可視恋線。

雷雨には固い覚悟で挑みましょう

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「く…くぇーっくぇっくぇ!流石は俺のイチ!さりげなく自身もいちゃつきながら、メニョたんを嫉妬と狼狽の渦に容赦なく叩き落としていくとは…!」

スマホは僕が直してあげます!
と、声高に叫ぶレザージャケットに、タクシー運転手はビクッと震えた。ご愁傷様です。

「ほう、それで連日見合い写真を漁っていたのか。浮気の匂いに胸が張り裂けるかと思ったぞ、くんくん」
「めっ、カイちゃん。そう言う事はホテルに着いてからにしましょ。誰もオタクのイチャコラなんか興味ないんですからん」

タクシーの中で容赦なくレザージャケットを脱がし匂いを嗅ぎまくる美貌に、前を見たりバックミラーを凝視したり忙しい運転手は、果たして無事目的地へ辿り着くのだろうか?
大惨事の気配が漂うが、携帯を素早くポチポチしている半裸のオタクは気付いていない。

「ぷにょ。あらん?スゥちゃんのパパさんが来日したって、ボスからツイートが来たにょ」
「高坂組長か。ふむ、大河ファミリー次期社長が即位すると聞いたが、我がグレアムから見れば埃ほどの瑣末事。忘れていた」
「やだ、これだからセレブリティ気質は…ハァ。駄目よカイちゃん、メイちゃんに押し付けてばっかじゃ。兄ちゃんはまっつんを口説くのに忙しいんざますょ」

黒縁眼鏡をしゅばっと掛け直したオタクに、麗しい美貌を曇らせた男は首を傾げる。捨て犬めいた眼差しだ。タクシー運転手59歳の胸がときめいたとか何とか。

「何故つれない事を言う…。私とて、愛しいそなたを口説くのに多忙を窮めているのだぞ」
「ふぇ?過激な修羅場も難なく乗り切ったカイちゃんが?うそん」
「兄の命令とあらば逆らう事が許されんのが弟の責務だ。ただでさえ人見知りが激しいアレを、毛程なり案じているのだ。兄として」
「カイちゃん…!そんなに兄ちゃんの事をっ。僕ってば全く知らなかったにょ。誤解してたなりん、許してちょ」
「そう、毛程はメイルークの事を案じている。だがそなたに比べれば双子とて微塵の価値も…俊、もっと撫でろ」
「よちよち」
「何なら隈無く全身を撫でるが良い。熱り立つ我が分身は、すぐにでもそなたに収まりたいと唸っておるぞ」

無表情でオタクを組み敷こうとする美貌に、声無き運転手の悲鳴とドリフト音が響いたそうだが、真相は定かではない。








「姐さん、大丈夫?」

村瀬さんだけ残った廃墟で、朱雀先輩用に作ったらしい部屋に通られた俺は、ぐじゅぐじゅシャツで汚い泣き顔を拭いてた。
頭の中グチャグチャで、ユートさん達が居なくなってる事にもさっき気付いたばっか。

「す、すいません。俺の所為で、皆にいっぱいっ、め、迷惑…っ」
「ええって!ああ、そんなに擦ったらあかん!」
「か、かわちゃんとうーちゃん、ひっく、大丈夫ですかっ?俺っ、やっぱり行かなきゃ…っ、ぐすっ」
「あかん、相手はヤバいねん。最近勢い付いてるチームで、ここんとこ一気に悪化しとる。ワシらも奴らの尻尾掴もうと思とってんやかんか、此処は一つ任せて貰えんか?」

優しそうなユートさんとは違って、格好いい部類の村瀬さんは短い茶髪を立ててて、普通のTシャツとジーンズなんだけどお洒落。
さっき神崎先輩に蹴られて出来た口元の怪我、青あざになってて痛そうだよ。なのに俺の心配ばっかさせて、本当に申し訳ない。

本当は皆と行きたいんだろうけど、俺が一人になったら色々危ないからって、こうして残ってくれてる。
リサさん達三人はもう害はないって言ってたけど、朱雀先輩と…その、体の付き合い?がある人はいっぱい居て、村瀬さん達も把握してないみたい。

それに、リスキーダイス全盛期は凄かったそうで、朱雀先輩はもう引退しててシゲさんが今の総長らしいんだけど、先輩を恨んでるヤンキーは未だに多いんだって。

それと、先輩を知らない新メンバーには大河朱雀の名前が効かないから、リスキーダイスも俺には充分危ないそうだよ。
まぁ、高野健吾先輩が盛大に暴れたお陰で、リスキーダイスは完全にビビってるそうだから、カルマの総長と知り合いの俺に手は出さないだろうと言う話。らしい。

「ユートはマジ強いし、シゲが本気になったら誰も適わへんから。何も心配あらへん、ドシンと腰据えて待っとらええ」
「シゲさん、何か人の良いオッチャンってイメージなんですけど…あ、や、そうじゃなくてっ」
「はは、シゲは酒屋の息子やねん。家の手伝いしとるし、商売人が人相悪かったらあかんやろ?」
「そっかぁ、酒屋さんかぁ…。村瀬さんが電気屋さんで、じゃあユートさんは?」
「あー、アイツは…親おらんからなぁ」
「え?」
「あ、いや、こないな話ワシが勝手にするのも何やけどな!アイツ、施設に居ったんよ」

村瀬さんが言いにくそうに言うには、産まれた時からずっと施設に居たらしいユートさんは、物凄く荒れてて、中学生で当時関西最強って言われてたんだって。
シゲさんと村瀬さんは幼馴染みで、たまに喧嘩とかするけど別に不良って程でもなく。

初対面のユートさんにいきなり喧嘩売られて、二人共ボコボコにされちゃったそう。

「こらあかん、ほんま殺されてまう…って覚悟した時や。総長が颯爽と現れて、ユートも仲間も一人で伸してもうた」
「えぇ!そ、そんなに強かったの、朱雀先輩?!」
「強いなんてもんやあらへんわ、ありゃ化け物やで。松葉杖持っとった癖に、片腕ギブス嵌めて一網打尽や。ほんまビビったなぁ、あれには」

あ、そっか。
確か、中等部時代、朱雀先輩ってば風紀委員会相手に喧嘩ふっ掛けて、白百合様からボッコボコにされた挙げ句、来日したばかりの神帝陛下に風紀委員会一同、物凄く怒られたって聞いた事がある。

朱雀先輩をボッコボコにした白百合様も怖すぎるけど、その白百合様を更にボッコボコにしちゃったらしい陛下って…化け物は会長だよ、帝王院会長の方だよ!

神帝陛下と同じくらい強いらしい遠野先輩って、本当に人間なのかな?
ちびりそう!

「で、中学卒業で施設を出たユートに、総長が住む所とかバイトとか世話してな。高校ぐらい出とけ言うて、ワシら三人、帝王院の分校に入ったんや」
「へ?じゃ、村瀬さん達って、帝王院生なの?!」
「せやで。制服は強制やないさかい殆ど私服やけど、関西分校に通っとる。馬鹿高い入学金も三年間の学費も、みーんな総長が払ってもうたよって、死ぬ気で卒業せなあかん。ま、ワシら揃いも揃って馬鹿やし、工業科に入れただけでも奇跡やけど」
「朱雀先輩、が…」

うう。優しい、優しすぎる気前の良さ。本物のセレブだ、生まれつきのお金持ちだ。

三人分の学費って幾らするんだろ?
うちは俺の学費だけで家計を圧迫してるんだろうに…。

「言っとくけど裏口やないで!根性捻くれとる総長のスパルタ受験勉強受けて、実力で入学したんやさかいにな。親が死ぬほど喜んだわー」
「どうしよう、今すぐ抱き締めて撫で回したい…。うぇ、朱雀先輩ぃ、何処に居るのかなぁ」
「あ、姐さん、ほんま泣かんといてや!ワシほんま殺されてまう!」
『速報です。中国最大手の金融機関取締役である、祭総裁が急遽来日しました』

村瀬さんが俺に近寄って、リモコンとかが乗ってたテーブルに乗り上がる。それと同時にベッドサイドにあった液晶テレビがニュースを映し出し、見覚えのある人が映った。

「り、李先輩?えっ、ロン毛の美人さんの後ろに居るの、李先輩じゃん!」
「りぃ先輩?この忍者みたいな奴ぅ?明らかに可笑しいやろ、何で全身真っ黒やねん」
「あ、先輩はいつもこんな感じです」
「はー、本校にはまともな奴が居れへんのやなぁ」
「まともじゃないのは朱雀先輩達くらいで…ん?確かに、進学科にはまともな人が居ない、かも?」

さらっさらの黒髪を靡かせる長身美人の背後に、物凄く誰かに似た、白髪のオジサマが見える。
村瀬さんも目をヒン剥いて、ぱくぱくしてるよ。判る、その気持ち凄く判る。だって俺も、パクパクしてるから。

『今回の来日には、アジア最大組織総帥である大河社長の姿もあり、政府当局の使節団を率い外務大臣が赴く事態となっています』
「た、たいが…って」
「姐さん、このオッサン、めっちゃ誰かさんに似とる思わん…?」

似てるなんてもんじゃない。
吊り上がった切れ長の目も、冷たそうに見える薄い唇も、ツンツン尖った髪質も、吃驚するほど…朱雀先輩にそっくりだ。

「中国最大組織って、やっぱり、ヤ、ヤクザ?!」
「ちゃうやろ、マフィアが正しいんちゃうかな、この場合…」
「そ、そっか、マフィアか〜」
「はー。金持ちやろうとは思っとったけど、まっさかマフィアとは…。さっきの若頭が言っとったけど、今更恐なって来たわ…は、はは…」

ぶるっと震えてる村瀬さんを見つめ、もう声も出なくなった俺の耳に、最近流行ってるロック歌手の着うたが聞こえてきた。
村瀬さんのスマホらしいよ。まだ混乱冷めやらない表情で応答した村瀬さんは、すぐにギラっと表情を変えた。こっわ!

「おい、それはどう言う事やねん!シゲ達はどないなった?!ああ?!巫山戯けってっといてまうで、ほんま!」
「む、村瀬さん…?」
「じゃかあし!ガタガタ抜かさんと見張っとれ!ワシが行くまでヘマするんやない、ええな!」

スマホを投げた村瀬さんは、真っ青なのか真っ赤なのか判らない顔。
ビビって声も出ない俺に今気付いたって顔で、荒い息を整えながら奇妙な笑みを浮かべた。

「は、はは。すんません姐さん、ちょい不味い状況になってもうて。ワシ今から出ますさかい、どっか安全な所で待機しとって貰えます?」
「ま、不味いって、シゲさんとユートさんに何かあったの?!かわちゃんとうーちゃんは、無事ですかっ?!」
「判りません。…イレイザの奴ら、ヤクザと手ぇ組んどったみたいで、乗り込んだ奴ら全員連れてかれたそうですわ」

村瀬さんの鬼気迫る表情は冗談を言ってる様には見えない。全身から血の気が引いてく感覚に、思い浮かんだのは山田先輩の顔だった。
ああ、でも、スマホは嵯峨崎先輩が木っ端微塵にしたから使えないし、そもそも俺、山田先輩の連絡先なんか知らないし。

って言うか。
光王子が言った通りじゃん、これじゃ。自分じゃ何にも出来ない雑魚じゃん。
そう、朱雀先輩と知り合わなきゃ、今頃のんびり実家でゴロゴロしてた平凡でつまらない高校生で。勿論、カルマと関わる機会なんか有る筈もなく。

かわちゃんに怒鳴られて、うーちゃんから慰められて、極々フツーの生活を送ってたんだ。


「お…俺、」

不良なんかと。ましてはヤクザなんて、マフィアなんて一生縁がないまま。
毎日毎晩、好きな人の事を考えて泣き疲れて寝落ちする事も。毎日毎晩、触られた所とかキスの感触を思い出す様に唇とか触りながら、息を殺して布団の中に潜り込む事も。

大好きな人の名前を心の中で叫びながら、いやらしい事をされる妄想ばかり、やめられない事も。

図書館で借りた中国語辞書をボロボロになるまで読む事だって、無かった筈なんだ。

「俺も、連れてって下さい!」
「な、何やて?!あかんに決まっとるやろっ、アホか!」
「俺だって、ほら、囮とか!皆の盾ぐらいにはなれるしっ!お願いします、村瀬さんっ」
「あかんあかん、アホ言わんといてや!冗談やないっ、向こうの思うツボやないか!…あ」

ガシッと口を両手で塞いだ村瀬さんに、俺はパチパチ瞬いた。

「思うツボ?」

俺、確かに成績は悪いけど、一応帝王院学園に通ってる。学園じゃ馬鹿だけど、世間的には普通の公立高校でそこそこ成績残せるレベルだと思ってるのさ。

「あのさ、もしかして俺を呼んでこいって言われてる、とか?」
「そそそそんな事あらへん。ただ総長のスケと引き換えにするって言われとるだけ…いやいや、違う、違いますっ」
「スケ?彼女って事?」

だったら悩む事はない。
だって!結婚したいって言われたもん!メールでだけど。
然も『血痕』だったけど。バカ朱雀めっ。

「連れてってくれないと!朱雀先輩にある事ない事っ、」
「ああッ、堪忍してや!」

弱虫のままじゃ先輩の傍には居られない。
強く、ならなきゃ。


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