可視恋線。

風雲轟く嵐の争奪戦、開始

<俺と先輩の仁義なき戦争>




ニイハオ、最近中国語を覚えなきゃならない気がしてならない、そんな強迫観念にびくびくしてる松原瑪瑙です。ニーハオ。


「あ、あああ、あのぅ…」
「どうかなさいましたか、松原瑪瑙君」

にっこり。
舞い散る花びらが見える様な微笑みを浮かべたとんでもない美人を前に、俺は今孤独な戦いを迫られてたりします。

「こここ此処は…あのぅ」
「ああ、ただの中央執務室ですよ。楽に寛いで下さいね」

寛げるわけないよー!
帝王院学園の無駄に大きな校舎の更に最上階っ、もう地面が見えないくらいの高さに居る俺!何がどうなったらこんな事にっ!

「部外者を執務室に入れんなっつったのは何処のドイツだ、二葉ぁ…」
「おやおや光王子閣下、中央委員副会長たる貴方が何と無慈悲にして無遠慮な事を仰いますか」
「そこの糞餓鬼は何だっつってんだよ!」
「高等部一年Bクラスの松原瑪瑙君です。ほら松原君、この顔と性欲だけが取り柄の騒がしい阿呆男は、高坂日向と言う可愛らしい名前の変態なので近付いてはいけませんよ?」

知ってる。俺、白百合様の隣で今にも爆発しそうな人すっごい知ってる!
つか一回見たら忘れないからっ!副会長だ!金髪でイギリス人で俺様で全校集会の挨拶の時に舌打ちする人だよ!

「うわ、うわぁ…かっ、格好いい…!」

オタクさん…じゃなかった、遠野先輩はこのとてつもなくキラキラした部屋に入るなり俺を置いて出てっちゃって、不良がビビる風紀委員長の白百合様に言われるままじっと座ってたんだけど。どうしようっ、カメラ持って来れば良かった…!
サ、サイン貰えないかな?!すっごい男前っ、副会長スゲー!近くで見たら何か何か、

「神帝陛下より格好いい気がする…!」
「あ?」
「駄目でしょう松原君、付け上がる様な事を言っては」
「…まぁ良い、飲みもんくらい出してやる」
「万更でもないお顔ですねぇ、光王子閣下」

満面の笑みで副会長の腰を蹴ろうとした白百合様に目玉が飛び出る。何事もない様にさっと躱した副会長はフンと鼻で笑って、棚に並んでる色んな缶を手に取った。

「好きな銘柄あるか、チビ」
「あのあの、銘柄って、紅茶ですかっ?紅茶ってレモンティーとミルクティー以外は知らないんですけど!」

どうしようどうしよう話し掛けられちゃった!副会長超格好いいよ!どうしよう、お兄ちゃんになって欲しいっ!

「レモンならセイロンか…アッサム辺りだな。聞いた事ねぇのか?」
「え、あ、じゃ、じゃあ、ウーロンで!」

何か静かになった。
キラキラしてる超広い部屋には白百合様と副会長以外にも人が居るんだけど、皆それぞれお仕事してたのにピタッて止まっちゃってさ。
何かあったのかな?

「あの、」
「大丈夫ですよ、誉められて図に乗った何処かの阿呆が自慢の紅茶を披露出来なかっただけの話です。さぁ松原君、フレンチトーストとロイヤルミルクティーでも召し上がれ」
「わぁわぁ、有難うございます…!」

ガラガラ、ワゴンを運んできた執事みたいな人がテーブルに美味しそうでお洒落なパンとミルクティーを置いた。どうしようっ、白百合様って超優しい!朝ご飯食いっぱぐれてたから泣きそう!

「わぁい、頂きまぁす」
「高坂君如きが陛下より格好良いだなんて臍で緑茶が沸きます、ええ、私のハニーは大のお茶好きでしてねぇ。はい、写真でも見ますか?此処にはアルバムが300冊くらいしかないのですが」
「え?え?」

どうしよう、白百合様の美しさが直視出来な過ぎて言葉の意味が全く判らないよ!どうしようっ、やっぱ俺バカなんだ!BクラスだからSクラスの方々とは話も出来ないんだ!
オタクさん…いやいや、遠野先輩にも話が通じないし!変態朱雀も日本語通じないし!アルバム重いし!山田先輩しか写ってないし!フレンチトーストめっちゃ美味しいし!ふわふわで、じゅって甘いのが口一杯に広がってるよ…!

「これが81点のテストをこっそり捨てようとしている山田太陽君16歳の春」
「えぇ?!81点を捨てるなんて!俺っ、一番最高で76点なのにっ」
「これが全教科98点のテストをクシャクシャに丸めている山田太陽君16歳の冬」
「意味が判りません!永久保存しないのっ?!」
「ええ、全教科2000点の遠野君のお陰で平均点が99点でしてね」

にせんてん?!
あっ、すいません、フレンチトーストお代わりありますか?!

「で、これが風呂上がりに牛乳3リットル豪快に飲んでお腹を壊した山田太陽君16歳の先週」
「牛乳は下痢しちゃいますよ。山田先輩、牛乳好きなのに可哀想…」
「いえ、彼はお茶好きです。先月の測定で170cmしかなかったのでねぇ」
「170cm!すっごい!かわちゃんと同じだっ、格好いいなぁ」
「因みに私が185cmだったので物凄く羨ましそうな山田太陽君16歳の先月が、このベストショットです。膨れたホッペが愛らしいでしょう?」
「白百合様も大変愛らしゅうございますです」
「聞き慣れた賛辞ではありますが有難うございます」

にこにこアルバムを開く白百合様の美しさを見ないように気を付けながら、ページを開いた先に変な写真を見付けた。
あ、副会長…煙草は二十歳になってからですよ!窓辺で格好良く吸ってる所あれですけど!白百合様に蹴られちゃいますよ!
あれ?副会長は大学部だから良いのかな?イギリス人だから良いのかな?

「あれ?こっちの山田先輩…裸?」
「ああ、三日振りに励んだ直後の山田太陽君16歳の朝6時、因みにまだ合体中のハメ撮りものです」
「…え」
「無いと思えばうっかりこんな所に…、高坂君を筆頭とした餓えた雄共に見られたら大変な事になる所でした。まぁ、私のハニーを夜のお供にしやがったダニ共は一人残らず抹殺しますけどねぇ。うふふ…」

あの、あの、…副会長、そんな可哀想なものを見る目で見つめないで下さい。あの、あの、俺もう帰っても良いですか…?


「随分賑やかだな」

そろっと逃げようとしたら、部屋中の人達が一斉に立ち上がった。煙草吸ってる副会長だけが窓の向こうを見てるけど、白百合様までが他の人達と一緒に左胸に手を当てて、優雅にお辞儀してる。

俺の後ろ側に。


「…え?」
「お帰りなさいませ、陛下。猊下とはお会いになられましたか?」
「俊は来月のコミケ合わせの新刊原稿を仕上げに行った。昨夜は寝かせていないからな、暫し休ませたい所だが」
「流石でございます陛下、愛の営みは最低三時間ですからねぇ」
「昨夜は八時間程度だった様に記憶している」

腰が抜けそうな声にギギギっと振り返ったら、見覚えがあるボサボサ頭が見えた。

「あっ」

もっさり真っ黒な髪とハイセンスな星形眼鏡、虎柄。ぎゅんっと見上げなきゃいけないデカいオタクさん二号だった。

「お、おっきいオタクさん…」
「俺の事か、一年Bクラス松原瑪瑙」
「えっと、えっと、カイカイ院長だっけ?えっと、大佐?あれ、助手だっけ」

良く見たらおっきいオタクさんにもSクラスのバッジが付いてた。あわあわ、どうしようっ、Sクラスの人にオタクさんなんて言っちゃった…!
あわあわ、何で中央委員会の人達がこの人にお辞儀してるんだろ?!
偉い人なのかな?!
先輩だとは思うけど…どうしよう!フレンチトーストお代わりしちゃったから怒られちゃうかもっ!

もう帰りたいよぅ、変態朱雀組長の方がまだマシ!山田先ぱぁいっ、助けて下さぁい!!!


「帝王院学園高等部一年普通科Bクラス所属社会科専攻、学年順位198番。クラス順位は40人中28番か」
「ひょえ!なっ、なな何でそれを!」
「一斉考査最高取得点は地理76点、平均取得点は59.5点。追試履歴三回、実家はフランチャイズの飲食店経営、家族構成は父母と兄弟四人の計七人」
「ひ、ひぃいいいいい!」
「おい帝王院、後輩怯えさせてんじゃねぇよテメェ…」

優雅に金髪を掻き上げた副会長にちょっぴりキュン死しそうになりながら、副会長の言葉に眉を寄せてみた。ミカドイン…って、つまり帝王院だから、うちの学校の名前だよね。
うちの学校の名前の生徒なんか一人しか居ない筈。そう、神帝陛下くらいしか居ない。だって理事長の息子さんで、この間の始業式で生徒会長なのに理事長になっちゃった人だもん。

そうだ。
確か白百合様よりも強くて不良グループの一番偉い人で、貴族で海外に会社とか持ってて、有り得ないくらい美形で有り得ないくらい頭が良いとか、何とか。
うーちゃんはそんな人居る筈が無いって言ってたけど、校舎の入り口のゲートの所に肖像画があって、それはもう本当に物語の王子様みたいに綺麗で格好良くて、

「え、え?」
「名乗る機会を逃していた。我が名は帝王院神威、」

ばさっ。
と、黒い何かが見えた。虎柄星形眼鏡がフレンチトーストのお皿の横に置かれて、さらっさらの銀髪が映る。



「47代中央委員会長だ。何卒よしなに」
「※●*☆◆〒◎#¥□▲?!」

どうしよう。
目玉が焦げるくらい有り得ない美人な人が見える。


「おや、放心してしまいましたねぇ」
「迂闊に素顔見せんなっつってんだろうがテメェは!」
「俺の責任か?」
「おい、何ギャアギャア騒いでんだテメーらは。差し入れ持って来てやったぞ、総長はどうした」
「おや嵯峨崎君、いらっしゃい」
「ついでに働いてけ馬鹿犬」
「コンソメポテチはあるか」



あの、何かまた格好いい人が増えた気がするんですけど。
山田先輩の庶民的な顔が恋しいよ…あ、失礼なこと言ってすいませんでした山田先輩、助けて下さい。うっうっ。






「まーーーめーーーよーーー!!!」

まめよ、まめた、まめこ、まめみ、まめな、まめっくす、まめりーな、まめりん、まめっちゅ、まめろん、まめえ、まめか、まめざべす。
ありとあらゆる呪文を唱えながら廊下を爆走する男の姿が見える。通りすがる生徒らが素早く廊下の端に避難し、ビシバシ鞭を振り回しながら先陣を切る俊足だが小柄な生徒と、その真横を並走する極悪金髪不良を恐々眺めた。

「山口!本当にまめたの居場所判ってんだろうな!」
「山田だって。多分間違いなく松原君は中央執務室だね。コラ!そこFクラス共っ、カツアゲなんかすんな!屋上から吊すよー」
「根拠はあんのか山梨」
「山田だからねー。左席執務室は俺が部長やってるクラブ棟だから、言わば俺のテリトリーなわけ。さっき監視カメラ調べたら部室無人だったから、間違いなく中央執務室だよ」
「宛てになんねぇな山川」
「山田だよー。中央執務室はセキュリティ布いてるからね、俺の権限でも松原君のID反応探れないんだ。だからこそ逆に居場所が判るってもんだろ?何せ一応これでも左席副会長ですから」
「居なかったらテメェ犯…いや、殺すぞ」
「いいけど、凶暴且つ鬼畜性悪陰険眼鏡猫被りを一匹飼ってるから、仕返しに気を付けてねー」
「テメ、あんな奴の何処に惚れて付き合ってんだ馬鹿か」
「あはは、俺が知りたいよ。…是非とも去年の俺に聞いてくれ」

罪無き生徒を蹴り飛ばす金髪と、ちょい悪不良をビシバシ叩き飛ばす黒髪が廊下に粉塵を撒き散らす。
飛び越え殴り倒し、飛び降り叩き倒し、漸く見えてきた校舎の前で二人の暴君は足を止めた。


「は〜い、風雲ハヤト城にようこそお、ウマシカ二人組ー」

朱雀が全身の毛を逆立てたのが判った山田太陽が眉間に皺を刻み、巨大な校舎の真下に立つ金髪不良を見やる。朱雀と同じ金の髪だが、相手には濃灰色のメッシュが混じっていた。

「誰がカモシカだテメェ!」
「大河君、ウマシカだからウマシカ」

見上げる程の長身はニヤリと笑みを浮かべ、

「二年Sクラス神崎隼人君に逆らう愚か者はあ、容赦無く叩き潰せー。と、ゆー訳でえ、バカ朱雀とサブボス宜しくねえ」
「神崎ぃ!テメェもグルか腐れカルマがぁ!」
「罪のない後輩が巻き込まれてるんだぞ神崎!」
「ふ、松川メロウの身柄は預かったー。返して欲しくば土下座しろー」
「まめを変な名前で呼ぶんじゃねぇ!ぶっ殺すぞテメェ!」
「神崎!副会長命令っ、ハウス!」

ビシッと鞭を奮った山田を前にビクッと震えたチャラ男は、然しフフンと鼻で笑う。

「甘いにょサブボス、これは列記とした左席会長命令なりー。隼人君は権力に屈する忠実なワンコなのだー」

ぱちり、と指を鳴らした男の背後に不良達がゾロゾロ現われた。

「…ちっ、後で覚えとけよ神崎!」
「おい山中、テメェのが悪役じゃねぇか」

松原瑪瑙争奪戦第1ラウンド、大河朱雀&山田太陽VS神崎隼人率いる不良集団。

「イーアルサンスー、…20人か。邪魔しやがって、まめこは朝飯食ってねぇんだぞ!腹減って泣いてたら全員潰してやっからな」
「くそ、早く助けてあげなきゃ松原君が可哀想なのに…そして助けてくれた不良にうっかり恋のフラグが…!完璧なベストエンディングコースやないか〜い」
「はいはーい、ぶつぶつゆってないで覚悟しやがれー、ウマシカ共お。悔しかったら学年二位の隼人君に勝ってみろバーカバーカ」
「Fクラス総代に楯突くたぁ、良い度胸だ。良きに計らえ」
「大河君、日本語いろいろ可笑しいから。…でもまぁ、少しくらい痛め付けても壊れそうにない奴らばかりで助かったよねー」

キラリ、妖しく光った平凡副会長の鞭がしなる。

「あのー、…手加減するよねえ?かわいい隼人君を拷問したりしないよねえ?副カイチョー」
「あはは、する訳ないだろ神崎ー」
「あは、だよねえ、あは、あは」
「ちょっといつもより厳しめに調教するだけだよー、ウフフアハハ」


「…神崎氏、降参しといた方が良いんじゃね?」
「あは、………俺の骨は拾ってくれ、朱雀氏」


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