可視恋線。

熱帯低気圧は西から流れて来る決まり

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「…皆に暫く潜っとけ言うときぃ。判っとる、心配あらへん。ほなな」

ほかほか湯気を発てる川田がタオルで頭を拭いながら、カラスの行水宜しく、川田の次に風呂に入った筈の村瀬が腰にタオルを巻いた姿で佇むのを見やる。
お情け程度の小さなベランダで煙草を吹かしながら、電話していた瀬田が振り返り、灰皿に煙草を押し付けて肩を竦めた。

「ゆう君、今のってお仲間から?」
「ん。うちらはお陰様で逃げ切ったけんど、仲間ほったらかしにしとったの気になっとってんな」
「ご、ごめん。俺らの所為で」

しおらしい宇野に軽く首を振り、ベランダのドアを閉めた瀬田はカーテンを引く。

「余所者丸出しやったお陰で、姐さん関連を疑うたアイツらは正しい。助けられて良かった」

宇野に笑いかけ、村瀬を真顔で見つめる瀬田は不機嫌げに眉を跳ねた。一般人の川田や宇野には、威圧感がある表情だ。

「っつー訳で、捕まっとった奴ら何とか逃げたらしいで。…カズキが姐さんの名前吐きよったそうや」
「あんにゃろ、なんぼヘタレやねん。ワシはハナからあんタコ仲間にすんの反対やったんや。シゲの奴、甘やかしよってからに」
「今更言うたかて。流石のカスも、今回は死ぬほど反省しとるらしぃ。腹ぁ切って詫びる言うて、暴れとるて」
「何処にそないな度胸あるんか教え欲しいわ。あー、風呂入ったら暑なった…ビールないん?」

流石はヤンキー。
鍛えられた村瀬の腹筋についつい目が行く川田に、宇野がニヤニヤ笑いを浮かべ、

「かわちー、エロい目でりんりん見てる〜」
「は?!何を馬鹿な事っ」
「宇野ぉ、りんりんはやめぇ、りんりんは」
「アップルはほんま自分の名前嫌いやな。諦めぇ、改名するまで津軽は津軽やで?」
「誰が津軽林檎やねん!いてまうぞワレ!」

瀬田と村瀬の掛け合いに、笑っているのは宇野だけ。ガシガシとタオルで乱暴に髪を拭いている川田は、何処となく真っ赤だ。

「せや、川田は下の名前なんて言うん?」
「はっ?僕?」
「はいはーい、俺カイリ。海と陸で、宇野海陸♪まっつんからは、うーちゃんって呼ばれてる。宇野のウじゃなくて、海のウ、ね」
「お、ええやん、外人っぽいやんか。ユートとカイリ、アイドルっぽいユニット組めそうやなぁ」
「ユート、外人は差別用語やで?ほんま馬鹿や、感心する。あの総長が呆れとったもんなぁ」

溶け込んでいる宇野は、昔の地味で人嫌いさなど微塵もなく。ぽややんとしているが、皆の緩衝材として仲介する役目の瑪瑙は、健やかな夢の中だ。

「へー!朱雀の君が呆れるって、ある意味凄い才能〜」
「せやろ?今まで50点以上取った事ないねん。受験勉強でうちの脳細胞、殆ど往生しはったんやろ」
「阿呆か、自慢になるかい」

幼い頃から寝食を共にしている学園の同級生ならともかく、出会ったばかりの他人に気を許すのは川田には難しい。

「て、ちゃうちゃう、話が大幅に逸れとる。阿呆は放っといて、川田の名前や。何て言うん?」
「…ユーリ。有利不利の、有利」
「…ネタやのうて?」
「代々家業が法曹関係なんだ」
「放送?川田のオカン女子アナなん?」
「阿呆は黙っとれ」
「あい、すんまへん」
「裁判で有利に進む様にって。僕は気に入ってる」
「ほー…ハイセンス。ユーリ、ユーリ…ゆりりん」

ゆりりん?
誰の事だそれはと沈黙すれば、爽やか男前スマイルの村瀬の向こう側、声もなく震えながら畳を叩いている瀬田と宇野が見える。

「ぽわぽわしとる姐さんのダチの割りに、ゆりりんはツンツンしとる。ちぃと気ぃ抜いてもええんやで?」
「だ…誰がゆりりんだって?!」
「えー、ゆりりんはゆりりんやん」
「やめろ!変な呼び方をするな!」
「えー、可愛いやん。何で鬼みたいな顔すんの?なぁ、ユート。カイリもそう思わん?」
「ひ、ひひ、か、可愛え、かわええっ、ぶふっ、めっちゃんこ似合うとる!ゆりりん…っ」
「りんりんとゆりりん、ナイスコンビじゃん。かわちー、俺もゆりりんって呼ぼっか?」
「巫山戯けるなー!」

暴れまくる川田をニマニマ笑いながら逃げ躱す瀬田と宇野に、何で二人が爆笑し川田が激怒しているのか判らない村瀬は、半裸のまま川田を押さえつける。

「ゆりりん、見た目は物静かそうな色男の部類に入るのに、中身は正反対やなぁ。あたた、引っ掻かんといて…!」
「ひひっ、こない情けのうアップル初めて見た!ゆりりん、ええで、もっと引っ掻きや!」
「ゆう君って黙ってたら王子様っぽいのに、性格悪いね〜。黙ってたら王様っぽいのに、喋ったら下ネタしか言わない朱雀の君の影響かな?ね、ゆりりん」
「ゆりりん言うな!くそっ、全員叩いてやる…!」
「あかんか?気に入らんかってん?ゆりりん、あ、ちゃう、川田、姐さん起きてまうよ、落ち着きぃ」
「これが落ち着いて、…あ」
「ん?」

はらり。
村瀬の巻いていたバスタオルが畳へ舞い落ち、益々笑い転げる瀬田と宇野を余所に、目を見開いたまま、瑪瑙が恐れる女王様は、

「おわっ、ゆりりん、ゆりりん?!どないした?!しっかりせぇ、ゆりりん?!」

盗み食いする瑪瑙を怒鳴りつける時と同じ表情で、背中から倒れたらしい。


「んー…?」

何やら騒がしい気配に目を擦りながら起きた俺、こんばんは松原瑪瑙です。
襖の隙間から光が差し込んでるから、布団を剥ぎつつ腹這いで襖に手を伸ばしてみた。

「起きた?」
「ふぁ?…あ、ユートさん?あれれ?いつの間にか寝ちゃった。うーちゃんとかわちゃんは?」
「カイリはネカフェ行きたい言うて、さっきシゲ呼び出して出掛けた。ゆりりんはそこ」
「ゆりりん?」

壁掛けの鏡を前に、オールバックにしていたユートさんは白シャツとスラックス姿で、炬燵を指差す。こっちからは左側にあるベッドの下を見ると、おこたに潜ってる頭が二つ見えた。

「え?村瀬さんと一緒に寝てる!かわちゃん、知らない人と寝るの苦手なのに…」
「せやの?」
「うん。修学旅行の時も、俺とうーちゃんの間に挟まって布団敷いたんだけど、大広間だったから結局、朝まで起きてたみたい」
「おー、いつの時代もそう言う奴居る居る」

寝てると何だか子供っぽい村瀬さんに抱えられてる感じのかわちゃんは、眉間に皺を寄せてるよ。本当に寝てるのかなぁ、俺が昔クッキー食べたいって言った時みたいな顔してる。
作ってくれたかわちゃんの指は絆創膏だらけで、オーブンで火傷したってうーちゃんが言ってた。残念ながらクッキーと言うよりビスケットみたいな味だったけど、かわちゃんって優しいんだよね。まぁ、大体は鬼なんだけど。

かわちゃんを怒らせるプロだから、俺。えへへ、照れるな!

「うーちゃん、ネカフェに興味あったんだ。俺も連れてってくれたら良かったのに。シゲさんだけとか冷たい…」
「や、最初は一人で行こうとしよったんや。流石に昼間の件があったばっかやろ?幾ら目の前言うたかて」
「目の前?」
「そっから見える」

ベランダじゃなく、壁掛け鏡の横にある小窓を開けたユートさんが外を指差すので、かわちゃん達を踏まない様に気をつけながら、窓辺から覗き込む。
夕方よれよれでお邪魔した時には気付かなかったけど、アパートから大通りに続く路地の先に煌びやかなネオンが見えた。目を凝らすと、インターネットとかコミックって書いてあるお店がある。

「あら、何だー、超近いじゃん」
「あの通りにある酒屋がシゲん家。アイツもしょっちゅう通っとる店やさかい、呼んだら飛んで来よった」
「ん、シゲさんが一緒なら安心だね。…うーちゃんが暴走しない事をお祈りしよっと」
「そっちかいな!」

ゲラゲラ笑うユートさん、本当に見た目を裏切ってるなぁ。お洒落なネクタイを絞めて、扇風機の風を受けてるユートさんは鍵を掴んだ。さっきから気になってたんだけど、どっか行くのかな。

「バイトやねん。朝まで懸かるし、冷蔵庫の中身とか勝手にやってええけど、外に出たらあかんよ?何かあったらアップル叩き起こしてな」
「今からアルバイト?もう12時回ってるよ」
「おー。今日は遅刻させて貰っとるけど、ほんまは11時からや。ま、給料もええし、女の子とも知り合えるし…」
「え?」
「バーテンやねん」

ぱちぱち瞬く俺に、色っぽく笑うユートさんはめちゃめちゃ大人っぽい。でも、高校生がバーテンとかっ、いいの?!

「うち18なったし、ええんやないの?」
「えっ、ユートさん三年生っ?!」
「せや。中三ん時に総長と出会うて、そのまんまニートになりそうな所を助けて貰てん。高校なんか行けるとは思ってなかったんけどなぁ」
「じゃ、朱雀先輩より年上じゃん!え、じゃあシゲさん達も?!」
「シゲとアップルは二年や。んで、うちら同級生よ」

何と、浪人したユートさんは、シゲさん達と一緒に受験勉強して入学を果たしたらしく、朱雀先輩が一番苦労したそうだ。物凄く頭が悪いんだって、笑いながら自分で言ってる。
先輩、変態だけど元進学科なだけある。ユートさんは朱雀先輩より頭が良い人は知らないって真顔で言った。

「18歳言ったかてシゲより若く見えるやろ?あんま気にせんでな?アップルなんか、うちを年上やと思うとらんし」
「えー…。でも年上には礼儀を尽くせって、お母さんが煩いんです」
「オカン?」
「いえ、かわちゃん」
「ぶふっ」

笑いながら俺の頭を撫でたユートさんは、そのまま颯爽とアルバイトに行っちゃった。カッコ良すぎ!
豪快なイビキを掻いてる村瀬さんに、眉間に皺を寄せたかわちゃんが歯軋りして、超カオス。

「あんな引っ付いて暑くないのかな」

鼾や歯軋りはともかく、寝相は悪くない二人は狭い炬燵に潜ったまんま。村瀬さんの腕枕で寝てるかわちゃんは、何だか…面白い。カメラがあったら証拠写真撮って、揶揄いのネタにするんだけどっ。

「テレビ付けよっと…」

いつも11時には寝ちゃう俺だけど、焼き肉食べてから、きっと四時間くらいは寝てたと思う。
枕が違うからかな?色んな事があってハイになってるからか、何だか目が冴えてます。

ぼーっとテレビ見てたけど、関西の深夜って、ちょっとえっちいグラビアアイドルとかお笑いっぽい番組とか、寮で見てるチャンネルとは違うのばっか。んー、興味ない訳じゃないけど、何故か頭の中に入って来ない。

「…あ、リスキーダイスの人達、どうなったのかな」

かわちゃん達を見付けた人達は痛い目に遭ったって聞いたけど、ユートさん達も痣だらけだった。
大人のバーテンっぽく決めてたユートさん、口元にファンデーションみたいなの塗ってたっぽいけど、うっすら傷が見えてたし。

かわちゃんを腕枕したまま仰向けでぐぅぐぅ言ってる村瀬さんは無傷だけど、かわちゃんはほっぺに絆創膏貼ってる。うーちゃんも逃げ出す時に転んだそうで、手首捻ってたみたいだし。

「…俺が大阪に行こうなんて、言い出したりしたから、だ」

かわちゃん達の反対側のおこたに蓑虫みたいに座ったまま呟いたら、泣けてきた。誰も俺を責めないのは、皆が優しいからだ。

リサさんだって、遠野先輩達が来てくれなかったら、靴を投げるくらいじゃ満足しなかったんだ。
エッチするほど好きだった人を俺みたいな男に取られるなんて、我慢出来ないよ。俺が逆の立場だったとしても、きっと同じ事したかも知れない。


だって。
リサさんはともかく、サトミさんもミナさんも優しかったのに、俺は、凄く嫉妬した。
俺の知らない朱雀先輩を知ってる彼女達に、凄く、ヤキモキした。

「ぅ」

好きだって言わなかったのは自分の癖に。嫌がってる振りして先延ばしにしたのは、狡い俺なのに。すぐ人の所為にして、自分だけ安全な所に閉じ籠もる、最低な奴。
ちっぽけで弱虫ですぐ泣く。良い所なんて、何処にもない。


コンコン。


ユートさんが出て行った玄関から、ノックが聞こえてきた。ゴシゴシと目を擦った俺は何も考えず立ち上がり、誰かが帰って来たのだとばかり、何の疑いもなく。

「はいはーい、お帰りなさ…」
「ニイハオ、マーナオ」

上から聞こえた声を見上げた瞬間、視界は真っ暗な闇に包まれた。


俺こそ真のアホだね。


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