可視恋線。

色んな所でラブハリケーンの予感

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「あら、朱雀様は理数系でらっしゃるんですわね。流石はアジア経済を担う次期社長でらっしゃるわ」
「いや…まだまだ修行の身で、お恥ずかしい限りです」
「いいえ、素晴らしい御方だと再認識致しましたわ!朱雀様でしたら、娘も喜んでおります」

けばけばしい中年女性の傍ら、純白に艶やかな刺繍を施した少女が頬を染めて俯いている。
絵に描いた様なお嬢様だ・と、内心舌打ちすれば、隣に座っていた祭美月からテーブルの下で足を踏まれた。

「私、お見合いだなんて最初は戸惑っておりましたの…。大河様に嫁ぐなんて、大それた事ですから…」
(だったら端から断っとけよ糞アマ、いっぺん犯して狂わせっぞボケ!…勃起したらの話だがな)
「でも、お会いして良かった。朱雀様でしたら、私…」

潤んだ夢見がちな目で見つめられ、痙き攣った愛想笑いを浮かべる。不満げな秘書から笑顔で足を踏まれたが、愛想笑いを令嬢に向けたまま踏み返してやった。
愛想笑いなんざした事もない大河朱雀17歳である。無理を言うなと言う話だ。

「ほほほ。それでは後は若い二人に任せて…邪魔者は退散致しますわ。ほほほ」
「もう、お母様ったら」
「そうですね。吾も失礼致しましょう、これほど美しい方を前に、理性を保つ自信がない」
「まぁ、祭様とも在ろう御方がっ。お世辞は程々になさいませ…恥ずかしいですわ」

李の迸る殺気に気付かない令嬢は幸せだろう。気付いてて無視している美月はともかく、とばっちりでビビった朱雀は苛立ち最高潮だった。
令嬢と二人きりにされてしまったレストランの個室で、今にも貧乏揺すりしそうな勢いである。

「朱雀様は日本に留学なさっているそうですね。私も幼い頃、日本におりましたの」
「ああ、そうですか」
「一ヶ月ほど沖縄に。あ、学生時代に友人と旅行で東京にも行きましたわ」

それはもう日本で暮らしたとは言わない。

沖縄と言えば日本の海外と言うほど旅行のメッカで、衣食住揃って独特の土地だ。何せ英語しか喋れなくても生活が出来ると聞いた。
その上、旅行で少々東京に行ったからと言って、日本のローマである東京は一日にしてならず。

知った顔してほざきやがって、と内心苛立ちマックスでも、下手をして父を怒らせる訳にはいかない立場だった。

「朱雀様はお好きな食べ物は何ですか?私は和食ではお味噌汁が好きで、」
「まめ」
「え?豆…ですか?」

見れば見るほどありふれた美人だ。
見れば見ればありふれた平凡に欲情するスキルを極めた今、逆効果だと言いたい。

せめてとんでもなく平凡な女性だったら、少しはその気にもなったかも知れないが…。

「…いや、失礼。豆腐をご存知ですか?そのままでも、焼いても、煮ても、あれは旨い」
「ああ、お豆腐ですわね。朱雀様は本当に日本がお好きなんてすねぇ。麻婆豆腐は私も大好きですわ」

瑪瑙を焼いたり煮たりする妄想でうっかり不味い事になりつつ、生来の愛想のなさでそんな事は欠片も匂わせない変態は、このまま話を聞き流して妄想に励む事にした。

「所で朱雀様、私…本当はこんな事を言う女ではありませんのよ?誤解せず聞いて欲しいんですの」
「そうですか(まめ子のおまめ、タラコみてぇにツルツルしてたなぁ。一回くらい舐めときゃ良かった…)」
「社長も私の両親も、ほら、もう良い年でしょう?朱雀様はまだ17歳ですが、私は5つも年上で…」
「(つーか、まめなのトランクス何で全部フルーツ柄なんだよ。あんま可愛過ぎてたぎるっつーの、名前書いてやがるし…)」

最早この変態、無表情で変態妄想を突き進み令嬢の話に相槌を打ちもしない。
頬を染めながらもじもじしている女性は、そんな朱雀の美貌に見惚れながら、まさか無視されているとは考えてもいないだろう。

「ですから、子供は早い方が宜しいのではないかと思うんですの…!」
「(あークソ、全身に俺の名前書いてこれば良かった…。糞ハゲ親父の野郎、帰国命令シカトしてただけでいきなり拉致しやがって…!)」
「あの?朱雀様?」
「(とりあえず大人しくしといて、頃合い見計らって帰らなきゃなんねぇ。…畜生、あの性悪ハゲ!放っといたら、まめりーなに何をすっか…!)」
「朱雀様!」
「あ?…いや、はい、失礼。聞いてましたよ、ちゃんと」

全く聞いてなかったが、眉を寄せている令嬢に微笑みかけてやれば、彼女は満足げに首を傾げた。確かに美人だ。そして彼女もそれを自覚している。
カマトト振っているが、完全に清らかな少女ではないだろう。こんな女、飽きるほど見てきただけに、朱雀は食傷気味だ。

駄目だ、勃起する気がしない。
やはりこの話は何が何でも断るか、形だけ入籍して放置するより他ないだろう。

「では朱雀様、このまま部屋へ参りましょう。…はしたない女と思わないで下さいね?」
「は?」
「ああ、朱雀様と愛し合う部屋ですもの!極上スイートを手配しましたわ。祭様のご尽力がありましたから、…私の両親も納得しております」

いつの間にか事態が急変している事に、今更気付いた朱雀は硬直した。

待て、間違いなく欲求不満の息子は、ピクリともしない。落ち着け、お前じゃ勃起しないと言わせたいのか。
関西の種馬とまで言われた大河朱雀が、そんな汚点を残せる筈がない。

「ちょ、ちょい待て、幾ら何でもただの見合いの席でセックス突入は明らかに可笑しいだろうが!」
「まぁ、朱雀様ったら。うふふ、存じておりますわよ。日本では一日と休まず、様々な方と愛し合ってらっしゃったとか…」

馬鹿だ。
俺と言う過去の馬鹿野郎の所為で、今の俺は大変迷惑している!

そんな怒りに震えても、今のところ何の意味もない。
しとやかに見えて力強い令嬢に腕を掴まれ、呆然と立ち上がった朱雀は無表情で混乱していた。

「私、立場は弁えておりますわ。後継ぎを産んだ後は、朱雀様が誰と関係を持とうが煩わせたりは致しません」

妖艶に微笑む物分かりの良い令嬢が、胸元に顔を寄せてくる。ああ、母とはまるで違う生き物だ。母は、父の浮気など絶対に許さなかった。
だから未だに独り身で。あの性悪も、母を心底愛していたから。再婚など、考えもしない。

「…悪ぃ、やっぱ無理」
「朱雀様?」
「俺らは、愛なんかなくても子供作るくらい出来るだろうよ。そりゃ、薬でも何でも使えば俺の身体はアンタにでも反応する」

けれど、泣くだろう。
きっと物凄く泣かせて、一生、許して貰えない気がする。
妻を愛していないとどんなに説得しても、恐らく確実に、手に入らない。

万一、奇跡的に手に入れたとしても。


「死んだ母親の遺言だ。惚れた奴にしか、俺は自分を晒せない。それはアンタじゃねぇ」
「…何を仰いますの?私達の結婚は大河社長の御命令でもありますのよ!」
「判ってる、アンタに迷惑は掛けねぇよ。責任は俺が取る」

唇を震わせた令嬢に笑いかけ、肩を掴んで引き離す。少し前なら据え膳をこんな風に手放したりしなかった。
嫌がろうが何だろうが、己の欲望のままに突き進んだ筈だ。

「は。無理矢理押し付けられた漫画の影響だったら、笑えるぜ…」
「本気ですの?社長に逆らえば、幾ら貴方でも…っ」
「最悪、殺されても文句は言えねぇだろうな。…上等じゃねぇか」

泣かせるくらいなら自殺した方が良い。
手に入らないなら死んだ方がマシだ。毎晩毎晩、嫌でも繰り返される泣き顔が、ずっと、呼び続けているのに。

「出て来い、どうせ誰か居るんだろ!」
「…偉そうに命令しないで貰えますか、大河朱雀」

面倒臭いとばかりに姿を現した不機嫌な青髪に、まさかこの男が居るとは思わず息を飲む。

「青蘭、テメェが監視役って事はまさか…」
「はいはい、第一段階突破おめでとうございます。…何で俺が貴様如きの所為で有意義な時間を奪われなくてはならないのか、甚だ不本意でなりません」

美月の義弟にして、叶二葉の最高傑作とも言える男。カルマ幹部である錦織要を凝視しながら、辿り着いた想像に痙き攣る。

「全部あの野郎の差し金か…!畜生、親父が動く訳だ!腐れグレアムが!」
「勘違いしないで下さい、神帝陛下は何ら関与していません。全ては、ナイト=ノア=グレアムの指示による試練です」
「あ?グレアムの当主はルーク=フェイン=ノア=グレアムだろうが」
「何を今更。グレアムの正統男爵は、帝王院神威ではない。貴方が良く知る人です」

全身が凍り付く音を聞いた。
それでは敵は性悪な父でも、無表情な銀髪でも、さっさと居なくなった美月でも李でもなく、勿論、目の前の男でもなく。

「世界を統べる真の皇帝はナイト。暗黒皇帝ですよ、大河朱雀」
「…マジ、かよ」
「馬鹿ですね、総長を甘く見るから首を絞められるんです。彼を人間として見ていた貴様の、自業自得だと思え」

高笑いする黒縁眼鏡が、頭を支配した。














「ひょっひょ。スゥたんが巨乳美女の誘惑を打ち破ったそうなりん」
「ふーん、中々やるじゃないか大河君。俊、これから蟹道楽行くけどどうする?」
「僕、ちょっとメニョたんとこ行ってくるにょ。ご主人公様はどうぞ二葉先輩とイチャイチャしながら蟹さんをチューチューしてきて下さいまし!」

何の変哲もない自家用車に見える空飛ぶセダンから、しゅばっと飛び降りて行ったオタクに手を振る山田太陽は、此処が通天閣を見下ろす上空であり、親友が命綱もパラシュートもなく生身で飛び降りてもPSPから目を離さない。

「んー、そろそろヤクザの会合、終わったかなー?大変だよねー、ヤクザも。あっちこっちから集まって、定期的に会議しなきゃならないなんて」

ふわっと欠伸を発てた平凡は、無人の運転席を一瞥し、どうしたものかと首を傾げる。

「シャドウ何ちゃらだっけ?困ったなー、俺これの扱い方判らないんだよねー。さて、何処触ったら着陸するのかなー」

危機的状況の割りには動じた素振りのない彼は、つるんと晒した前髪の間の広いデコを撫でた。すると、彼の携帯が有名な猫型ロボットアニソンを奏で始める。

「はいよー、こちら山田太陽様の携帯です。合い言葉をどうぞー」
『ハニー、貴方様を心より愛する哀れな雄です。ご機嫌如何がですか?』
「ブッブー、今日の合い言葉は違いますー。掛け直しやがれ」
『おや、では蟹道楽でどうでしょう?昨夜テレビで観て食べたいと言ってましたねぇ』
「もう、だから好きだよー、ダーリン」
『私は蟹よりもハニーが食べたい気分です』
「あ、二葉先輩。さっき俊がノン命綱でスカイダイビングしちゃって、シャドウ何ちゃらの中に独りぼっちにされてさー、困ってるんだよねー」

食べたい発言を華麗に無視した平凡は、PSPから目を離さない。
ハンズフリーで会話されているとは思わない男は、眼鏡を押し上げつつ受話器に齧り付いている様だが、どうも愛の天秤が傾いている。

『助けてー、ダーリンー』
「おや、可哀想にハニー。今すぐ迎えに行きますからねぇ。この私が行くまで、通天閣の写メでも撮りながら待っていて下さい」
「二葉ぁ!自分の仕事放棄してんじゃねぇぞ!何で俺様がテメェの尻拭いしなきゃなんねぇんだゴルァ!」

平凡の尻に敷かれまくっている事を自覚している魔王は、鼻の下を伸ばしながら軽やかなステップで怒鳴っている高坂日向を無視し、

「聞いてんのか!俺様は真っ直ぐ東京に戻っからな!テメェの尻拭いなんざ死んでも、」
「ああ、高坂君。そう言えば嵯峨崎君、三日程前に入稿したそうですよ」

クルッと華麗なターンを決め、妖艶に微笑んだ。

「…ガセじゃねぇだろうな」
「部下の話では、今朝方カルマ一同で慰安旅行に向かったとか。聞いた所では、神崎君のロケ先だそうですよ」

斯くして、凄まじく獰猛な笑みを浮かべた高坂日向により嵯峨崎佑壱の悲劇は幕を開け、蟹を食べ過ぎて膨れた山田太陽の腹で、某眼鏡風紀委員長が産婦人科に駆け込んだとか何とか。


「う。俺もう駄目かも…」
「何を言うんですか!産まれてくる子供の為にも、そんな気弱な事は言わないで下さい!」
「あ、元気になるには新作ゲームが…」
「はい、すぐに買って来ます!」


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