可視恋線。

擦れ違い入れ違いで吹き荒れ嵐

<俺と先輩の仁義なき戦争>




『…ナオ』

とても良く知っている気がする声に呼ばれて、俺は目をぎゅっと瞑った。
だってまだ眠いんだもん…。それにすっごく疲れてるんだ。折角の夏休みなんだから、遅くまで寝てたって良いんだよ。

『マーナオ』

もう、しつこいなぁ。
だからまだ眠たいんだってば…。

『マーナオ』

ん?
あ、ちょっと、変なとこ触らないでよ、朱雀先輩のバカ、変態!

「…では、此処を触るか」
「ひゃうっ」

何か濡れた感触がお股の辺りに。ぬちゃって感じの、粘っこい感触で思わず目を開けた。

「起きたな」
「す、すす、朱雀せんぱ…っ?!」

くすんだ緑色の吊り目、お世辞でも善人には見えない根性悪そうな目が、大股開いた俺の股間の間でニヤアと笑う。
ギョッと目を見開いたら、浴衣っぽいのを辛うじて引っ掛けてるだけの俺は、殆ど素っ裸だ。

「なっ、なん、何、何ですか?!えっ?こ、この白いの、えええ?!」

お腹の上やら太股の上やらに、白っぽいのが散ってる。有り得ない想像に赤くなったり青くなったり忙しい俺から離れた先輩は、ド派手なヒョウ柄の浴衣で立ち上がった。

「良かったよマーナオ。可愛いお尻だ」
「よ、良かった、って…?!」
「汚れてしまったな、風呂は外にある。好きに入りなさい」

にっこり。
金髪ヒョウ柄のダブルゴールドで笑った先輩が、襖の向こう側に消える。
何が何だか判らないままとりあえず体を起こすと、今更ながら辺りがユートさんのアパートじゃない事に気付いた。

「な、なん、何で、朱雀先輩?!えっ、いつの間に俺…っ?っ、痛っ」

起き上がろうとして、お尻…ってゆーか腰から下の全部?が、言葉に出来ないほど物っ凄く痛くて、ぺたんと座り込んだ。呆然と、太股とお腹に張り付いてるものを触ってみる。

「う、そ」

そんな、まさか。
俺、まさか、知らない内に先輩と…?そんな馬鹿な事が!
あ、でも、前にも寝てる間に犯されそうになった事がある。初対面の時なんか、いきなり突っ込まれ掛けたし…。

「え…でも、何も覚えてない…」

全然、現実味がなかった。ちっとも。
ありとあらゆる状況が答えを示してるのに、すぽっと記憶がない。大体、何でこんな所に居るのかも判らないのに、どうなってるんだろ?!
全身怠いし下半身はめちゃめちゃ痛いし、太股はもう力も入んない!ど、どうして?!

「マーナオ」

襖から顔を覗かせた先輩が、何やってるんだと言う顔で首を傾げてた。呆然と先輩を見上げると、暫く俺を見つめてた先輩は、また、ニヤっと一瞬だけ目に笑みを滲ませて、

「ほう、そうか。抱っこして欲しいんだな?」
「えっ」
「ん?誘っているのか?」
「ええっ」

屈み込んできた先輩が妖しげな表情で、何か違和感を感じた俺は無意識に手を挙げた。


ぺちん。


「あ」
「…」
「ご、ごめんね先輩っ。い、いきなり近寄って来るんだもん!」
「今のは叩いたのか?…我を、ふは」
「せ、先輩?」
「ふははははは!この様に幼い童子が、我を叩いたのか!面白い、非常に愉快だ!ふははははは!」

いきなり笑い始めた先輩にビビってると、鋭く目を眇めた先輩に物凄い早さで突き飛ばされた。

「うわっ」
「…面白い。その気の強さ、久しく見んのう。どれ、少しくらいの味見は浮気に入らんだろう」
「え、」

ガバッと足を広げられて、浴衣の袷を寛げた先輩の、きょ、凶悪過ぎるブラックタワーが!
ブラックタワーが、元気いっぱい!

「やっ、やだやだやだ、やーっ」
「ふは、良いぞ、愛らしい抵抗だ。男心を擽るのう。良い良い、初めてでもあるまいに初々しい演技が上手い」
「演技って、何言って…っ」

叩いても蹴ってもニヤニヤ笑ってる先輩に、愕然とした。や、やっぱり、俺が寝てる間に、し、しちゃったんだ…。
そりゃ、いつかはって思ってたけど…。そんな、知らない内にするなんて、酷すぎる…っ。

「う、ぇ」
「ん?」

凶悪過ぎるブラックタワーがお尻に当たった瞬間、大好きな朱雀先輩の筈なのに、何故か悲しくてやるせなくなった俺は。

「ずちぇなんか、大嫌いだー!」

叫んで、目の前の変態に全力で頭突きをした。

「っ」
「痛っ!」

ガツン!と凄い音がしたのと同時に、バサッと顔の上に何かが落ちてくる気配。もさもさチクチクしたそれは金色の髪の毛で、瞬きながら掴んだそれを見つめ、鼻を押さえて悶えてる先輩を…、

「せ、先輩…?いつから白髪になっちゃったの?!ええ?!」
「わ、我は生まれつきこの髪故…。っ、痛い、物凄く痛いぞ、マーナオ…!」
「えっ?えっ?だって先輩は金髪だったじゃん!あわあわ、大丈夫?!…うわっ、は、鼻血出てる!大変だぁ」
「鼻血…?」

ポタポタ落ちてくる血を見て飛び上がった俺は、さっきまで犯されそうだった事も忘れてティッシュ求め立ち上がった。
先輩の高い鼻は、俺のオデコで相当ダメージを受けたらしい。鼻を押さえたまま、orzの形で悶えてる。

「す、朱雀先輩っ、ティッシュあったよ!これでまず、ちーんして!はいっ」
「ちーん!」
「あんまり強く噛んだら駄目だよ!ティッシュ詰めとかないとまた出ちゃうっ。ほらっ、上向い………へ?」

やっと、真っ直ぐ見た先輩は、明らかに先輩じゃなかった。物凄く似てるとは思うんだけど、何て言ったら良いのか…目の前の人の方が、うーん、頭良さそうって言うか…。
あ、でも、朱雀先輩を馬鹿にしてる訳じゃないからね?!

「マーナオ、早く手当てしてくれ…。痛いぞ、マーナオのおでこは大理石より固いのう。まだ目の前に星が…」
「え、あ、えっと、はい、鼻こっちに見せて」
「是」
「よっ、と。暫く詰めとかないと駄目だからね」
「明白了」

あれ。
何か、途中から日本語じゃない…?

「あ、あの、誰ですか?最初から何か違和感あったんだけど…朱雀先輩じゃない、よね」
「…ふむ、見た目を裏切り聡い童子だ」
「あの?」
「確かに我はジュチェではない。ほぉれ、あの馬鹿より断然賢そうだろう?」
「えっと、それは、俺も思います、けど」
「そうだろう、そうだろう」

やっと、ニコッと普通に笑った朱雀先輩のそっくりさんに、俺は、とんでもない事を思い出して青冷めた。

「たっ、大河ハクション?!テレビに映ってた、ヤクザの人だぁ!」
「何と?我はその様なクシャミではない。大河白燕だ。マーナオ、間違いは正さねばならん。リピートアフターミー、大河白燕。さん、はい」
「た、大河白燕、さん?」
「宜しい」

うんうん頷いた人は浴衣を整えて立ち上がる。
えっと、まだブラックタワーは元気いっぱいだってのが判った。ヒョウ柄の一部だけ凄い事になってるよ。は、恥ずかしくないのかな…。

「これは豹ではない。虎だ」
「虎柄!」
「良いか、我はヤクザではない。立派な金融機関。数多のメガバンクを総括する、テラバンクの総帥だ。判るか?」
「お寺?お坊さん?」
「お棒?棒ならマーナオも持っておろう。どれ、小さいが此処に…」
「きゃー!変態ー!」
「…ふは、我を変態と言ったのは二人目だ。懐かしいのう」

高い鼻に丸めたティッシュ突き刺さってるけど、それなのに美形って凄い。ティッシュが刺さっててもイケメンだもの。

「ではマーナオ、我の傷が癒えるまで風呂に入ろうではないか」
「え」
「我は背中を流して貰おうと待っておったのだ。それなのに、我の顔を見た途端気を失ってしまい、こう、抱っこして運んだのだぞ」

ひょっと両手を上げた大河白燕さんに、俺は沈黙した。

…あ、何か思い出してきた。確かユートさんがアルバイトに行って、すぐにノックが聞こえたんだ。
そしたら誰かの声がして、見上げたら、ヒョウ…じゃなくて虎柄のチャイナドレスを着た虎耳の朱雀先輩が立ってて…。

あんまりの変態っ振りに、頭が拒絶反応を起こしたみたい。何でこんな変態好きになったんだろ、って。
再会の感動よりそっちが先走ったんだね、うん。

「そ、それは何かすいません…。じゃなくて!そもそも貴方は誰なんですか?!先輩のお兄さん?!」

ぱちくり、目を見開いた大河さんがデレっと鼻の下を伸ばし、ふにょんと笑う。想定外の反応にビシッと固まった俺に、大河さんはぐりぐり頬擦りしてきた。
いたた、痛い、いたたた、ちょ、ヒゲ?!白いから判らなかったけど、うっすらヒゲが生えてる、いたたた!

「そうかそうか、我はそんなに若く見えるか、おーし、良し良し、愛らしいのう、マーナオ。おーし、おーし」
「あたたたた、おヒゲ!おヒゲが…っ、チクチクするよぅ」
「む、いかん。マーナオ、剃ってくれ」
「ええっ?!何で俺が?!」
「つれぬ態度をするな。我はジュチェの兄ぞ。伴侶の兄の背を流すくらい、良いではないか。ささ、風呂だマーナオ、この宿で一番広い露天風呂を選んだのだ。ささ、一緒に入ろうではないか!」
「ひょわ!」

え、本当にお兄さんだったの?!
と言うツッコミは、お兄さんに抱っこされて言葉にらなかった。
恐ろしく素早く素っ裸になってるお兄さんは、辛うじて浴衣を引っ掛けてるだけの俺をワクワクした顔で外に連れて行こうとしてて。

唯一の救いはブラックタワーがタワーじゃなくなってる事、なんだけど。

恐ろしい疑問にまだ気付かないまま、背中を流してくれと言ってたお兄さんに、何故か甲斐甲斐しく全身を洗われてしまった俺は、はっと我に返った時、


「波の〜谷間にぃ、命のぉお、花ぁがぁ〜♪二つぅ〜並んでぇ〜咲い〜てぇ、いぃるぅ♪」
「と、鳥羽一郎?」
「マーナオ…!演歌が判るのか?!ああ、素晴らしい、素晴らしいぞマーナオ!」

熱〜く、演歌を熱唱してるお兄さんの隣、虎柄のひよこに囲まれた湯船の中だった。

またもやぐりぐり頬擦りされたけど、今度はツルツルだったので助かりました。はい…。










「ナニしてやがる、テメェら」

今にも突入寸前だった村瀬の頭上から落ちてくる声に、くたりと力なく横たわっていた川田の目が見開かれる。

「…ああ?!誰や邪魔しよるんは…!って、総長っ?!」
「いつからオメーは男色の道に足突っ込んだんだ凛悟。何回ノックしても出やがらねぇから、ドアぶっ壊したぞ」
「はぁ?!ドア壊したて、…あっ、コラ、有利!」

ガバッと起き上がり、落ちていたシャツで体を隠しながら朱雀の隣を通り過ぎた川田に、半ケツの村瀬は情けない姿で追いかけた。また外へ逃げたのかと思ったか、どうやらトイレに立てこもったらしい。

「ゆ、ゆりりん、出ておいでや」
「っ、う、えぇ…ひっく」
「な、泣いてんの?何で泣いてん?!ワシが悪いんか?!ゆりりん、お願いや、出て来てっ!」

トイレのドアに張り付いた村瀬のジーンズがズボッと落ち、半ケツ下着姿にも関わらずトイレに話し掛け続ける。
股間が著しく大変な事になっている上に、朱雀によって壊された玄関ドアは全開だが、大丈夫だろうか?

「ゆりりん、ゆりりん、何でも言う事聞くさかい、顔見せてぇ?」
「おい」
「ゆりりんに嫌われたら、ワシ死んでまうよぉ」
「シカトかテメェ」
「ぐは!」

朱雀に頭を掴まれ、ぐるっと反転させられた村瀬が呻き、舎弟の股間を無表情で一瞥した男は凍る様な眼差しで村瀬を見た。

「離っ」
「まめこは何処だ」
「マメコ?!知らんわそないな奴っ!」
「知らん筈ねぇだろ、殺すぞ」
「いっ、痛いっちゅーの…!」
「マーナオを何処にやったゴルァ!」
「マーナオ?!あ、ああ、そうか、瑪瑙な…。姐さんやったら奥の部屋に居るわ」

中国人の祖母が身内に居る村瀬が苦しげに言えば、冷ややかな眼差しで村瀬の頬すれすれ、トイレのドアを殴りつけた朱雀が牙を剥く。

「戯言抜かしてんじゃねぇぞ!」
「ほ、ほんまやて…!ずっと寝とる!」
「だったらコレは何だ、ああ?!」

ぐいっと背後から何かを引っ張った怒り心頭の朱雀の手に、笑顔の黒髪が居た。

ソレは村瀬と目が合うなりヘラっと笑い、


「あはは、こんばんはー?」
「………誰?」

ポカンと硬直する村瀬の後ろ、朱雀が空けた穴から覗き込んだ川田の双眸が見開かれた。


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