可視恋線。

変態乱気流が各地に吹き荒れています

<俺と先輩の仁義なき戦争>




「ふ、ふふふ、」

液晶テレビを真剣に見つめている猫背を横目に、しゃかしゃか茶筅を掻き回していた男は何が楽しいのかと首を傾げた。
プレステだかナマステだか、愛しい恋人の情熱的な眼差しは真っ直ぐテレビのもの。

ああ、憎らしやポイステ3。

「出来ました。抹茶ウィンナコーヒーです。生クリームに抹茶を混ぜるのがポイントでして、」
「ふっ、二葉ァアアアアアごほっごほっ!遂に、遂に来ごほげほ、ふぐ!」
「ど、どうなさいましたかハニー!河豚?!」

愛するお茶好きな恋人の為に手作りコーヒーを点てていた茶道家元は、代々引き継がれてきた数千万の茶碗を放り投げて立ち上がる。先程済ませた夕食はフグの刺身ではなく、おからハンバーグだった筈だ。生魚も肉も余り口にしない少食な恋人は、年寄りメニューがお好みである。

「釣りゲーで河豚を釣ってしまったんですか?だからゲームは1日5時間までと言ったでしょう!」
「釣りゲーなんか持ってない…はぁ、はぁ。水くれない」
「はいどうぞ」
「ふぅ。ちょい落ち着いたよー」

肉好きの風紀委員長はもう何年もステーキを口にしていない。
そんなプチ情報はともかく、割れた高級茶碗を自ら片付けている風紀委員長を横目に、もう一度テレビを見つめた男はグッと拳を握り締める。

「祝うしかないよねー」
「はい?」
「最高級サーロイン買ってくんない勿論奢りで」
「…何かあったんですか?」
「これを見ろ!」

だんっ、とディスプレイを叩きつけた少年に、涎をじゅるじゅる垂らしながら素早くサーロインステーキを注文した委員長は眼鏡を押し上げる。
頭の中は肉汁でいっぱいだ。

「キタコレキタコレ来たー!」
「やはり何かあったんですか?まさか何処かにハニーを狙うストーカーないし私を狙う暗殺者が、」
「松原君がーっ!Fクラスの奴らにー、拉致られてるー!アハハーハ!」

くるくるくるりん、と華麗な三回転アクセルを決めた山田太陽に、抱き付こうとした風紀委員長の腕が空振りした。


「…拉致?」

ズレ落ちた眼鏡を押し上げれば、ゲーム画面だとばかりに思い込んでいたテレビが校内を映し出している事に気付く。

「おや、大河朱雀と松原君ではありませんか。ハニー、ストーカー行為は私だけになさって下さいと毎日夢の中でお願いしてるでしょう」
「ふっ、ふふふ。面白くなって来た…これだからベストエンディングに相応しい王道カップルは。ピンチフラグ万歳!頑張れ大河!頑張れ松原君!はぁはぁ」
「近頃益々症状が悪化してらっしゃる様ですね」
「俺は退屈してたんだ!カンストしまくったRPGにも俊の所為で東大レベルに上り詰めたテストにも!ついでにお前さんの顔にも」

雷に打たれた表情で固まった白百合に、切ない溜息を零した面食いが前髪を掻き上げる。

「二葉。今まで黙ってたけど、いい機会だ。言わせて貰うけど、俺の中でお前さんはツンデレ受けだから」
「!」
「因みに初めて会った五歳の時から」
「!!!」
「いつか苛めまくって泣かせてやりたいって思ってたんだよねー」

ピキッと凍り付いた恋人には構わず、何処かへ連れ去られていく瑪瑙と、呼び出しだと思われるメモを凄まじい目付きで睨んでいる朱雀をマルチ画面で見守りながら、

「ああ、いいよ。恐怖で痙き攣った表情の松原君も可愛い。このまま裸に剥かれて散々な目に遭わされながら、辛うじて助け出してくれた大河に引っ掛かればいいよ。あはは、いっぱい泣かされるんだろうなー」
「あ、あの」
「ぐっちゃぐちゃに泣きながら抱き付く松原君はどんなに可愛いんだろねー。盗み見みたいで気が引けるけど、所詮ヤるコトは同じな訳だし。見られても減るもんじゃないし?まぁ俺なら見た奴一人残らず消すかも知んないけどさー」
「あの」
「あはは。二葉が俺に内緒で撮り溜めてたアルバムから毎日一枚ずつ減らすより、わくわくするよ」

風紀委員会で密かにマークしていた犯人が自供した瞬間であり、叶二葉が青冷めた瞬間でもある。大切に大切に金庫にしまっていたのに、何故。
毎日1000枚ずつ増えていると言っても、大切なメモリアルだったのに。バレてーら。

これはきっと後で殺され掛けるに違いない。死なない程度なら我慢するけど。
死んだら文句も言えない事だし。

「何故あの金庫の中を…」
「暗証番号が俺の誕生日」
「盲点でした」

恋する委員長はただの馬鹿だった。

「ああ、それにしても…どうせなら生死の境を彷徨う、ってのもいいね。流石に松原君をずっと待たせる訳にはいかないから、昏睡状態に陥るのは松原君の方がいい」

くっくっく、と肩を揺らす背中にときめいた。山田太陽の恋人はドエムでなければ勤まらないのだ。

「待ちくたびれた大河が見放そうが浮気しようが、眠ったままの松原君が傷付く事もない。いつか彼に相応しい攻め…ごほんごほん、王子様を見付けたら目覚めのキスをさせて、ハッピーエンド」
「ハニーのベストエンディングはいつも大変奥深いと思います」
「意外と一途そうな大河が待ち続けるなら、十年くらい経ってから目覚めさせてあげよっか。あはは、こんな時に医者の親友が居るのは便利だねー」
「あの、愛しい山田太陽君」
「何だい、愛しい叶二葉君?」
「そもそも、どうやって昏睡状態にするおつもりですか?」

ぱちくり。
大きなアーモンドアイを瞬かせた太陽が、そんな事かと言わんばかりに息を吐いた。

「死なない程度に毒でも盛ればいいんじゃない?お前さんには青酸カリも効かないからさー、加減が判んないのがネックだねー、うふふ」

楽しげな笑みにつられて微笑み返しつつ、

「所で何故、私に青酸カリが効かない事をご存じなんですか?」
「うん?この間、焼きそば弁当作ってやったろ?その時にちょっとねー。ほんの悪戯だって、悪戯」
「…あの炭弁当にンなもん仕込んでたのかよ」
「何か言った?」
「何でもありません」

平凡な顔してドエス発言である。
ぐったり崩れ落ちた眼鏡が無表情で狼狽えているが、そんなものには目も向けない。いや、光の速さでしなった鞭が一瞬で魔王をぐるぐる巻きだ。


「いいかい、風紀が余計な邪魔をしたら…許さないからねー」
「…」
「お返事は?」
「畏まりました」

家政婦も逃げ出すだろう光景は、然し寮の屋上に勝手に建てられたペントハウスの中であるからにして、

「俊には邪魔させるもんか。あの曇った眼鏡で余計な事をされたら、折角の俺の暇潰しが台無しだ」
「…近頃益々凛々しくなられましたね、ダーリン」
「惚れ直したかい?」
「愛しています」

ふっ、と平凡らしからぬ男前な笑顔に、全校生徒がビビる魔王風紀委員長は陥落した。所詮尻に敷かれた犬だ。彼に非はない。

「ねー、二葉ちゃん。無事二人が結ばれたら、何でも一つだけおねだりしてもいいよ」
「何でも?」
「そう、なーんでも」

平凡で平凡でどうしようもなく平凡な恋人の、何がいけないかと言えば、平凡の皮で覆われた本性だとしか言えまい。

「ただ、ちょっとお手伝いしてくれたらの話だけど。大丈夫、簡単な話だよ」
「お手伝い、ですか」
「そうそう。俺に内緒で隠し撮り写真収集しまくってるストーカーに寛大な、可愛い恋人のお願いじゃないかい」
「…内容によります」
「ケチな男だねー。あーあ、何か悲しくなってきた。涙が止まらないからティッシュ探してくる」
「そちらには金庫しかありませんよダーリン」
「省エネ始めました」
「判りました何でもしますから写真をティッシュ代わりに使うのだけは許して下さい」
「だから二葉先輩って大好きー」

余りにも分厚い猫を被った彼は、だからこそ性悪二重人格魔王と名高い風紀委員長の「恋人」なのだ。



「今から俊を再起不能にしてきてくんない?」


死ねと言う事か。










「…を、して、………しければ、ので…つ?何だこりゃ」

空から落ちてきた缶ジュースに張り付いていたメモを睨み、無表情で目を細めた男はそれをぐしゃぐしゃに丸め、ぽい捨てした。


『ガキを返して欲しければアンダーラインの遊技場で待つ』

残念ながら平仮名しか読めなかったらしい彼は、空から降ってきたジュースを近場のゴミ箱に向けて投げる。拾ったものは飲まない、燃えないゴミは捨てる主義だ。

「畜生、カルマめ。まめこを連れて行きやがって」

一つ年上の赤毛不良によって風紀室に向かった瑪瑙を、委員長が大嫌いな大河朱雀は追う事も出来ない。明らかに彼は苛立っていた。

「…然しまめりーな、あんなに可愛かったっけ。久し振りの生まめこだからかな」

中央委員会、左席委員会総出で瑪瑙を誘拐した日の屈辱。憎らしい左席会長は愚か、その舎弟にすら勝てなかった情けなさから、彼は彼なりに瑪瑙の前に出る勇気がなかったらしい。
然しながら高校生、溜まるものは溜まる。連日クラブやら繁華街やら徘徊しまくったが、一途な相棒はしょんぼり度を増しただけだった様だ。


曰く、オメガウェポンが。



「くそ。どうにか汚泥挽回しなきゃなんねぇ」

因みに汚名返上と言いたいものだと思われる。惜しむらく、汚名挽回と言った所で0点だ。

「まめな」

ぴっ、とタッチしたスマホの待ち受けは、校庭でカップ麺を啜る瑪瑙である。本人の前には出る勇気がない彼の、精一杯の行動は隠し撮りに他ならなかった。
但し生来人の目を気にしない羞恥心皆無さ故に、目撃者はかなりの数に上る。山田太陽の言いなりである風紀委員会に通報した所で、風紀が朱雀のストーカー行為を止める事はない。暖かく見守るだけだ。

「おまめ、元気にしてっか?いや元気だったら駄目だろ、まだしゃぶってもねぇのに」

スラックスの一部分を元気一杯押し上げている彼は、通り掛かる生徒や教師を恐怖で痙き攣らせながら、しょんぼり肩を落とした。

「スゥたん、元気お出しになって。人生は試練の連続ですにょ」
「俺のオメガウェポンはいつだってビンビンだ馬鹿野郎…あ?」

ぽんっ、と肩を叩かれて舌打ちしながら振り向けば、朱雀が放り捨てたメモを開いている凄まじい目付きの男が一人。

「て、てんめぇ、カルマ!」
「俺はカルマじゃない、遠野俊16歳だ。因みに可愛いカイちゃんの旦那だから誘惑するなよ」
「馴れ馴れしく触ってんじゃねぇ!殺すぞテメェ!」
「友達からどうですか」

何処となく期待に満ちた眼差しと共に右手を差し出され、朱雀の額に青筋が刻まれる。マフィアをも怯ませる人相の悪さを差し引いても、何でこんな男が最強なのか意味が判らない。

「友達が欲しいんだ。何故か俺にはあまり友達が出来ない。友達は百人作るものだろう?」
「知るか!近寄んなっ」
「タイヨーは親友だが同時に生涯のライバルでもある。他に寄ってくるのは舎弟志望のワンコばかり…」

中等部までは居なかった高等部外部生なので、謹慎していた朱雀が出会ったのはつい最近だ。真っ先に喧嘩を売って、軽々投げ飛ばされた。あの時の怒りは忘れない。

「寧ろ俺が奴隷になりたい!ご主人様が欲しいんだ!『あら、帝王院会長のご主人』じゃ嫌だ!俺にもご主人様が欲しい!最近のタイヨーは放置プレイだけで俺が喜ぶと思っている…!俺が求めるのはそんなものじゃないんだ、もっとこう、…こう!」
「きしょいきしょいきしょ、マゾかよテメェ!」
「腐男子だ!」
「意味不明、きしょい、うぜぇ、消えろ、あっちいけ!」
「ハァハァ」
「近寄るなっつってんだろうがっ!」

バックステップで逃げる朱雀に、うるん、と目を潤ませた極道顔がしゅばっと膝を抱えた。見ていた他人がビクッと震える。

「はふん。もうイイにょ。メニョたんの隠し撮り写メあげないもん」
「…んだと?」
「二葉先生から命を狙われて、命からがら逃げてきた僕はこのまま孤独に死んでくにょ。せめて最期にご主人様の冷たい眼差しを浴びたかったなり…うっうっ」

鳥肌が全身を染めたが、写メが引っ掛かる。

「…まめこの写メ、寄越せ」
「ぷいっ」
「………なれば良いんだろダチに!畜生っ、なってやっから寄越せコラ!」
「はい、どーぞ」

流石オタク、本家本元だ。体育の授業で転んだらしい瑪瑙が、痛そうに涙目で頬を膨らませている。可愛過ぎる。

「ほ、他はねぇか…?」
「あるにょ。赤外線イっとく?」

ぶんぶん頷いた朱雀に、そう言えば、と瞬いた男が吊り上がった眼差しに笑みを乗せた。

「友達は助け合うものなり。スゥたん、メニョたん助けに行くなら俺も手伝ってやらァ」
「あ?つかテメェ、キャラ変わり過ぎだろ。一つに絞れ」
「どっかの馬鹿共がアンダーラインにメニョたん連れてったみたいだしなァ」
「…は?」

光に満ちた笑みを、忽ちニタァと歪めた男がサングラスを掛けた。意志の強い眼差しが隠れて、


「メニョたんの処女を貴様以外に奪わせるつもりはねェんだよオタクの名に於いて。…なァ、ハニー」
「そなたらの清く正しい腐健全交際を円滑に続けられるよう、尽力する。我が神帝の名に於いて」

今度は空から美形が落ちてきた。
黄色い悲鳴が耳に痛い。


*←まめこ | 可視恋線。ずちぇ→#



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