可視恋線。

関西を拠点に新たな嵐の予感です

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「君は段々、彼の事が気にな〜る」
「ぐぅぐぅ」
「彼の事が可愛くて可愛くて堪らなくな〜る。はぁはぁ、寝ても醒めても彼が気になって仕方なくな〜る…」
「ぐ。う、うう…」
「ベーコンレタス、ベルトライン、ボーイズラブ」
「く…苦し…、う、うぁあ…っ」

悶える寝顔を満面の笑みで覗き込む男は、更に近付いて声を潜めた。

「俺、もしかして彼の事が…?これって、恋…?」
「ひ、広島…カープが…う、うう…っ」
「ああ、君が好きだ!もっと深く知りたいっ、この熱い思いを君の中に、」

ガチャリ。
鍵の回る音を聞いた男は素早く立ち上がり、ズササっと襖の向こうの部屋に入るなり、機敏な動きで布団へ潜り込む。

魘されている寝顔が残った部屋へ、ネクタイを解きながら入って来たのは、この部屋の主だった。

「…姐さん?また寝たんかな」
「う…ワシは…ワシはタイガース命やねん…!鯉は好きやない…っ」
「何の夢見てんねんコイツ」

村瀬の寝言を横目に襖を開けた瀬田は、こんもり山になっている布団から覗く黒髪を見やり、些か安堵の表情で胸を撫で下ろす。
静かに襖を閉め、未だ魘されながら川田を抱き締めている茶髪を足で蹴った。

「ぉわ!ベルトライン?!」
「…何のこっちゃ。阿呆ちゃう」
「あ?…ユート?あら、今何時」
「一時半。いつまでゆりりん押し潰しとるん。可哀想に、ごっつ眉寄っとるやん」
「ゆりりん?あ、ほんまや…」

腕枕していた頭に気付き、ボサボサの頭を掻きながらもっそり起き上がった村瀬の表情は、暗い。

「つーか、バイトはどないしたん?もう仕舞い?」
「あ、それクビになってきた」
「はぁ?コンビニも居酒屋も辞めて、暫くバーテン一本にする言うとったやんか」
「総長から電話があってん」
「何やて?」
「せやから、総長から言うとるやろ」

シャツのボタンを外しながら冷蔵庫からビールを取り出した瀬田は、村瀬に一本放りながら炬燵に腰を下ろす。

「ちゅーか、幾ら国道沿いのボロアパートかて、大声出すなや。近所迷惑や」
「す、すまんの。然し、総長ほんま何やっとったん?見合いがどうとか中国マフィアとか、流石のワシもパンクしてまうで、ほんまに」
「んな事まで聞けるかい。チームは関わるな言われた。とかく、姐さんの無事はうちらの命に関わる死活問題や。そんだけは確か」
「ぷはー。…何や、半信半疑やったけど、マジであれが本命っつー訳かい。イカれたんちゃうか」
「シバかれるでワレ。あの自己中傲慢男が、嫌われたらどうするんだ〜言うて、泣きべそ掻いとったっちゅーの」

目を剥いた村瀬に、さもあらんとビールを煽りながら笑う。そう、大河朱雀を知る人間は、誰もがこの反応を見せるだろう。

「…光華会ひっくるめてイレイザにゃ関わるな言う事は、若頭の話から察するに、総長の実家が関わっとる線が濃厚かいな。けったいな話や」
「ほー、なーる。やっぱアップルは頭ええな、言われて納得した」
「あの総長の身内や、ろくなもんやない。…っと、ゆりりん、何処触っとるんっ」

もぞりと寝返りを打った川田の手が、村瀬の際どい部分に当たっていた。童貞でもあるまいに焦りながら身を捩る村瀬へ笑い、瀬田は胸元から煙草を手探る。

「おい、姐さんが寝とるんやど。ゆりりんに言われとるやろが、喘息持ってるて」
「ええやろ、襖は閉めとるし、寝てるんやから」
「…あー、それもせやな。ワシにもくれ」
「おらよ」

未成年の二代非行、飲酒と喫煙を堂々と行う二人を咎めるものは居ない。
酒屋の松田がしょっちゅう持ってくるので、冷蔵庫にはアルコールが充実しており、夕食の際、ほんのジュースの様なチューハイを一口飲んだだけで寝落ちした瑪瑙はともかく、宇野はザルだった。

川田は真顔で「未成年だから」と言って飲もうとしなかったが、他人に強制する事はない。留学生や資産家の子息が多く通う本校では、飲酒は特に珍しい事ではないと言う。
ただ、根っから真面目な川田らしい決まり事なのだ。

「けほっ」
「おっと」

村瀬の隣で小さく咳き込んだ川田が寝返りを打ち、村瀬に背を向けて丸くなる。炬燵が僅かにズレ、慌てて煙草を揉み消した村瀬は、丸まった川田の背中を撫でた。

「アップル?…何や、変な顔しとるで、ワレ」
「へ、変?何処がっ?言っとくけど、ワシらん中じゃワシが一番モテるんやで!知っとろーがっ」
「や、まぁ、それはそうやけどな。ほんまの林檎みたいやで、お前。鏡見てみぃ」

怪訝げな瀬田が空になった缶を脇に寄せ、立ち上がって冷蔵庫を覗き込む。それを横目にペタペタ頬を触り、眉間に深い皺を刻んだ村瀬の太腿へ、コロリと寝返りを打った川田の頭が触れた。

「う…ん…。メェ、そのキノコは…食べるなって言ったろ…卑しいんだから………ばか」
「っ」

何の夢を見ているのか、難しい表情で寝ていた川田の眉間から皺が消え、代わりに唇が小さく笑みを刻む。

「かっ」
「おーい、ビールまだ入っとるん?」
「………かわえー…」
「あ?何か言った?」
「な、何でもあらへん。ゆりりん抱えるの大変そうやしっ、このまんまじゃ寝苦しいやろ!し、仕方ないな、ワシの膝に乗せたろ…」
「枕あるやん。使ってええで?」

村瀬の真後ろ、ベッドを指差した瀬田に村瀬は沈黙し、ふるふる力無く頭を振った。

「や、ユートの枕やんか。お前、昨日も朝までバイトやったろ?ちゃんとベッドで寝た方がええ。せや、それがええ」
「は?別に二日三日の徹夜なんか平気やし。今更キモい気遣いすんなや、可笑しな奴っちゃ」
「あ、阿呆ちゃうか。ユートは副総長で、ワシは舎弟やぞ。副総長の枕ブン盗る訳にいくかい」
「実質の総長はお前やないか。今まで暗黙の了解やったっちゅーに、今更ほんま意味判らん。変なもんでも喰ったん?…半額の肉があかんかったかな」
「じゃかあし!要らんっつったら要らんねん!騒ぐなや、ゆりりんが起きてまうやろ!」
「どっちが騒いでんねん、阿呆」

突っ込むのが面倒になったらしい瀬田はリモコンを掴み、テレビを付ける。
一瞬、首を傾げた瀬田には気付かず、繊細且つ優しい手付きで川田の頭を持ち上げた村瀬は、むやみやたら真面目な表情で己の膝に彼の頭を乗せた。

「…ゆりりん、また皺出来てるよ。あかんて、形が付いてまうやろ」
「アップル、お前テレビ付けた?」
「あ?テレビなんか付けるかい、ワレいっつも同じチャンネルに固定せな喧しいで。そないに面倒なテレビ、よう見ぃひんわ」
「せやなぁ。ほな、姐さんテレビ見たんかいな?うちすぐ帰って来たのに、なんぼも見らんと寝はったっちゅー事?」
「知るかい。で、総長いつこっち来るん?」
「あー、さっきタクシー乗った言うてた。何か、密入国?か何かで、捕まっとったって」
「密入国ぅ?何で日本の高校生が密入国なんかなんねん、訳判らん」

村瀬にも判らない事を、浪人万年赤点の瀬田に判る筈がない。

「うちかて判らんけど、飛行機飛んでる時間ちゃうし、タクシーでそのまま直行なら夜が明けたら着くんちゃう?」
「なんぼほど金持ちやねん、タクシーて」
「うちらの学費払ってビル土地ごと買うてまう男やで、今更やわ」

リスキーダイスの溜まり場である廃墟は、朱雀が大阪に居着く際、その古びた佇まいを気に入って購入したものだ。
国語は全く不得手の癖に、数学や社会には強い彼は、投資信託以外にも、骨董品などの売買で手広く稼いでいる。ボンボンの道楽ではなく、彼の使う金の全てが自ら稼いだものだと言うのだから、ただの変態傲慢男と片付けるのは憚られた。

「ビル改装して暮らす言うとったのに、いきなし引退して行方眩ましたんやもんなぁ。まっさか学生やったなんて…」
「ほんま、明らかにヤクザ関係やて思とったもん。俺ガッコ行くわ、て言葉を最後に居らんくなるまで、うち年下とは思えへんかったし…」
「帝王院の分校を勧めてきた理由も最近判ったんやった」

瀬田は最初、別の学校を受けて落ちたのだ。その後、一学年年下の松田と村瀬の受験となり、三人纏めて朱雀のスパルタを受ける事になる。
何十回馬鹿馬鹿言われたか。村瀬は中学時代ボクシング一筋だった為、やらなかっただけで勉強が不得意だった訳ではない。皆勤の上、テスト前にはそれなりに勉強するにも関わらず、まるで結果が出ない瀬田が哀れなのだ。

自信を持て、俺はオメー以上の馬鹿を見た事がねぇ。

とは、抗争の時よりも燃えていた朱雀の言葉である。松田と村瀬が乾いた笑みを浮かべる中、瀬田は照れていた。誉めてないと言うのに。

「…総長が来るまで、うち寝るわ。新しいAV、ベッドの上にあるから…好きにしぃ…」
「おま、何で上?!何で上に置いたん?!下やろ、普通っ、下に隠すやろ!」
「何で一人暮らしで隠さなあかんねん、阿呆か」

布団を捲ると、確かにイヤらしいパッケージがボロボロ出て来た。根っからの女好きを自称するだけあって、どれもこれも垂涎ものの内容だ。パッケージの煽りを読んだだけで判る。
スカーッとビール三本で眠りに就いた瀬田を苦々しく睨みつけ、イヤらしいパッケージをベッドの下に素早く放り込んだ村瀬は、膝の上でむにゃむにゃ宣う川田を見やり、眉間に皺を刻んだ。

「あかん、どないなっとんねん、頭湧いたんちゃうかワシ。男…ゆりりんは男やど…」
『君は段々、彼の事が気にな〜る』
「おわっ」
『彼の事が可愛くて可愛くて堪らなくな〜る…』
「そ、そんな訳あるかい…!阿呆かっ!」
『寝ても醒めても彼が気になって仕方なくな〜る』

頭の中を、聞いた事もない声がグルグルグルグル支配し、急速に全身を真っ赤に染めた男は、ブンブン豪快に頭を振った。

「ち、違う違う違う、落ち着け、ワシは村瀬凛悟16歳、健全な男…そう、男や…。彼女かて居る。最近あんま会ってないけど、彼女かて居るんや…」
『俺、もしかして彼の事が…』
「ヒッ、ヒィッ!んな訳あるか、あって堪るかァ!」
「ん…ぅ…。ぅ、るさ…ぃ」

もぞっと動いた川田が僅かに目を開き、狼狽える村瀬を見つめてくる。


うるうる。
潤んだ瞳が、村瀬の膝の上から。


「ん…何か………固い…もぅ」

寝惚けていただけらしい川田はすぐに目を閉じ、もじょもじょ村瀬の太腿の上で頭を揺すり、遂にはとんでもない所へ頬擦りしてきた。

「枕は…柔らかくないと………すー…」

カチンと凍り付いた男のとんでもない所で健やかな寝息を発てる川田は、普段のツンツン尖った表情ではなく、安らかな表情だ。瑪瑙を怒鳴る時とも、人前で緊張を隠している時とも違う、あどけない顔。

だが然し、固い固いと文句を言っているソレは、枕ではなかった。


「か…堪忍、してぇ…」

痙き攣りながら涙目になる村瀬を余所に、顔に似合わない豪快過ぎる鼾を掻き始めた瀬田が、ガシンドシンと炬燵を蹴る。
叩き起こそうにも起き上がれない状況の村瀬は、炬燵を瀬田が蹴る度に揺れる川田の頭と、ジーンズに閉じ込められたソレを懸命に耐えていた。


『これって、恋かも…?』

聞いた事もない声が頭をグルグル回り続け、両手で顔を隠したヤンキーは、

「う…うっうっ、違う、違うねん…ずずっ、こんなんワシ、うう、こんなんワシとちゃうねん…」

遂に泣いた。
泣き喚くのではなく啜り泣く彼の膝で、眉間に皺を寄せた川田が再び瞼を開き、

「…何?え…、ちょっと、何で泣いてるの?」
「ずずっ。お、起こしてもうた?すまんな、いま電気消すさかい。ずびっ」
「何か良く判んないけど、僕あのまま寝ちゃったんだね。…ごめん、退いてくれる?」

蛍光灯の紐へ手を伸ばした村瀬の膝から起き上がろうとして、炬燵に潜り込んでいた川田は眉を寄せた。膝を借りていた事がよほど恥ずかしかったのか、不機嫌そうだ。

「メェと海陸は?」
「姐さんはまんま寝とる。カイリはシゲとネカフェ。あ、総長と連絡付いたらしいで?」
「ふーん。…え?」

起き上がろうとして手が滑った川田が、訝しげに目を見開いた。

「か、川田はん…っ」
「………え…」

硬直する二人を襖の隙間から覗く妖しげな双眸には、気付かない。


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