可視恋線。

痺れるほどのヤンキー豪雨

<俺と先輩の仁義なき戦争>




可哀想なくらいガタガタ震えながら、前を行く背に付いていく少年が見える。
青冷めた表情は床ばかり見つめ、瞬きを忘れた両目には大粒の涙が浮かんでいた。



祝☆告白



と言う横断幕が授業中にも関わらず威風堂々、屋上へ続く廊下に掲げられていた。
頑張れ、やれば出来る、押しの一手だ、いっそ押し倒せ、フレーフレー朱雀!と言う寄せ書きが所狭しと貼られた応援団風味な螺旋階段、帝王院学園の殆どの階段が螺旋階段である事実に目眩がした。

ぐるぐる。
目が回るのか螺旋階段が渦巻いているだけか。


「…逃げたら追い掛けてくるかな」

呟いて、ぴたりと足を止めた俺、松原瑪瑙。今回はナレーション風にお送りしております。そんな心境察してくれたら俺泣いちゃう。
とか言ってる場合じゃないみたい。直ぐ様振り向いた変態がエメラルドカラーの眼で睨んでくる。

「どうしたまめた、疲れたか?仕方ねぇな、そこのトイレで休憩すっか」
「大丈夫ですお構い無く」

どんな休憩かは知りたくない。出会った日に見た小さな包みを取り出した不良ににこやかな笑みを浮かべ、またチョコチョコと歩いて、止まる。
あの包みが避妊具なのは知ってる。買った事も使った事もないけど、保健で習った。何故男子校にあんなものが必要なのかは考えたくない。出来れば外の世界で美人なお姉さん相手に開封して貰いたいものだ、うん。

(俺、何かしたっけ…うん、したよね。変態の長い足に躓いてすっ転んだよね)
「ちっ、…処女は徐々に慣らす必要がある」
(でも、謝ったじゃん。つか殴られたトコまだ腫れてるし…固いの食べたら切れて血が出るし…うぅ、お尻にあんなタワー突っ込まれたらきっと俺、死んじゃう!)

不良が携帯を開きブツブツ呟いている。気を抜いたら泣くか気絶するだろう俺に、そんな変態を訝しむ余裕なんか皆無だ。
背後からデジカメとマイクを握り締めた黒縁眼鏡が二匹付いてくる。然し携帯を睨む変態も床ばかり見つめる俺も気付かない。

「あ、あああのっ」
「フェラはゆくゆく…あ?何だ、まめりーな」

あ?と片眉を上げた朱雀…先輩(呼び捨てる勇気はない)に一瞬で硬直した俺に、振り返った変態が近寄ってくる。
目に見えて震えまくるチキンの目に、涙。中々煽られる表情だ。俺じゃなかったらね!

「…く、ハブの生殺しだぜ」
「へ、蛇?」

突っ込む事は忘れない俺に、暫し何事か考えた不良が躊躇わず吸い付いた。
ブチュ、と。


「やだぁっ!!!」
「む」

ぱちん、と全く痛くなさそうな平手打ち、殴られた変態は殴られた頬を押さえ満足げだ。ナレーション風にお送りしております。

「ビンビンだぜオメガウェポン、待ってろ。その内おまめフルコースをご馳走してやる…」
「うっうっ」

ファーストキスから今まで我慢していた俺が遂に泣いた。
背後でフラッシュが瞬いた様な気がしたけど、何処となく鼻の下を伸ばしていた変態がズササッと後退り目に見えて狼狽え出した為、やっぱり気付かない。

「何だまめ子、何で泣いてんだお前」
「か、帰りたい…うっ、帰りたいよぉう!かわちゃん、うーちゃぁん!うわぁん!」

わんわん泣き出せば無愛想ながら挙動不審な変態は、ウロチョロ俺の周りを徘徊して近くの消火栓を蹴り付けつつ叫んだ。
凹んだ鉄板に涙が止まらない。

「お、お母さんっ、帰りたいよぉう!うわぁぁぁんっ」
「判った!イかせてやっから屋上行くぞ!」
「ひっく。うわっ、」
「捕まってろ!」

ひょい、と肩に担いでレッツゴー。不健康な不良らしからぬ足の早さでひょいひょい階段を駆け上る。
相変わらず貞操の危機に迫られている俺と言えば、いつもより高い視界がどんどん流れていくのに夢中だ。何だかメリーゴーランドみたい、現実逃避万歳。

「わー、高い!早い!楽しい!」

不良の手が尻を鷲掴んでいるが、尻の一つや二つ我慢出来ない事もない、などと理解ある大人の表情。童貞処女の無防備さが明らかになっただけだ。

「楽しいのかよ」
「ひゃ、ぶつかるー!天井にぶつかりそ!高い!楽しいっ」
「あんま叫ぶな、鼓膜破れたら勃起しちまうだろ」
「けほっ。何か喉乾いちゃったな…」
「んだと?」
「ヒィ」

うっかり呟いて、脇腹に触れた吐息に飛び上がる。どうやら自分は危機管理能力に欠けているらしい。
知ってたけど。

大体毎回、口煩い川田に言われてきたのだから。何だかかわちゃん、いつも有難うね。出来の悪い俺でごめんね。今度のテストは10位以内に入るよう頑張るよ!



嘘だけど。



「な、何でもないです」
「自販機向こうじゃねぇか。…仕方ねぇな、捕まってろ」
「ごごごごごめんなさいっ」
「何が飲みてぇんだ?ビールか?日本酒か?」
「いやいやいやポカリ飲みたいなぁとかすいませんすいませんすいません」
「は?オロナミンで良いだろ」
「え、炭酸苦手…」
「我儘な奴だな、まめっくす。可愛くなかったら引き裂いてんぞテメェ」
「ヒィ」

自販機に学生証を押しあてた朱雀がぎゅむっと尻を掴み、条件反射で朱雀…先輩の脇腹を掴む。いつかの二の舞だ。

「脇腹はやめろ、感じちまうだろ」
「感…?あ、ごめんなさい」
「ほれ、アクエリ」
「あ、ありがと…ございます」

ジュースを受け取ってお金はどうしようと狼狽えれば、何事もなかったかの様に元の道へ引き返す長身。

「あ、あの」
「あ?今度は腹でも減ったのかよ」
「な、何で今日は青じゃないの?」

疑問だった目の色を尋ねれば、無愛想な声が追い掛けてきた。


「デケェ抗争の時はいつもこれだ」
「こここ抗争っ?!ヤンキーだから喧嘩じゃなくて抗争って言うの?!」
「あー、ちょい前に関西制圧した時の抗争は戦争に近かったか?」
「制圧って何?一番強いって事?天皇猊下みたいに?!」
「テメ…カルマに惚れてんじゃねぇよなぁ、まめな」

今にも殴られそうな声に、見えなくとも鬼の表情が判ったから首を振り回す。天皇猊下は尊敬するが、入学式に一回会ったきり。
ラブストーリーは始まらない。

「なら良いけどよ、俺の前で他の男の話してんじゃねぇぞ。処女なら処女らしく慎ましく、体操を守れ」
「…まさか貞操じゃ」
「おう、見えてきた、ぞ?!」

屋上の階段を上り詰めたらしい変態が口を開いた瞬間、ゴツっと言う凄まじい音が響き、傾いた手が離れた。
うわ、と声を出す間もなく落ちていく感覚、たった今登ってきた階段を逆走している。荷物みたいに持ち上げられてなければ良かったのに、酷過ぎる。

おのれ変態め、靴箱にチャーシューの端っこ詰めてやる。


「うぉ、危ねぇ!」
「まめた!」

などとラーメン屋の息子らしからぬショボい嫌がらせに拳を握った俺を、力強い腕が抱き寄せた。

「ふわ」
「まめ、目ぇ潰れ」

一瞬浮いて、真っ坂様に落ちる感覚。
額に吐息、誰かの鼓動、凄まじい音。


「うわっぷ!」
「うぉあ、大丈夫かよ朱雀?!Σ( ̄□ ̄;)」

何かで鼻を打ち付けて涙目で起き上がれば、とんっ、と誰かの足が着地した。
見上げれば蜜柑色の髪の毛と、同じ色の目が見える。すらっとしたイケメンアイドルだ。が、とても良く知ってる有名な不良様だなんて。

「ひ、」
「うひゃ、お前も大丈夫か?悪ィな、あのドア内開きだかんな、目一杯当たったっしょ?(´Д`)」
「だだだ大丈夫ですっ、お構いなく!」
「それ言われると引き下がれなくなんじゃねーかよ(´艸`)」

にっこり笑った不良の背後に悪魔の尻尾が見えた。振り上げた右足でダンッと床を踏んだアイドルは満面の笑みを俺なんかに注いだまま、下からグフっと言う潰れた声が響くのにも構わない。
恐る恐る見れば、俺の腰に巻き付いた腕と凄まじい眼で睨むエメラルドがある。そうしてたら変態には見えないのに。

「…いっぺん犯すぞ健吾」
「うひゃ、310戦150勝150敗10引き分けのテメーが抜かすな(´Д`*)」
「ヒロが居なけりゃテメェなんざ代々木ゼミナールだコラ!」
「うひゃひゃ!テメーの余裕なんかブレイクアウトっしょ!(=・ω・)/」

ひょいっと俺を抱き上げた変態が素早く屋上へ上がり、付いてきたオレンジ頭と互いに中指を突き付けあう。
バトル開始を悟った俺は半ば放心状態で、階段から落ちたばかりの変態に礼を言うべきか、満面の笑みで親指を下に突き付けたオレンジ不良を応援するべきか悩んだ。

ドアの前で今にも飛び掛からんばかりの不良二人、片や変態、片や天皇猊下率いる『カルマ』の幹部。
クラスメートとか先生とかが絶対近付いちゃ駄目だと言っていた、最強不良である。

「よし、今の内に逃げちゃおっ」
「やめとけ、巻き込まれるぜ」
「一瞬の隙を狙ってダッシュすればっ」
「足、早ぇのかよ」
「遅いけど!………ん?」
「遅いのかよ」

何ともなく隣を見れば、フェンスに寄り掛かり黒烏龍茶を飲んでいる緑色の髪の男が見えた。あんな苦い烏龍茶飲むなんて…じゃない。
もう駄目かも知れない。もう抹殺確定かも知れない。


凄まじい音が背後に響いた。
くわっ、と欠伸を発てるヤル気ない緑頭を凝視しつつ、何故カルマが二人も居るのかと己の不幸さを嘆いてみる。



松原瑪瑙15歳、今まで不良様になんか関わった事もありませんでした。
親衛隊にも入ってないし(だって天皇猊下と神帝陛下で迷うんだもん)、運動苦手だし勉強もイマイチ出来ないし、得意なゲームは落ちゲーだし、うーちゃんに負けちゃうし。


「う、」


でも頑張って生きてきたんです。


「うぅ、」
「ぐっ」
「おわっ\(^O^)/」

膝を抱えて泣いてしまおうとか思ったら、変態と蜜柑が揃って転がってきた。隣の緑色が深い溜め息を吐く気配。

「メニョちゃんの前で醜い…いや、イケメン争いはやめなさい!いや、やめないで!もっとお願いしますっ」

見れば黒縁眼鏡が今日も虹色に煌めいているオタクさんが立っていた。鉄製の扉が吹き飛んでる。
何事なの。

「オ、オタクさん…」
「はっ!メニョちゃんが僕を見ているよお母さーーーん!!!駄目にょ!そんな熱い眼差しで見つめられたらっ、ハァハァハァハァ」
「オタクさ、…う、うわぁん!」
「ぷにょ」

不良に囲まれても相変わらず意味不明な黒縁眼鏡に、ナイアガラ真っ青な涙を零した俺が抱き付いた。

「うっうっ、うわぁんっ」
「きょ、きょきょきょ、くぇーっくぇっくぇっくぇっ」

凍り付いた黒縁眼鏡がガタブル震えている。奇怪な笑い声を響かせ、傍から見れば朱雀…さんに負けない変態さだ。

「恐かったよぉう!うわぁん!もうやだー!」

俺をすっぽり抱けてしまう中々長身なオタクさんにグリグリ泣き付けば、後ろからべりっと剥がされる。

「冥土の土産にメイド服をくれてやろう、一年Bクラス松原瑪瑙」
「ひっ」

凄まじい美形が見えた。
黒髪黒目の、とんでもない美形が。足元に割れ散った星形眼鏡が見える。何が起きたらこんな割れ方をするのか、謎だ。

「カイカイ大統領」
「しゅんしゅん総理」
「これより業務を執行します」

ゆらり、と。
凄まじい威圧感を漂わせたオタクさんが眼鏡を外し、胸ポケットに突き刺す。
何ともなく胸元を見た俺が眼を見開いたのは、ブレザーの襟にSバッジを見たからだ。金に輝く、進学部各学年たった30人にのみ与えられる、証を。

「オタクさんが、Sクラス…」

Sクラスに逆らってはならない。
Sクラスに無礼を働けば退学だ、と。口煩いかわちゃんじゃなくても口癖になる。つい先日山田先輩に迷惑掛けたばかりで、こんな事になるとは。

「可愛がりこそすれ、悲しませるなど言語道断。…愚か者共が、」
「反省してまっス!(´;ω;`)」
「テメ、」

オタクさんとか呼んでごめんなさい、鼻水付けてごめんなさい、どうか退学だけは!
と、最早失神寸前の俺が最後に見たのは、ふわり、優雅に舞う黒髪。

Sバッジを煌めかせ風に溶けた凛々しい眼差しを最後に、



「己が過ちを悔いるがイイ」



神様みたいな、声。







「起きなさいスゥたん!寝てる場合じゃないなり!」
「テメーが投げ飛ばしやがったんだろうが!犯すぞ!」
「…余程冥土へ逝きたいと見えるな、大河朱雀」
「カイちゃんは焼き餅焼き屋さんで困りますにょ。おはぎプリーズ!」
「そこの化け物を放り捨てやがれ!」
「黙りなさい、可愛いカイちゃんに悪口ですかこのイケメンが!」
「大変面映ゆい」
「眼鏡掛ける意味ねぇな!コイツの何処が可愛いんだテメェは!まめのがよっぽど可愛いわ!」
「当然にょ!メニョちゃんを泣かせてイイのはベッドの中だけにょ!甲斐性なしィ!」


うん、騒がしい所の話じゃない。
丸聞こえだけどもう全く意味不明なのは、やっぱり俺が馬鹿だからか。


チーン。


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