可視恋線。

異世界へかっ攫っていくトルネード

<俺と先輩の仁義なき戦争>




うーん。
お腹空いたなー。



「卵焼きが食べたぃ………っ、くしゅん!」

肌寒さにくしゃみ一つ、目を開ければ薄暗い地下室らしきところにいた。


「…ここ何処?」

呟きは余りに小さく、それに答えてくれる地獄耳もオウムも居ない。
バスタオルみたいな布を掛けられたみたいだけど、何だか肌寒い気がする。気分の問題かな?

「見た事ないとこ、みたい…。非常口の緑色って、暗いと異常に不気味だよね…」

すぐ真上に非常口のランプがあった。見上げながら体を抱きしめ、ぶるりと震えつつキョロキョロ辺りを見回した。

「えっと、何か変な人から誘拐されたんだっけ…」

何か変な匂いがするハンカチで鼻を塞がれて、いきなり眠くなったんだ。ボチボチ思い出してきた。
何か最近ロクな事がないなぁ、とか思いながら、結構冷静な俺、松原瑪瑙です。

「俺、昔一度だけ誘拐された事あるけど…4歳の頃だから、あんま覚えてないんだよなー」

うちのラーメン屋がテレビに出始めて、お客さんが増えた頃かな。
近所のラーメン屋の店長が、腹癒せで幼稚園に通ってた俺を誘拐したんだ。父ちゃんに対するちょっとした嫌がらせだったみたいで、俺に危害は加えなかったんだけどさ。嫌な思い出もないし、お菓子とか買って貰った気もする。

まぁ、結局お巡りさんのご厄介になって、そのオジサンはそれなりの罰を受けたらしいけど。
で、まだ俺しか子供が居なかったから、母ちゃんの心配もあって帝王院に入学したんだ。

まさか、翌年から次々に子供が産まれるなんてね。俺もびっくりだよ。


「子沢山平凡受けハァハァ」
「うわーっ!」

いきなり背後から誰かの声が聞こえて、飛び上がりながら後退りした。
ばっくんばっくん心臓が鳴って、非常口のランプに照らされた人影が見える。いつの間にか非常ドアが開いてたみたい。びっくりした。

「逃げられた…萌え」
「だだだ誰ですかーっ?!おっ、俺なんか食べでも美味しくないですからねっ?ねっ?!」
「君を食べるのは大河朱雀だよ。俺は観察するのが好きなだけだから、君の体には全く興味ない」
「うぇ?!え?!」
「混乱させてどうするんですか、ホーク」

ぱっ、と周りが明るくなった。眩しさから咄嗟に目を瞑れば、足音が近付いてくる。

「驚かせてすみません。何処か痛い所はありませんか?」
「へ…」
「君を攫う為に、脳味噌筋肉集団のレジストに任せてしまったので心配しているんです」

呆然と、すっごい美人を見た。
長すぎる足と細過ぎるウエストの上に、ちっさい頭がちょこんと乗ってる、長身。なのに髪も瞳も真っ青だから、すんごい色白に見える。

「うへあ」
「…?どうしました」
「びっくり顔の平凡受け、萌え」
「ほはあ」

見惚れてると、もう一人の美人さんがパシャパシャしてきた。めっちゃ手のひらサイズのデジカメで。
…盗撮用かなぁ、あれ。

「あ、あああ、あの…」
「ああ、彼は川南北緯。ただの撮影好きな三年生なので、気にしないで下さい」
「はぁ。クラスには居ないタイプ…満足」

いや、めちゃ気になるんですが。
満足げなクリーム色の髪の毛のカメラマンさんが先輩って事も、カワナミさんって事も判りましたけど、真っ青な超美人さんはどちら様なんでしょうか。
そんなに美人なのに、俺なんか誘拐して、何が目的なんでしょう…身の代金はありませんよ。夏休みの旅行積み立てもギリギリなんだもん、大家族の長男。ビッグブラザーだから、俺。

「ふ。そんなに心配しなくて良いですよ。ハヤトの仲間です」
「まっさか神崎先輩…?益々逃げたくなりました」
「正論ですね。では、嵯峨崎佑壱の仲間で」

ちょっと沈黙。
赤い髪のイケメン先輩を思い浮かべて、何かあんまり危機感ない俺の理由が判った。この人、何となく白百合様と雰囲気が似てるんだ、きっと。

そう言えば、うーちゃん。大丈夫かなぁ…心配だよ。
白百合様は超美人さんだけど、台無しなくらい危険な匂いがするんだもん。

神帝陛下よりはマシかも知れないけど。うん。

「えっと、…つまり遠野先輩の」
「舎弟兼奴隷兼犬兼友達です」
「ミステリアス!」

舎弟で奴隷で犬…?!
なのにフレンドって、ちょ、難しいよ!ちっとも把握しないよ!脳味噌パーンってなっちゃうよ!

「簡単に説明すると、大河朱雀を呼び出す餌として協力して頂きます。ああ、勿論危害は加えません」
「寧ろ君に何かしたら、総長から俺らが怒られるし」
「…山田副会長から殺されます」

うん。
何となく山田先輩の晴れやかな笑顔を思い出したよ。


『あはは。松原君、誰かに何かされたら言いなよ?軽く人間不信にさせてあげるからねー』

判った、山田先輩には逆らいません。世渡り上手な商売人家庭の長男ですから。強い者に従いますから。スネ夫と呼んで下さい。

「帝王院学園で生きていきたいなら、山田先輩に逆らわない方が良いんですねっ」
「100点。」
「鋭い意見です、松原君」
「それで、変態朱雀を呼び出してどうするんですか?ボコボコにするなら幾らでもお手伝いしますけど」

恨みもありますし。
あ、でも、ああ見えて結構良い奴なんだよなぁ。お菓子くれたし。ジュースとかご飯とか奢ってくれるし…。

セクハラさえ無かったら。

あと、パンツさえ盗まなかったら。

「いえ、似たようなものではありますが、今回は違う試練です。力量調査は、先日ハヤトが先行したので」
「今回は判断力調査。父親の命令と君、大河朱雀がどっちを選ぶかがチェック項目だよ」

朱雀のお父さん?
えっと、確か中国の?

「えっと、それはどーゆー感じなんでしょう…?」
「大河は随分大きな家柄でしてね。今回は、左席会長からの要請で快く助力頂きました」
「…グレアムの命令だから逆らったら大河なんか一瞬で抹殺だね。総長、キレたら手が付けられないから…」
「因みに、もし朱雀が君を選ばなかったら、待機している暗殺部隊にゴーサインを出します。君を選んだら合格です」
「暗殺部隊?!えっ、暗殺部隊?!」
「「そう、暗殺部隊」」

パチンと指を鳴らした二人の背後から、何処に隠れてたのか、真っ黒な長身が現れた。
上から下まで真っ黒。顔にも真っ黒な布が巻いてある。

「うわっ」
「…ニイハオ、マーナオ」
「うぇ?!あ、あの、どちら様ですか?!」
「俺はいつもお前を警護している李上香だ。我が主、祭美月の命で参加している」
「リー…さん?ジエさんは何か聞いた事あるかもっ。確か、オーデーガンザって言ってたよーな」
「ふん。…秘書と言うより、隷属に近いだろう。大河の跡取りと言うだけで、美月を従わせる愚か者め」

ひっくい声で呟いた黒い人に、聞いていたクリーム色の髪の美人さんがパカッと携帯を開いた。

「李先輩。今の一言一句、総長にメールするから」
「恐らくこの件が解決したら、貴方のお兄さん名義でヨーロッパ旅行の一週間や二週間与えられる筈です。美月とハネムーンにでも行って下さい」

きゃっ。
と、ばかりに顔を覆った黒い人が、また一瞬で消えた。このくらいじゃ驚かなくなってきた俺が信じられないよ。

「メイユエさんと今のクロスケさんは…お付き合いしてるんですか?」
「美月は俺の兄でしてね。完全なるツンデレなので、未だ李の片思いでしょう」
「お兄さんっ?ちょ、相関図下さい。頭がパーンってなりそうです…」
「ついでに言えば、今の李は君も良く知っている男の弟であり、兄でもあります」
「う?」
「まぁ、それ以上混乱させてもあれなので、話はこれで終わりです」

にっこり笑った人に見惚れると、何処からか煌びやかな漫画を取り出したブルーな美人さんは、潔く読書を始められました。
誘拐犯の癖に、何でそんなにマイペースなんでしょう。危機感なさすぎでは?

「…カルマって暇なんですか?不良なのに」
「縦社会はシビアなんです。君も良かったら夏コミ合わせの原稿、手伝いますか?時給801円で」

何だろうな、その微妙な時給。
川南先輩…、荒い息遣いで携帯ボチボチするのやめてくれないかな。何か恐いんですけど、綺麗な人のハァハァって…。

「バイトは…また今度考えます。あの、それで…先輩、ですよね?良かったらお名前とか」
「俺はただの脇役なので気にしないで下さい」
「え、そう言われても気になるんですけどー…。先輩もジエさんで良いんですよね?」
「いいえ。美月とは腹違いなので………ふぅ。仕方ないですね、錦織要です。覚える必要はないので、気軽に脇役Aと呼んで下さい」
「や、錦織先輩って普通に呼びますけど…」
「と言われても、俺は今回しか登場しませんよ。友情出演みたいなものです」
「そ、そうですか」

友情出演って何ですか。
馬鹿には判らない大人の事情ですか。

とにかく、危険はない、みたい。
でも朱雀は変態だけどめちゃめちゃ強いんだよ。
幾らカルマだからって、二人で大丈夫なのかな。暗殺部隊とか言ってた黒い人は、何か乙女チックに照れてた気がするし…お腹空いたし。

「何か俺、いっつもお腹空いてるよね…ぐすん」

今夜はかわちゃんの当番なのに。
お手伝いするって言ったのに、いきなり居なくなってごめんね、かわちゃん。全部、朱雀の所為だから。

朱雀の所為にしたら、かわちゃん超優しくなるんだもん。朱雀先輩有難う、今だけ感謝してあげる。

「ああ、夕食ならユウさんがお弁当を用意してます。そこのランチボックスをどうぞ」
「えっ、本当ですか?良いんですかっ」

遠慮なく大きな籠を開けたら、ボリューム満点のクラブサンドと色とりどりのおかずが詰まってた。思わず涎が出ちゃう。

「え、え、こんなの写真でしか見た事ない…!これ、ホントに食べて良いんですかっ?ホントに紅蓮の君が作ったんですかっ?!」
「顔に似合わず料理の腕はプロ級だなんて、間違っても本人には言わないで下さいね。繊細なハートですから、彼は」
「ユウさんの料理、本気で美味しいから。食べてる時も写真撮らせて」
「写真は…ちょっと…」

寧ろ自分を撮れよコンチクショー。
美形だから美意識が可笑しくなったのかな。それはそれで可哀想だけど、俺は自分が被写体に向いてない事くらい理解してますよ。
そこまでお馬鹿じゃないんですからねっ!


「めぇえええのぉおおおおおぉおおお!!!」

嫌に聞き覚えがある声ですよ。
そしてめちゃめちゃ美味しい卵焼きですよ。泣けてきた。不良でイケメンなのに、オカンの味。
紅蓮の君は良いお母さんになると思う。

「テメェ、青蘭!テメェが黒幕かコルァ!」
「あらん?メニョたん、美味しそーなカホリがするにょ」
「あ、遠野先輩っ。一緒に食べますか?」
「はァい、ぽんぽんもハートもメニョたんの為に空けておきましたなりん」

しゅばっと近付いてきたオタクルックな先輩が、眼鏡を外してにっこりした。
もうっ、オタクだって判ってても素敵!俺ってば大ファンだし!ブチ切れてる変態が何か喚き散らしてるけど、遠野先輩とご飯食べる機会なんかもう一生ないだろうし!

「うふふ。メニョたん、はい、あーん」
「あーん」
「ぶっ殺すぞカルマぁ!俺もまださせた事ねぇのに…!」

朱雀先輩の声なんか聞こえてないみたいな遠野先輩は、今度はニコニコ唐揚げを箸で摘んで、その箸を俺に持たせた。
そして、今度は先輩が大きく口を開ける。

「あ、あーん?」
「ん、…美味い」

にっこり、大人の色気ムンムンな遠野先輩の微笑みに憤死した俺の耳に、変態の雄叫びが突き刺さりましたとさ。


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