可視恋線。

ご覧下さい!変態いわし雲が大群です!

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「うっうっ、ずず!かわちゃん、うーちゃん、良かったよぉう!あっ、かわちゃん、ほっぺから血が!」
「ふん、男はこのくらいの掠り傷で騒がないもんだよ」
「そう言うかわちー、さっきまで真っ青だった癖に」

ぐりぐり鼻水を擦り付ける俺に、うーちゃんの足を踏んだかわちゃんは、仕方ないなぁって感じで息を吐き、ほっぺの傷を擦りながら、

「気安く触るんじゃないよ、メェの癖に」
「あいた!」

やっぱり、かわちゃんはかわちゃんでした。めちゃくちゃ痛いデコピンに悶えてると、何やら話し込んでいた村瀬さん達が後ろを見て顔付きを変える。

「姐さん、追っ手や!ひとまず逃げるで!」
「え?追っ手って…」
「メェ!良いから走れ、この馬鹿っ」

かわちゃんに引っ張られて走り出す俺達。何が追っ掛けてくるんだろ?と、振り向いてみたら、とんでもなく強面な派手スーツの人達が般若宜しく追いかけてきてる!

「ひ、ひぃ!何あれ何あれ、祖父ちゃんが借りてくるヤ印の映画に出て来そうな人達っ」
「良いから急げ!捕まったらどうなるか判らないよっ」
「何したのっ、何しちゃったのぉ、かわちゃん!まっさかヤクザさん達を殴ったとかデコピンしたとか鞭とローソクで…痛っ」
「お前はいつもいつも僕を何だと思ってるんだ!誰がヤクザなんかにローソクなんか立てるんだ!馬鹿メェ!」

だって、かわちゃんって女王様にしか見えないんだもん!ぱっと見ストイックな男前だけどっ、中身はお母さんと女王様が混ざってるじゃん!

「大体、今回は僕だけが悪い訳じゃない!海陸が元凶だ!」
「えっ。うーちゃん?」

楽しそうにキョロキョロ大阪の街を眺めながら走ってるうーちゃんを見れば、俺の視線に気付いてニッコリ。

「かわちーだって背負い投げたんだよ?然も自己流の適当な技でさー、面白かったな〜」

美人だなぁ、うーちゃん。…うん、何があったのか把握しました。そりゃヤクザさん達もブチギレちゃうだろうね、うん。

「かわちゃん、うーちゃんには逆らわない方がいいよって教えた方がいいんじゃない?はぁ、うう、まだ走るのっ?」
「海陸がクレイジーなのはともかく、ヤクザになんか捕まったら、メェなんかアレされてコレされて…骨も残らないね!」
「ひぃい、アレって?!コレって?!やだ、俺の体は朱雀先輩のものなんだからー!」

ユートさん達が痙き攣って、通行人がギョッと振り返る。
かわちゃんに頭を叩かれた俺は、脇腹が痛くなってきたけど走るのをやめなかった。

村瀬さんと皆を助けにいく時は、村瀬さんの原チャリに乗ってきたから楽チンだったんだよね。
あ、でも俺にメット貸してくれて、村瀬さんノーヘルだったから、鬼みたいなお巡りさんに物凄く怒られた。村瀬さんは慣れてるみたいで、知り合いらしいお巡りさんに拳骨喰らってたけど。

「は、はぁ、ふぅ、ふぅ、ひっひっふー。朱雀先輩の縁談ぶち壊すまで、俺は死ねないんだ!はぁ、ひぃ、はぁ」
「縁談?何それ、あの最低野郎っ。それじゃ結婚相手が居ながらメェに手を出してた訳っ?!」
「うーん、朱雀の君はそんなタイプに見えないけどなぁ。先輩の婚約者だったら、それなりの家柄で、美人で、まっつんとは真逆そうじゃん?もしかしたら物凄く不細工なのかも知れないけどさ」

うーちゃんの台詞にガーンと落ち込んでる俺、ユートさんの同情溢れる眼差しに気付いて、また落ち込む。

「とにかく、例え婚約者が居ても堂々と浮気しそうじゃんか。なのに今の今まで朱雀の君に婚約者が居たなんて聞いた事ないし、ほら、一度まっつんが寝坊して、迎えにきた朱雀の君にお茶出そうとした時あったよね?」

あ、確か、うーちゃんが勧めてもドアの前でずっと待ってたって言ってた。遅刻するからって、着替えてる俺を二人は置いてったけど、朱雀先輩だけは待っててくれて。
俺だけになった瞬間、部屋に入って来たんだ。

「気を許せる奴以外と同じ空間を共有するのは嫌いだって。その後に、悪いなって謝ってたろ?あの朱雀の君がさー」
「お前はあの最低野郎の味方をするのか海陸!友達甲斐のない奴めっ」

初耳だ。
朱雀先輩、俺の友達だから気を使ってくれたのかな。エビチリの件も、部屋に送ってくれた時、かわちゃんに謝ってくれたし。
面食らったかわちゃんは、無言で頷くしか出来なかったんだよ。

「うう。好きだなぁ、朱雀先輩…。もし浮気してても許してあげようかな」

まさかこの時、香港を全力疾走中の先輩がとんでもない妄想を繰り広げて居たなんて知らない俺は、ほっぺを赤くしたり、やっぱり浮気はいやだなぁとか考えてた。

常識が通用しない先輩に、どうやって浮気が悪かを覚えさせるかが問題だね。快楽に弱そうなんだもん。美人見たらホイホイ付いていきそうな気がする…。


どう言う事だ、まめこ!


先輩が聞いたら激怒し襲い掛かって来そうな事を考えながら、本当にもう限界だった俺は、ふらっと倒れ込む。

「はぁ、はぁ、脇腹痛い…ひゅう」
「メェ、もう少し頑張りな?こんな所で座り込んだら捕まってしまうよ」
「んー、まっつん足遅いから追い付かれそうな気がするなぁ、どっちにしろ」
「どないしよ、あっ、追い付かれよった!姐さん、もう少し気張りなはれ!」
「姐さん、めっちゃノロマやな…。せや、うちらが見つけた時かて、なぁ」
「…仕方あらへん。姐さん、ちぃとワシに掴まっとれ!」
「ひょわ!」

糸目で、目が開いてるのか瞑ってるのか判らない角刈りのシゲさんに、ガシッと俵抱きにされました。
腹を筋肉質な腕にぎゅっと絞められ、頭と足が浮いてる。

「アジトはバレとる危険性がある!仕方ない、一番近いのはうちのアパートや。心斎橋目指しや!」
「途中はぐれたら適わんで、あー、川田さんやったかいな?お宅はワシと、そっちの兄さんはユートと行きぃや」
「わー、途中にプラモショップか電気屋さんがあったらちょっと寄っていきたいな〜」
「それは日本橋だろうが!海陸、お前には危機感が足りなすぎる!」

うわわ、内臓っ、内臓が飛び出そう…!
痛い痛い痛いっ、痛いけどシゲさん、体格無視して物凄く足が速いから、ガックンガックン煽られてる俺、ヒッ、とか、ぎょひっ、とか、悲鳴しか出ない。

「姐さん、軽過ぎやで然し。総長に何も喰わして貰てへんの?」

あ、最近あんまり食欲なくて…。
お粥とかカロリーメイトみたいな奴ばっか食べてたから、俺。元気がない俺を心配してくれたクラスメートとか、喋った事もないFクラスの超怖そうな人達から、いっぱい差し入れして貰ってて。

「あぁ…、総長があんま激し過ぎてそないなっとんのん?難儀やなぁ、堪忍やで姐さん。総長、外面はともかく、中身は獣やさかい…」

でも少しは食べときゃ良かった。
シゲさんがコンクリを蹴る度にガックンガックン揺れる頭は、シゲさんから見たら頷いてる様に見えたのかも知れない。


ああん!もう!
朱雀のバカーーー!!!まだ清らかな体なのに!


再び皆と合流した俺は、眩しい夕陽を抜け殻状態で眺めてた。
ユートさんのアパートで焼き肉パーティーするって盛り上がる皆の体力、獣だよ、ほんと…。







「ほう、逃がしたとな?」
「も、申し訳ありませ…!」

青ざめ、小刻みに震えている厳つい男達へ、オラクル眼鏡のチェーンを揺らした美貌はパチリと扇子を閉じる。
閉じた扇子を震えている男達に突きつけ、立ち上がった長身は凍る様に冷たい無感情な美貌で、ゆらりと首を傾げた。

「松原瑪瑙を探し出すのは愚か、童子の群れさえ捕縛出来んとは、何とした事かの?我にはとんと理解出来んのう。どれ、判り易く説明してくれるか」
「も、申し訳ありません!どうか、どうか命だけは…!」
「社長、宜しいでしょうか」

恐怖で竦み上がる強面らに、ペロリと唇を舐めていた男へ、艶やかな黒髪を靡かせる長身が声を掛ける。
この聡明な美貌だけは何をしてもにこやかな表情を崩さないので、ちっとも面白くない。これならば馬鹿息子の方がマシだ。

「おお、ユエ。折角この者らを揶揄っておったのに、邪魔をするか」
「社長の邪魔などとんでもない。先刻、青蘭より連絡がありました。ジュチェが向かっているそうです」
「ふはは、思ったより遅かったのう。馬鹿め、いつも言っておったろうに。目的を遂行する為とあらば、親をも殺せと。…して、アレはどうなった?」

優雅に開いた扇子で口元を押さえ、チラリと美月を見やる。相変わらず鉄壁の微笑みを湛えたまま、彼は告げた。

「残念ながら、細胞は髪一本として手に入らなかったそうです」
「あれの髪は抜け毛知らずの剛毛ぞ!我は何としてでも精子を採取しろと言ったのだ、ええい、役立たず共…!不愉快でならん!」

震えていたヤクザを蹴り飛ばした男は、苛々と白髪を掻き、年齢を感じさせない貫禄漂う美貌を歪める。

「おのれ、このままでは孫が見れんではないか…!朱雀が松原瑪瑙を娶る前に手を打たねば、大河の血が滅びてしまう!」
「その件ですが社長、どうやら社長がジュチェの精子を狙っていた事がバレてしまった様です」
「…何と?」
「ナイト=ノアより、勝手に行動した罰を受けよ、との通達がありました」

沈黙した社長の顔色が悪いのを認め、微笑みながら小首を傾げた祭美月と言えば、この状況でも満足げだ。

「『どんな都合があろうと浮気だけは許しませんにょ』と。隠し子など以ての外、今度下手な事をしたら直々にお仕置きに行く。以上が、レッドスクリプトで送られてきた、全文です」

レッドスクリプト。
カルマが挑戦状を送る際、赤文字で書かれていたと言うそれは、今や裏社会で知らぬ者は居ない、魔の手紙だ。

「…何と無慈悲な。我はこのまま廃れ行く運命を、指を咥え受け入れねばならんのか?秦王朝より続いた、我が大河の末路を!」
「で、社長。直後カイルーク=グレアムより、この様なものが届きましたのでお渡し致します」
「マジェスティ=ルークから?」

裏社会ナンバーワンの組織、全世界を統べる美貌の皇帝から届いたのは、煌びやかな便箋である。
煌びやかなイラストで、♂同士がいちゃついているレインボーな便箋に、思わず目がチカチカした社長の、オラクル眼鏡が覆っている左目だけが、灰緑から真紅に染まった。

「『拝啓、時下益々お萌えの事とハァハァ致します。先頃、我がステルシリー技術開発部の研究が実り、全BL有志が長年求めてきた【受け妊娠薬】の流通開始と相成りました事を、此処にお知らせ致します』」
「受けとは何でしょうかねぇ、社長」
「『尚、今回の開発には五分も懸かった為、お求めの際はお近くのグレアム支部売店にて801円を頂戴致します。より良い研究への資金の為、皆様のご購入をお待ち申し上げもえー。かしこ。漫画研究部副部長・帝王院神威』」
「そう言えば、ナイト様は夏のイベント前で資金繰りに精を出してらっしゃいました」

ぶるぶる震え、便箋を握り締めた社長は、しゅばっと立ち上がり、扇子をビシッと突きつけた。

「ユエ!ただちに近くのステルシリー企業売店へ向かい、残らず買い占めて来るのだ!我は今から松原瑪瑙君のご両親の元へ行く、任せたぞ!ふははははは」
「社長、来日したばかりでアポもありませんし、日本にはグレアム傘下の企業はありません。まずは旅館で御一献召し上がって、ゆっくりお休み下さいませ」

ふむ。
一理あると腕を組んだ男は、声もなく震えていたヤクザ達に気付き、まだ居たのかと眉を寄せて、扇子でポンっと己の腹を叩いた。

「…所で貴様ら、朱雀が囲っている童子らについてどれほど知っている?」
「は、はぁ、瀬田侑斗、松田茂雄、村瀬凛悟の三名の学費を融資し、中でも瀬田侑斗は坊ちゃんの養子に近い扱いを受けてますぁ」
「ふぅむ。それではマーナオは母親も同然、と言う訳か…」

パチンと扇子を鳴らした男は、無愛想な吊り目を笑みで歪め、


「マーナオに会いに行く。旅館には布団を二組敷くよう伝えよ。…良いな、ユエ」

舌なめずりする社長に、愛想笑いを浮かべながら『好き者め』と呟いた美月は、けれど優雅にお辞儀した。


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