可視恋線。

変態と乱気流は突然現れます

<俺と先輩の仁義なき戦争>




静まり返った風紀執務室で、今し方着席したばかりの風紀役員が報告書片手に顔を上げた。

「以下の生徒に対する暴行に於いて、下院審議部へ被害申請する。一年Bクラス宇野海陸君、何か質問はあるかな?」
「いいえ」

うーちゃんが固い表情で、ふるふる首を振る。その右後ろにかわちゃん、左後ろに俺。
Sクラスの人しか居ない風紀委員会への緊張と、恐かった事とか色々が混ざり合って顔色が悪過ぎるうーちゃんを、かわちゃんも俺も見放せる訳ないよ。無理矢理付いてきたんだけど、本当は部外者立ち入り禁止なんだって。

「下院に回す必要などあるまい。高々、美人攻めへの嫉妬からなる苛め未遂だろう」

うーちゃんには無表情だった役員達が、一瞬で痙き攣るのを見た。

「余りにもつまらない事件だ。下らん、捨て置け」

かわちゃんが真っ赤な顔でもじもじしてるけど、風紀委員会の人達は殆どが今にも消えそうな顔色だよ。
ソフトクリーム型眼鏡をくいっと押し上げたオタク(大)さん…と言うか、理事長…中央委員会長…、ぶっちゃけ言えば、帝王院学園で一番偉い先輩がパラパラ漫画をめくってた。20禁BLって書いてあるけど、それよりも眼鏡が気になって仕方ないよ。

だって、う●こ型なんだもん。どっから見ても…!

「メ、メェ、失礼な事を言うんじゃないよ」
「だってぇ、巻いてるアレにしか見えな…」
「まっつん」

笑いを耐えてるうーちゃんに睨まれた。ごめん、悪気はないんだよ。うっかり心の声が出ちゃっただけなんだ。
うう、本当にオタク(大)さんが神帝陛下なのかな。俺達の理事長がこんなんで良いのかな。なんか、だんだん悲しくなって来たよ…。

「俺に逆らうつもりか。GWコミケ前の修羅場時期だと承知の上で」

コミケって何?
と言う、無言のアイコンタクトで俺ら三人が首を傾げた。風紀委員会の人達が、一瞬で背を正す。

うーん。
やっぱ、オタクでも神帝陛下だから偉いのかな。でもさっきから会長の携帯がずっと俺に向けられてる気がするんだよね。

「メニョたん、スマイルのサービスを願いたい」
「え?スマイル?えっと、にこっ」
「もえー」

うん。
明らかにフラッシュしたよね、神帝会長のケータイ。因みに天井からもフラッシュした気がするよ。
あと、窓の外で山田先輩が張り付いてるのは幻じゃなさそう。

「し、然し神帝陛下。生徒に於ける治安維持が我ら風紀委員会の使命。的確に被害状況を把握し、然るべき対処を行う立場にあります!」
「ふむ。ならば首謀者を裸に剥いて、歌舞伎町二丁目にでも放り込むが良かろう」

酷過ぎる。
これにて一件落着、とばかりに漫画を畳んだ帝王院会長が、しゅばっと眼鏡を外して髪を掻き上げた。
あんまり美し過ぎて目が拒否反応を起こした俺を余所に、かわちゃんが鼻血を吹く。うーちゃんなんか凍っちゃってるよ、仕方ないよね。判るよ、うん。

「どうしたメニョたん、俺の美貌に惚れたか」
「あ、俺って醤油顔にしか恋しないタイプなんです」

会長、明らかに白人さん顔だもん。俺は遠野先輩率いる左席委員会派なんだ。どっちかって言うと。
主に山田先輩が居るからだけど。

「成程、甚く感動した。つまりは大河朱雀に心底ホの字だと宣言しているのだろう。おじさんは感動で前しか見えない」

無表情で天を仰いだ会長には悪いけど、殆どの人間は前しか見えないと思います。
いや、変態朱雀並みに宇宙語使ってる帝王院会長には、360度パノラマサイズで見えてるのかも知れないけど。

「あの!そんな事よりっ、うーちゃんを酷い目に遭わせた奴を厳しく処分して下さい!」

ばんっ、とテーブルを叩く。
会長にビビって無言になってた風紀委員が少しだけ我に還ったっぽいけど、パシャパシャ俺をパパラッチしてる会長をちらちら窺いながら、渋い顔だ。

「うーちゃんは背が高くて美人だけど、根性曲がってるとこがあるんです!先輩達がちゃんとしてくれないとっ、うーちゃんが自分で仕返しするかも知んないしっ」
「まっつん。それ誉めてるのか貶してるのか、俺ちょっと判んないなぁ」
「馬鹿メェ。…あの、自分からもお願いします。友人がこんな目に遭って、見過ごす事は出来ません」

初等部から、かれこれ十年もルームメートなんだもん!実は俺達って幼馴染みみたいなもんなんだよ、六歳から一緒だから。

「も、もしまた、うーちゃんに何かあったら…!ま、また血だらけだったらと思うとっ、俺っ、俺っ。ううっ」
「まっつんも朱雀の君からボコボコにされた事あるのに…。自分の事は後回しな性格、大好きだよ」
「メ、メェ、ついでにお前も被害届け出しておきなよ。海陸よりも悲惨な事態だって事、僕も忘れ掛けてた」

かわちゃんが悲壮な表情で言った。うーん、風紀に届けるほど悲惨な状況じゃないと思うんだよね、俺。
さっき校庭で久し振りに見た変態は、相変わらず変態で不良だったけどさ。この間コマーシャルで見て美味しそうだなぁって思ってた新製品のお菓子、袋一杯くれたんだ。ありがと、って言ったらいきなりどっかに走ってっちゃったけどね。

トイレ我慢してたのかな?
膀胱パーンてなるよ、おしっこ我慢し過ぎると。したくなったらすぐに出さなきゃね!

「…う、うむ。出来る限りのフォローはする」
「ちゃんとお説教して下さいね!あ、デコピンする時は俺にも教えて下さい!俺、デコピン得意なんですっ」
「メェ、本気で煩いから静かにしろ」
「だってかわちゃん、うーちゃんって昔の時、後から爆竹分解して相手の靴箱に爆弾仕掛けたんだよ?!俺っ、本気でびっくりしたんだから!」

昔、うーちゃんが襲われ掛けた時、かわちゃんが助けたんだけど、その後にうーちゃんが直接仕返ししたんだ。すっごい笑顔で『吹き飛ばしてやる』って言いながら、徹夜で爆竹ほじくってたの見た時は、うっかりチビったよ。

なんて思い出してブルッと震えたら、何か黙り込んでるうーちゃんと、青冷めてるかわちゃんが俺を見つめてた。


「それって、何年か前の中等部エントランスの爆発のことー?」
「おやおや、それでは覆面姿で深夜の防犯カメラに映り込んだ犯人は君だったんですねぇ、宇野君?」

カラカラ、窓が開いて、缶の緑茶を啜りながら山田先輩が首を傾げると、その隣で晴れやかな笑みを浮かべた白百合様がポンッと手を叩いた。
ああ、うん。俺でも流石に判ったよ、とんでもない失言でした。…どうしようっ!

「それが真実なら、君達に別件で取り調べを受けて貰う必要が出て来るが」
「あ、あの…」
「…」

馬鹿だからって、卑下して生きてきた訳じゃないけど、今なら清水の舞台から飛び降りたい。にこにこ笑ってる白百合様が、まぁまぁ、なんて俺らを睨んでる風紀の人を宥めてるけど、ちゃっかり取調室のドアノブに手を掛けてる。

「まぁ、過ぎた事件とは言えお咎め無しでは我々風紀委員会の沽券に関わりますからねぇ」
「でもあれって、怪我人なかったよねー?別にもういいんじゃない?時効でさー」
「ハニー、幾ら私の愛しいアポロンである貴方でも、こればかりは寛容出来ません。人為的な出来事である限り、対人死傷があろうがなかろうが、器物破損は消えようが無い事実ですよ」

山田先輩のフォローに一瞬だけ期待したけど、確かにうーちゃんの仕返しは下手したら無関係な人も巻き込んだかも知れない。下駄箱がボロボロになったのも本当の事だし、手作り爆弾だから威力はしょぼかったけど、音は凄かった覚えもある。
心臓止まるくらいびっくりした俺に、うーちゃんがガッツポーズしたのも覚えてるよ。かわちゃんは頭を抱えてたなぁ。意外と真面目なかわちゃんです。俺らのお母さんみたいな。

「それでは宇野海陸君、ご同行願えますね?」
「は、い…」
「うふふ。何も取って喰おうと言うでもなし、気楽になさい。私の性欲は主に此処の山田太陽君オンリーワンのもの」
「そこの変態陰険性悪風紀委員長ー、取り調べ終わったらケツに爆竹ぶっ刺していいかい?」

晴れやかな山田先輩に、神帝陛下と風紀委員会の人達と、天井からしゅたっと降りてきた遠野先輩が光の速さで逃げてった。
ぽかん、と見送った俺とかわちゃんは、

「しゅーん?おーい、遠野俊左席委員会長サマー?三秒で戻って来なかったら、判ってるよねー?いーち、」
「ただいま戻りましたにょ、山田太陽左席委員副会長ご主人公様ァ!」

歌う様にカウントダウンを始めた山田先輩を横目に、今し方出ていったばっかのドアから姿を現したオタクさんを見る。
ハァハァ言ってる所を見ると、全力疾走したらしい。…左席って、会長より山田先輩のが強いのかな…。いや、眼鏡ともっさもさ頭で隠れてるけど、オタクさんは天皇猊下なんだよね?見間違いじゃないよね?


本当はあんなに格好良いのに…。


「じゃ、終わったら報せるから。君達は寮に戻りな?もう暗くなるよ」

確かに窓の外はさっきまで夕焼けだったのに、ほんのり暗くなってる。
6時回ったのを腕時計で確かめて、微かに「大丈夫だよ」って感じで頷いたうーちゃんに、何だか泣きそうになった。

「あの、俺っ」
「大丈夫大丈夫、悪くて停学くらいなもんだから。この程度で退学にはなんないよ、松原君」

山田先輩がへらっと笑って、うーちゃんと白百合様が別の部屋に消えちゃう。かわちゃんも心配そうだったけど、いつまでも此処に居る訳にはいかないからか、俺の肩をポンッと叩いた。

「行こう、メェ。夕食の準備して、海陸の帰りを待とう」
「…うん」

いつもより優しい声のかわちゃんに、ポロっと涙が零れる。原因は俺の失言なんだもん。もしうーちゃんが退学になったら、生きていけない。


「カイちゃん」
「何だ」

ぱちん、とオタクさんが指を鳴らすと、今度は天井から銀髪の神帝陛下が降りてきた。ポテチ片手に。

「僕、メニョたんの泣き顔にうっかり発情期が来そうになったなりん。ごめんなさいね」
「それは浮気だ。余りにも許し難い、俺の心は甚く傷付いた」

…いやだから、何でドアから出てった人が天井から出て来るんだろ。

「行こう、メェ。失礼します」
「…失礼しました」

かわちゃんに引っ張られるまま、ぺこりとお辞儀して風紀室から出た。今夜の晩ご飯はうーちゃんの当番だから、代わりにかわちゃんと二人で作ろうってポツポツ話ながらさ。
いつまでもぐずぐず鼻を鳴らしてる俺に、かわちゃんは怒らなかった。

「底知れぬ酷い男だ。俺を弄んだのか、俊。呪うぞ」
「はいはい、よしよししてあげるから怒らないにょ。で、ウニョ君は何で二葉先生と密室プレイなんです?小言が多い小悪魔タイヨーに飽きたなり?」
「俊ちゃん、陰口は本人が居ないとこで宜しくねー。丸聞こえですよー」
「かくかくしかじかで、一年Bクラス宇野海陸が爆破犯である事実が浮上した」
「ふーん。で、それと二葉先生の浮気とどんな関係があるにょ。僕は眼鏡の底から怒ったわょ、うちのタイヨーを泣かせる腹黒攻めには手榴弾を投げ込むにょ!」



ちゅどーん!
と言う、凄まじい爆発音が校舎の何処かから響き渡ったらしい。



「確かチキンとかいわれ大根があったから、今夜は親子丼とお吸い物で良いよね?何か違うのが良かったら、

  ─────あれ…?
  さっきまで居たのに何処行ったんだろ、メェの奴…」


その時の俺は、かわちゃんと向かった筈の購買の手前で拉致されてたから、気付いてなかったんだ。


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