可視恋線。

曇りのち晴れ所によりゲリラ豪雨

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「わ、アルティメットアームズのOVA出てるんだ。チェックし損ねてた」

レンタルコーナーで唸る少年に、漫画を数冊抱えた巨体が細い目に笑みを浮かべる。

「お目当てが見付かったん?この店ぇ、ここらでもいっちゃん品揃えがええんや。新作もリクエストしとったらすぐ入るし」
「へー。学園の近くにもこんな所があったらなぁ。ラウンジゲートでDVD貸出してるけど、アニメとかあんま置いてないんだもん」

然も、数少ないアニメは手塚治虫か石ノ森章太郎か。いつの時代だ、曾祖父の時代ではないか。平成末期生まれには辛い。

「左席運営のオタメイトは連日いっぱいで、一年生の入る余地ないし。猊下がオタクに寛容なのは判るけど、生徒数の事も考えて欲しいよ」
「本校は全寮制やったな。こっちは共学やさかい寮ないし判らんけど、どないなってん?」
「でっかい山の中の馬鹿広い敷地内。教室まで徒歩20分、職員室まで25分、更に寮から敷地外まで徒歩30分。山の上だから街に出るまで歩いたら二時間は懸かると思う」

痙き攣った松田に肩を落とし、片っ端からDVDのパッケージを漁った。川田はアニメなど子供っぽいと馬鹿にして、瑪瑙は難しい戦闘ものには興味がない。

「半端やないな…そら…」
「外泊届出したら街まで送迎バスが出るから、そんなに大変じゃないよ。ただ、進学科は公共施設の利用券とか貰えるそうだけど、普通科にはそんな特典ないの」
「Sには30人しか入れへんのやろ?」
「最近はそうでもないみたい。去年なんか一人多かったって。Aクラスに入るのも難しいのに、Sクラスなんか夢のまた夢だ。まっつんは、俺とかわちーならAクラスに行けるって思ってるみたいだけどね」
「行かれへんの?」
「全教科90点平均で、一斉考査と選定考査差の二回とも学年50番以内に入れたらの話だよ?選定考査は50位以内じゃないと受けられないんだから。工業科や体育科はともかく、Fクラスと国際科には結構頭が良い人が多いんだ」

考えれば考える程に共通点のない三人だが、一人っ子で気難しい川田と、大家族の長男で気の長い瑪瑙、女兄弟に挟まれた宇野だからこそ足りない部分を補い合っているのだろうか。

「最高49位だった事あるけど、選定考査でオジャン。かわちーも、暗記問題以外は波があるし…。ってか、選定考査は物凄く難しいんだ。俺かなり数学得意なのに33点しか取れなかったよ」
「大変やな、ほんま。ユートは本校に編入したがっとったけど、無理やな」
「…シゲ君、あのさぁ」

ソファに寝転がって、流行りの少年漫画を広げているシゲに近寄って、ドリンクバーから注いできたファンタを渡す。
来店五分で三杯も飲んでいたのだから、期間限定の梅味が好きなのだろう。期間限定だの新商品だのは、宇野も好きだ。川田は絶対手に取ろうとしない。但し、毒味役と言う訳ではないが、瑪瑙が美味しいと言ったものには手を出している様だ。

宇野が勧めても、こうは行かない。
単純馬鹿と罵っているが、川田はああ見えてかなり瑪瑙を信頼している。

「まっつん、見た通り普通なんだよね。友達の俺が太鼓判捺して胸を張れるくらい馬鹿だし、考えなしだから時々思い切った事もするけど、意外と考えてたりして…」
「んー?」
「あれ?何言ってるか判らなくなってきた。とにかく、まっつんは馬鹿だけど馬鹿じゃないって言うか、朱雀の君は最近まで謹慎してて、データが掴み切れてないんだよ!俺!」
「おわ、ぐふ!…お、おぉ、な、何の話やった?」

無防備に寝転がっている松田の腹の上に飛び乗り、珍しく真面目な顔をしている宇野に、驚いた松田の糸目が震えた。
瀬田に近い、雄っぽさを感じさせない宇野の顔は、川田とは違う派手さがある。

リスキーダイス総長の立場で、それなりに経験のある松田にとっても、異邦人に近い。

「シゲ君、俺の話ちゃんと聞いてる?俺、人の話聞かない姉と妹に挟まれた長男だから、無視されるの好きじゃないんだけど」
「聞い、聞いとる、ほんま!ほんま!」
「だから、朱雀の君がどう言うつもりでまっつんに近付いたのか、教えてよ」
「は?そんな話やった?」
「俺的には興味本位だと思うんだ。ほら、朱雀の君の相手って、やっぱ派手な人が多いでしょ?学園じゃ、可愛い系も格好いい系も手広く手を出してたみたいだし」
「お、おう、そうかい。あの、ええ加減ワシから下りて貰えんか?」
「だったら、まっつんじゃなくても良いだろ?危害与えるつもりには見えなかったから、放置してた俺もいけないんだけどさ」
「あかん、この人こそ人の話聞いとらへん」

わっと顔を覆った松田には構わず、松田の漫画を広げながら松田の腹の上で足を組んだ宇野は、形の良い眉を寄せた。
ちらちらと、女性やオタク風の男性から熱い視線を注がれているが、着ていたユニクロシャツのボタンを外したの宇野のTシャツに、デカデカ書かれた文字で全ての視線が逸らされる。

「う、宇野はん…。そ、そのシャツ…」
「ん?何?」
「か、仮面ダレダーリベンジに見えるの、気の所為かいな?」
「そうだよ?俺、Tシャツは特撮ものしか持ってないから。大人サイズが中々見つからなくて困ってるんだよね〜」

晴れやかな笑みで宣うオタクに、不良は震え上がった。他人の振りなど、恐らく今更だ。

「リベンジの敵役のヒロイン、もうちょっと巨乳居なかったのかな。童顔は良いんだけど、あのコスチュームはFカップ以上じゃないと似合わないと思わない?」
「ワ、ワシ、特撮はあんま…」
「あとさー、ホモネタ増えて来てヒロインより主人公の方が可愛いのもさ、ケンシンは俺の嫁派の俺には物足りない」
「ケ、ケンシン?」
「吊り目気味の、ちょいツン入ってるボクっ子で、おっぱい大きかったら言う事ないんだけどなぁ…。すぐにデレない方がグッとくる。かわちーみたいな性格で巨乳っ子、居たらすぐに孕ませるのに…二次元にはいっぱい居るんだけどな〜」
「ひ、ひぃ」

ふふふ、と。麗しい美人スマイルで少年漫画を読む横顔に、痙き攣る酒屋の息子が見られた。










「な、に、これ…」

固まった川田が、右手に当たる感触を凝視しながら呟く。一方、ぶわっと涙を溜めた男は、あわあわと両腕を意味なく振るい、後退ろうとしてベッドに阻まれた。

「こここれは、えっと、あっと、せや!スマホや!あ、あはは、間違ってパンツん中に仕舞ってもうとるわ〜」
「…」
「…すいません、嘘です。ゆ、ゆりりん…」

いつまでも動かない川田の肩を恐る恐る掴めば、弾かれた様に顔を上げた吊り目がちな川田の顔が、林檎の様に赤い。
思わず硬直した村瀬と目を合わせた川田の吊り目が見開かれ、

「っ」

バチーン!
村瀬の視界に、チカチカと星が飛んだ。

「ったー!何する…って、ちょお、コラ、何処に行くねんワレ!」

だだだっと逃げていく後ろ姿を認め起き上がり、左頬を押さえながら開きっ放しの玄関から飛び出す。
すぐに靴を履いていない事に気付き舌打ちすれば、脱ぎ散らかした村瀬のスニーカーの隣に、揃えられた革靴があった。

革靴を履いていたのは、生真面目な川田だけだ。

「は、裸足で出て行きよったんか?そこまで怒らんでもええやないか…!まだ何もしとらんのにっ」

叫びながら階段を駆け下り、はたっと我に返る。まだ、と言う事は、あのままだったら何かしていたみたいではないか。

「違う違う、何もない、阿呆な事を考えんなやワシのド阿呆!…あぁ、せやのうて、今は川田を追わなあかん。あん餓鬼っ、こんな時間に一人で出て行きよってからに!」

治安の悪さ日本二位を舐めるな!と叫び、日本一治安の悪い福岡とはどんな恐ろしい所なのか考えてみる。一種の現実逃避だ。

「川田ー!おーい、ゆりりーん。そない遠くへ行ってへん筈やけどな…。ゆりりん、おーい、ユーリはん!隠れとらんで出ておいでー」

早足で辺りを見回しながら、大通りとは逆の路地を歩く村瀬は正しい。逃げ出したのは良いものの、裸足の川田はすぐ近くの自販機の脇に隠れていたのだ。
近付いてくる村瀬の足音に、青ざめた川田は近くの公園を見やり駆け出した。犬の散歩中らしいオバサンから不審げに見られるのも構わず、滑り台の下に身を隠す。

「ゆーり、りーん!見つけたらただや置かんぞぉ。許して欲しかったら出て来んかい。ゆりりん、…川田ゆりりん、ゴルァ!ええ加減にせんか、ワレ!」
「っ」

鼻歌混じりだった村瀬の声が怒りを帯び、公園の前で止まった。さほど遊具のない小さな公園には、ブランコとジャングルジム、滑り台と砂場があるだけだ。
街灯も殆どないに等しい為、狭い公園をジーッと眺めた村瀬は、滑り台の下に足らしきものを見つけて胸を撫で下ろす。隠れているのだろうから、すぐに見つけるのも可哀想に思えた。

「…有利、居らんの?な、ワシが悪かったさかい、出て来てぇな。何もせぇへん、叩いた事も怒ってないから。ユーリ、おーい」

わざとらしくブランコ側に歩き、滑り台の斜面が見えるのと同時に声を潜め、足音を発てない様に抜け足差し足で滑り台へ近付いていく。

「あんなぁ、さっきのは誤解やねん。たまたまAV観てたらお前起きてもうて…。不発弾がまだ眠っとるさかい、早う爆弾処理班呼ばな、ワシの股間で大惨事が起こるでぇ」
「ぶふっ」

滑り台の埃に汚れた斜面の裏から、小さな声が聞こえる。どうやら吹き出すのを耐えた様だが、蝉も静まり返った今、聞こえない筈がない。
今頃しまったと口を塞ぎ青冷めているのが見なくても判り、村瀬はニヤリと笑った。

「何や、本当に居らへんのん?弱ったなー、この辺、最近殺人事件があったばっかなんやけどなー」
「!」
「姐さん放ったまんま出て来てもうたし、川田も立派な男。…ま、どうにかなるやろ。阿呆らし、帰ろ帰ろ」

その言葉を最後に、滑り台を見つめたまま足音を発てる。一歩も動いていない癖にデクレシェンドを刻む村瀬の足が止まり、数秒後、そろそろと顔を出した川田が公園の出口を見た。

「そ、そんな…何て奴だ!本当に置いていくなんて…!」
「っ」
「どうしよう、は、早く、帰らなきゃ…痛!」

滑り台の裏で頭を打ち付ける姿に、我慢の限界を越えた。夜中にも関わらず腹を抱えて笑った村瀬に、頭を押さえた川田がぎょっと振り返る。
僅かな街灯に、真っ赤に染まった川田が照らされた。

「お、お前…っ」
「ひゃーっはっはっは、隠れといてビビっとる…面白過ぎるわ、ほんま!ぶふぅ」
「っ、煩い!変態!馬鹿!不良!」
「不良は悪口ちゃうやろ。誰が変態やねん、お前かて勃起ぐらいするやろ?男やさかい、そない言わんでええやん」

睨み付けてくるのへ手を伸ばし、半ば腰を抜かしている川田の頭を撫でる。キッと睨み付ける眦に涙が浮かんでいるのが判り、ゴクリと息を飲んだ村瀬は目を逸らした。

「…ほら、帰るで。いつまで裸足で居るん、阿呆」
「っ、判ってるよ!馬鹿にしないで、不良の癖にっ」
「はいはい、ボク不良ですぅ。ほれ、ワシの靴履きぃ。裸足よりマシやろ?ワシは靴下履いとるさかい」
「い、要らない。余計なお世話だっ」
「何やの、可愛げない」
「ど、どうせ僕は…っ」
「兄ちゃん達、夜中にいちゃついてお熱いなぁ?」

滑り台の上から聞こえてきた声に見上げれば、ホームレスめいた人影が覗き込んでいる。帽子を目深に被った男の唇がニヤっと笑い、鳥肌を立てた川田を素早く庇った村瀬の目つきが変わった。

「…騒いでえらいすいません。ワシらもう帰りますさかい、勘弁やで兄さん」
「何や、急いで帰らんでええやろ」

今度は背後から。
響いた声に反応する前に、川田の短い悲鳴が鼓膜を震わせる。

「は、離せっ」
「あー、こら威勢のええ兄ちゃんや。オジサン燃えてきたわ」
「ひっ」
「何晒しとんねんワレ!」

川田を羽交い締めにしている長身に、怒り狂った村瀬が拳を放った。が、ひょいっと避けた長身の男はゴーグルめいた眼鏡を押さえ、フードの向こうで唇を吊り上げた。

「うひゃ、怒らせとるやん」
「あー、少し遊んだるか」
「あー、せやなァ」

村瀬の後ろに、飛び降りてくる、気配。


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