可視恋線。

雷鳴吹き荒ぶ嵐の乱闘戦、続行中

<俺と先輩の仁義なき戦争>




ふーっと白煙を吐いた男がポキッと首の骨を鳴らし、微動だにしない彼らがびくりと肩を震わせる。中には泣いている者も見られた。

「か、母ちゃん…っ」
「泣くな…っ、耐えろっ」
「ひっひっ、まだ死にたくないよぉう…っ」
「言うな…っ」

彼らが息を殺して見つめる先。その恐ろしい人物が死んだ魚の様な冷たい眼差しで吐き捨てるには、

「弱い癖に逆らいやがって駄犬が、泣かすぞ」
「ぐす、ぐす、すいませんでした…」
「あ?謝罪する気持ちが伝わらないんだけど?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいもう二度としません」
「けっ、最初から素直に跪いときゃいいんだよ駄犬が」
「うっうっ」

ふーっと煙草ならぬ、あたたか〜い緑茶の湯気を吐いた左席副会長山田太陽は、土下座する不良達にビシッと鞭を奮って怯えさせた。
不良達の筆頭、カルマ幹部である神崎隼人と言えばパンツ一枚で近場の木に吊されている。ぴくりともしない所を見ると、死んでいるのかも知れない。

「ハヤトさぁん…」
「ハヤトさんが死んだら誰が時の君に勝てるんですかぁっ」
「うっうっ」
「大河だけなら勝てる見込みあったのにっ!山田様まで居るなんて聞いてない!白百合に生爪剥かれた方がマシだー!」
「誰か嵯峨崎副総長に助けを求めるんだ…!このままでは総長や白百合に半殺しにされる前に時の君に殺されてしまうぞ!」

ひそひそ囁きあうツイッター不良達が壮絶な表情で頷きあった。その内の一人、剃り込みを入れた気合い充分なヤンキーが『俺が行く!』と拳を固め立ち上がり、他のヤンキー達の尊敬の眼差しを浴びる。
が、然し一歩進んだ瞬間飛んできた鞭が俄か英雄の足に絡み、英雄は一瞬で木に吊されてしまった。余りの早業に誰もが恐怖で動けない。

「あれ?大河君は何処行った?」
「うっうっ」

鞭を奮う右手、不良達に買わせたあたたか〜い緑茶を持つ左手、背中に釘バット、足元には手榴弾の山。
プラスチック製の有刺鉄線でぐるぐる巻きにされた不良達は涙ながらに土下座したまま、二度と平凡副会長には逆らうまいと強く刻み込み、

「ま、いっか。さてと、じゃ俺も松原君のとこ行こっかねー。どーせうちのイヌが絡んでんだろうし…あ、もしもし俺だけど」

にこやかに携帯へ話し掛けながら校舎に消えていく背中に安堵したらしい。

『どちらの俺様ですか?詐欺は間に合ってませんので振込先を教えて下さい』
「今から行くから緑茶とプレステ用意しといて。あ、松原君に変な事したらお前さんの命はないものと思えよー」
『判りました、ベッドとシャワーの準備をしておきます。気を付けて帰って来て下さいねハニー』
「今すぐ謝れ、別れるぞ」
『申し訳ありませんでした心の底から反省しています』

ゴミ箱へ放った缶の代わりに、釘バットでゴルフスイングの練習をする晴れやかな少年が見られた。





「阿呆の相手なんかしてられっか。くそ、中央執務室って何処だよ」

一方。
平凡副会長の横暴にも不良達の断末魔の悲鳴にも耳を貸さずさっさと単独行動を選んだ男は、授業中の廊下を光の速さで駆け抜ける。

「ひっ、すすす朱雀の君だぁっ」
「オーマイガー!ヘルプミー!」
「てめぇ大河ぁあああ!ぶっ殺す!」
「ファッキン大河っ、死ねぇえええ」
「邪魔だ」

擦れ違う教師が悲鳴を上げ、国際科の生徒が十字架を握り締め神に祈り、名を上げるべく襲い掛かってきた不良を完膚無きまでに叩き潰した男は廊下を阿鼻叫喚で染めていた。

「無駄に目立ってんぜ、朱雀」
「あ?」

階段は昇る方が面倒だ、と人間離れしたスピードで最上階を目指していた彼の前に、艶やかなフレッシュグリーンの髪を掻いた美貌が現れる。体格は朱雀と大差ない、見慣れた男だ。

「ヒロ、まさか俺の邪魔する気か?犯すぞ」
「面倒臭ぇけど仕方ねー、総長命令だぜ。犯されたくねーからぶっ潰させて貰うぜ、朱雀」

無表情と言うよりいつも眠たそうな彼は、余りに残念ながら母方の従兄弟である。朱雀の母親の腹違いの姉が彼の母親であり、血縁関係は果てしなく薄い。
然も幼い頃、この従兄弟はドイツで暮らしていた。香港産まれ上海育ちの朱雀とは、実質日本で知り合った様なものだ。身内の情は皆無に等しい。

「我別客气堂兄弟(従兄弟だろうが容赦しねぇぞ)」

ぺろり、唇を舐めて首の骨を鳴らす。相変わらず面倒臭いとばかりに欠伸を発てた相手は、然し髪と同じエメラルドグリーンの双眸に獰猛な光を滲ませた。
腐っても神崎隼人に並ぶ、カルマ幹部である。

「明白了(当然だぜ)。清放心、我一直深愛着是想起前陵墓(骨は拾ってやっから安心して眠りな)」
「抜かせ小日本!」

いざ戦いの火蓋は切って、



「うひゃ(*´∇`) お・待・た・せ☆」

…落とされなかった。
主に半裸に近いオレンジ頭のお陰で、だ。ぴたり、と動きを止めたグリーン頭、藤倉裕也がくわっと欠伸一つ、先程までの好戦的な眼差しを一瞬で消し去る。

「たこ焼き買って来たんかよ、ケンゴ」
「お好み焼きも買って来たから喜べや相棒b(・∇・●) お、朱雀じゃん。お前にも一個やろっか゚+。(*′∇`)。+゚」
「邪魔すんな健吾、犯すぞ」

エレベーターからぎょひーんと飛び降りてきた、余りに不良から掛け離れたジャニーズ系の彼は、同じカルマでタッグを組んでいる裕也にビトッと張り付き、携えていたビニール袋を掲げた。

「何、邪魔者扱い?(´`) 朱雀の癖に生意気、金タマ潰すぞw(//∀//)」
「離れろケンゴ、脱げる」
「今日のユーヤのパンツは…うひゃ、情熱の赤w勝負おパンツかよw馬鹿じゃね?欲求不満じゃね?痛っ(ノД`)゚。」

相棒のスラックスを脱がし、ボクサーパンツまで脱がそうとしたオレンジ頭に面倒臭げな男の拳骨が落ちる。

「総長命令忘れたんか、朱雀の妨害だろーが馬鹿ケンゴ」
「あん?朱雀の妨害はハヤトの役目だろ?(´∇`)」
「山田が邪魔したっつー連絡が来たぜ」
「へ?朱雀、タイヨウ君と手ぇ組んだ訳?!Σ( ̄□ ̄;)」

こしょこしょ話が丸聞こえな二人に、ビニール袋から勝手に取り出したたこ焼きを貪った朱雀が適当に頷く。山田とは多分、あの不細工なちびっこの事だろう。

「あー、そらハヤト死んだな(´;ω;`)」
「さっきハヤトからメールが来たぜ」
「『逝ってきます☆』………ハヤト、お前の死は無駄にしないっしょ!(ノД`)゚。」

と、本人が聞いたら不細工ではなくちびっこと言う単語で怒り狂うだろう台詞を心の中で呟き、叶二葉風紀委員長を思い浮べた。顔なら断然あっちの方が朱雀の好みだ。が、如何せん煮ても焼いても食えない可愛げない性格をしている。性格だけなら中央副会長の高坂日向の方がマシだ。
あの舐めた面構えをグシャグシャにしてやりたいものだが、日本最大派閥、光華会の跡取りにして日本最強極道の若頭でもある。同じ東洋マフィアとして家ぐるみで付き合いがある為、下手に手は出せない。いや下手したら二葉以上に強い相手だ。命懸けだろう。

「うーん」

半分残したたこ焼きのパックを片手に、唸りながら考えてみる。脳内の朱雀は中国語と英語が入り乱れまくりだ。母親が英語ばかり使っていたのが原因か。

好きな人にだけ見せなさい、と死ぬ間際まで母親が言い続けた朱雀の本来の瞳は、ふとした瞬間色身をがらっと変える余りに珍しいものだ。一度誘拐されて闇オークションに掛けられた事がある。
まぁ、大河家の直属の部下である祭家の采配で事無きを得て、当時三歳だった朱雀の父が犯人達へ劣悪に仕返しした様だが。怒り狂った母親が、朱雀を連れてアメリカに帰ると暫く喚き散らしていた覚えが微かに。その時だけは利己主義にして冷血漢である父親も、ありとあらゆる手段で妻を宥めていた。

曰く、冷血狂暴残酷で名高い大河の雄は、惚れた相手にとことん弱い。らしい。
自分以外どうでも良い節がある父親は、産まれて初めて自分を殴った女性を嫁にした。ちょくちょく母を怒らせて殴られていた父を、今になって思い出せば何処となく悦んでいた気がする。


「親父はマゾだったのか?」

自分にもその血が万遍無く受け継がれている事には気付かず、背後で『神崎隼人の追悼式』と称して黙祷と言う名の昼寝を始めた二人にも勿論気付かず、エレベーターに乗り込んだ男は頬に手を当てた。

産まれて初めて男の平手打ちなど受けたのだ。然も呆れる程に痛くない平手打ちだ。
ヒステリックな女の平手打ちならわざと一発食らって、三倍返しにした事がある。以来、普通の女はすぐ泣く事を覚え、ヒステリーは相手にしない事を覚えた。

気弱な男はまず従おうとする。最初に見た瑪瑙も勿論、脅せば無抵抗になるだろうと思ったのだ。ガタガタ震える弱虫な体躯にほくそ笑み、揶揄うだけ揶揄ってついでに欲求不満解消の道具にしてやろう、と。
考えていたのはそれだけ。

「改めて考えたら、もしかすると最低じゃねーか?まぁ俺だしな」

母が死んだ時の、あの絶望に満ちた父を忘れない。だから結婚などするつもりはなかったのだ。適当にその辺の女を孕ませて、後継者だけ残せば適当に遊び暮らす。
一応、家業は継ぐつもりだが、それまでは適当に、結婚などで縛られず自由気儘に独身で、

『ロ畏、我是大河申活(もしもし、大河ですが)』
「おう、親父に代われ」
『朱雀様ですか?お久し振りです』

判っているのに。
まだ温かいたこ焼きを片手に、上へ上へ昇っていくエレベーターパネルを睨みながら携帯から漏れる声を聞いていた。

価値があるのだ。
大河朱雀と言う名を与えられた生き物には、普通の人間では決して掴めないありとあらゆる価値があるのだ。
生涯遊び暮らしていくだけの金も名誉も権力も、片目だけで数億ドルの価値がつくアレキサンドライトの双眸も。欲しがらない人間など居ない。

「ああ、居ないなら良い。また掛け直す事にするわ」

気弱な人間ですら眼の色を変える、価値に。気付いたらあの小さな生き物も、変わってしまうのだろうか。綺麗だね、などと呑気に宣った笑顔を欲望にかえて。
変わり果てるだろうか。

『然し折角ですから御大の携帯電話へ、』
「いや、携帯は駄目だ。無駄遣いになるっつってたかんな」
『は?』

恐らくこれで最後になるだろうそこそこ気に入っていた携帯を首に挟み、たこ焼きパック片手に位置がズレたコンタクトレンズを調節する。
目薬を持ってくるべきだった。急いで出てきたから、近場にあったバイオレットのコンタクトレンズを適当につけてきたのだ。確かこれは使用期限が切れた使い捨てコンタクトだった様な気がする。失敗った。

「あー、近い内に一度帰るからよ。会わせてぇ奴が居るっつっとけ」
『御大に?』
「ああ、糞親父のオラクルもふっ飛ぶだろうな」

開いたエレベータードア。
目的地の重厚な扉が見える。但し、余り穏やかではない表情の人間の群れの向こう、に。

「お待ちしていました、二年Fクラス大河朱雀殿」
「執務室へ御用ならば用件を伺います」
「但し、満足に喋れる状況でしたら、ね」

風紀の腕章を付けた生徒に紛れ、Fクラスの三年生やら体育科のジャージまで見えた。ざっと数えて30人余り、突っ切った所であの頑丈な扉は開かないだろう。
扉に背を預けて佇んでいる長身、恐らくあれがボスだ。いやに良く知っている顔だが、出来ればヤリ合いたくなかった男ベスト5に入っている。

『何かありましたか?』
「いや何でもねぇ、じゃあな。うっかり伝えとけよ」

しっかりの間違いだろ、と呆れ混じりに呟くだろう瑪瑙は扉一枚隔てた先に居る筈だ。余裕綽々な一つ年上の長身を睨み付けながら、左手にたこ焼きパックをしっかり握り締め右手を持ち上げる。

「Hey, fuckin'jap. Are you ready resolution?(よう、日本人共。死ぬ覚悟は出来てんだろうな)」

立てた中指で喉元を一直線に引き裂く仕草を当て付けて、ぴくりと眉を跳ね上げた扉の前の男に中指を立てる。

「威勢の良い餓鬼だ。精々死なねぇよう気を付けな」

敢えて母方の言葉を使ったのは、彼がアメリカ産まれだと聞いたからだ。噂では全世界の言葉を理解している化け物らしいが、喧嘩の強さも化け物級だろう。何せこちらが中国マフィアなら、向こうはアメリカンマフィアだ。
直接やり合った事こそないが、軽く睨み付けただけで皮膚がびりびり震えている。凄まじい威圧感、恐怖を通り越して快感ですらある。

「テメェら雑魚相手にゃ右手一本で充分なう」

右手で握り潰した携帯を投げ付ければ、高らかに鳴り響くゴングの幻聴を聞いた。
握り潰しておいて何だが、最近ハマったツイッターだけが心残りだ。


「すんすんのツイートに返信すんの忘れたな」

変態のツイートにはおまめしか出てこないので、特に被害はない。
何処かの腐男子が眼鏡を割るだけだ。


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