可視恋線。

風は主人公不在でも容赦なく荒れます

<俺と先輩の仁義なき戦争>




いつの間にか蝉が鳴いていた。
雲間に隠れていた月が姿を見せ、明るさを増した通りを、バイクが通り過ぎる音。

「や、」

恐怖と絶望で染まる少年の網膜と鼓膜に、絶えず割り込んでくる音も光景も、穏やかな空とは懸け離れていた。

「やめ…っ、もう、やめろよ!」

たった一人を痛めつける二つの人影が振り返り、愉快げに肩を震わせるのを見た。川田へ振り返ったのは一瞬で、すぐに二人の関心は、転がった村瀬に戻る。

「あっは!まだ意識あんで、コイツ」
「しぶとい奴や。ええ加減飽きてきたぜ然し」
「愛しの恋人を庇うヤンキーの図、ってな。笑かすなや、腹が捩れるで!うひゃひゃ」
「っ、やめろー!」

悲鳴じみた声が響き渡り、二人から蹴られていた村瀬が薄く目を開けた。

「ゆ…、有利、早ぅ逃げぇ…」
「んま。今の聞いた?格好ええ台詞ぅ」
「格好良すぎて笑えるぜ然し」
「ぐはっ」
「む、村瀬っ、村瀬?!大丈夫っ?村瀬ぇ!」
「ちょい黙らせとけ、男の癖に甲高いわソイツ」

小柄な帽子男が川田を指差し、面倒臭げに振り向いた背の高いフードの男が川田へ近付いてくるではないか。

「ひ…っ」

ビクッと震えた川田に気付き、砂まみれの村瀬がヨロヨロと起き上がる。

「有利に触ったら殺すぞワレ…!」
「いややわー、ゾンビ二号。弱い癖にいつまで格好付けとるねん、死ね」
「や、やだぁ!触るなーっ!」

素早い蹴りを間一髪で躱した村瀬の目に、滑り台へ押し倒されている川田な姿が映った。ジタバタとサイズの合わないスニーカーをばたつかせ、フード男の顔を押し返そうとしている。

「オンドレ、何考えてんねん!ソイツは男やど!良く見んかい…!」
「あぁん?男やろが女やろが、穴があればええねやんかー?」
「あー、ダッチワイフよりマシやぜ然し」
「や、やだぁ!ひっ、ど、何処触って…っ」

青冷めた川田が抵抗し、フード男のフードが落ちた。カチンと凍り付いたのは川田だけで、村瀬は怒りの余り声も出ないのか、無謀にも男へ飛びかかっていく。

「人のもんに何晒しとるぁ、こん餓鬼ぃ!」
「うひゃ!遂に俺のもん発言(*´Д`*)」

きゃっ!と顔を覆うホームレスは村瀬を止める事はなく、ポケットの中から取り出したスマホを操作し始めた。
殴りかかってくる村瀬をひょいひょい避けながら、面倒臭げに川田を脱がそうとしているフード男を余所に、硬直した川田は身動きしない。

「避けんやない!何を脱がしとんねん!あほんだらぁ!ほんまに殺すっ、ぶっ殺す!」
「蚊より遅ぇぜ。あー、そろそろ避けるのも面倒だぜ然し」
「ふ、藤倉、先輩…?」

シャツを脱がされても抵抗しない川田が、恐る恐る指を指し、村瀬から殴られた男は表情を変えずパシャッとインスタントカメラのフラッシュを焚いた。

「ミッションコンプリート。悪かったな、詫びに大阪城のポストカードやるぜ」
「え…あ、有難うございます?」
「気にすんな、お陰で強姦っぽい写真が撮れた。目的と違ぇが、ホームレス二人を倒し受けを守った不良攻め設定は果たすぜ」
「え?」
「ひでぶ」

村瀬から殴られていた藤倉裕也が無愛想に倒れ込み、川田の上で沈黙した。息を荒げ肩で息をしている村瀬は何とも言えない表情で、倒れた緑の髪をつついている。

「な、何やねんコイツ。…知り合い?」
「いや、知り合いと言うか…左席の体育委員長で…朱雀の君の従兄弟で、藤倉先輩。カルマの幹部だ…」
「な、何やて!」

ずりずり裕也の下から這い出しながら上半身裸で呟く川田に、ボロボロの村瀬が目を見開いた。

「藤倉…コイツがユーヤか!うっわ、キモいくらい男前やな!…ゆりりん!早うこっち来ぃ!妊娠するで!」
「する訳ないだろ!…って、あれ」

川田が指差す先、ニマニマとこちらを眺めているオレンジ頭が、スマホを向けている。

「うひゃひゃ(*´Д`) 俺らホモのキューピッド!今回の左席ボーナスは頂きっしょ(・∀・)」
「コーヤケンゴ?!おま、何でそないな格好してんねん?!」
「この間はどーも(´∀`) 相変わらず弱過ぎやで〜。マジ大丈夫?今回は超手加減して左足しか使ってねーぞぃ、俺ちゃん(´`)」
「や、喧しい!余計なお世話や!テメェらが化け物なだけやろ!可笑しいと思ったわ、下手糞な関西弁使いよって、舐めくさってからに…!」
「あんま褒めんなや(*/ω\*) じゃ、ヤンキーの暴行シーンからの告白シーンまで録画させて貰ったから、もう帰って良いよ☆ほなさいなら」

晴れやかな笑顔でOKサインを出した高野健吾に、死んだ様に動かなかった藤倉裕也が立ち上がった。

「…良し、姫路に向かうぜ。叶から頼まれてたアレも後任見付かったしよ」
「うへェ。明日にしよーぜ、さっき近くにネカフェ見つけた。AVないか見に行く!´3`」
「何で関西まで来て巨乳観なきゃなんねーんだ」
「お前の巨根はハリボテかよw男なら乳上等っしょ(=・ω・)/」
「巨城上等だぜ。たぎる」
「orz」

慌ただしくマイペースに去っていく背中を無言で見送った川田と村瀬は見つめ合い、

「か…帰ろか」
「そ、そうだな…」

何とも甘酸っぱい雰囲気の帰路へ着いた様だ。








「グゴー、ガゴゴゴ、グゴーゴゴ…」
「勿体無い…。鼾さえもう少しマシだったら、美形受けになったのになー」

バーテンの制服のまま大の字で眠っている瀬田を眺め、しょんぼり肩を落とす背中が見える。誰かの気配に気付いたその背中は、ズササッと素早く襖の向こうに消え、ほんのちょっぴり開いた隙間に張り付いた。

「こんなん掠り傷やって。お前は汚れとるやろ。早よ足ぃ、風呂で洗って来ぃや」
「う、うん。あの、靴、ごめん。…有難う」
「お、おぉ、気にしぃな。…なに突っ立ってん、早う洗って来いて」
「うん」

甘酸っぱい。
聞いている方が甘酸っぱさに悶える様な声が二人分、一人は近くから、一人は離れた位置から聞こえてくる。

「ユート、お前の寝相はどないなってんねん…。炬燵ごと移動しよってからに」

180に届くだろう長身が、茶髪の頭を掻きながら散らかった炬燵の上を片付け、布団を敷いたままの状態で炬燵を立てた。

「グゴー」
「あかん、このまま転がしとったらボロアパート破壊しかねん。ユート、ベッドに移動するでー?」
「グコッ。グゴーゴゴ」
「どんな鼾やねん、良く近所からクレーム出らんな…」

大の字で鼾を掻いている男を軽々抱き上げ、ブツブツ文句を言いながらベッドへ転がし、部屋の真ん中に座る。

「あの、村瀬…」
「あ、洗って来た?ほな見せてみぃ、怪我はないか?」
「う、ん。大丈夫、そんなに歩いてないし、怪我はない。それより、そっちこそ手当てしないと!」
「こんなん掠り傷やて。蚊が指した様なもん」
「馬鹿!藤倉先輩と高野先輩の二人掛かりだったんだ、掠り傷で済む筈がないだろっ。僕、応急セット持ってるから脱いで!」

ぶふっ。
鼻血を吹きそうになった背中が布団をポフポフ叩き、悶えた。同じく鼻を押さえている村瀬を余所に、自分の荷物を漁っている川田はポーチを取り出し、固まっている村瀬のシャツを捲る。

「な、何っ、何やってん?!」
「お腹中心に蹴られたじゃないか!ちょっと、痛い!」
「わわわ、悪い!」

川田の手を掴んだ村瀬が慌てて手を離し、川田の眼前にしなやかな腹筋が現れた。襖の隙間からフラッシュ。
だが、幸いか不幸か、二人は気付かない。

「ひ、酷いっ。これの何処が掠り傷?!良く歩けたね、痛かったろうに…」
「おわわっ、へ、平気やて!ワシ、ボクシングやってての。この程度、昔は日常茶飯事やったさかい…」
「ボクシング?…ああ、だから他と違って腹筋がしっかりしてるのか」

ペタペタ村瀬の腹筋を触りながら感嘆の息を吐く川田に、何とも言えない表情の村瀬は鼻息が荒い。痛そうな痣に丁寧な手付きでエアサロンパスを吹き付ける川田の頭上で、わきわきと妖しげな手が蠢いていた。

「本当はちゃんとした湿布の方が良いんだろうけど、これしかなくて…」
「っ、…っ、っっっ」
「骨とか大丈夫かな?一応、明るくなったら病院で診て貰った方が、」
「もうあかん…っ、ゆ、ゆりりん!」
「え」

ガバッと川田に襲い掛かった男は、ムフームフー荒い鼻息で押し倒した川田を凝視する。何事か把握していないらしい川田の双眸が忙しなく瞬き、唇が音もなく震えた。

「ひ」
「村瀬?」
「ヒィイイイ!!!何してん?!何してんのワシのド阿呆がー!!!」

川田から飛び離れた男は、壁にガンガン頭を打ち付け、痙き攣った川田は体を起こし瞬くしか出来ない。
何をしているのか、この不良は。

「い、痛かったか?そんなに染みるっけ、このサロンパス…」
「あああぁ、神様仏様メリケン様ぁ!」
「メリケン?」
「ワシは、ワシはどうしたらええんですか?!あああぁ、死にたない!まだ死にたないよ、オカーンっ!」
「む、村瀬、どうした?ちょっと」
「じゃかあし!騒ぎよんのは何処の餓鬼や!」

外から響いた声に川田は慌てて村瀬の口を塞ぎ、謝罪の言葉を返した。

「す、すみませんっ、病気持ちなんですコイツ!黙らせますから、すみません!」
「そーか、あんま騒がんかったらええんや。お大事にな!」

どうやら良い人だったらしい。
この騒ぎでも起きない瀬田と瑪瑙は大物だと息を吐きながら、硬直している村瀬の口から手を離す。

「もうっ、君の所為でとんだ恥を掻いたじゃないかっ」
「す、すまんの…」
「後で瀬田さんに謝っておくんだよ。人の家で迷惑掛けるなんて、何て奴なんだ」
「ゆりりん、怒らんといて」
「ゆりりん言うなっ」
「ゆ、有利…、謝るから許してぇ」

応急セットを片付ける川田の背中に、情けない声が掛かった。けれど無視した川田はそのまま襖に向かい、慌てた村瀬の手が伸びる。
襖の向こうで慌てて布団を被る人影には、気付かない様だ。

「な、何だよ」
「ゆりりん、ええ匂いする…」
「はぁ?匂い?…サロンパスかな?」
「ゆ、ゆりりん…」
「何、んっ」

驚愕で目を見開いた川田が硬直し、襖に川田を押し付けた男は体を寄せた。擦り傷だらけの村瀬の顔が至近距離に見える川田は、咄嗟に文句を言うべく口を開いた事を後悔した。

「ふ…っ、んっく、ぅん…ん!」

ぬるりとした何かが、口の中を這い回っている。僅かに村瀬の方が身長が高い為、半ば覆い被さっている様な体躯は叩いても引っ張ってもビクともせず。抵抗する両手は指を絡められて、襖の脇の壁に縫い付けられた。

「んっ、んん、んーっ!」

ガタガタ揺れ動く襖は今にも外れそうで、視界の端に爆睡する瀬田を見つけるとどうしても動きが遅くなる。
無意識に瑪瑙の名前を呼び掛けた時、漸く空気が戻ってきた。それと同時に、熱く潤んだ眼差しに見据えられる。

「…あかん、ごっつぅ興奮する…」

ゴリっと固い感触が腹の下に押し付けられ、小さな悲鳴を飲み込めたのは奇跡だ。
最早、何を言う事なくパクパク喘ぐだけの川田の首筋に、舌なめずりした男が吸い付いてくる。

チクリ、チクリ、痛みを伴う首筋に声もなく震えながら、縫い付けられたままの腕を動かすばかり。
不良相手にただの高校生が勝てる筈もなく、不埒な男の唇は胸元に近付いた。

「ひゃ!」

ボタンを外したままだった胸元は余りにも無防備で、乳首を噛まれたのと同時に悲鳴を発てた川田は痙き攣った。顔を上げた村瀬はもう、とんでもない表情だ。

「ゆ、ゆりりん…かわええ!可愛過ぎるわ、ワシのゆりりん!」
「ななな何、何馬鹿な事っ。僕がいつ村瀬のものになったんだっ。離せ、離せってば!馬鹿ぁ!」
「なぁ、ええやろ?!優しくするさかい、ちょっとだけ…」
「何が良いの?!何も良くないっ、ちょっ、おいっ、何処触って…あっ、ん!」

脇腹を撫でられ、甲高い声を放った川田がくたりと座り込めば。最早、鼻息の荒いヤンキーを止める者は居ない。

「大丈夫や。ワシ、ほんま優しくするさかい…!な?な?!」
「ひっ!や、嫌だ、変態…っ!」

襖の隙間から覗く双眸が鼻息荒く見守っている事には、やはり気付かない様だ。


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