アルフライラ


Side黒



気付けば自分は、そこにいた。
澄み渡るような、雲一つない青空の下に、一人の男が立っている。自分は、否、自分たちは、彼の前に、膝をついている。
風が吹けば、草の香りが鼻を擽り、木々が騒めき、小鳥たちが鳴いている。
のどかで、穏やかで、平穏な世界。

「私は、約束をした。約束を、したんだ。」

男は呟く。
約束とは、誰と交わしたものだろうか。誰かが問いかけると、男は首を静かに横へ振る。
わからない、と言いたげに。
しかし、と、男は続けた。

「それでも私は約束をした。理想郷を創る、と。故に私は、理想郷を創る。」

この世界の神として。
男は高らかに、そう発した。


Part?? 理想郷のその先に。


「嗚呼、駄目だ。駄目だ。駄目だ。全く駄目だ。」
「何がだ。穹集。」
「楠……!」

突っ伏していた男は、楠が声をかければ、ぱあ、と表情を明るくする。
無邪気で幼いその顔は、まるで少年少女のそれだ。少なくとも、彼を見て、彼がこの世界の神で、創造神だと信じる者はいないだろう。
とことこ、という擬音が似合う軽い足取りで穹集は楠の元へと駆けていく。

「聞いてくれ楠。この世界は駄目だ。」
「……駄目だというと?」
「人と人とが争い合っている。悲しい。私はとても悲しいぞ楠!人々の安寧を願って世界を創ったというのに!ある人間は自分たちの権力を逆手に奢り!ある人間は人を人とも思わない非道を繰り返す!駄目だ!これでは駄目だ!理想郷などには程遠い!」

穹集は嘆いていた。
人と人とが争い合うこの世界を。
理想郷たれと思い生み出し、創り出したこの世界が、誤っていると思い知らされたことを。

「ずっと世界を見続けて来た。けれど、これでは、約束は果たせない。」

神は呟く。
この神は、約束というものに、酷くこだわっていた。
誰と交わしたかもわからない約束。その約束は、理想郷を生み出すというものらしい。
理想郷とはまた抽象的だ。けれど、穹集曰く、誰もが平穏に暮らし続けることが出来る世界だという。
人々が穏やかに笑っていられる世界。争いのない、平和な世界。成程それは理想的だ。

「穹集。約束など気にしなくとも……きっとそれは、既に叶っているのではないか?」
「そんなことはない!これではきっとアイツも納得しない!アイツだって、この現状を知ったら、嘆き悲しむに決まっている!」

『アイツ』が誰かもわからないのに、穹集は、そう叫ぶ。
だって、約束を交わした人物は、今、目の前にいるというのに。張本人が、気にしなくともいいと、言っているのに。
この男は、それを、是としない。
それが、楠にとって、最も悲しいことであった。

「……シャマイム。」
「楠。お前はおかしなことをいうな。私は穹集だ。そのような名ではない。」
「……そうだな。すまない。どうやら、私は寝ぼけていたようだ。」
「そうかそうか。寝ぼけていたなら仕方ない。」

穹集には、千夜の国で過ごした想い出はない。
何故国が滅びてしまったのか。何故彼が神になっているのか。何故自分が再びこの世に存在しているのか。
それは、全くわからない。
この世界は再び大破壊を迎えて、また、あの千夜のひと時を巡るのだろうか。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

「なあ。楠。」

穹集がくるりとこちらを向く。

「楠。私が統べる神々の一人。なあ、この世界はやはり、間違っているのではないだろうか。このような国は理想郷ではない。今一度、創り直す時ではないか?約束を果たすために。」

そう言って、男は、笑いかける。
確かにこの国は理想郷には程遠い。けれど、今、この国で、この世界で、人々は生きている。青空の下で命を育み、生きている。
それを、壊すことになって、いいのだろうか。
穹集の細く白い手が差し出される。答えを決めてくれ。そう、言っているかのようであった。

「…………私は…………」


▼ 『そうだな。この世界は、間違っている。』

▽ 『いいや。この世界は、間違っていない。』




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