可視恋線。

遠くの積乱雲より近くの水溜まりが危険

<俺と先輩の仁義なき戦争>




さりとて。
青ざめた表情の川田有利と宇野海陸が隅っこで固まっている中、ボロボロの姿で盛大に暴れまくる黒髪の青年が見えた。

「下郎…!ええ加減にせんかい、ぶっ殺すぞワレェ!」

穏やかそうな面構えを般若の如く豹変させた彼は、同じくグルグル巻きにされている体格の良い青年と共に、ヘラヘラ嫌みな笑みを浮かべている男達を睨みつける。

「はっ、リスキーダイスの総長と副総長がええ眺めや。精々抜かしとけカス、すぐに息の根止めたる」
「テメーらは朱雀呼ぶ為の餌や。大人しくしとれば助けたってもええねんで?」

青ざめた川田と宇野が目を見合わせ、随分痛めつけられたらしい簀巻きの二人に顔を歪めた。

最初にヤンキー達から目を付けられたのは川田達の方で、連れて行かれそうな所を助けてくれた不良は派手にリンチされ、何処かに連れて行かれた。
心優しい不良がリスキーダイスのメンバーだと知り、迂闊にも朱雀の名前を出した川田に、ヤンキーらの顔色が一変する。

決して瑪瑙の名前は出してはならない事だけは嫌でも判る状況だが、痛めつけられていた不良が半ば強制的に吐かされた会話で、それも最悪の事態へ向かった。

彼は松原瑪瑙の名を、確かに言ってしまったのだ。

それから、リスキーダイスの総長と副総長だと言う二人が飛び込んできて、最初は優勢かに見えた。
穏やかそうな黒髪の青年、ユートと名乗った男に瑪瑙の名前を出され、彼が無事である事に安堵したのも束の間。
明らかに一般人ではない厳つい男達が乱入し、リスキーダイス一同、今や簀巻き状態だ。

辛うじて、川田達が瑪瑙の友人である事は知られてはいない様だが、ヤクザな男達も朱雀を探しているらしく、川田の頭は朱雀への恨み辛みでパンク寸前である。

「さっさと朱雀の居場所吐かんかい」
「隠すと為にならんで、ああ?!」
「じゃかあしい!リスキーダイスを舐めたらあかん、うちは副長の瀬田侑斗や!誰が自分とこの総長売るかいボケぇ!死に晒せタコがっ、ぐふ!」
「ユート!…テメェら片っ端から腐っとるのお!覚えとけっ、リスキーダイス総長、松田茂雄の怒りは必ず思い知らせてやらぁ!」

代わる代わる痛めつけられる二人から目を逸らし、ただ震えているしか出来ない川田に、宇野が肩を寄せてきた。
道連れにされた一般人扱いの二人は、最初ヤンキー達に殴れた程度で、今や放置同然だ。ユートと呼ばれている青年が、敢えて全員の気を引いてくれているのが判る。

総長の大切な人。
彼は瑪瑙の事をそう言って、だから川田達を必ず助けると言っていた。

「…かわちー、このままじゃこの人達、本当に殺されちゃうかも」
「そんな事させない…っ。父さんに頼んで、死刑にさせてやる…!」

検事の父と元裁判官の祖父を持つ川田は、リスキーダイスを悪とは思えない。
あの変態不良の朱雀は鳥肌が立つほど嫌いだが、居なくなる直前の彼は、端から見ても呆れるほど紳士的だった様に見えなかった事もない、気がする。

好きだと言う気持ちを隠さず瑪瑙を見ていたし、放課後も律儀に寮まで瑪瑙を送って。たまに連れ出しても、夕飯までにはちゃんと送り届けた。

瑪瑙がお土産で持って帰って来るおやつや食材は、三人分必ずあったし。夕飯を食べさせる時は毎回、その旨を川田に電話連絡してきたほどだ。
恐らく瑪瑙は知らないだろうが、一番最初に朱雀の部屋へ連れ込まれた時以外は、律儀に連絡してきた。

それは曲がった事が嫌いな川田の性格を理解した朱雀が、瑪瑙の友人だからこそ見せた誠意、だろう。

「…どうにか此処から逃げて、警察に助けを求めなきゃだよ」
「でもどうやって逃げるんだ?僕らじゃ、あの人数相手に喧嘩なんか…」
「俺が何とかするから、かわちーが行って」

固い表情の宇野に、息を飲む。
今まではヘラヘラしていた癖に、こんな表情は初めて見た。

「ば、馬鹿な事を言うな…っ。お前だけ置いてける筈ないだろ、海陸っ」
「大丈夫だって。作戦もあるし。…まっつんが悲しむのは嫌なんだ、俺」

実は対人恐怖症の気がある宇野が、今やクラスの人気者と言える立場に登り詰めたのは、初等部時代から何度も率先して彼に話し掛けた瑪瑙の、努力の賜物である。

学園の閉鎖的な空間に物心付いてから放り込まれた子供達は、何処か捻くれている者が少なくない。
川田も寮生活に幼い頃は反発的で、宇野を苛めたり皆を従わせる事で鬱憤を晴らしたものだ。

ちょっと馬鹿だった…良く言えば楽観的だった瑪瑙だけは、そんな風習に染まる事なく、たからこそ朱雀がどんなに恐ろしい存在か、理解している様で全く判っていないのだろう。
恐らく『ちょっと美形で変態の不良』、その程度の認識だ。関西制覇した総長と言っても、『白百合には歯が立たない雑魚』ぐらいの認識で間違いない。

川田も宇野も、正しく理解している。
見目麗しい風紀委員長が未だに高校のブレザーを纏い校内を闊歩している異常さも、ゲームにしか興味がない左席副会長が頻繁に姿を現す事の異常さも。

幾らミーハー心で憧れているとは言え、黒縁眼鏡とボサボサの前髪では隠しようもない、左席会長の恐ろしさも、だ。


「…やっぱり、駄目だ。僕が迂闊だった。大阪に来たのが、間違いだったんだ…っ」

瑪瑙が言った言葉を思い出す。
朱雀が居なくなる前、瑪瑙はカルマ幹部である錦織二年生らに拉致され、朱雀と共に帰された。
その時、瑪瑙には判らなかった会話を、錦織二年生と朱雀が交わしていたらしい。

「猊下は何らかの意図で朱雀の君に試練を受けさせてる。もしかしたら…」
「そんな、考え過ぎだって…。俺らが旅行に行くのは知ってたとしても、まさか不良に捕まるまでは想像してないだろ?まっつんと離れ離れになったのだって、偶然なんだし」
「だが、メェが電車を乗り間違えたのは、僕らが渡してた地図を見て間違えたって言ってただろう?僕は地図があるのに間違えたなんて馬鹿の極みだって、深く考えもしなかったけど…」

もしそのメモが、擦り変わっていたら?
最初から瑪瑙だけ引き離すつもりで、もし、それが全部、誰かの企みだったとしたら。

「それじゃあ、俺らが連れて来られたのは偶然だったとしても…」
「メェは、意図的に引き離されたのかも知れない、って事だ。…もしかしたら、メェがこんなに早くリスキーダイスと関わったのも、偶然じゃないかも」

川田の台詞に、半信半疑だった宇野も顔色を変える。このまま大人しく掴まっている場合ではない事は間違いない。

「…あれ?何か、ヤクザ達の様子が変だね」
「瀬田さんと松田さんを連れてくつもりだ…!不味いぞ海陸っ」
「あーもー、作戦考えてたのに!」

最初から縛られていた訳ではない二人が立ち上がり、素早くバタフライナイフを取り出した宇野が瀬田と松田の縄を解く。
状況の深刻さよりも、何故そんなものを持っているんだと痙き攣った川田が、襲い掛かって来るヤンキーを背負い投げた。

「我流柔術初段、川田有利!そこらの不良なんかには負けないよ!」
「かわちー、素敵ー」

一応、将来は警察官のエリートコースを驀進する予定の川田に、将来は気楽な投資家と言って憚らない宇野の拍手が注がれる。
ボロボロながら呆然と二人を見上げるリスキーダイスツートップは、キッと川田に睨まれ震えた。

「何ボサボサしてる!男ならシャキッとしろ、シャキッと!」
「え、え?あ、ああ、は、はい!」
「何や、ワシのオカンみたいやなぁ…」
「僕らか弱い一般人なんだから、アンタらがどうにかしなよ!判ってるよね!」
「かわちー、さっすが!この状況でヤンキー相手に女王様しちゃうなんて、惚れ直しちったよ〜」

笑顔で手榴弾に似た塊をヤクザ達に投げつけた宇野に、川田とリスキーダイスツートップの悲鳴。


ちゅどーん!


凄い音と共に粉塵が舞い、鼻に付く匂いが全ての人間を泣かせる。


「か、海陸っ、これって…っ、胡椒じゃないか?!」
「あ、うん。火薬は流石にもう不味いかなって思ってさ〜。謹慎してる間、時の君に教わって殺傷力の少ない武器作ったんだ」

だがこれでは背水の陣にも程がある。
クシャミ連発で視界も働いていないらしい瀬田と松田に、宇野から渡されたハンカチを口元に当てながら川田は肩を落とした。

「松田さん、瀬田さん、今の内に行きましょ〜。俺が道案内するんで、そのまま泣いてて良いですよ」
「くしゅん!くしゅん!くしゅん!シ、シゲ、姐さんのダチ、ほんま半端ないわ〜ぶぇっくしゅ!」
「へっぶしゅ!あかん、ごっつ目に染みる…!ユート、っぶし!ユート、何処に居るんや?!へっ、ぶし!」
「海陸…まさか、最初から胡椒爆弾が作戦だったんじゃないだろうね…」
「えー?違うよ、かわちーが逃げたら本物投げるつもりだったもん。校内じゃまた謹慎になっちゃうからさ〜、時の君から教わった威力がどんなもんか試したくて試したくて…」

泣きながら川田達に付いていくリスキーダイス達は、決して宇野には逆らうまいと泣きながら固く誓う。
流石、腐っても帝王院本校の生徒だ。あの朱雀を入院させるほど痛めつけた人間が居るそうだが、もしかしてそれは宇野だろうか?

「シ、シゲぇ、うち今、世界の広さを痛感しとる!東京ろくでもないわ、うち大阪に居って良かった…!ぐす、ぐす、くしゅん!」
「せやろ!ワシもアップルも、上京はあかん言うたろうが!お前は一生大阪に居れ!ぶぇっくしゅ!」
「東京怖い東京怖い、宇野さん怖い宇野さん痺れるほど怖い…」
「ちょっと誤解しないで下さいって!コイツはミリタリーオタクで、戦車のプラモ集めたり、まぁ、危なげなもん作ったりはしますけど…それ以外はまぁ、人畜無害だからっ」
「そうですって。俺なんかより、朱雀の君の方があらゆる意味でヤバいし〜。そんな朱雀の君をバッチバチ平手打ちしてたまっつんなんか、相当ですって」

硬直した関西二人に、薄暗く狭い路地裏を足早に駆け抜けながら笑う宇野は、何かを思い出したのかポンっと拳でもう一方の手を叩いた。

「あ、まっつん、朱雀の君の股間を容赦なく蹴った事もあるな〜。会長からラウンジゲートに招待された時も、露天風呂に乱入してきた朱雀の君を、洗面器でボコボコ叩いてたし。ね、かわちー」
「股間を膨らませて堂々と入って来たんだ、メェの態度は当然だよ!いっそ僕が殴ってやりたかった…!あの変態猥褻男め!」

憤る川田に、羞恥心の欠片もない朱雀を思い浮かべつつ、瑪瑙の人畜無害そうな顔を思い出してみる。
余りに特徴のない平凡な顔立ちだったから、関西二人はぼんやりとしか思い出せない。

「…あかん、姐さんて目がデカかったくらいしか思い出せへん」
「総長を殴って蹴って、今まで無事やった奴なんか男も女も居れへんよな?ただ者やないわ、恐れ入った姐さん…」
「皆っ、追っ手が来たみたいだよ!」
「うっわー、メチャメチャ怒ってるなぁ、あれ」

緊迫した川田の台詞と半笑いの宇野に、表情を引き締めた不良は足を早める。

「あかん、奴ら光華会関西支部直系の組員や。何であんな奴らが関わっとるや知らんが、捕まるのはヤバい」
「はっ、昔の悪行が役に立つもんやなユート。ヤクザに詳し過ぎるで、ほんま」
「光華会?それって関東最大のヤクザじゃないか!」
「かわちー、光王子の実家が、確か光華会のトップで高坂組じゃなかったっけ?」

漸く見えてきた大通りに全員の足が益々早まり、

「おわっ」
「ぐ!何処見て歩きよんねん、こん餓鬼…って、アップルやないかい!」
「っ、ユート!無事やったんか?!おぉ、シゲもっ。ボッロボロやなぁ、二人共!」

茶髪の派手めな不良に川田らも足を止め、真っ赤な目であんぐりと口を開いている小柄な姿に、息を吐く。

「か、かわちゃん、うーちゃぁん!良かったぁ、生きてて良かったよぉ!うわーんっ」
「メェ、その怪我…!」
「まっつん、目元どうしたの?!」

拳を握り村瀬を睨む川田と、怪しげな筒を取り出す宇野に、瀬田と松田は慌てて村瀬を庇ったと言う。

何事か理解していないのは、泣き喚く瑪瑙と目を丸くしている村瀬だけだ。


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