いざよふ

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 街道攻略は困難を極めた。真選組の主な得物は刀である。そんな彼らにとって、ガトリングガンによる絶え間ない弾幕は強敵だ。弾を補充隙を狙ってジリジリと進んでいるが、全く埒が開かない。
 その均衡が破られたのは、実に呆気ない理由だった。敵方の弾切れである。土方たちが密かに忍ばせた監察たちにより、武器庫を破壊したのだ。
 しかし、まだ補給路を断ったわけではない。敵が形勢を立て直されればまた膠着状態に戻ってしまう。ここは一気に攻めるのが得策だ。
 敵の大砲が、銃が、刀が襲いかかる。しかし、それを物ともせずに真選組は攻め上った。
 その中でも沖田の活躍は目覚ましく、彼の通る道は文字通り死体の山が出来ていた。一閃と共に急所を確実に突き、自らは返り血すら浴びない。
「化け物だ……」
 そう呟いたのは敵か味方か。それほどの猛進を繰り広げていた。
 本隊が二条城に近づく。この快進撃がこのまま続くと誰もが思っていた。

 それを阻んだのは、たった一人の男だった。
 包帯の隙から覗く赤い髪。後ろで長く編まれたそれは、風にたなびき揺れていた。
 彼が傘を一振りすると、幾人もの仲間が吹き飛ばされていく。
 沖田は進め続けた足を止め、その男と対峙した。ほぼ無意識に刀へと手が伸び、柄を掴んだ。
 男はただ傘の先を地面に付き、悠然と立っている。しかしその佇まいに隙は無く、伝わる殺気は尋常ではない。
「テメェ、何モンでィ」
 沖田の額をつつ、と汗が伝う。
「えーっと、今は確か、鬼兵隊の特攻隊長、だったかな?」
 包帯の下でニコリと微笑む男の声は、ずい分若い。恐らく沖田と同年代だろう。
「あんた、強そうで安心したよ。さっきから全然、歯ごたえがなくてさ」
 まるで世間話でもするかのような気安さ。それが逆に沖田の警戒心を上げていく。
 この男は、強敵だ。
「ちょっと付き合ってよ」
 次の瞬間、沖田は人が獣に変わる瞬間を見た。
 目にも止まらぬ速さで沖田の懐へと入り込み、傘を振るう。とっさに刀でいなしたが、その一撃はとてつもなく重い。
――まともに受けりゃァ、手首がイカレちまう。
 沖田は体勢を立て直すために大きく後ろへ下がった。が、それよりも速く男が更に間合いを詰める。
「チィッ」
 沖田は舌打ちしながら、不安定な体勢で突きを放った。それは的確に敵の腹部を狙ったが、寸でのところで避けられ、致命傷には至らない。
 沖田は何とか頭部だけは庇いながら、その場に倒れ伏した。
「やるねぇ」
 男は口笛を吹きながら顔の包帯に手をかけた。
「久しぶりに、本気出せそうだ」
 現れた素顔は幼く、肌は驚くほど白い。だがその目はまさしく獲物を狙う獣のそれだった。
 目にも止まらぬ速さで沖田の懐へと入り込み、傘を振るう。とっさに刀でいなしたが、その一撃はとてつもなく重い。
――まともに受けりゃァ、手首がイカレちまう。
 沖田は体勢を立て直すために大きく後ろへ飛んだ。が、それよりも速く男が更に間合いを詰める。
「チィッ」
 沖田は舌打ちしながら、不安定な体勢で突きを放った。それは的確に敵の腹部を狙ったが、寸でのところで避けられ、致命傷には至らない。
 沖田は何とか頭部だけは庇いながら、その場に倒れ伏した。
「やるねぇ」
 男は口笛を吹きながら沖田の剣がかすった辺りを見た。わずかだが血が出ているようだ。
 男はニタリと笑うと、顔の包帯に手をかけた。
「久しぶりに、本気出せそうだ」
 現れた素顔は幼く、肌は驚くほど白い。だがその目はまさしく獲物を狙う獣のそれだった。
「その傘にその肌……。テメェ、夜兎か」
「ご名答」
 敵もとんでもない隠し玉を持っていたものだ。沖田は腐れ縁の夜兎の少女との戦いを思い出しながら血痰を吐いた。
「夜兎と戦うのは2回目だが、あっちのがまだマシな腕してたぜ」
 軽口を叩きながら沖田は素早く体勢を立て直し、刀を握り直した。
「だったら是非、そいつとも殺り合いたいもんだ」
 男はやはり構えない。それどころか傘を地面に差して余裕の表情だ。
 先に動いたのは沖田だった。地を蹴り、一瞬で間合いを詰める。
 少しでも隙を見せれば殺られる。沖田はそう本能で感じ取っていた。
 ならば短期決戦に持ち込むのがいい。
 沖田は男の後ろに周り込み、その無防備な首筋へと刀を振り下ろした。
 しかし男はそれを傘の先で受け止め、そのまま突きを繰り出した。沖田は刀が砕ける寸前に上半身を引き、頭を重りにして足を高く上げた。そのまま傘を蹴り上げると、男はあっさりと傘を捨て、生身でこちらへと突っ込んできた。
 沖田は猫のようにしなやかに着地すると、がむしゃらに突っ込んでくる男へ、横薙ぎに刀を振るった。
 その次の瞬間、沖田は言葉を失った。
 振るった刀が、目の前で砕けた。その男に噛み砕かれたことによって。
 動揺は隙を生む。そしてこの男がそれを見逃すわけがない。
 その恐ろしいまでの力を持って、男は沖田の身体を貫いた。
「ッ、ハッ……!!」
 かろうじて致命傷は避けたが、脇腹をざっくりとやられて身体に力が入らない。視界は霞み、先ほどから煩いほどの耳なりがしている。
 それでも沖田は折れた刀を握りしめ、襲いかかる男の左目目掛けて突き出した。
「くぅぉら、このすっとこどっこい!」
 だがその捨て身の一撃も、突如現れた大男の腕によって阻まれた。
「ったく、撤退合図が出てんでしょうが。武市殿が怒ってますよ」
「えー」
 この男の部下だろうか。不満げに口を尖らせる上司に対して、苦い顔をしながら説教を垂れている。
 だが、この男が苦い顔をしているのはそのせいだけでは有るまい。
 大男の右腕は大破していた。感触的に義手だろうが、それでもダメージはあるはずだ。それでも平然としているのは、これが彼の日常だからだろうか。それとも、同じく夜兎だからだろうか。
「とにかく、もう戻りますよ」
「あーあ、まあいいか。思ってた以上に楽しめたし」
 男は傘を拾い上げると、沖田に背を向けた。もうこちらに興味はないらしく、振り向きもせずに去っていった。
「命拾いしたな、ガキ」
 大男も男の背を追うようにしてその場を後にする。
「……っせぇ」
 精一杯の強がりは、誰にも届かない。
 沖田は2人の姿が完全に見えなくなるのを見届けると、その意識を手放した。


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