可視恋線。

勢いを増した台風が荒れ狂っています

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「と、遠野先輩?」

真夏にも関わらず、黒い重厚なレザージャケットを着た、サングラスの長身が唇だけで笑って、優雅にお辞儀をする。

ばっくんばっくん心臓が鳴ってる俺、松原瑪瑙の前で腰を抜かした関西不良の皆さんは凄い顔色で、きゃあきゃあ言ってた女性陣も、声が出ないみたい。

「可哀想に…痛かっただろう?」
「え、えっと、へ、平気ですっ」
「強いなァ、メニョたんは」

この威圧感だもんね。本性がオタクさんだって知ってる俺ですら、今にもパンツ濡らしちゃいそうだもん。

「もう少し違う萌え展開を期待したが、雲行きが怪しくなったからね。指揮を取りに来たよ」
「し、指揮って」
「然し困ったな、女性に手荒な事をするのは苦手なんだ。…さて隼人、どうしようか?」

サングラスを押さえながら遠野先輩は、腰を抜かしてるリサさんの前で屈み込んで首を傾げた。

「ボス、女の子には優しくしろって言ってるじゃん。チビだって男だよお、掠り傷の一つや二つ、よいんじゃない〜?」
「ふむ。確かにメニョたんは男の子だ。小さいけど明太子も付いてる」
「ちょ、何の話ですかっ?!」
「ただ少し、大河の見る目の無さに苛立っては居るねィ」

リサさんの前でサングラスを外しそうな先輩に、カルマの先輩達が凄い形相で止めようとする。でも一歩遅くて、黒々とした凛々しい双眸を露にした遠野先輩に、リサさんの顔は一瞬でトロンと蕩けちゃった。

「君の様に美しい女性が、醜い嫉妬で人を傷付けるのは酷く悲しい事だ。それほど彼を愛しているなら、正々堂々戦うべきだった。…違うか?」
「わ、私は、朱雀なんかもぅ好きやあらへん…!貴方の事で頭ン中いっぱいやぁ」

エロ!エロすぎる、とんでもなくエロいよ!
吃驚するほどエロい笑みを浮かべた先輩に、全身を赤く染めた息の荒いリサさんが擦り寄ってて、何か物凄く妖しい雰囲気!AV観てるみたいだよっ、そんなに観た事ないけどさ!

「あーあ、知らねぇぞ俺ぁ。…奴がキレても知らねぇ」
「あは。雌って奴はすーぐ強い雄に発情するんだよねえ」
「浮気か、俊」

更にとんでもなく世界が凍りつく様な声に、全員が青ざめた。遠野先輩も何だか困り顔で、抱き着いてくるリサさんを離しながら痙き攣ってるみたいだよ。
…振り向かなくても誰か判るから、敢えて振り向きたくない俺です。

「あぁん」

凄い声を出して気絶したリサさんと、目を開けたままクタリと倒れ込んだ関西の皆様が、恍惚の表情で俺の後ろを見つめてる。
でしょうねー、あんな人外美形、見ちゃったら気絶するのも判ります。…でもビクンビクンしてるのは何?

大人になった松原瑪瑙、15歳。右手が恋人です。三人部屋だから回数は少ないけどねっ。他の二人がどうやってるのか未だに謎。
かわちゃんはストイックそうだけど、うーちゃんは謎めいてるから想像出来ないよ。
いや、一番想像出来ないのは女優よりも美人な癖に山田先輩を襲ってるらしい白百合サマだけど。
雄っぽく見えないんだもん、あの人…。うーん、世界って謎だらけ!

「俺を放置して姿を消したと思えば、その程度の女と浮気か。抱くなら俺を抱け」
「お、恐ろしい誤解ですにょ。僕ってば一筋ですから、ボッキーニするのもカイちゃんだけなり」
「え?先輩が神帝陛下を押し倒してるんですか?!逆だとばかりっ」

きょとんと俺を見つめてきた会長二人が、目を見合わせて沈黙する。え?何、何なの?

「メニョたんには刺激が強過ぎるみたい。お説教は後にして欲しいにょ」
「良かろう、全霊を込め満足させてやる。…二度と余所に種を撒き散らさん様にな」
「ぐすん。誤解ですのにィ」

サングラスを掛け直しながら、大切なものを無くした様な顔をしているユートさんに近付いた遠野先輩は、

「畜生め、チミ達のお蔭で妻が誤解してるじゃありませんか!どうしてくれるにょ!腹上死したらどう責任取ってくれるんですかっ、夏コミ前に!」
「う、うちが悪いん?」
「ぐすっ。泣く子も黙るABSOLUTELYの総長ですょ!腐男子如きが勝てる訳ないでしょ!見てみなさいあのイケメン!童貞処女の大切なものを悉く奪っていった絶倫中の絶倫ですのょ?!修羅場でも関係なくきっちり毎日襲いかかってくるのょ!」
「大変面映ゆい」

無表情で呟く銀の短髪美形が見つめてきたので、とりあえずピースなんかしてみる俺。

「夏休みに浮かれる15歳の夏、フルーツミックス柄のTシャツとユニクロで500円のハーフパンツ姿にオジさんは萌えを禁じられない」
「ハァハァ、メニョたん可愛いにょハァハァ、こっち向いてシャツの裾ちょっとだけ剥いてくれませんかっ?」

二人から写メ連写されてる俺に、関西不良達の眼差しが突き刺さってきた。
うん、こんな恐ろしい不良中の不良、関東二代総長が平凡な俺に携帯カメラとデジカメ向けてたら、そりゃ変だね。川南先輩なんかテレビ局にありそうなゴツいカメラ抱えてるもん。だからどうしてこの人達はこんなにマイペースって言うか、俺の行動を把握しすぎって言うか…。

「総長、今の写真を大河に売れば、会費が充実するかも」
「流石キィ、ついでにタイヨーの盗み撮り写真を二葉先生に売りつけて、二葉先生の写真を報道部に売り付ければ…くぇーっくぇっくぇっ」
「…遠野先輩って貧乏なんですか?」
「や、ありゃ趣味だから気にすんな」
「同人活動でボロ儲けしてる癖に、卒業したら分校の学園長になるつもりらしいよお。ホモ育成に自ら関わるんだってさあ」
「そ、そうですか」

気を取り直して。
撮影に満足した会長ズが晴れやかな表情で居なくなり、嵐の後の廃墟に残ったのは紅蓮の君と関西不良&俺。ぐすん。

モデルの撮影で大阪に来てたらしい神崎先輩が居なくなって、下っ端の人達も慌ただしく出て行ったんだ。何か、最近リスキーダイスを名乗って悪さしてる奴が居て、夏休みを期に一斉掃除をするんだってさ。

RDメンバーは高校生中心で、金髪のカツラ被ってた三人が幹部だ。あの金髪は、朱雀先輩のコスプレのつもりだったそう。
笑えるほど似てなかったけど…。

「改めて自己紹介っちゅーのも何やな…うち、瀬田侑斗言います。ユートでええんで、宜しゅう」
「松原瑪瑙です。さっきは生意気なコト言ってすいません」
「はは、姐さんが謝る事やない。面食らってテンパったワシらも悪いんや。ワシは松田茂雄、シゲでええよ」
「んで、ワシが村瀬凛悟。リンゴなんてうちの親ほんま頭可笑しいやろ?アップル呼ばれとるけど、出来たら苗字で呼んでや」

ビクビク紅蓮の君の表情を伺ってる三人の名前を漸く知って、散らばってた荷物を片付けた俺は苦笑い。

「えっと、遅くなったけど、さっき不良に追い掛けられてる時、助けてくれて有難うございましたっ」
「へ?あー、そんな事あったか?ええって、大声で総長の悪口言うてるのがオモロかっただけやし」
「高野健吾からしばかれて、今日、松原瑪瑙が大阪に来る聞いとったさかい、朝から大阪中探しとったんや。ワシらが大阪っぽくないお宅に目ぇ付けたんも、もしかしたら松原瑪瑙の連れちゃうかと思ったからで…」
「まっさか本人やなんて思わんくて…。ほんま死んだ。めっちゃ失礼してすんません、くれぐれも総長にゃ言わんといてや!」

先輩に、って事かな。だったら大丈夫、俺、先輩を探しに来たんだもん。それを説明すると、三人は驚いた表情で見つめてきた。

「退学届ぇ、ほんまかいな?うちに最近上京した奴が居るんやけど、本人にたまたま会って、ちゃんと学生やっとった言うとったで?」
「派手に女侍らか…ゴホンゴホン、や、何やかんやで惚れとる相手に一生懸命気持ち伝える言うて、颯爽と帰ってったて」
「ケント驚いとったもんなぁ、あんな総長初めて見たて」

一部聞き捨てならない台詞があった気もするけど、何だか恥ずかしくなってきた俺はもぞもぞと体を揺らす。

「先輩、ホントに何処行っちゃったんだろ。携帯も繋がらないし、何の連絡も…って、あ!」

携帯で思い出した。
かわちゃんとうーちゃん、俺を探してるかも!
不思議そうな皆に状況を説明すると、すぐに連絡しろと促されて、慣れないスマホを弄る。もう、テンパり過ぎて判んないよぅ!

「貸せ、最新着歴に掛けりゃ良いんだろ?」
「うう、そうです!かわちゃんで登録してるんですけど…」
「これか」

見兼ねた紅蓮の君が俺のスマホを取り上げて操作してくれた。ああ、なんて優しいんだろ。料理も上手くて喧嘩も強くて、おまけにイケメン!
眉毛が細すぎて見た目が怖いと思ってたけど、三年生の中じゃ一番カッコ良いと思う。うっかり親衛隊に入りたくなった。うーちゃん曰く、紅蓮の君の親衛隊にはマッチョさんしか居ないらしいけど…。

「あ、爆発した」
「へ?」

紅蓮の君の長い指を見ると、木っ端微塵になった俺のスマホらしき残骸がある。この一瞬で何がどうしたらそんな事になるのか判らず立ち上がれば、ユートさんが袖を引っ張ってきた。

「噂はほんまやな。ケルベロスは物凄い機械音痴で、どんな家電も触っただけで爆発するて」
「失礼な事ほざくな大阪人。最近はレンジも使える様になったっつーの」

不満げな先輩が頬を膨らませてるけど、笑えない。だって、二人に連絡が取れなきゃ勿論困るけど、それ以外に。

「…す、朱雀先輩からぁ、買って貰ったのにぃ」
「お、おい、泣く事はねぇだろ?」
「あーあ、泣かしてもうた。アンタの責任やで、可哀想になぁ」
「やだぁ、朱雀先輩のメールが消えちゃったよぅ」
「弁償すっから泣くな!総長に怒られるのは俺なんだぞ」
「直す言うたかて、こんな無残な状態どないするん?アップル、お前んとこ電気屋やったな。直せる?」
「無理言うたらあかんわシゲ、HDDの部分が生きとりゃ専門の業者使うてデータ掘り出せるか知らんけど、めっちゃ金懸かるねんで」
「ご、500円で直せますかっ?」

旅行の積立で余ったお小遣いはかわちゃんが持ってるから、俺の所持金は500円しかない。一縷の望みを懸けて村瀬さんを見つめたら、沈黙で返された。
貧乏が憎い。

「金は俺が出す、カルマの名に懸けて」
「待ちぃ、一介の高校生が出せる金額ちゃうで?」
「あ。確か…ほら、こないだ修学旅行で乗った飛行機…」
「航空会社て、スチュワーデス触り放題ちゃうか?」
「あー、俺の童貞食ったのもCAだったな…」

紅蓮の君の台詞で三人の目が輝く。
俺の冷ややかな眼差しに気付いたのか、尊敬の眼差しで先輩を見つめながらそれ以上何も言わない三人に、俺はボソっと『最低』と呟いた。
ああ、うん、多分ばか朱雀の方がもっと最低なんだろうけどね、ふんっ。

「先輩がスッチーに食べられたのはどうでも良いから、ちゃんと元通りに直して下さい。直らなかったら、全校に先輩の初体験の体験談、広めちゃうかも!」
「松原よ、恐ろしい奴だなテメー」
「俺は朱雀先輩に会いに来たんだ!こんな所でモタモタしてる場合じゃないんですっ!先輩が幾ら面倒見の良いイケメン不良で、お金持ちで、初体験がCAのお姉さんでも!どうでも良いしっ」
「はっ、言われてやがる。ダセェ」

誰かの笑い声が聞こえてビクっと振り返ったら、白いシャツと黒いスラックス姿のギャルソンみたいな美形が立ってた。
誰も気づかなかったみたいで皆驚いてて、中でも紅蓮の君はとっても真っ青だ。

「高坂、おま、何で…」
「…組の会合でな。二葉の野郎、山田と蟹食う為に面倒臭い役目押し付けてきやがった」

恐るべき男前スマイルで近付いてくる光王子先輩が、途中転がってたダンボールを長い脚で蹴って、ダンボールなのに壁際のロッカー突き刺さった。

「ヒィ!」

…えっと、普通ダンボールはアルミロッカーに刺さるものでしょうか?!

「あれ!」
「こ、光華会の若頭?!」
「どないなってんの?!姐さん、総長いつの間にヤクザになんか関わってん?!」
「え?こ、高坂先輩は中央委員会の副会長で、大学生ですよ!朱雀先輩は変態だけどヤクザじゃ…」
「はっ、大河は中華マフィアのトップだろうが」

え?
何を仰いましたか。


「中華…マフィン?」

ラー油味?


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