可視恋線。

不可視な風雲が生まれました

<俺と先輩の仁義なき戦争>




『奪われたくないなら、手立ては一つ』

彼はまるで神様のように笑った。

『牙を折った訳じゃないだろう?…本気なら、それを指し示すとイイ』

綺麗な箸遣いでつまんだ唐揚げは美味しそうで、



『何が大切で何が不要か、正しい選択をしなければ…殺すよ』




現実味がなかった。






「んー。お腹空いたー」
「メェ、さっきの課題やっときな。明日当たるだろ」
「えー」
「早弁するなら夕飯抜きにするよ」
「…はぁい」

かわちゃんは相変わらず小煩いなぁ、とか考えてたら睨まれた。
難しい数学の時間が終わって、お腹がきゅるりと鳴く。

今朝のご飯は、先週かわちゃんに届いた実家からの差し入れである林檎がメインだったから、成長期には辛いんだよね。

「次は古文だから、僕も予習しとこっかな」
「かわちゃんは文系だけど古文苦手だもんね」
「失礼な。メェより点数高いんだって忘れてない?」
「きゃいん」

うーちゃんの席に座ったかわちゃんは、俺の机で自分のノート開いてる。
一緒に課題するつもりなんだろうね、じゃないときっと俺、お弁当食べちゃうから。うん。
…監視だ。

「そう言えば、さっき室町と何を話してたの」
「あー…あれ、ね」

物凄く不機嫌な顔をしていた、と言う目撃談を小耳に挟んだ。と言ったら、かわちゃんは少しだけ眉を寄せる。

「…ったく、メェには関係ない話じゃないか。物好きなお節介野郎だな、アイツ」
「かわちゃん、クラスメートを睨まないでよ」
「メェは甘いんだよ。だからあんな不良に目を付けられるんだ!」
「うう、肝に銘じますぅ。かわちゃん、問7が全く判りません」
「…あのね。何処からこのxが出て来たのか、僕も判らないんだけど…」

俺の成績の半分はかわちゃん、貴方の努力による賜物です、なんてね。…いつも有難う、だから溜め息はやめて、泣いちゃう。



「うーちゃん、ご飯食べたかなぁ」

昼休みになってから、買って貰った…と言うより押し付けられたばかりの携帯が鳴った。
いきなり初心者にスマートフォンなんて、ハードル高すぎだよ。思ってても言えないチキンな俺です。くすん。

「メェ、雨降りそうだから教室で食べるよ」
「うん!…えっと、ここタッチしたら良いんだっけ?」
「何?メール?」
「うん。かわちゃんしか知らないから、多分、」
「…朱雀の君、ね」

面白くなさげに言って、またうーちゃんの席に座ったかわちゃんがお弁当を2つ広げた。

「今、学校に着いたって。屋上に来いって書いてる」
「ふん。偉そうに呼び出すなって送っときな」

一週間の謹慎処分になったうーちゃんは、刑務所みたいな懲罰棟じゃなくて、風紀室で一週間レポートをやらされる程度で済んだらしい。
それもこれも、全て優しい白百合先輩のお陰、じゃなく、山田先輩のお陰なんだって。

「ねー、かわちゃん。今日もうーちゃんトコ行く?」

あれからまだ三日しか経ってないけど、夕飯の時だけ差し入れとして面会出来るから、うーちゃんが元気なのは知ってる。

「今日は図書委員の集まりがあるから、いけないな。メェはないの?」
「保健委員なんて行事の前に集まる以外は暇なもんですよ。総会もまだ先だし」
「じゃ、今日はメェが夕飯持ってってあげな」

昨日の夕飯当番だった俺が、お握りと唐揚げ持って行ったら、何故か遠野会長が現れて食べちゃった。
目の前で涎だらだら垂れてたら、食べる気にならないのも仕方ないよね。

でも代わりに、会長権限で食堂のランチ奢って貰って、うーちゃんもかわちゃんも俺も、改めて遠野会長ファンになりました。はい。
格好良くて強くて頭良いのにケチじゃないなんて、オタクだけど素敵です。

ん?
腐男子だっけ?


「やっとご飯だー!ういー、お腹空いたー。今日のおかずは何かなー、お!やったぁ、エビチリだーっ!」
「閉店前の購買で半額だったからね。あ、帰りにトイレットペーパー買うの覚えてて。図書館閉まるの、購買閉まる時間だから」
「はぁい。あ、でも次のトイレットペーパーはうーちゃんがお金出す約束じゃ?」
「良いよ、僕が立て替えとくから」

ごそごそ小銭を取り出したかわちゃんは、無駄遣いを一切しないから小金持ち。
うーちゃんはデイトレとかゆー奴で毎月ちょっぴり稼いでるみたいだから、実家からの仕送りには殆ど手を付けてない。貧乏な俺が何とか餓えずに済んでるのは、完全に二人のお陰です。友情サイコー。

「おー。流石、弁護士の息子…」
「検事だって。弁護士と違って公務員だから、金持ちじゃないよ」

うん、エビチリうまー。
人参しか入ってないけどポテトサラダも、うまー。

あ、だから今日は朝からコロッケだったんだね。人参だけの。了解しました。


「まめ」

賑やかだった教室が一瞬で静かになって、梅干しを頬張ったかわちゃんが硬直する。
物凄く不機嫌な顔のイケメンがつかつか歩いてきて、かわちゃんの頭をガシッと掴んだ。

「テメェか、まめに余計な事を吹き込んだ野郎は…」
「ぐぁっ」
「ちょ!かかか、かわちゃんに何するんだよぉう!」

ビビりながら立ち上がって、眉間に皺を寄せながら睨んでくる不良に抱きつく。

「コイツの入れ知恵だなぁ?お前が大人しく来ねぇから、迎えに来てやったんだろーが」

真っ青なかわちゃんがガタガタ震えてて、他の皆は息するのも忘れたみたいに固まってる。
やっぱり、皆この変態が怖いみたい。いや、俺だって怖いんだけど。

「テメェは自分の状況が判ってねぇだろ!何の為に俺が、」
「行くからっ。屋上でも何処でも行くからっ」
「…何処でも?」

朱雀の目がキラリと怪しく光った、気がする。今日はカラコン着けてるみたいだから判らないけど。
かわちゃんから手を離した変態が、ずいっと近付いてくる。

「じゃ、カボチャの馬車にも来るんだな、まめこ」
「ふぁ?シンデレラ?」
「ラブホ」
「死んでれら!」

晴れやかな笑顔に全力で殴りかかっても、朱雀のコンチクショーにはモーマンタイ。
ひょいっと抱っこされて、かわちゃんが作ってくれたお弁当が弾みで床に落ちた。

「あー!!!」
「行くぞ」
「お、お弁、俺の…俺のエビチリ、が…っ」
「ガタガタ煩ぇ、この場で犯すぞ、あ?テンメーの狭ぇ穴ガバガバに広げて、俺の拳突っ込むぞ、あ?」
「…っ、エビチリ!俺のエビチリっ、たまにしか作ってくれないのに!ばか!ハゲ!チンカスー!」

ギョッと全員が振り返った。
そんな所の話じゃない。例え相手が不良だろうが変態だろうが、エビチリの恨みは収拾が付かないもんなんだよ!

「やりちんー!チンコ腐って不能になっちまえ、ばかー!」
「ヤキモチか?案ずるな、浮気はしてねぇ」
「気安く犯すぞとか言いやがってぇえっ、返り討ちじゃい!やれるもんならやってみんかい、コンチクショー!!!」

泣けてきた。
ボカスカ殴っても蹴っても、担がれたまんま何にも変わらないなんて。非力すぎる俺。馬鹿みたい。

「はいはい。良いから暴れんな、落ちると危ないだろ」
「ひっ、ひぅ。エビチリ!エビチリの恨みぃいいい、覚悟しとけ大河朱雀のソーロー!」

全員が振り返った。
ソーローの意味は知らないけど、一度不良の喧嘩を見た時に誰かが言ってて、うーちゃんが「あれはキツい悪口だね」とか言ってたから、一度言ってみたかったんだ。

「おー。早いかどうかはオメーが確かめろ、まめりーな。暫く誰ともヤってねーから、確かに早いか知らんな」
「ひっく、ひっひっ、ぐすっ。げほげほ」
「真から惚れちまった相手を食うんだから、なりふり構ってらんねぇのが道理だ。俺のオメガウェポンが不能扱いされても仕方ねぇな」
「なん、何ゆって、げほっ。んのか、わかん、な…うわーんっ」
「よしよし」

噎せる背中を撫でる手は、…優しい。



「まめこは人の手料理だから、怒ってんだな」

何か最近異常に優しい気がする変態は、俺が誘拐された日から毎日近くに居たがるんだよ。
朝にメールがあって、昼休みは一緒にご飯食べたがって、放課後はかわちゃんが嫌がろうが部屋まで付いて来る。

「かわちゃ、かわちゃんが、つ、作ったんだ、よ!ひっく」
「ああ」
「かわちゃんは、優しいんだ…よ!ばかーっ」
「…判った。後で謝っとくから泣くな、許せ」

屋上に続く階段でやっと下ろされて、めそめそ鼻を啜ってたら、チュっと目元にキスされた。


困る、なぁ。
こうやって優しいと、嫌じゃないから困る。


「じゃ、ちゃんと、謝って…」
「ごめん」
「かわちゃ、に…だよ!」

ハンカチなんかないから、変態朱雀の胸元にぎゅむっと抱きついて、ぐりぐり涙とか鼻水とか押し付けた。
ぎゅむっと抱き締められて、上の方で笑う気配がする。

「判ってる」
「うっ、ひっ」
「何でもするんだ。…大切なもんなんか、一つしかねぇ」

呟く声が冷たく聞こえて、ちょっとだけ朱雀から体を離して顔を見てみた。


「どうした?」
「…カラコン」
「良く判るな。こんだけ近かったら判るもんか?」

相変わらず格好いい顔の、緑の瞳に手を伸ばせば、まるでニャンニャンみたいに頬を擦り寄せてくる。

「お、おれ」
「ん?」
「…っ」

目を細めた変態が、『大好き』って言ってるみたいで、顔がカーッと熱くなった。


なに。
何でいきなり、目を合わすのが恥ずかしい、なんて。


「俺っ」
「腹、減っただろ。祭に用意させてあっから、行くぞ」

頭をざりざり撫でられて、小さく笑った朱雀が階段を登っていく。
その背中を何だか焦りながら見つめてた俺は、きっと林檎みたいに真っ赤だった筈だ。



「な、なに、これ…」

あの背中に抱きつきたい。
痛みきった金髪を撫でてあげたい。
変態だよ?
初対面なんか最低じゃんか、殴られたし、犯されそうになったし、何で、いつ許しちゃったんだよ、俺。



「マーナオ」

振り向いた男が、青空を背景に呼んできた。

走っていって抱きつく、なんて勿論、出来ない俺は俯きながら階段を登る。



(どうしよう、怖い…恥ずかしい、やだ、何で?!抱っこして欲しいとか、何だよ馬鹿!)


まさか、もう会えないなんて、知らなかったから。


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