可視恋線。

真打ち変態竜巻が西へ向かっています

<俺と先輩の仁義なき戦争>




緊張一色に染まる軍列を掻き分け、日本国主要官僚らが悲壮な面持ちで駆け込んだ先。

「…いつまで待たせやがる、小日本」

獰猛な眼差しで勇敢な軍人を足蹴にする獣のじみた男を前に、外務大臣を筆頭とした彼らは慌ただしく頭を下げた。

「こ、この度はとんだご無礼を…!」
「大河社長の御子息とは知らず、しっ、失礼致しました!」
「何卒っ、何卒今回の件を国家間の火種になさる事のないよう、伏してお願いつかまつります!」

壮年の男達に最敬礼を向けられ、狡い舌打ち一つで首を掻いた男は、忌々しいとばかりに目を眇め鼻を鳴らす。

「肝に銘じとけ。中国がアジア二位に甘んじてたのは遥か昔の話だ。リニア新幹線が格安チケットで走ってる今現在、武装放棄した列島小国が舐めた真似してんじゃねぇ」

はだけたシャツを整えながら吐き捨てる朱雀に、高々高校生へ頭を下げ続ける男達は返す言葉なく沈黙していた。
乱れた髪を整え、怯む軍人らを一瞥した男は、最後に。

「火種になんざなんねぇよ、安心しろ。…死にたくなけりゃ、日本に松原瑪瑙が産まれた事を感謝するんだな」

凍り付く獰猛な眼差しをそのまま、長い足で闊歩して行ったのだ。





と、格好良く決めたのは良いものの。

「まめのぉ谷間にぃ命の〜ぉ花ぁが〜♪二つぅ、並んでぇ咲い〜てい〜いるぅ…あ、もしもし、俺だ」

鼻歌ではなく熱い熱唱のままスマホを耳に当てた変態は、軽やかに大使館を後にしつつ、夜空の国道を歩きながらタクシーを探している。
電話の向こうで驚きを露わにしている声の主は、息を飲み声を潜め、

『ど…っ、何処の演歌歌手や思うたやないか!今の待ち歌やないの?!アンタが歌っとったん?!』
「おい、あんま誉めんな照れる。男の魂を表現するには、やっぱ演歌だろうが。熱い親父の情熱大陸だ、判るか」
『頭イカレたんちゃう?』
「その喧嘩買った、今からブッ殺しに行く。首洗って待ちやがれゴルァ」

ギッと睨みながら見付けたタクシーに手を挙げた朱雀の前で、加速したタクシーは華麗に走り去っていった。人相の悪い金髪スーツ野郎がネクタイを頭に巻いて立っていたら、誰でも逃げるだろう。

「おい、乗車拒否された。どう言う事だ、あ?」
『知らんわ!あ、うち今バイト中やさかい、後で掛け直すからっ』
「喧しい。まめ子の行方が判らん。今すぐ探せ」
『あぁん?マメコぉ?誰や、新しい女?』
「嫁だ。ソンユェンマーナオ、俺の嫁」
『嫁ぇ?!』

ひっくり返った声を出す相手に、とりあえず親指を立てたまま車道を睨む。すると、タクシーではなく、巨乳美女がハンドルを握る赤いスポーツカーが掴まった。

「どうしたの?ヒッチハイクなら、乗せてあげるわよ」
「いや、謹んでお断りだ。アンタじゃ勃起しねぇ」
「…死ねっ、ガキ!」

去っていくスポーツカーに手を振る。
女性の誘いを断ったのは、これで人生二回目だ。自分の身に起きた変化に肩を落としつつ、騒いでいるスマホへ注意を戻した。

『あ、アンタ、ほな姐さんは何やの?うちらカルマから脅されて、死に物狂いで拾ったのに!』
「アネサン?何だそりゃ。何でオメーがカルマと関わってやがる、侑斗」
『高野健吾や!あん餓鬼、単身で乗り込んで来よった!出来るなら八つ裂きにしてやりたい!』

思わず笑ってしまったのも無理はない。

「ありゃ俺が引き分けてる相手だ。オメーらが束になっても適うかよ。…っと、やっとタクシー捕まった。有り難ぇ」
『ほ、ほんまかいな。あないキラッキラしたアイドルみたいな奴が、アンタと同等…。そら強い筈や…』
「因みに成績は奴のが上だ。わざとAクラスに落ちてやがるが、昔は毎回三位だった。あ、すいません、長距離いいっすか?」

厳つい年寄り運転手は、酒やけした赤ら顔でグッと親指を立てて、キラッと白い歯を覗かせた。無表情で親指を立て返した朱雀の目に、運転手の襟から覗く刺青が映り込む。
どうやら、足を洗ったヤクザな運転手らしい。

『頭、痛なってきた…。それはもうええ、アンタ、マメコっちゅー女が本命なん?ほな、姐さんは違うっちゅー事で、うちら騙されとった、と』
「ハハハ、騙されただと、馬鹿が。本校昇級するくらいの気概見せやがれ馬鹿が」
『あ、東京はもう諦めたんよ。ごっつ怖い所やて判ったし』

電話の向こう側が騒がしい。
どうやら朱雀に従って、職務放棄した様だ。瀬田を怒鳴りつける声が遠ざかり、ざわざわと繁華街のざわめきに移り変わる。

「まだ水商売やってんのかオメー。株のやり方教えただろ、楽に稼げよ」
『あっちは上手い事やっとる。今のは、趣味と実益を兼ねた趣味みたいなもんやて。ま、クビになってもうたやろうけど…』
「ふん、店を出したいっつってたか?そうだな、卒業出来たら資金出してやっても良い」
『ほんま?!』

明るい声を発てた相手に小さく笑い、コキッと首の骨を鳴らした。演歌が流れるオーディオを小耳に、鼻歌を歌っている運転手の背中。
これが日本の親父の姿だと、朱雀の目はギラギラ輝いた。将来はこうなりたいものだ。

『何したらいいん?マメコさん探せ言うとったな。探し出したらええの?』
「ああ」
『やるー!あぁ、これで免許取る金が回せるわ〜。車も買える!で、マメコさんの特徴とか写真とか、はよ送ってや』
「写メは後から送る。名前は日本語で、松原瑪瑙。15歳、O型だが小型」
『………はい?』
「帝王院の一年だ。今から写メ送るから切るぞ」
『ちょ、ちょちょちょい待ちぃ!』

切り掛けた受話器から大声が漏れ、もう一度耳に当てた。熱き演歌をBGMに、高速道路へのジャンクションを駆ける車窓にオレンジの街灯が映り込む。

『マツバラメノー………松原、言うた?!』
「ソンユェンマーナオ、何度も言わせんな照れるだろ。思わず勃起しそうになったじゃねぇか、いやもうビンビンだった」
『ほな、高野健吾が言ったんは嘘やなかったんや…!』
「あ?」
「坊主、ティッシュ要るかい?」
「お構いなく。出すのは惚れた女房の中と決めてるんで…」
「フッ、上出来だ」

ニヒルに白い歯を覗かせた運転手に無表情で親指を立てる変態、それを余所に興奮最高の瀬田は声を弾ませ、

『姐さんっ、や、松原さんなら、うちのアパートに居るよ!』
「…んだと?どう言う意味だ侑斗ゴルァ!テメェ、俺の嫁と知って連れ込みやがったのか?!」
『ち、ちゃいます、何ちゅー誤解やねん!うち女の子が好きやから!生粋のスケコマシやから!』
「喧しい!テメェは殺す!八つ裂きにして海遊館のプールに沈めてやる…!」
『総長!堪忍してや、ほんま!誤解やっ、姐さんがイレイザに追われとって、助けただけやって!………あ』

口籠もる瀬田に殺気立った朱雀は眉を目一杯寄せ、ヤクザな運転手をビビらせる。

「この俺に隠し事なんざしねぇよなぁ、テメェ…」
『ひ!…や、あの、総長…っ』
「…全員八つ裂きか。そら良い、今年の水族館は満員御礼のホラーハウスになるだろうなぁ、侑斗」
『っ。リ、リサが!姐さんにパンプス投げて…!でも、ほんま掠り傷やで?!姐さんのデッカい目元が、ほんのちょこっと切れて!ただそんだけっちゅーかっ』

ミシッ。
スマホが軋む音、真紅に染まった朱雀の碧眼に気付いた運転手がミラー越しに息を飲み、受話器の向こうの瀬田はもう、言葉もない。

「そら何処の女だ、ああ?!」
『こ、これやもんなぁ…。アンタの女やったやないか!結構気に入っとったろ!』
「知るか!俺が覚えてんのは穴だけだ!」
『清々しい最低さや!』
「いちいち名前なんざ覚えてねぇ!そのクソ女とっ捕まえとけ!直々に殺す…」
『あかん!うちらもそれなりの処分するつもりやったんやで?!それを止めたんは、姐さん自身や!』

必死な瀬田の言葉に沈黙する。
そうだ。瑪瑙が怪我をしたと言う事は、そのリサと言う顔も知らない女が、朱雀と関係していた事を知られている、と言う事ではないのか?

「ま、まめ子、怒ってんのか?」
『は?』
「いや、だから、俺とセックスしたってよ、その女、まめよにチクってるよな…?」
『何言っとるの?ボソボソ言われたかて、判らんよ』
「だから!まめなが俺を嫌ったらどうしてくれんだ?!やっと、膨れながら膝枕して貰える所まで漕ぎ着けてたっつーのに、また振り出しなんざ有り得ねーだろ、馬鹿か!どうすんだ、勃起しまくったオメガウェポンは!しょんぼりしちまったじゃねぇか!…やだ、泣きてぇ」
『アンタの凶悪な股間や知らんわ!姐さんが怒っとるかどうかなんて判る訳ないやろ!ちょっと焼き肉喰っただけで、寝てもうたんやから!』
「寝…っ」

ギシッ。
朱雀の激怒に気付いた瀬田は、受話器の向こうでブンブン頭を振りながら、見えない相手に違う違うと手を振った。

『ちゃう、そうやない、姐さんだけやない!姐さんのダチのゆりりんも一緒や!カイリはシゲと出掛けとるさかい、アップルとゆりりんだけやけど!ほんまやで!嘘やあらへん!』
「ダチ?…ああ、川田有利と宇野海陸か。ちっ、まぁアレは良い」
『あれ?総長が興味ない相手の名前覚えとる…』
「馬鹿か。アイツらはまめりーなのルームメートだ。最低限把握すんのは当然だろうが」

短い息を吐き、シートに凭れ掛かる。今まで嫌われるのが怖いなんて、考えた事もない。
飽きたら別を求め、思うがままに過ごしてきたのに。まだ体を知らないからそう思うのだろうかと考えていると、瀬田が溜め息を吐いた。

『何や、暫く見ん内に大人になったんちゃう?アンタがそんな事言うなんて、世も末やで…はぁ』
「あ?馬鹿にしてんのか、馬鹿の癖に」
『あんなぁ。…もうええ、うちはアパートに帰るさかい。あ、姐さん、多分アンタに惚れとるよ』
「は?」
『それも、かなりベタ惚れや』

ブツっと切れた思考回路。
頭の中が真っ白になるのは、童貞喪失した時以来だ。

『何や知らんけど、光華会支部の奴らが入っとる。イレイザがいきなし暴れ出したんも、つい最近や。アップルが言うには、偶然とは思えんて』
「…凛悟はオメーらの中で一番賢い。敢えて下っ端の立場を選んだのは、動き易いからだっつってたか」
『ヤクザは姐さんを探しとるよ。ただ、川田と宇野の事は知らんかったみたいや』
「その辺りは見当が付いた。オメーらは関わんな。…頼む。俺が行くまで、死んでもマーナオから目ぇ離すな」
『はは…任せときぃ。姐さん、アンタが浮気しとっても許したる言うとったで。ごっつ不本意そうな顔で』

どんな顔だろうかと想像し、笑みが零れた。恐らく、セクハラをする朱雀を見る時の様な顔だ。眉をきゅっと寄せて、アーモンドアイを眇め、一生懸命怖い顔を作ろうとしている時の様な。
残念ながら、いつも驚いている様に見える顔は、怒っていても威圧感がない。

『ヤクザに追われとる時、姐さんラマーズ法で走っとったんやけど』
「ぶ」
『亀が走った方が早いんちゃうか言うスピードで、俺の体は朱雀先輩のもんだー!叫んどった』
「ぐは!」

人生初。
真っ赤に染まる大河朱雀の光景は、残念ながら運転手すら見ていない。挙動不審に辺りを見やり、右往左往、目を泳がせている朱雀は意味もなくベルトに手を当てる。

「ほ、他には?!何か言ってたか?」
『あ、アップルに「ほんと好きだなぁ朱雀先輩。撫でてあげたい」言っとったっちゅー話も…うろ覚えやけど』
「遂に俺の時代がやってきて来やがった…!畜生!」
『あと、「先輩の下半身はゆるゆる過ぎるから、今度会ったらちょん切ってやる」って、ウィンナー齧りながら』
「………」

股間を押さえた朱雀の顔色が悪い。図に乗ると思わぬ落とし穴があるものだ。

『な、総長。今更、店の話ナシとか言わんよな?うち可愛い舎弟やろ?な?な?』
「ああ…約束は守ってやる。卒業出来たらな!」
『ぐ!ほ、ほな、うち姐さんに総長のええ所ぎょーさん言っとくさかい。再会したら、うっふん☆俺を好きにしてぇ、ってなるで…多分』
「侑斗、免許と車の金は任せとけ。オメーは俺の、自慢の舎弟だぜ…!」
『総長…!』

怪しい取引が交わされる中、タクシーはひた走っていた。


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