可視恋線。

お可視な熱帯低気圧、北上中

<俺と先輩の仁義なき戦争>




薄暗い階段を足早に進み、繁華街のネオンと喧騒に背を向ける。
地下へ地下へ向かえば、咥え煙草で目を向けてきた如何にも柄が悪そうな18・19程度の青年が、驚きを顕に咥えた煙草を揉み消した。

「総長?!何でこないなトコにっ?」
「舐めた面だと思えば、テメェ林田か。そっちこそ何してんだ、関東で」
「アンタが『そろそろ都落ちすっか』なんてほざいて居なくなったからやろ!ほんまにもう、何してはるん?!」

久し振りに聞いた訛り具合に耳を穿り、華麗に無視して薄汚れたドアを蹴り開ける。

音の洪水。
暗いホールには幻想的ともセクシャルとも思える紫の照明が幾つかと、すぐ脇のカウンターにブラックライトが添えてある。光源の少なさに比例せず、熱気だけは凄まじい。

踊ったり抱き合ったりしている男女を掻き分けホールを進めば、カクテルを手にした女から腕を掴まれた。

「ね、アンタ見ない顔じゃん。新入り?」
「あ?」
「一人?連れ、居ないの?」

強調する様に胸元が開いたシャツの女は、擦り寄る様に覗き込んできた。
薄暗い中でも判る、色気に満ちた笑み。こうも簡単に引っ掛かるものかと眉を寄せつつ、細い肩を抱き寄せた。



「一晩中、可愛がってやるよ」












「ふわぁ」

月曜日の朝は、雰囲気から何だか気怠い気がする。そんな事を考えながら、窓辺ですっかり散った桜の木を見ていた俺に、隣の席から消しゴムが飛んできた。

「真面目にやれ!宿題終わらなくて泣き付いてきたのはお前だろっ」
「いったー!ごめんよぉう、かわちゃ〜ん」

怒濤の土曜日を果たし、日曜日に今まで隠していた話を二人に暴露した俺は、かわちゃんを貧血で倒れさせた張本人だ。
うーちゃんに至っては今にも泣きそうな顔で、今まで良く頑張ったね、と鼻を啜ってた。特に出会い頭の話だけで、二人共青冷めてた気がする。

「うぇ、数学嫌いぃ」
「まっつんは算数から苦手だったもんねぇ」

まぁ確かに、殴られたり吊されたり犯されそうになったもんね。すっかり忘れてたけど。
そんで、作戦会議をした。

「ほら、さっさと終わらせるよ。次から続けて移動教室で、時間ないんだから!」
「う、うん!」

教室から出る時は、必ず二人のどっちかと出る様にする事。Fクラス相手に俺達なんか蚊みたいなもんだろうけど、一人よりはマシって事らしい。
で、次に山田先輩達と仲良くなる。これはもう、喜んでお願いしたいよね!

かわちゃんからは遠野先輩と俺だけ仲良くなったからって、ほっぺつねられたりしたけどさ。
で、実はうーちゃんってば、赤い髪の毛の紅蓮の君のファンなんだって。中央委員会と左席委員会の書記で、どっちも兼任してるのは紅蓮の君だけなんだ。で、男前で面倒見が良いからファン多いらしい。

不良に興味なかったから、知らなかったよ。あ、でも差し入れのドーナツ美味しかったなぁ。

「あ、予鈴鳴った。次は生物室だっけ」
「行くよ、全力疾走しなきゃ間に合わない!」
「まっつん、もっと早く走らなきゃー」
「うわーん、待ってよー。俺、足遅いんだからぁ」

って感じな月曜日を過ごして、山田先輩ともオタクさん…いやいや、遠野先輩とも、勿論、中央委員会の皆様とも会わずに何日かが過ぎた。
その間、変態朱雀も姿を現さなかったんだ。


「ねぇ、知ってる?最近さぁ、朱雀の君が街に出てるんだって」

このまま現われないのかも?
もう飽きたのかも?
なんて、丁度かわちゃん達と話してた日の掃除時間。

他のクラスは知らないけど、例年BクラスとCクラスは毎日放課後に教室とか廊下とかを交替で掃除してて、俺達一年Bクラスはその日、校舎のすぐ裏にある裏庭掃除だったんだ。
担任からほのぼのしてるBクラスの委員長で、口煩いかわちゃんが皆にビシバシ指示を出してるのを眺めながら、うーちゃんが国際科の人からラブレターを貰ってたシーンを思い出してた俺、松原瑪瑙15歳です。

因みに誕生日は12月31日です。年越し蕎麦の前にプレゼント頂戴な!が、俺の口癖☆


「こらー!サボってんじゃないよっ、メェ!」
「あわわ、はーいっ!草むしりやってまーす!」

目ざといかわちゃんに手を振りながら、まだ戻って来ないうーちゃんに息を吐く。
かわちゃんはあの性格だから別だけど、うーちゃんは結構モテるんだよ。こうしてたまに呼び出されたり、ラブレター貰ってたりする。中学の時は押し倒されてて、慌てて俺が鞄を相手の頭に投げ付けたんだ。

そのあと、騒ぎを聞き付けたかわちゃんが踏んだり蹴ったり仕返ししてた。凶暴なんだよね、かわちゃん。たまに優しいけど。
ツンデレって奴だよ、きっとさ。

「メェ、軍手着けときな。土って結構バイ菌だらけだし、硝子の破片とかで切ったら痛いから」
「うん、ありがと」

ほらね、わざわざ軍手を持ってきたかわちゃんが、俺の手に軍手はめてくれた。口煩くて暴力的だけどたまに優しいから、嫌われないんだよね、かわちゃんって。
見た目は精悍なのになぁ。


とか、ニマニマしてたら、かわちゃんが俺の背後を見て悲鳴を上げた。見れば掃除してた皆も、凄い顔をしてる。
何だろ、と。振り返れば、赤い何かが見えた。


「よぉ、テメーら一年Bクラスだよな?」

紅蓮の君だ、と瞬けば、先輩の肩で誰かがぐったりしてる。よいしょっと掛け声一つ、軽がるそれを下ろした紅蓮の君が軽く肩口の埃を払う。
俺は、声が出なかった。



「海陸っ!」

かわちゃんが悲痛な声で走ってく。クラスメートの皆も、掃除道具を放ってそれに続いた。
血だらけの、うーちゃんに。

「な、な、何で…うーちゃん?!」
「あー、どっかで見たと思えば、松原だったな。それ、テメーのダチか?」
「な、何、うーちゃん、紅蓮の君が?!」

この人がうーちゃんに酷い事をしたんだと、俺はもう、今にも泣きそうになりながら拳を固める。
ちくしょう、カルマだからって、遠野先輩の友達だからって、中央委員会だからって!許せないっ!

「落ち着け、俺じゃねぇよ」
「うっさい!ちくしょう、うーちゃんによくも!」
「メェ!」
「左席のパトロール中に、襲われてるコイツを見付けたんだ」

かわちゃんが今にも殴り掛かりそうな俺を羽交い締めにして、ガシガシ頭を掻きながら紅蓮の君は言った。そんな話を信じるほど、俺は馬鹿じゃないよ!

「ま、っつん。紅蓮の君の言ってる事は、本当だよ」

いたた、なんて言いながら起き上がったうーちゃんが誰かに支えられてて、紅蓮の君に目礼した。それを見たら何か安心して、ドバーッと涙が出る。

「う、うーちゃんっ、生きてて、良かったよぉう!うわぁん!」
「はは、そんな簡単に死なないから…いたた」
「こら、メェ!海陸は怪我してるんだぞっ」
「うっうっ、紅蓮の君、ごめんなさぁい、うーちゃんを助けてくれて、うっうっ、有難うございましたっ」

ぎゅーっとうーちゃんに抱き付きながら、かわちゃんに涙を拭いて貰いつつ何度も頭を下げる。
ふ、礼には及ばねぇぜ、と言う風に手を挙げた紅蓮の君が、背後を振り返った。やって来たのは欠伸を発ててる、金髪のでっかい人。

「どうだった?」
「あはー。逃げ足ちょー早いんだもーん、面倒臭いから諦めたあ」
「ぶっ殺すぞテメー」

うっわ、足長過ぎ!とか思ってたら、かわちゃんだけでなく、クラスメートの皆が一瞬でガタガタ震え出す。
何だろ、とキョロキョロしてたら、近寄ってきた足の長い金髪の人が、高いところから覗き込んでくる。

「はー、間近で見たら呆れるほどふっつーだねえ、松原瑪瑙君」
「え?」
「ぶっさいくな泣き顔ー、こんなんじゃ朱雀がちょっぴ可哀想だよねえ、ユウさん?」
「後輩苛めて楽しむな馬鹿が」

呆れ顔の紅蓮の君が、ぐいっとその人を引っ張った。どうやら二人共、左席のパトロールって奴をやってたみたい。うーちゃんに色々話を聞いてるのを見ながら、何で不細工とか言われなきゃいけないんだとか思った。
確かにアンタに比べたら不細工だよ!でも俺からしたら紅蓮の君の方がカッコイイもん!ふーんだ!とか思ってた。

「何でお前に不細工とか言われなきゃいかないんだよ、お前より紅蓮の君の方がカッコイイし!…とか考えてるよねえ、松原瑪瑙君?」
「えっ」

ついつい睨んでたら、くるっと振り返った金髪の人がニマーと笑った。元々垂れ目で優しそうだけど、もっすご性格悪そうに見える。まだ変態朱雀の方が、

「なになに?あほ朱雀の方がマシだって?」
「な─────っ」
「隼人君はあ、エスパーだからー、テレパシーで判っちゃうんだよねえ。…殴られたいのー?」
「えっ、なっ、ハヤトって…まさか…」

そうだ。
一番最初、俺は変態朱雀を物凄く怒らせた事がある。躓いた事よりも、エッチの邪魔をした事よりも、

『あの野郎を犯し殺そうとした素敵に無敵な俺を、』
「あんま舐めてると、犯すよー?」
『まさか神崎のボケナスビと間違えたなんざ言わねぇよなぁあ?』


ま さ か


「かかか、神崎隼人…?!」

皆が一瞬で痙き攣ったのが、嫌なくらい判っちゃうよ。ニタァと唇を吊り上げたその人は、良く見ればシルバーのメッシュが入ってて。
ああ、金髪のシルバーメッシュなんて、星河の君しか居ないじゃないか、と。自分の馬鹿さ加減を嘆いてみた。


「まっさか、俺の顔を知らない奴がまだ存在したなんてねえ?」
「ご、ごめ、ごめんなさい…」
「あは。隼人君のお願いを聞いてくれたら、許してやってもよいよー」
「ほ、本当ですか?!」
「うん。朱雀より先に、やらせてくれたらねえ」
「や」
「やらしいことー」

カチン。
凍った俺に、周りの皆が赤くなったり青くなったりした。パクパク金魚みたいに口を開いたり閉じたりしてるかわちゃん、ぱちぱち瞬いてるうーちゃん、深い深い溜息の紅蓮の君、


「このお口でさあ、しゃぶってくれたらよいよお。あんま不細工過ぎて、突っ込む気になんないからさー」
「………」
「出来ないなら、どうしよっかなー?」

ニマニマ笑ってる不良の手がつつつっとほっぺを撫でて、全身に鳥肌が立った。
如何にも意地悪そうな唇が、近付いてくる。嫌だ。怖い。何か知らないけど、怖い。やっぱり、不良だから。怖くて、体が動かない。


助けて、



「人のモンに手ぇ出すな、神崎」

耳元で何事かを囁いた星河の君が、微かに肩を震わせた。どうやら笑ってるらしいけど、俺はそれどころじゃない。
俺の肩に顔を埋めてる神崎先輩の向こう側に、物凄く怒ってる金髪が見えた。但し、メッシュなんか入っていない、痛みまくった金髪。

「あれー?最近、外で種撒き散らしてるって噂の大河あほ朱雀君じゃないかー。元気ー?」
「まめに触んな!汚ぇ手を退けやがれ」
「だからー、ヤるだけなら誰でもよいんでしょ?朱雀はさあ」

睨む変態とニマニマ笑う神崎先輩の間でバチバチっと火花が散った、気がする。


「…」

さっき先輩が耳元で囁いたんだ。『背後霊が憑いてる』って、笑いながら、こっそり。

「テメェにゃ関係ねぇ」
「隼人君はあ、本気で惚れた相手がいたら浮気しない溺愛攻めだからさー」
「…ちっ、まめ!こっちに来い!」
「いやだよねえ?こんな下半身野郎なんかよりー、隼人君のが格好よいしさあ」

すりすり頬擦りされて鳥肌を発てつつ、『適当に話合わせろ』とひっくい声で囁かれてコクコク頷いた。
この人、きっと二重人格だ!

「朱雀なんか嫌いだもんねえ?顔も見たくないよねえ、浮気した奴なんかさあ」
「ハイ神崎サマ」
「まめた!」

ぎりぎり歯噛みした変態の手に、何で今朝ベランダに干してきた俺のレモンパンツがあるんだろとか考えながら、


「はっ!そうか!脅されてんだろ、まめ子!だってお前、神崎とデキてる様な様子なかったもんな!」
「失礼なー、滅びるがよい浮気攻めめー。浮気してもよいのは隼人君だけなのだー………遂にストーカーかよ、お前…」


今にも殴り掛かりそうな二人に、痛そうな拳骨を落とした紅蓮の君を尊敬の眼差しで眺めた。


*←まめこ | 可視恋線。ずちぇ→#



可視恋線。かしれんせん
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -