可視恋線。

波乱が氾濫しない為にはまず土嚢を

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「ふはー。やっと終わったぁ」

大嫌いなテストが終わって、残すところ明日の終了式を待つばかりの7月半ば。
赤点だった幾つかの追試が終わって、追試なのに70点しか取れなかった答案用紙を握ったまま倒れ込んだ。

「いやー、本当にお疲れ様、まっつん。昨日の徹夜勉強会が功を奏した様で何より、何より」
「うっうっ、うーちゃんとかわちゃんには大変お世話になってます、有り難やー」
「何が勉強会だよ。あんなのは一夜漬け以下!…はぁ、追試なのに昨日まで50点未満だったなんて、馬鹿にも程がある」
「まぁまぁ。結局、ボーダーの70点以上に届いてるんだから、結果オーライだって、かわちー」
「ギリギリですけど…あはは」

ほぼ85点以上だったかわちゃんも、数学と英語で満点だったうーちゃんも、優秀だから追試なんか一回も受けた事がない。
初等科からの腐れ縁ってだけで、いつも俺の勉強を見て来れる二人が居てこそ、夏休みを迎える事が出来る訳です。足を向けて寝れません。

あ、でも俺、二段ベッドの上で寝てます。かわちゃんが下。
本当はもう一つ二段ベッドがあるんだけど、俺らの部屋は三人生活するのがやっとな狭い部屋なので、うーちゃんが寝てる二段ベッドの上は物置になってたりする。

「さてと、もうこんな時間か。寮に戻ったら買い物して、早めに夕飯済ませよう。明日の準備に取り掛かるよ」

明日の終了式は午前中で終わるので、積み立ててきたお金で早速明日の午後から旅行に出発するんだ。
ぶっちゃけ、追試が駄目だったら夏休み潰れてました。補講授業と赤点罰則の校内掃除で、病んでたかも知れない。

「かわちー、この間のトイレットペーパー代の借りもあるし、まっつんの追試合格祝いもかねて食堂で食べてこうよ。奢るからさー」
「何、海陸また儲けたの?今回は何処の株?」
「わーい、食堂〜嬉しいなー!うーちゃん大好きー!あ、外泊届もう許可下りてたんだね?」
「昨日、まっつんが涙目で教科書丸暗記してる時にねー」

全国チェーンのレストランの株で儲かったらしいうーちゃんが、久し振りにやってきた煌びやか過ぎる食堂で、『左席委員会公認・まんぷく紅蓮定食』を奢ってくれた。
校内一大食いの遠野会長を満足させるべく、紅蓮の君こと嵯峨崎佑壱先輩が素材からこだわって考案した庶民に優しい値段の定食。

山盛り唐揚げと明太子お握りが三つ、ポテトサラダにシチューが付いた、物凄い人気メニューなんだよ。
体育科とか工業科の生徒が連日長蛇の列を作るくらい人気で、販売一週間もしない内に校則が出来た。

生徒一人につき、注文は1ヶ月に三回まで。因みに学籍カードの支払いだから、履歴も残るので偽装は無理。抜け道はあるみたいだけどね。誰かに頼んで注文して貰う、とか。

凄過ぎるよね、2000キロカロリーくらいありそうな定食なのに、紅蓮の君ブランドで左席公認だから飛ぶ様に売れてしまうんだって。

「はぐはぐ、もぐもぐ。左席定食って801円だっけ?何でこんなに安いんだろ、もぐもぐ」
「噂じゃ、庶民育ちの猊下が801円じゃなきゃ販売禁止にするって仰ったらしいね」
「これが801円で、ざるそば定食が1800円だもんね。まっつん、今日はお腹いっぱい食べて良いから、ちゃんと噛もうね」

食堂にはドリンクバーもあって、お茶は勿論、オレンジジュースとか野菜ジュースみたいな天然素材のドリンクが飲み放題なんだ。

一回、中等部の時にドリンクバー目当てでやってきたら、お金持ちそうな奴らに白い目で見られたりした。
あの時は、うーちゃんがインフルエンザで隔離されて、かわちゃんが身内の不幸で実家に帰ってて、俺はカードで無駄遣いしちゃいけない大家族の長男。二人が居ない数日間、食パン一袋で乗り切ったんだ。

あんまりにお腹ペコペコで、何も食べずにジュースだけで空腹を満たしてたら、Aクラスのセレブ達に笑われました。悔しくてちょっぴり泣きながら、メニューで一番安い何かを頼んだんだけど、あんまり覚えていない。

父ちゃん母ちゃん、あの時は無駄遣いしてすいませんでした。ガブガブジュース飲んで元は取り返しましたので、ご報告します…。

「大体、うちの学校は何にせよ高すぎるんだよ!僕ら中流家庭の生徒の事を、少しは考慮して欲しいね!」
「その点さー、Sクラスなのにカルマの皆さん方って金持ち特有の見下した雰囲気がないと思わない?成績にしろ立場にしろ、天狗になっても良さそうなのにね」
「最近うっかり忘れ掛けてたけど、カルマさんって不良なんでしょ?不良なのに頭も良くて格好良くてお金持ちなんて、メラメラするよ俺。胸熱で」

カルマが如何に最高か語り出したかわちゃんを無視して、きっちり30回以上噛むうーちゃんを眺める。
初めて会った頃のうーちゃんは、物凄く人見知りで太ってたんだよねー。逆にかわちゃんは、気に入らないとすぐ暴力奮う癖に、弱いものには優しかったりして、見た目はめっちゃ可愛かった。お姫様みたいに可愛かった。


かわちゃんは太ってたうーちゃんを豚豚って苛めてて、今よりもっと馬鹿だった俺は意味も判らない癖に、うーちゃんを『ぶーちゃん』って呼んでたんだ。
かわちゃんの可愛さと横暴さに周りのクラスメートも従ってて、うーちゃんには最初、全く友達が居なかった気がする。俺は馬鹿だから、うーちゃんが苛められてる事を理解してなくて、普通に話し掛けたり遊びに誘ったりして、かわちゃんから殴られたら殴り返してました。

松原瑪瑙、七歳でかわちゃんを泣かせた罪深き男なんです。

うーちゃんと仲良くなって、二人で遊ぶ様になった頃、何か俺が強いみたいな雰囲気になってて、かわちゃんの勢力がちょっぴり弱くなった。

で、二年生の夏休み明けだったかな?
肝試しみたいなのが流行って、消灯後に生徒だけで集まる事になったんだ。アンダーラインって言って、駐車場とか国際科のダンスホールとか多国籍料理店とかがある、地下街みたいな所に初等科の寮と教室があったから、消灯したら本当に真っ暗。いつもの景色も暗い中みると格別で、その時に事件が起きた。

かわちゃんとペアを組んでた奴が、普段かわちゃんにこき使われてる腹癒せで、かわちゃんを理科室に閉じ込めたらしい。
うーちゃんと二人で懐中電灯頼りに肝試ししていた俺は、泣き叫ぶかわちゃんを救出した。で、先生に見付かって、こっぴどく怒られたんだ。

本当は、うーちゃんは助けない方が良いって言ってて。その頃には俺も、かわちゃんがうーちゃんを苛めてる事に気付いてたんだけど、泣いてる声が可哀想だったからさ。

鍵が閉まってるドアを二人で壊して、怒られたのは俺だけ。
うーちゃんは俺一人じゃ壊せないから手伝ってくれただけだし、かわちゃんを助けたかったのは俺の自己満足だもの。

『まっつんって、馬鹿だよね』

うーちゃんは先生に怒られて消沈してる俺に、いつも片時も離さなかったお菓子を分けてくれて、以来ダイエットに励む様になった。

『まっつんが、豚の友達なんて言われたくないし』
『えー?ぶーちゃん可愛いよ?うちの父ちゃん、母ちゃんがぶーちゃんだったから結婚したって。父ちゃん、ぶーちゃんが好きだからラーメン屋さんになったって言ってたもん』

うーちゃんは何か呆れ顔だった様。
二年生の終わり頃には誰よりも早くマセた女王…いやいや、かわちゃんが、

『仕方ないから、お前達を僕の友達にしてあげるよ。有り難く思いな』

って、ふんぞり返って言ったんだけど、本当はあれ以来暗所恐怖症になったらしくて、それを知ってるのが俺達だったからだと思う。
で、そのかわちゃんの数倍上のマセ成長を遂げていたらしいうーちゃんは、

『誰も頼んでないから。お宅は一人で死ぬまで頑張れば?』

宇野海陸、八歳にしてかわちゃんを口だけで号泣させた罪深き男です。


「んー?何か、うーちゃん身長伸びてない?」
「あ、やっぱ判る?最近、膝が痛いんだー」
「4月の測定の時は僕とそんなに変わらなかっただろ?」
「ん、173.4だった。今はどうかなー、175くらい行ったかな?」
「良いなぁ。かわちゃんも170cm越えてるんでしょ?良いなぁ、二人だけ、裏切り者」
「うちは父さんも母さんも長身だから、遺伝かな。妹は小柄なんだけど」

うーちゃんの二歳下の妹は、うーちゃんそっくりの美人さんで、地元の女子校に通ってるそうだよ。
去年、初めてうーちゃんの実家に泊まりに行って、美人ママさんと美人妹にチヤホヤされてきました。ちっちゃくて可愛い、とか撫でまくられて幸せでした。でへ。

「明日、とりあえず奈良に向かうから」
「え?USJに行くんじゃなかったのー?」
「あ、まっつんやっぱり昨日の話聞いてなかったんだ?奈良は、かわちーの地元だよ」
「はへ?関西って、奈良だったの?!かわちゃんの事だから、てっきり兵庫県の宝塚だとばかり!」
「メェ、それどう言う意味…?」

かわちゃんにグリグリ攻撃をされて、俺のコメカミが爆発した。かも知れない。恐ろしい威力だよ。総理大臣も泣いちゃう痛みだよ。

「最初は明後日の出発予定だったのを繰り上げたから、初日はかわちー宅にご厄介になって、大阪観光してから色々考えようよ」
「外泊届は夏休みいっぱい有効だから、予定なんか行ってから組めば良いだろ。言い出しっぺの癖に日程表も組まないで追試受けてた誰かさんには、明日までに考えろって言うだけ無駄だからね」
「…かわちゃん、俺を何だと思ってるの?」
「馬鹿メェ。」
「うーん、ごめんまっつん、俺も否定出来ないや」

友情なんかこんなもんだ。
はちきれるほど満腹ながらも、唐揚げとお握りが残ってしまったので、サランラップを借りて夜食用に包んだ。
育ち盛りの二人も同じく、サラダとか唐揚げとか包めるものだけ包んでる。

「一番ちっさいメェが一番食べるんだから、何処にその栄養が行ってるか謎だよ。間違いなく脳に栄養は届いてないだろうけど」
「かわちー、真実は時に残酷だよ」
「二人共、その内バチが当たるよ…。俺が呪うからっ」

スタスタ、長い足で歩いていく二人をほぼ全力疾走で追い抜いた。うん、早歩きの二人と速度があんまり変わらない。

ちくしょうめ。


「メェ」
「何だよっ、かわちゃんのバカ!」
「岡山くらいは案内してよね」

ピタッと足を止めて、ゆるゆる振り向いた。

そっぽ向いてるかわちゃんと、にこにこ笑顔のうーちゃん。
岡山は、桃太郎とラーメンと倉敷でお馴染み。俺の、と言うか、父ちゃんの地元。

正確には俺が学園に入ってから、爺ちゃん婆ちゃんの所に弟達だけ引っ越したんだ。
株式上場したり全国チェーンにしたりで、両親が物凄く忙しくなったから。父ちゃんは現場主義で、経営とかは元行政書士の爺ちゃんと、OL経験のある母ちゃんに任せっ放し。
まっちゃんラーメン本店兼自宅のボロい前の家じゃなく、岡山の実家圏内に本社を構えて、それを期に母ちゃんが副社長、爺ちゃんが経営顧問になった。上場してもまだまだ会社自体は小さいんだけど、各店舗の店長が社員登録になってるから色々面倒があるらしくって、本店兼自宅は殆ど単身赴任に近い父ちゃんが寝に帰る程度みたい。

だから、学園から近い実家には何度か帰ったけど、兄弟勢揃いは正月くらいしかないんだ。

「兄弟の顔見たらさ、元気出るんしゃないかって、かわちーが言ったんだよ」
「海陸!余計な事を言うんじゃないよっ」
「かわちゃぁん」

会いたい。
大好きな家族に大好きな親友と一緒に会えるんだったら、きっと楽しいに決まってる。


「エビチリの次に、だいずきぃいいい!!!」
「本気で殴るよ!」
「うははは、エビチリの次って!」

なのに。
今一番会いたいのは、



「…何としてでも、朱雀の君の手掛かり見付けるよ」
「うんっ。ぐすっ、うんっ」

俺って本当に救い様がない馬鹿だね。
優しさに甘えて、自分の事ばかり考えてる大馬鹿者だ。


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