぁ、斯様に慕われる朱雀は幸せ者ぞ。泣くな、ほれ、珍しい菓子をまだまだ用意させよう。おぉ、声も出さずしゃくり上げるものではない…痛々しい」

狼狽えたお兄さんが、顔を覆った俺の背中を叩いてくれた。でも、その手にその声に、物凄く苛々して、パシッと振り払いながら睨みつけたんだ。

「触らないで…!俺は朱雀先輩のものなんだ!先輩にしか触られたら駄目なんだっ」
「何を言うかと思えば、そんな事か。やれ、初々しいのう」
「そんな事?!そんな事って何?!当たり前でしょ?!」
「朱雀はこの程度で怒るほど狭量ではない。そう膨れるなマーナオ」

至極当たり前の様に言ったお兄さんに、俺の心臓がドクンと鳴る。

「ど、う言う意味…」
「ん?何を今更、あれは気に入りの稚児を良く他人と共有しておるではないか。貞淑など煩わしいと、いつも言っておる」
「な、に…言って…」
「嘘ではない。我はつい先日、本人から言われたのだ。言いなりの処女などには一秒たりとも欲情せんと。…マーナオ?どうした、呆けた顔をして」

朱雀先輩、が。
そんな事言う訳ないと頭では考えてるのに、愕然としてる俺は、お兄さんの言葉が嘘じゃないんだろうって何処か納得してた。

煩わしいんだって。
俺みたいな若葉マーク、浮気が嫌だとか何だとか言う以前の話じゃないか。
リサさんみたいな美人がどんなに尽くしても無駄だったのに、俺は、何を勘違いしてたんだろう。

「マーナオ、おぉ、泣き止んだか。…良かった、我が泣かしたと思われたら適わん。またナイトの怒りを買う所だった」

お兄さんが俺を見て、安心した表情で頷いた。俺はもう泣いてないみたいだ。自分ではこんなに死にそうなのに泣いてないだなんて、信じられないけど。

「…朱雀先輩、結婚するんですか?」
「ん?おぉ、籍は入れても構わんが、式は成人までお預けだの。明日、我が直々にご両親へ挨拶に参るつもりだ」
「そう、ですか」
「どうした、嬉しくないのか?そうか、腹が減ったのたな。マーナオは良く食べ良く眠ると聞いていたのを失念しておった、これ、ユエは居るか」
「はい社長」

凄い綺麗な人がにっこり微笑みながら現れて、お兄さんと会話してる。
チクチクがズキズキになって、いつしか空っぽになってしまったみたいだ。死にそうなくらい悲しかったのに、頭がボーっとしてきたら、どうでも良くなった気がする。

「マーナオ、何が食べたい?和食?洋食か?悪いが、食べ飽きておるので中華は除外して貰えるか」
「おや、社長。彼の意見を優先なさるのではなかったのですか?」
「む。うう、マーナオが望むなら見飽きた満漢全席でも我慢しよう…」
「満漢全席を見飽きているのは社長くらいでしょうねぇ」

お兄さんが何か話しかけてきた。
ボーっとしてる癖に俺はちゃんと返事をして、綺麗な人が笑って居なくなる。

「おぉそうだ、土産があるのだマーナオ。パリで手に入れたものだが、似合うと思ってな」

お兄さんが思い出した様に紙袋を漁って、虎柄のシャツを俺に押し当てながら満足げに頷いた。

「うむ、我の見立ては正しかった。明日はこれを着なさい。…ふはは、我の見立てに悔しがる奴の顔が楽しみでならん」

朱雀先輩。
朱雀先輩。
先輩にそっくりな違う人と浮気した俺なら、煩わしくないですか?先輩が誰と浮気しても平気な俺だったら、少しでも長く、好きでいてくれますか?
だったら俺、先輩以外の人に触られたって我慢するよ。どんな綺麗な人とエッチしたって、ワガママも言わないよ。

朱雀先輩。
朱雀先輩。
朱雀先輩。


『いつか』

俺の大好きな、先輩。

『お前も俺を愛してくれ』

先輩が愛してくれるなら何でもするよ。死ぬほど辛くたって我慢する。心臓が破れそうでも、笑ってるから。


『マーナオ』


ああ。
それなのに今は、息をするのも辛い。











「時の君…?」
「たっだいま〜!うぉっと、ドアが外れてる!…え?何、この状況?」

恐る恐るトイレから顔を覗かせた泣き疲れた表情の川田が呟いた瞬間、やつれた松田を引き連れた宇野が玄関先に姿を現した。

目が合った瞬間ドアを閉めようとした川田を素早く捕獲した村瀬は、足元にジーンズを落としたままの下着姿。
一方、痣だらけの上半身によれよれのシャツを纏う川田の腰から下は素肌で、黒いシャツに虎柄のベルトを絞めている朱雀は、頭に虎柄のネクタイを巻いていた。その手には、わざとらしい笑みを張り付けている山田太陽の姿がある。

「誰や」
「シゲ君、こちらは左席委員会副会長で、俺に狭範囲なのに殺傷力ハンパない手榴弾の作り方を教えてくれた師匠でもある、時の君です」
「初めましてー松田君ー、山田太陽ですー。大河と同じ二年ですよー」
「これはどうも…。何でワシの名前知ってはるん?」
「茂雄!テメェは引っ込んでろ、殺すぞ!」

ガツンと床を蹴った朱雀の足元に穴が空き、全ての人間が恐怖で染まった。首根っこ捕まっている山田太陽は半分浮いていて、乾いた笑みを浮かべるしかない。

「まめこが居ねぇ!代わりにこの糞が布団の中に居やがった!テメェら、殺されても文句言えねぇの判ってんな、あ?!」
「ちょ、ちょい待ち!姐さん何処行ったんや?アップル、何やっとったん?!」
「ワシかて判らんわ!姐さんが寝てから奥の部屋には誰も入ってへん!いつの間にそこの山田はんと擦り変わったのか、こっちが聞きたいわっ」
「あー、俺は、りんりんがゆりりんを追い掛けてくの見て、ドア開けっ放しで不用心だなーって思ったから…。あ、その時にはもう松原君は居なかったよ!つまり、松原君はもっと前に居なくなってたって訳だね!」

親指を立てた太陽のどや顔に、一同は沈黙した。
血管と言う血管を浮き上がらせた朱雀が目を細め、青冷めた村瀬が背中に川田を庇う。

その話が正しければ、その時アパートに居たのは爆睡中の瀬田だけ。川田と村瀬の責任を問われるだろう。

「じゃ、まっつん居なくなったの?スマホ壊されたってのに、え?!」
「待ちぃ、コンビニにでも行ったんちゃうか?」
「姐さんの荷物あるで。此処に…」

痙き攣った表情の瀬田が、唇の端から血を流し現れた。どうやら爆睡していたところを殴り起こされた様だ。

「侑斗、茂雄、凛悟…テメェら…」
「…朱雀の君!アンタこの人達を怒れる立場なの?!」
「ゆ、有利!おま、やめぇ!」
「っ、止めないで!顔見たら言ってやりたかったんだ、僕はっ」

川田が村瀬の背後から叫び、ピキリと朱雀の眉が動く。
青冷めた村瀬が川田へ振り返るが、川田は今にも倒れそうな表情で朱雀を懸命に睨み付けた。

「はっ、お見合いするって?!そんな奴がメェに近付くなんて真っ平だっ」
「んだと?!死にてぇのか、こん餓鬼ぁ!」
「メェを悲しませるお前こそ死ね!馬鹿っ」

川田へ無表情で殴りかかった朱雀の拳を、両手で受け止めたのは村瀬だ。

「っ。…堪忍やで総長。幾らあんさんでも、コイツはあかん」
「テメ、」
「フリーズ大河!見ろっ」

拳を振り上げた朱雀の前に、ペラリと一枚の紙が舞った。


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