可視恋線。

その台風は着々と勢力を拡大しています

<俺と先輩の仁義なき戦争>




うぉーあいにー。
俺の発音的な突っ込みは要らない。


ジュテーム、サランヘヨ、アイラービュー。映画に良く出てくる愛の言葉、うぉーあいにー。漢字で書けと言われても無理。後でうーちゃんの携帯借りて変換してみる事にしよう。うん。
意味については…深く考えない所が俺の良い所だと思うんだ。うん。


「マーナオ(瑪瑙)」
「…」
「ジュチェ(朱雀)って言ってみろ」
「ずちぇ」
「…」
「…」

サク、っとスプーンを刺したオムライスを一口食べる。美味しい。超美味しいよ!
…なんて、味なんかもうちっとも判らないよ。後ろから伸びてくる腕が、指で摘めるオカズを取る度にビクッてなるし、耳たぶに吐息が掛かる度にビクッてなるし、お腹に回った手がちょっとした弾みで動く度にやっぱりビクッてなるし、…何かビビりだな俺って奴は。

「何だ、あんま食ってねぇな、まめよ」
「た、食べる、し」
「Let you eat before get cold.(冷める前に食え)」
「へ?へ?」
「んだよ、まめのすけ。英語なら判るんだろ?あ?」

いや、英語だって言うのは判ったけど、だからってリスニング力には比例しない。Sクラス疑惑がある変態が耳の傍で囁くから、知ってる単語拾って翻訳する余裕もないのに。
あ?って言う声が超怖いよ!何か濁点付いてそうな感じ!判るかな、ビビりじゃないけどビビっちゃうでしょ!俺悪くない!

「英語は…出来なくても困んないし!最近は中国の方が発展してるって授業で、」
「だったらこっちか。変冷前清尽快食用了、大吃一頓(冷める前に腹一杯食え)」
「うぅ」
「想吃什公?(何か食いたいもんがあんのか?)」
「あ、あいどんとのぅ、ちゃいな」

間違えた。
中国語はチャイニーズだった。

「まめた、勉強嫌いだろ」
「わわわ悪かったな!」
「はは」

笑う気配にスプーン振り回して振り返れば、緑の目を細めた変態が顔中で笑顔だった。
何だろう。この恥ずかしさ。ほっぺたが超熱い。ギャップって言うのか、うーちゃんがたまにギャップ萌えって言うけど、何か、そう、萌えの意味は判らないけど、多分、こんな感じな気がする。

「想找我个能随便吃一点西的地方(どっか飯食いに行くか)」
「へ?」
「明日から休みだろ、普通科は」
「そう、だけど」

くしゃり、って。
頭を撫でられるって言うか、掻き回される…みたいな。くしゃくしゃされて、スマイル大サービスな変態にほっぺたの熱さが中々治らなかった。








「………遅い。」


苛々貧乏揺すりをしているルームメートを横目に、茄子の糠漬けを齧った少年は味噌汁を一口啜る。ああ、味が無い。無味味噌臭、何たる残念な味噌汁だろう。こんなものお湯に味噌を投げ込んだだけだ。

「遅い。………遅過ぎる」
「出汁が効いてないって言うか、そもそも出汁入れてないよねこのお味噌汁」
「海陸!そんな悠長に味噌汁飲んでる場合か!」

ばんっ、とダイニングテーブルを叩くルームメートを横目に、お椀に突き刺した箸を引き抜く。
微妙に切れていない大根が繋がったままこんにちは、だ。

「もう大根のお味噌汁飽きたよ、かわちー。たまには若芽のお味噌汁が、」
「メェが帰って来ないなんて…!どんなに喧嘩しても6時になれば帰って来たのに!」

きしゃーっ、と頭を掻き回す彼は、普段こそ横暴だが、実際面倒見が良い真面目な性格だ。16歳にもなろうかと言う高校生が、8時に帰って来ない程度で騒ぐだけ彼の性格が現われていると言えよう。
確かにもう一人のルームメートは、あれで本当に高校生か疑いたくなるお馬鹿さではあるが、だ。

「つか、いつもかわちーが一方的に叱ってるだけだよねぇ、まっつん泣きながらトイレに籠もってるし」

川田から怒鳴られ追い出される度に、寮内共用トイレの一室に籠もって泣き過ごす瑪瑙を迎えに行くのが宇野海陸の役目である。放っておけば帰って来るだろうが、追い出した張本人が貧乏揺すりを始めて宇野に八つ当たりしてくるのだから面倒臭い。
追い出した手前、帰って来いとは言えないだろう気持ちは判る。然し追い出した五分後に心配していたら救い様がない。

「何かあったんだ。不良に絡まれて今頃カツアゲされて…!メェの財布には五百円しか入ってないのに!」
「夏休みの旅行費貯めろってかわちーが煩いからねぇ」
「ふ、風紀に捜索願いを出してくる!」
「これくらいで風紀が動いてくれる訳ないでしょ。その内帰って来るよ」
「だが然し!」
「かわちー、この炊き込みご飯は美味しく炊けてるね」
「そうか?」

単純なルームメートが得意気に鼻を鳴らすのを聞きながら、頭の片隅で金髪を思い浮べた。


「まさか、ねぇ」

平凡を絵に書いた様な瑪瑙が、極悪を絵に書いた様な大河朱雀と知り合いである筈がない。
朝から消えた瑪瑙は何故か公欠扱いになっていたし、名目は教師の手伝い中、だ。だから川田も今の今まで大人しかった訳だが。



この時、川田を素直に風紀委員会へ走らせていれば良かったのだ、と。
些細な疑問に蓋をした己の失態に気付くのは、まだ後の話だ。










珍しい双眸だ、と。
皆が言った。母親も、祖母も祖父も、皆が。
まるで宝石の様だと。繰り返し。

特殊な状況下で色合いが変わる宝石。アレキサンドライトの様に、緑から赤へ変色する瞳。特に愛着はなかった。
誰に誉められようが、悪趣味な人間共に狙われようが、些細程も。



「飯后了一起洗浴去(飯食ったら風呂入んぞ)」

インターフォンに舌打ちしつつ立ち上がり、クリーニングから帰って来た瑪瑙の制服をしれっと隠しながら宣う男が見える。
制服である黒いシャツとスラックスを脱ぎ、瑪瑙の向かい側のソファに投げ捨てれば、ぶふっ、とオムライスを吹き出す真っ赤な顔。

「なっ、ななな、なに、ななに、」
「まめた?」
「何でっ、…いえ、何でもありませんすいません」
「奇怪的男嬰(可笑しなベイビーだな)」

塩っぱい表情をする瑪瑙を見るにつけ、益々可愛く見えてくるから不思議だ。
母親の遺言、と言うより半ば脅迫に近い言い付けで、伴侶にする相手以外に己を晒してはならないと言うものがある。母親を溺愛していた父は彼女の意思を尊重し、黒かった髪を染め抜いた挙げ句、アレキサンドライトの瞳を隠す様に命じたのだ。

ただでさえ命を狙われる立場だと言うのに、人の欲を煽るこの双眸は晒してはならない、と。
信用の置ける最愛の人間が現れた時にだけ、本来の自分を晒すのだと。気丈にして豪傑だった母親が、死ぬまで繰り返した言葉。

「たまに変な日本語だと思ってたんだけど、国語苦手って訳じゃなかったんだ…」
「英語とドイツ語ならイケる。従兄弟の幼馴染みが得意だからな」
「うぅ、レベルが違過ぎる…」

神経質そうな顔をしている癖に、案外大雑把な性格である横暴な父親へ反抗した時期もあったが、今になれば正しかったのかも知れない。
人間は欲に汚れている、と。従兄弟の口癖だ。少し前まで彼以上に冷めた人間も居ないだろうと思っていたが、自分も大差ない。

「でもさ、でもさ、今ちょっと気付いたんだけどっ」
「おう、酢豚も食えよまめこ」
「髪の毛は染めてるんでしょ?ちょっと傷んでるし」
「あー、毎週染めてっからな…」
「ベッドの所にさっ、コンタクトレンズのあったじゃん!かわちゃんも使ってる洗浄液もあったけどっ」

その目、本物でしょ?
などと小首傾げる相手に僅かだけ呼吸を止めて。

「…で?チョングオレンが碧眼だと可笑しいのかよ」
「ちょん…、何?」
「中国人が碧眼で、何かあんのか」

人間の浅はかな欲が、この小さい生き物の中にもあるのか、と。
猜疑心は拳に伝わり、愛情に酷似した穏やかな感情は忽ち黒く染まっていく。課程。憎悪は殺意へと、すぐに。

「何怒ってんのか知らないけど、別に可笑しくはないんじゃない、とか、思ったり」
「…あ?」
「羨ましいなって思っただけ!いいでしょそのくらいさ!」


容易く。


「だってすっごい綺麗なんだもん!…あれ?何か赤くなって、」


笑える程に容易く。
黒は赤に染まった。積乱雲を貫き灼熱の太陽を覗かせて、晴れやかに。
何の痕跡も残さず、穏やかに。


「むっ、んんん、ぅむっ、んっ」

初めてだと思った。
噛み付きたくなるのも、食らい尽くしてやりたくなったのも、全て。狭い体内に潜り込んで気が晴れるまで貪ってやりたいと思う癖に、泣かせてしまうと手も足も出せないなんて経験一度としてなかったから。

「やっ、むっ、ふぁ、あっ!んゃ、んんんーっ!」

必死に叩いているつもりだろう胸元は、ドンドン鳴る割りには何のダメージもない。他人を傷付ける必要がない、平和にして温和な生き物だとすぐに判る。
息継ぎの仕方も知らない。脱がしただけで騒ぐ。触れたら泣く。子供以下だ。初めは余りの横着さに苛立って泣かしてやるつもりだった筈なのに、


「う、ぇ、うわぁぁぁん」
「おい、」
「怖いよぅ、かわちゃん、うーちゃぁん!」
「別哭了我是迷茫!(泣くな!どうしたら良いか判んねぇだろ!)」
「ぐすっ、ぐすっ」

恐らく意味は通じていない。
なのに頭を撫でてやるだけで泣き止めば、笑える程に狼狽えていた自分に気付いた。やはり、見せたのは間違いなかったらしい。

「あのさっ、挨拶かも知れないんだけど!に、日本人は好きな人としかチューしないんだからねっ」
「中国だって他人とはしねぇよ」
「でしょ?!だったらっ、こ、こんなのやめてよね!せっ、先輩だからって後輩にこんな事しちゃいけないんだよ!…ですよ」

スプーンを握り締めたまま喚き散らし、はぁはぁ肩で息をしながら頬に米粒を引っ付けている事には気付いていない。

「…あれ?また緑に戻ってる。可笑しいな、さっきは…」

ブツブツ呟きながら覗き込んでくる肩を無意識に掴んだ。驚愕に見開く黒い眼差しを見つめたまま、


我愛イ尓
「ちょ、」
我愛イ尓
「やめっ、」

窘迫すれば良い。
そのまま困り果ててしまえ。なりふり構わず殴り付けろ。自分の手を痛めるだけの拙い暴力で、今にも泣きそうな眼差しで、いっそ清々しいまでに潔い怯えを滲ませて、

「I love you」

哀れな程に紅く染まる頬を撫でた。
真っ黒な瞳に笑う唇が映り込んでいる。こんなに笑ったのは初めてだ。父親の葬式では笑えるだろう、などと。血も涙もない事は何度も考えてきたのに。

「通じたか、まめこ。日本語じゃ『めちゃくちゃ好きやねん』っつーらしいが、宛てにならんからな」
「な、な、な、」
「味見、させろ」
「あじあじあじ?!」

ぺろり、と。目尻を舐めた。
他人の体液を舐めるのは余り好きではなかったが、嫌悪感はない。寧ろ迸る程の欲が湧くばかり。

「大人しく風呂入るつもりだったんだけどなぁ」
「え、え?あ、俺もう帰らなきゃ…」

これが愛情ではないのだとしたら、何だろう。無尽蔵の欲を屈服させてまでも泣かせたくないのは、何故。


「帰るなら犯すぞ」
「ひぃっ、やだーっ、痔になっちゃう!痔になって内臓腐って死んじゃうんだ!うっうっ」
「泣いても犯すぞ」
「…」
「やっぱ嘘泣きか」
「ちっ!」

中々にしぶとい。
強かで大分爪が甘い生き物、どうしようもなく馬鹿だなとまた、笑いたくなった。
嫌なら急所狙って攻撃すれば良い。弱かろうが男の力なら抵抗くらい出来る筈だ。

「興奮させたら赤くなるぞ」
「へ?」
「俺の目、だ。頭に血が登ると、眼球の裏側の血管が透けて赤くなるんだと」
「え?本当に?何それ、漫画みたい!」

腹まで捲くし上げたシャツの下から、傷一つない柔らかな腹と無防備な下半身が見える。
本人は未だ気付いていない。一応の警戒はしている様だが、男同士と言う常識に囚われて深く考えていないのだろう。


「また会えたな、おまめ」
「え?…え、えええっ?!」
「相変わらずしょんぼりか。噛んだりしねぇから、咥えさせろ」
「なっ、」

浮き上がった瑪瑙の右足が、腹の下に当たる。と同時に口の中へ迎え入れたものを迂闊にも噛んでしまい、



「「!!!!!」」


打架双方都要処罰

=喧嘩両成敗。


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